何でもデリバリー
大手ゼネコンで主任として働いている。
客先にはいつも頭を下げて上司からは毎日怒鳴られ、同期には出世で先を越され、おまけに最近、長年同棲して結婚を考えていた彼女にもフラれた。
「ごめんね、あつし・・・他に好きな人が出来ちゃった」
泣いて謝る彼女に何も声をかけることが出来ない。
触れることも出来ずに、ただ見てるだけだった。
涙も出ない。
ここ半年、仕事が忙しいことを言い訳にして、一緒にいるのが当たり前になっていた彼女に、ちゃんと向き合おうとしていなかったのだ。
フラれて当然だ。
自分が世界一不幸な男のように感じる…
だが世の中では、ごくごくありふれた惨めな男の1人なのだろう。
彼女が荷物をまとめて出ていった夜、翌日にある会議の資料作成が間に合わず、22時まで残業になり疲れ果てて家に帰ってきた。
「ただいま」
「・・・」
自分の声が静かな部屋に虚しく響く。
今まで当たり前のように感じていた彼女のおかえりや笑顔、そして温かいご飯はそこになかった。
リビングのテーブルには、朝急いでコーヒーを入れて飲んだ青色のペアマグ一個だけがそのまま残されている。
ようやく自分の人生から永遠に彼女がいなくなったことを実感し、初めて涙が溢れ出した。
1時間くらい泣きじゃくって、呆然としていただろうか。
「ギュルルルー」
人間とは厄介なもので、そんな時でもお腹は減る。
泣いてエネルギーを消費したからなおさらだ。
冷蔵庫を開けると、ビール数本と彼女が好きだった甘い缶チューハイと、さけるチーズしか入ってない。
「そういえば、さっきポストにピザのチラシが入ってたよな」
ポストへ向かうと、見慣れないチラシが目に入る。
『何でもデリバリー!あなたのお望みのもの何でも配達致します!』
「ん?初めてみるやつだな。アプリから注文で初回1000円引きか」
普段だったら怪しむところだが、疲労感と空腹で、なんだか面倒くさくなり、気がつくとアプリをダウンロードしていた。
最初に名前、住所、電話番号、支払い方法を入力、次に検索画面で食べたいものを探してみる。
「う〜ん、黒豚とんかつ、味噌だれで食べる餃子、生麺のもちもちパスタ、どれも美味しそう・・・決めらんないなぁ。」
一旦落ち着いて今一番食べたいものを考えてみる。
「ロコモコだ!」
そう、ロコモコは彼女の得意料理だったのだ。
早速探すと美味しそうなハワイアン料理店のロコモコが出てきた。
『ロコモコ 1,280円』をタップしてオーダーする。
30分で届いた。
食べてみると、肉の分厚さやジューシーさはお店だけあって多少こちらが上だったが、グレイビーソースは彼女が作る味ととても似ていた。
また涙が溢れた。
それから、一週間毎晩ロコモコを頼み続けていた。
ロコモコのおかげで少しは傷が癒えるかと思ったが、そんなわけはなかった。
生活圏内は彼女との思い出が溢れている。
あのスーパーも、あのレストランも、馴染みのコンビニも、薬局も。
何かを買う度、何かを見る度、ふいに思い出して心がヒリヒリする。
いっそ引っ越そうかと思ったが彼女への未練がそれを引き止める。
仕事は相変わらず忙しい。
それでも家に帰ってから空白の時間が待っていた。
もしかしたら帰ってくるかも、という淡い期待が拭えず、だらだらと過去のSNSを眺めて空白の時間を埋めていた。
ふとSNSのアイコンの隣にある『なんでもデリバリー』のアイコンが目に入った。
特に買うものはないがタップした。
すると、ちょうど買い忘れていたいつものシャンプーがおすすめに出ていた。
思わぬ偶然に「おっ」と声を上げ、『シャンプー 580円』をタップしてオーダーした。
外に出ればすぐに買える、でも傷心を思い出さずにすんだことに、少しほっとした。
一度楽をしてしまうと、そこから身の回りのもの全てをデリバリーするようになるまで、時間はかからなかった。
食品から日用品、コンビニに行く感覚で、どんどん注文した。
外に出る手間が省けるという建前だが、外に出る気にならなかった、というのが本音だった。
会社に行く以外は家で過ごす事が多くなった。
ある休日、だらだらと『なんでもデリバリー』を眺めていると、
「最新!!VRオンラインゲーム!君も勇者を目指そう!」
の文字を見つけた。
詳細をクリックすると、
「ヘルメットをかぶるだけで、別世界を味わえます」
「これは面白そうだ!」
『VRオンラインゲーム 250,000円』
「少し高いけど、この金額で、家で楽しめるなら」
と、タップしてオーダーした。
早速届いた段ボールを開けると、ヘルメットのようなVRの機材と簡単な説明書が入っていた。
大人数がリアルタイムで参加するロールプレイングゲーム、いわゆるMMORPGだ。
なんと、コントローラーはなく、その機材を被るだけでゲームの世界に入り込めるようだ。
「最近のゲームはすごいな・・・」
「プレイヤー名はツーシーにしよ」
大学時代ぶりのゲームに少しワクワクしている。
さっそくツーシーはギルドと呼ばれるプレイヤーたちが集まる場で、同じような初心者らしいプレイヤーに声をかけてみることにした。
「初めまして、フレンド募集してます」
その日は、素敵な笑顔の少年ナツと、少しミステリアスな少女モナと出会った。
あまりにリアルな表情や雰囲気にあつしは思わず、
「まるで本物だ…」
目の前に本当に存在するかのような二人とのやりとりに、つい心の声が漏れる。
本当に友達ができたようだった。
このゲームでは、ストーリークリアを目指す者、他のプレイヤーと交流を楽しむ者、釣りを楽しむ者、結婚する者、家を建てる者。
現実世界と同じようなライフスタイルを楽しむ人たちがいる。
ゲーム内の世界はもはや現実よりも魅力的で、あつしはどんどん引き込まれていった。
5時間、10時間、15時間
会社以外の時間は全てゲームにログインするようになり、睡眠もゲーム内で取るようになっていった。
終いにはとうとう会社を辞める決断に至った。
幸いこれまで大した贅沢もしてこなかったため、お金の心配は当分いらない。
「長期の休みだと思って、落ち着いた頃にまた働けばいいか」
あつしはゲームの世界に没頭している。
ゲームの情報も『何でもデリバリー』で購入していた。
「ツーシーさぁ、どこでそんな情報手に入れてるの?」
「ちょっとしたツテがあってさ、イイ情報もらえるんだよね」
「ツーシーの情報のおかげで私たちのパーティ、すごく有名になってきたね」
「もうすぐ次のイベント始まるからさ、今から準備しておこうよ」
的確な情報で順調に進むVRゲームの世界。
みんなが自分に頼ってくれてるのもとても嬉しかった。
それからさらに数ヶ月後、あつしは結婚していた。
ゲームの世界で。
相手は一緒にパーティを組んでいたモナ。
ゲーム内では結婚をすることで発生するイベントや一定のメリットがある。
そのためなのかナツも祝福してくれたし、結婚しても3人の関係はまったく変わらず、充実した日々を送っていた。
だがゲームの世界で充実しながらも、その世界から離れると、いつも一人の時間が待っている。
現実でも、もう一度誰かと一緒になってみたい気持ちが強くなっていた。
そんなある日、いつも通り食事を頼もうと、『何でもデリバリー』を開いていると、見慣れないものが目に入ってきた。
『あなたへのおすすめ ご新規様キャンペーン中!「理想の奥様」あなた好みの奥様をデリバリー致します!!』
「そういえば最近すっかりご無沙汰だなぁ。」
てっきりアダルトなサービスだと思って笑いながら興味本位で覗いてみた。
「???」
「本物の嫁をデリバリーすると書いてある」
『しっかりものの奥様、従順な奥様、甘え上手な奥様などあなた好みの奥様をお届け致します。気に入らなければいつでも返品可。』
「こんなサービスありえるのか…?いや待てよ」
さらによく見てみると実際にオーダーした人のレビューが書いてある。
『★★★★★ この注文で人生が変わりました。』
『★★★★★ やっと運命の人に出会えました!』
『★★★★★ マッチングアプリよりこの方がはるかに効率が良いです。』
そして最後に、
『先着5名様残り1名 このチャンスを逃すと次回は未定!!!』
(もし、これから恋愛したとしても、今の自分に結婚まで持っていけるのか)
(前の彼女のように、また傷つくことになるかも・・・)
(しかし、お金で何とかできるものなら・・・幸いお金ならある!)
半信半疑ではあったが返品もできると書いてあるので思いきって、『奥様 1,090,930円』をタップしてオーダーした。
「ピンポーン」
30分後、呼び鈴がなると、ドアの前には可愛らしい女性が立っていた。
彼女はスーツケーツを重そうに引っ張りながら、
「ご飯まだでしょう?すぐ作るね。」
と言ってキッチンまで入ってきた。
突然のことで呆気にとられていたが、よく見ると腕にはスーパーの買い物袋をぶら下げている。
そして、手際良く食事の支度をしてくれる。
できた料理は「ロコモコ」だった。
驚くことに、味は以前注文したものと全く同じで、とても美味しかった。
彼女が来てしばらくは、家の中に、前の彼女以外の女性がいることに居心地の悪さを感じていたが、彼女があまりに何でも言うことを聞いてくれるので、一週間も経つとすっかり慣れていた。
家事は完璧にこなし、いつも話を聞いてくれて自分の味方でいてくれる彼女。
四六時中ゲームをしてほったらかしにしてても、わがままを言ってもどんな時でも、
「あなたのためなら」
と言って笑顔で応えてくれる。
最高の嫁で、自分は世界一幸せな男だと思っていた。
なにからなにまで『何でもデリバリー』は届けてくれる。
いつの間にか人生の必需品になっていた。
今日もいつものようにアプリを開いてみると、
『必見!!夢コンプリートプラン』という見出しが目に入った。
「夢まで届けてくるのか…?」
(流石にこれは、現実離れしている)
と思いつつ、さらに詳細を追っていく。
叶えたい夢カテゴリーに進むと、いろいろなジャンルの夢が表記されていた。
「ミュージシャンになって武道館でライブ」の文字で手が止まる。
一時期熱心に取り組んでいたバンドの仲間と
「いつか、ビッグなミュージシャンになろう」
と話していたのを思い出した。
「ものは試しだ、失うものもないし、お金はある」
なぜか、夢に挑戦するような気持ちで、『夢コンプリートプラン 10,000,000円』をタップしてオーダーした。
30分後、届いたのは台本のように書かれた今後のスケジュールだった。
翌日、その台本に書かれているとおり、予定の時間に予定の場所へ行くと、バンド仲間と出会い、音楽プロダクションが紹介され、マネージャーや専属プロデューサーも付いた。
テンポよく進んでいくミュージシャンとしての人生。
まるで、予定されていた夢の道を真っ直ぐ進んでいるようだ。
気づけば、デビュー作がオリコントップになり、話題の新人バンドになっていた。
当然、周りの反応は変わった。
家族や今まで話したこともない同級生からも連絡が来るようになり、熱狂的なファンもできて、芸能人の知り合いも増えた。
自分の周りには沢山の人が寄ってきて、ちやほやされるようになった。
と同時に、あつしは今までの人付き合いが面倒臭くなっていた。
一流の人や一流のものに目がいくようになり、それ以外のものが体の低い、魅力のないものに見えてきた。
収入も驚くほどに増え、身の回りのものは全てブランドもので固め、外車を買い、そして毎晩のように派手に飲み歩き湯水のようにお金を使った。
女性も例外ではない。
それまで、自分の存在なんて知らなかった憧れの女性モデルやタレントと関係を持つようにもなった。
飲んで遊んでどんなに遅く帰っても、嫁は一切文句も言わず起きて待ってくれていたが、もはや全く興味が持てなくなり、更には存在が煩わしくさえ感じるようになっていた。
寄ってくるイイ女はいくらでもいるのだ。
「もういらないな」
と、あつしは嫁の返品をタップした。
彼女は、
「あなたのためなら」
と一言残し、去っていった。
それからも、自分の気に入らないメンバーやスタッフはクビにしながら、音楽活動は順調に進んでいく。
いよいよ武道館でのライブの開催に至った。
「ついに夢が叶う時が来た」
この時は自分の人生の中で最高のテンションの上がり方だった。
ライブ当日は、多くのファンで賑わい大成功し、これまで体験したことのない快感を得ることができた。
すべて自分の思い通りで、まさに絶頂の中にいた。
ところが、
武道館でのライブが終わった翌日、バンドの解散が告げられる。
「えっ・・・!!!」
驚きを隠せないあつしだったが、確かに「夢」は叶ったのだ。
それと同時に、バンド結成時から付き合いのあった人とは、何故か一切連絡が取れなくなっていた。
もう嫁もいない。
気がつけば自分の周りには誰もいない、音楽で稼いだお金も散財しほとんど残っていない。
後悔してもすでに遅かった。
その日以降なにもやる気が起きず、『何でもデリバリー』で生活に必要なものと、自分を満たしてくれそうなものを頼むような日々。
しかし、いつまでたっても心が満たされる事はなく、やがて生きているのもめんどくさく感じるようになっていた。
気がつけば全財産は6000円。
もう何をする気力もなかった・・・
取り憑かれたように、真っ黒い画像の『END 5,648円』をタップしてオーダーしていた。
「ピンポーン」
30分後、呼び鈴が鳴る。
ドアを開けると、そこには黒づくめの女が立っていた。
「ドスッ」
次の瞬間、体に強い衝撃が走り膝から崩れ落ちる。
遠ざかる意識の中、キャップの奥に見えたのは見覚えのある瞳だった。
彼女は一瞬笑って呟く。
「あなたのためなら」
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