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ChatGPTの法律

中央経済社 編 著
中央経済社
168p
1,980円(税込)

目次
1.ChatGPTの概要
2.ChatGPTでできること【活用例】
3.ChatGPTとAI倫理
4.ChatGPTと個人情報保護法上の課題
5.ChatGPTを個人・ビジネスで利用する際の留意点
6.ChatGPTの未来

イントロダクション

2022年11月に米国のOpenAIが公開したChatGPTは、基本的な使い方を学ぶ段階を経て、ビジネスにいかに活用するかを各企業が模索するフェーズに入っている。
われわれが普段使っている自然言語をテキスト入力するだけで、誰でも手軽に使い始められるChatGPTだが、既存の法律上問題となる点も多々あるようだ。

本書では、ChatGPTの現行の法的枠組みの使用のポイントを、同サービスの基本とともに、IT・AIや知的財産に関する業務に携わる12人の弁護士が詳しく解説。AI倫理、個人情報保護法、著作権法などの論点を深掘りし、どのようなケースで法的な問題が生じ得るか、留意点を明らかにしている。
たとえば顧客情報の整理をChatGPTに指示する場合などに、個人情報保護法が関わってくるという。

著者はいずれも弁護士で、田中浩之氏、河瀬季氏、古川直裕氏、大井哲也氏、辛川力太氏、佐藤健太郎氏、柴崎拓氏、橋詰卓司氏、仮屋崎崇氏、唐津真美氏、清水音輝氏、松尾剛行氏の12人。ダイジェストでは、阿部・井窪・片山法律事務所の辛川力太、佐藤健太郎両弁護士が執筆を担当した項を取り上げた。

ChatGPTへの顧客情報の入力は個人情報保護法にふれるのか

 ChatGPTに対する何らかの指示を入力する際、同時に、利用者からChatGPTに対して、何らかのデータが提供される場合も考えられる。例えば「顧客情報を整理した表を作成してくれ」との指示を与える際に、整理の元となる顧客に関する情報もChatGPTに与えることとなろう。

 このような外部への情報の開示・提供という点で関係するのは、第一に個人情報保護法であろう。また、取引相手の情報を入力する場合には、契約で秘密保持義務を負っている場合はもちろんのこと、契約がない場合であっても、民法上の不法行為に該当する可能性がある。

 また、会社等の組織に所属する者が自社のビジネスに関する情報を入力する場合には、当該組織の規律に違反するだけでなく、当該組織との関係で上記と同様民法上の不法行為または債務不履行に該当する可能性もある。また、当該組織がその情報を不正競争防止法により保護される「営業秘密」として管理している場合には、保護を失わせることになりかねない。

 個人情報保護法が設ける各種の規制は、主として、民間では「個人情報取扱事業者」、すなわち「個人情報データベース等を事業の用に供している者」を名宛人としている。同法が個人情報取扱事業者に課している主な業務としては、(1)利用目的の特定等及びその目的の範囲を超える利用の制限、(2)第三者提供の制限が挙げられる。

 このうち(2)第三者提供の制限とは、一定の場合を除いて、保有する個人データを第三者が利用可能な状態に置いてはならない、という規律である。ここでは、ChatGPTへの入力という行為が第三者への提供に当たるかが問題となる。

 参考になるのは、クラウドサービスを利用した個人データの管理について、個人情報保護委員会が「クラウドサービス提供事業者が、当該個人データを取り扱わないこととなっている場合には……個人データを提供したことにならない」と説明している点である。

 そこでOpenAI社が「個人データを取り扱わない」かどうかを確認すると、本稿の執筆時点(2023年5月)では、API(*アプリケーションにChatGPTの機能を組み込むためのツール)をとおして入力された情報は常に利用されず、APIを介さず入力された情報はChatGPTの「training」をオフにすることで利用されなくなる旨の記載がある。そのため、ChatGPTが実際にこの記載にしたがって運用されている場合、「training」をオフにすればOpenAI社は「個人データを取り扱わない」事業者であり、第三者提供にあたらないとの整理も可能であると思われる。

ChatGPTの生成物には著作権が発生しない可能性が高い

 著作権法は、「著作物」の利用や、著作物について生じる「著作権」の行使について定める法律である。同法において「著作物」とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義されている。

 著作権侵害が成立するのは、(1)ある著作物に依拠して、(2)当該著作物と同一又は類似する表現物を利用(複製、翻案等)した場合である。

 (1)との関係では、ChatGPTによる生成の過程で当該既存の著作物に「依拠」したといえるかが問題となる。「依拠」とは、既存の著作物に基づいたり参考にしたりすることをいう。依拠したと言えない場合、すなわち、偶然表現が似てしまった場合には著作権侵害は成立しない。

 従前、依拠の有無はおおむね、(1)元となる著作物にアクセスできる状況だったか、(2)類似性の程度等から参照したことが推認されるか、という視点で判断されてきた。ChatGPTとの関係で、これらの視点に照らして検討するならば、(1)一般的にアクセス可能なほぼすべての著作物については特別な事情がない限りアクセス可能と思われるから、主に(2)類似性の程度から依拠の有無を推認することになると思われる。

 ただ、学習データの中に問題となる既存の著作物が含まれていないことが立証された場合には、(1)が否定される。また、そもそも既存の著作物がAI学習の段階でパラメータ化されている場合には「表現」に依拠していないため依拠性が否定されるべき、との見解もある。

 著作権法30条の4は、「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」には、「必要と認められる限度において」著作物を利用できる旨を定めており、これによりAIによる学習が著作権法上適法とされている。ChatGPTに学習させる目的がなく、指示の中で著作物を利用する場合には、この規定の適用を受けるかが問題になり得るだろう。

 また、著作権法47条の5は、電子計算機により情報解析と結果の提供を行う場合に、軽微といえる限度で既存の著作物を利用することができる旨を定めている。「軽微」かどうかは、利用に供される部分の割合、量、表示の精度その他の要素から判断するとされている。ChatGPTの生成物の中で特定の著作物が利用されているとしても、その量や割合は極めて少ないことが通常と思われるため、本条項によって、生成が著作権上適法とされる。

 反対に、ChatGPTを利用して生成した創作物が他人に勝手に使用された場合に、ChatGPTの利用者が何か主張できるのか。上記のとおり、著作権侵害が成立するためには、「著作物」への依拠および「著作物」の同一性または類似性が必要であるため、そもそもChatGPTの生成物が「著作物」といえるかが問題となる。

 この点については、まず、ChatGPTが生成したものは「思想又は感情」に由来する表現ではないため、原則として著作物に当たらないと考えられる。生成物が著作物と認められるのは、生成の過程で人が創作的な寄与をしている場合(出力された具体的な表現の創作に一定程度関与している場合)であるが、指示それ自体は「表現」ではなく単なるアイディアであるし、いかなる過程で表現が生成されるかはブラックボックスであるため、創作的寄与が認められる場合は限定的であろう。

 また、著作権法の具体的な条文との関係もさることながら、ChatGPT等AIの生成物が著作物として保護されるとすると、世の中に非常に多くの著作物があふれることになる。そうすると、創作を行う者は、そうした著作物についての権利を侵害しない形で創作を行わなければならず、創作活動が過度に抑制されてしまう。

 そのため、ChatGPTの生成物が第三者によって無断で使用された場合に、ChatGPTの利用者が著作権侵害を主張することは難しいと言わざるを得ない。もっとも、生成物に、一定の加工・修正等の作業を行った場合には、その作業を行った者が一定の著作権を取得する可能性がある。

弁護士など有資格者の業務を指示する場合には法律に留意するべき

 従前一定の職種が提供してきた行為について、消費者がChatGPTの助けを得て自ら行えるようにするサービスを提供することが考えられる。この場合には、特定の行為を業務として行える者を有資格者のみに限定している各法律に留意する必要がある。ChatGPTが得意とする書面生成や大量のデータ分析・整理に関する業務としては以下のようなものがある。

・税務書類の作成等(税理士法52条、2条1項)
・報酬を得る目的で訴訟事件等その他一般の法律事件に関して法律事務を取り扱うこと(弁護士法72条)
・法務局または地方法務局に提供する書類の作成等(司法書士法73条1項、3条1項2号)
・官公署に提出する書類その他権利義務または事実証明に関する書類の作成(行政書士法19条1項、1条の2)


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