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[本の表紙から物語をイメージする]

突然ですが、皆さんは小説を読もうとする際に、本の表紙を飾る絵や写真、デザインから選ぶことはありませんか? そしてその表紙のイメージから、小説の内容を想像することはないでしょうか。

2021年春に世界同時発売された、ノーベル文学賞受賞作家のカズオ・イシグロの最新作『クララとお日さま』。最近カズオ・イシグロの作品どころか、小説そのものを読むことからすっかり遠のいていましたが、久しぶりに一気に読んでその世界にどっぷりつかることができました。
そして読了後、この小説について調べていると、面白い発見がありました。日本で出版された表紙は、本国の英語版をはじめ他言語の版の表紙と全く違ったものだったのです。

ここでは、これから本書を読む方々のために小説の詳細は避けたいと思いますが、ATロボットと少女、少女の家族らとの交流を描くその内容は、近い未来を予見するような「生きる意味」を私たちに問いかけています。

さて、本書の表紙に話を戻しますと、本国イギリスで出版されている表紙は次のようなシンプルなデザインとなっています。

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(イギリス版)Klara and the Sun, Kazuo Ishiguro, Faber & Faber刊
https://www.faber.co.uk/9780571364893-klara-and-the-sun.html

イギリスの出版社、Faber & Faberのシニアデザイナー・Pete Adlingtonは、この『クララとお日さま』英語版の表紙デザインができるまでの経緯を以下のウェブマガジン(英語のみ)で説明しています。 

SPINE「PETE ADLINGTON ON DESIGNING KAZUO ISHIGURO'S KLARA AND THE SUN」 https://spinemagazine.co/articles/pete-adlington2

小説の内容を熟考しながら、そしてベストセラーとして広告はじめグッズ等に展開しやすいよう、いくつものデザインが考えられたことが語られています。

では他の言語はどうでしょうか。

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(左・ドイツ語版)Klara und die Sonne, Kazuo Ishiguro, Penguin Random House Verlagsgruppe GmbH刊
https://www.penguinrandomhouse.de/Buch/Klara-und-die-Sonne/Kazuo-Ishiguro/Blessing/e584225.rhd
(中・簡体字中国語版)克拉拉与太阳, 石黑一雄, 上海译文出版社刊
http://www.yiwen.com.cn/bookDetail?id=5300
(右・韓国語版)클라라와 태양, 가즈오 이시구로, 민음사刊
http://minumsa.minumsa.com/book/19809/

左からドイツ語版、簡体字中国語版、韓国語版です。いずれも英語版のデザインを継承しています。

また同じ英語でも、アメリカで出版されている本の表紙は少し違います。ロシア語版はこちらの表紙と同様でした。

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(アメリカ版)Klara and the Sun, Kazuo Ishiguro, Knopf 刊
https://www.penguinrandomhouse.com/books/653825/klara-and-the-sun-by-kazuo-ishiguro/

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(左・フランス語版)Klara et le Soleil, Kazuo Ishiguro, Gallimard刊 
http://www.gallimard.fr/Catalogue/GALLIMARD/Du-monde-entier/Klara-et-le-Soleil
(中・スペイン語版)Klara y el Sol, Kazuo Ishiguro, Editorial Anagrama刊
https://www.anagrama-ed.es/libro/llibres-anagrama/klara-i-el-sol/9788433915931/LA_82
(右・イタリア語版)Klara e il Sole, Kazuo Ishiguro, Giulio Einaudi editore刊
https://www.einaudi.it/catalogo-libri/narrativa-straniera/narrativa-di-lingua-inglese/klara-e-il-sole-kazuo-ishiguro-9788806248758/

こちらは左からフランス語版、スペイン語版、イタリア語版です。デザインは英語版とは異なりますが、いずれも抽象的なデザインです。

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(日本語版)『クララとお日さま』 カズオ・イシグロ、早川書房刊https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000014785/pc_detail/

そして早川書房から出版されている日本語版のデザインです。子ども向けの童話を思わせるような和やかなデザインは、英語版はじめ他言語の版とは全く違った印象を持ちます。

日本語版をデザインされた装丁家・坂川朱音さんのインタビューが以下のニュースサイトに掲載されていますが、英語版の制作プロセスとは逆に、小説の原稿は拾い読み程度と語られています。

ダ・ヴィンチニュース「手掛けた数は6000作品以上! 装丁の仕事から見えた亡き父のこと。カズオ・イシグロ最新長編『クララとお日さま』装丁家・坂川朱音さんインタビュー」 https://ddnavi.com/interview/771640/a/

翻訳版の場合は、本国で出版されている表紙デザインに統一というケースも多いのですが、ある意味異質なこの日本語版のデザインは、著者にとても気に入ってもらえたそうです。

文字のみで表現される小説の世界を、ビジュアル化して伝える本の表紙デザイン。この『クララとお日さま』をすでに読まれた方は、各国の表紙のうちどれが小説の世界に一番近いと思われたでしょうか。また、これから読まれる方は、これらの表紙デザインからどんな物語を想像されるでしょうか。

今回は本の表紙デザインに注目し、デザイナーが一つの物語をどのように解釈し表現したか、デザイナーの意図に思い巡らせましたが、私たちは読者の立場として、小説の表紙から自由に物語をイメージすることができます。また、既成のアート作品が表紙に使われている小説も多く見かけます。逆に、「表紙としてのアート作品」を通して物語を思い描き妄想してみることで、また違った角度から作品がみえてくるかもしれません。

アートハッコウショ
ディレクター/ツナグ係 高橋紀子

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