見出し画像

『ARK9010』EP.1.4 アルマンダインレッドのコスワース「蜜月」

 改めて1990年製メルセデスベンツ190E 2.5-16が、ぼくのもとに納車された。車検取得後、再度ショップで納車前点検を受け、正式にぼくのもとへ車載車に乗ってやってきた。
 妻は少し怪訝そうな表情を浮かべていた。
「なんかあのベンツ、悪くはないけど、なんだかボロくない?何年製?」
「えっ?ああ1990年・・・」
「それってカマロより古くない?」
「うん・・・ちょっと古い・・・言わなかったっけ?」
「あんたねぇ・・・」
「だって・・・覚えてないの?ぼくが好きって言ってたやつ、ほら大学の時にさ・・・あの深夜のテレビでやってた・・・きみも昔カッコいいって言ってたじゃん。」
「・・・いつの話してるの?」
「・・・」
 記念すべき納車の儀は、なんだか玉砕だった。
 その後も、臭い、うるさい、古い、なんだか落ち着かない・・・妻は文句ばかり言ってほとんど近寄ることはなかった。

 下取りに出した赤い1992年3rdカマロ Z28は、ショップのオーナーがいたく気に入ったようで、自分で乗るつもりだったらしい。

 ところが、車載車から降ろそうとエンジンをかけた瞬間、何かがはじけるような音とともにクランクケースが割れてしまい、そのまま廃車になった。
 あのカマロは、正規輸入された登録初年度、ある有名ショップの展示車両として保管されていたらしいのだが、車検を1年残した状態でオークションにかけられ、ぼくたちがデパ地下気分で出向いた車屋さんに落札された。だから実質、彼のオーナーになったのは、生涯ぼくひとりだったようで、廃車になったと聞いたときは、なんだか申し訳なかったというか、悲しいというか、複雑な気持ちになった。

 思えば不思議な奴だった。

 なぜか車のわからない1歳の長女に気に入られて、我が家に来ることになったこと・・・
 アメ車のわりに故障もなく、長年ファミリーカーを演じてくれたこと・・・
 ぼくをアルマンダインレッドのコスワースに引き合わせ、忘れていた熱を思い出させてくれたこと・・・
 そしてその役目を全うしたかのような最後・・・

 はじめから彼には役目があって、実は必然という運命の歯車が如くコトが運んでいただけなのか?なんて、小説なんかでありがちなエピソードを考えてみたが、さすがにそれは寒いなと思った。

 さて、アルマンダインレッドのコスワースは、ぼくの生活をとても豊かなものにしてくれた。カマロに乗っていたときは、頑なにつけようとしなかったETCを、なぜかすぐにつける気になった。
高速を使って色々なところへ行った。
 ネットを見てどこか面白そうなところを見つけると、ぼくはすぐに彼女と走った。
 車に乗るために車に乗る・・・アルマンダインレッドのコスワース、彼女は、ぼくにとって移動手段ではなく、その存在が目的となってきた。雨の日には乗らない。できるだけ汚さない。この古いベンツが、生活、いや人生の中心になりつつあった。
 そんな中でも、仕事はとても順調で、いくつかの研究案件に成果が認められ、ぼくはさらに仕事に没頭した。
その代償として、徐々に家族と過ごす時間が減っていった。

2018年の桜の咲くころ、ぼくは独身になっていた・・・

Mobil Tune・・・アカウント登録者は100万人を超え、月間のアクティブユーザー数は50万人に達する・・・今や車系SNSでは、もっとも有名なコミュニティアプリである。運用開始から、たった2年で極めて大きなコミュニティサイトが形成された。
毎年、10月になると運営会社によって、大規模なイベントが開催されたり、ユーザー同士でローカルのイベント(ミーティングとかコラボとか言われている)が展開されている。

「ん?モビル?モバイル?チューン?」
独身になって1年ほど経ったころ、たまたまスマホをいじっているときに自動車系のSNSを見つけた。なんとなくだが、面白半分にアプリをダウンロードしてアカウントを作ってみた。
「ニックネーム?・・・うーん・・・これでいいか・・・」
 今、研究中の試作コードの一つである『ARK9012』にしてやった。
「で、とりあえず紹介的な投稿かな?前に撮りためた写真があったな・・・これがいいや・・・コメントは・・・」

画像1

ARK9012
1990 W201 2.5-16です。こいつ無しでは生きていけません (^_^;)

「なんか照れる・・・まぁぼくだってことは分からないからいいか・・・」
 最初の投稿は、当たり障りのない紹介投稿になったが、”いいね!”のカウンターがどんどん増えていく。

 へぇ、この感じ意外と好きかも。

 知らない人からの ”いいね!”・・・なにか気持ちがモゾモゾするこの感じは悪い気がしない。

 しばらくしてコメントがいくつか記入された。

サーぽん
ARK9012さん こんばんは!はじめまして (^▽^)/
コスワースエンジンですね?名機です (#^^#)

だけさん
ARK9012さん
はじめまして!
いやぁーカッコいいですよねぇ~ (+o+)

Rad
こんにちは、初めまして。僕も30歳の時に2.3-16を買いました。これに乗って東北道を北に走り結納に行ったんですよ。今でも売って後悔している車です。しかしキレイな個体ですね。うらやましい!!

 否定的なコメントは無い。本音なのかどうかはわからないが、うれしくなるような肯定的なコメント。これがこのSNSでのエチケットなんだろう。ぼくも同じような熱量で返信をした。

 うん。やっぱり楽しい!

 見るとアラフィフの親父が絵文字を使って、お互いを誉めあったり、冗談っぽいコメントでワチャワチャしたりして、何とも言えない純真さが伝わってくる。
 すると”お知らせ”の欄に”だけさんからフォローされました”という表示が。「フォロー?ファンみたいなものか?なるほど・・・逆にこの"フォローする"を押すと、ぼくがフォローしたことになるのか・・・」
 他の投稿を見ているうちに、何となくだが、暗黙のルールのようなものが見えてくる。
「シンプルなだけにちゃんとしないとな・・・」
 この日の夜は、一晩中このSNSで遊んでいた。おかげで肘が痛い・・・

 もともと写真を撮ることは嫌いじゃなかった。ミラーレスの一眼カメラを構えて、行くとこ行くとこで、彼女、アルマンダインレッドのコスワースを写真に収めてきた。
 不動車だった彼女を、自分で組み上げここまで仕上げた自負もあったので、普段の整備は自分自身で行っていた。その作業状況も何かのネタになると思い、小まめに写真に収めていた。
 研究者の悪い癖なのだが、変化や進歩が認められると、その有様をビジュアルで捉え、その効果を事実として、皆に理解できる形で表現する。つまり写真に収めてテキストで解説するという行為に喜びを感じ、誰に見せるわけでもないのに、真面目に書き溜めていた。

 うん。この癖が生かせるな・・・

 どうせ人生終盤戦の独身。たいしてやることがある訳でもない。
 むしろ邪魔者がいなくなったと前向きに考えて、このアルマンダインレッドの彼女としっかり楽しまなければ・・・
 そうだ、彼女との蜜月を、このSNSで恥ずかしげもなく晒してやろう。
 そしてみんなにいっぱい”いいね!”してもらおう。

☜最初から読む

☞『ARK9010』EP.2.1につづく


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?