見出し画像

【エピローグ】美術史とは、

画像2

スクリーンショット 2021-06-29 21.55.58

これは美術史学を専攻した私が大学4年生の時に実際に研究対象とした作品(国宝<雪舟筆天橋立図>)と実際のアウトプット(研究成果)である卒論の抜粋です!

1枚目の画像自体は日本三景のひとつでもある京都・天橋立をモチーフとして、天橋立をみたことがある人、あるいは訪れたことがある人であれば、「そうそう、こんな感じだった!」って感じるのではないでしょうか。ただ、2枚目の画像に目線をずらしてみると、読むだけでも気が遠くなりませんか?いかがでしょうか?やっぱり頑張って読んでみてもさっぱり何をいっているのか分かりませんよね。


ではどうして、【人はアート作品を見るのは好きなのに、アート作品を文章で読むことに苦手意識を感じてしまうのでしょうか?】


それはズバリ!【感覚的な概念を言語化する】ことに慣れていないからです!例えば美術館を訪れて「理由は特にないけど何となく好きだな」とか、「この作品はお気に入り!だけど何で好きか聞かれても答えられない」と感じたことありませんか?ではここでひとつ作品を見て、美術史学を体感してみましょう。

画像3

これは葛飾北斎筆<神奈川沖浪裏>という作品です。誰もが一度は見たことがある名画ですよね。つい先日これに関してちょっとしたニュースが世間を賑わせました。次の画像をご覧ください。

画像4

これは中国外務省の趙立堅副報道局長が自身のツイッターに投稿した神奈川沖浪裏をモティーフとしたパロディー画です。中国の若手アーティストが描いたものです。東京電力福島第1原発の処理水放出方針を批判したものであるとされています。外務省は外交ルートを通じて中国政府に抗議し、投稿の削除を求める騒ぎにもなっています。

【では葛飾北斎が生きていたとしたら彼はこの投稿に対してどう対応するのか?】こんな問題があなたの中学校の美術の定期試験で出題されたとしたらどうですか?この問題を答えるには、葛飾北斎がどんな人物であったかを知る必要がありますね。これこそ美術史の最も一般的なフィールドになります。過去の記録などから芸術家自身の経歴を辿るのです。

葛飾北斎に関しては、

1、 30回以上も画号(絵に描くサイン名)を変えている         2、 人生で93回も引っ越しをしている                3、 全く片付けることができずに、散らかしたら散らかしっぱなし     4、 結婚は2回。前妻との間に3人の子、後妻とは次男・三女に恵まれる。  5、 孫がバクチにハマり、借金取りに追われる             6、 裁判に負けた結果で、北斎一家は江戸を去らざるを得なくなる

というようなことが美術史の研究から判明しています。ここから私が考察するのは、【葛飾北斎の人物像】です。ではどうして30回も画号を変えたのか?ここは想像ではなく専門の美術史家の意見を伺ってみましょう。明治時代に浮世絵研究にいち早く着手した飯島虚心は「弟子に号を譲ることを収入の一手段としていたため」と考察しました。つまり葛飾北斎は、自身の画号がもつネームバリューを当時から理解していたことになります。2や3のようにズボラな性格をもちつつも、自身が描く作品の一番の理解者は葛飾北斎自身だったということです。他にも<新板浮世絵浅草金龍山之図>という作品に西洋の最新技術であった遠近法をいち早く取り入れるなどして、自身のプロダクトに鋭いこだわりと価値を見出し続けました。また<神奈川沖浪裏>が収録されている『冨嶽三十六景』シリーズの『本立川』の中には、版元「栄寿堂」の頭文字を紛れ込ませたり、「近日発売」などの言葉も書かれていたりして、作品の中でちゃっかり自分のPRをしているんです。

思っていた葛飾北斎とは違う!そう感じませんか?作品を見ただけでは分からないことも当時の史料などから分かるのです。この【葛飾北斎の人物像】考察をもとにあらためて例の定期試験問題を考えてみましょう。


私だったら、、、、、                           葛飾北斎は「かなりニヤニヤしたに違いない」と回答用紙に書きます!     「やはり葛飾北斎は、美術史学の先行研究から自分自身の絵に対して並々ならぬ価値を見出していましたということが読み取れます。一方で、その価値とは自身の確固たるブランディングという保守的な思想ではなく、西洋の最新技術を取り入れたり、一旦は世間に認知された画号の運用を弟子に任せたりと革新的な思想であるに違いありません。もしかしたらこのパロディー画を制作した名もない中国の若手アーティストを自身のまだ散らかっていない新しい転居先に招き入れたかもしれません。令和3年現在の画号を譲る契約書を机に置いて。」

というふうに美術史学という学問は、この感覚的な概念(葛飾北斎ならこのツイートにどんな反応をしていたのかという問題)に挑み続けて、目には見えない作品の裏側を探って言語化して自分なりの答えを見つける作業なのです!もちろんこの問題に関する明確な答えなんて存在しません。実際に葛飾北斎は170年以上も前にこの世を去っているので「どう思っています?」なんて聞くことができませんもんね。だからこそこの問題を考える人分の答えが存在するのです。


この考え方って、VUCA(Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ))と呼ばれる先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態を生きていかなければならない、現在の私たちにとってとても大切な考え方じゃないですか?

『明確な答えのない状況に耐え、感覚的な問いに対して理論的かつ分析的なアプローチから自分自身にしかできないオリジナルな答えを生み出す』これこそが現代の社会で最も大切なことです。これはまさに美術史学のフィロソフィーとも合致することで、私はこのオリジナルな答えを生み出すアート鑑賞術(美術史学的アプローチ)を推奨していきたいのです!

さあ、これから【さとしゅん@美術好きの発信チャンネル】のnoteやtwitterなどのSNSを通じて、一度は目にしたことがあるアート作品から知られざる名画までを紹介いたします。一緒に美術史学の沼にハマって、名画を見るだけではなく「読んで考える」という新しい鑑賞法をしてみませんか?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?