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2016年に児童書編集者から「わかるけど収録は無理」といわれて未収録にした梨屋アリエYA短編☆『ふつうにやさしいまじめないい子』


ふつうにやさしいまじめないい子   梨屋アリエ

目覚めると、体中が痛かった。
起き上がると、ぼくは死んでいた。ホラー映画のミイラのように包帯を巻かれて、たぶん傷だらけで横たわっていた。ちなみに「起き上がった」と思っていたのは、ぼくの意識だ。
ぼくは自殺をしたんだ。どうやらちゃんと死ねたらしい。
待てよ? 死んだら「ぼく」という意識は消滅するものだと思っていた。まさかこんなふうに残るだなんて。
肝心の、死ぬ直前の記憶がない。
でも、死んだのは本当らしい。ぼくは棺桶に入れられた。安っぽい白木の合板の棺桶だ。
なのに、まだ意識がある。肉体を離れ、宙を浮遊している。まさか、魂ってやつとなって、ぼくは死後も残るというのだろうか。
冗談じゃない。
死後の世界になんて行きたくない。すべて終わりたいから死を選んだのだ。死んでも続きがあるのなら、生きているのと変わらないじゃないか。
それとも、自分の体が火葬場で焼かれるまでは、死体にも意識がぼんやりのこっているんだろうか。
 葬儀を待つしかない。

ぼくが自殺を決意したのは、はっきり言っていじめが原因だ。
死ぬ前にちゃんとパソコンの中に遺書を書いてきた。何か月も前から、遺書を書き続けていた。
まず、いじめの主犯は山本、森、坂本だって。
そのほか、直接手は出さなかったけれど笑いながら見ていた斎藤、田中、山野さん。それから高野さんのことも、罰を与えてください、と書いてきた。
だれも見ていないところではぼくと口をきいてくれた木下くんのことは、半分くらいは許す。でも、山本の命令で僕に跳び蹴りを三度も喰らわせて、鼻血で僕の制服を真っ赤に染めたことは絶対に忘れない。もしもぼくにすまないと思うなら、きみが死ねばよかったんだ。「きみをやらなかったらおれがやられるからごめん。友だちだろ?」なんて言われて、ぼくがどんな気持ちだったと思う? 山本、森、坂本は死刑だけど、木下くんは半殺し六か月で許してやる。
それから担任の水原先生。いつも野球部の顧問が忙しそうなのに、ぼくのような生徒の担任になってしまって、お気の毒でした。たぶん気にしてくれていたのかもしれないけれど、先生の落雷直前のゴロゴロみたいな異様に低くて大きな声や、天狗みたいなぎょろ目とごっつい鼻が怖くて、ぼくは逃げてばかりいました。
「おう、志村。背筋を伸ばせ」と何度か言われましたけれど、叱られているようにしか思えず、本当に怖かった。一生関わりたくなかったです。
でも、学活ノートに、先生は連載小説を書いてくれましたね。
ぼくが毎日一言だけ、
六月三日
  た
六月四日
  す
六月五日
  け
六月六日
  て
六月七日
  し
六月十日
  に
六月十一日
  た
六月十二日
  い
と、書いていたとき、
六月三日
た ぬきは考えた。どうして自分はきつねではないのだろうか。
六月四日
す きな人に振り向いてもらうには、きつねのほうがいいに決まっている。
六月五日
け の色は金色に近い。こんがり美味しそうな色のことをきつね色というくらいだ。
六月六日
て んかす入りのうどんのことをたぬきうどんというが、油揚げとは格が違う。
六月七日
し かも、きつねは神社に祭られているが、たぬきの神様はみたことない。
六月十日
に んげんになったら、きっときつねのほうがイケメン。
六月十一日
た ぬきはブサメンでデブキャラで常にきつねの引き立て役。お笑い担当の笑いものなんて、もう
六月十二日
い やなの、こんな生活。ダイエットでもしようかしら。
六月十三日
      完。

と、書いてくれた。こんな合作できる担任って、なかなかいないですよ。教員、やめてほしいです。野球部員のファールボールでも顔面に直撃して、顔を陥没させて死ねばいいんだ。
 お父さん、お母さん。ぼくを産んでくれて、育ててくれてありがとうなんて言わないよ。ぼくがいなかったら、無駄なお金もかからなかったし、家の壁にバカとかうんことかって落書きをされて恥をかくこともなかったし、しょっちゅう熱を出したぼくのためにお母さんが正社員の仕事を辞めずに済んだんだ。金食い虫はもう消えます。よかったね。お父さんの財布から毎晩千円ずつお金を抜き取っていたのはお察しの通りぼくです。盗んだお金は全部、山本、森、坂本に渡しました。渡した日時と場所と金額はエクセルで保存してありますので、あとで返してもらうといいです。お父さんとお母さんはいつも酒とタバコ臭いので、一緒のお墓には入りたくありません。なので、ぼくのためにせいぜい長生きしてください。

ぼくの葬儀が始まるようだ。
どうせ誰も来ないというのに、なにやら騒がしい。
ぼくの棺桶が運ばれていく。
教室よりも広い場所だ。
花が飾られていて、きれいだった。こんなに豪華にしなくても……。けちな親がぼくの葬式にお金をかけるはずはない。昔おばあちゃんが亡くなった時にも、火葬しただけだったじゃないか。
さては、ぼくの自殺に罪悪感を持った人たちがお金を出すことになったんだろうか。
まあいい。山本、森、坂本の顔を見てやる。あいつらのことだ。ぼくの死に顔を笑いに来るに決まっている。棺桶の写真を撮って「葬式なう」ってLINEに書くためにくるんだろう。
 それにしてもどういうことだろう、どんどん人が集まってくるような気配がする。
 もしかしたら、ぼくの自殺は盛大に報道されたのだろうか。それなら願ったりかなったりだ。山本、森、坂本の顔を新聞やネットに誰かがさらしてくれるだろう。あいつらの一生をダメにしてやってください。
女の子が泣いていた。
あの子のことは保健室で見た覚えがある。たしか、野田さんだったかな。去年から不登校になっていた子だ。
「あの子がいなくなったから、次のターゲットはわたし」と泣いている。「なんで死んじゃったの」って。「もう、絶対に学校には行けない」って泣きじゃくっている。
少し胸が痛む。
こんなぼくでも誰かの防波堤になっていたのだ。まあ、それは少し自覚していた。だけどなんでぼくが野田さんを守らなきゃならないのか、まったくわからない。野田さんが先にいじめられていたら、ぼくはそれほどひどい目に遭わなかったかもしれない。
 みんな、不幸になれ。みんなを不幸にするために、ぼくは死んだんだから。
「間もなく告別式が始まります」
 斎場の司会者が、落ち着いた声で言った。
 ざわめきが大きくなる。
 なんだなんだ。大勢の人の気配がするぞ。近所の人や、小学校時代の同級生まで来ているみたいだ。知らない大人もたくさんいる。いったい、何をしに来たんだ。
「まだ中学生だなんて、親御さんのことを思うとね……」
「同級生もショックでしょうねえ」
 ささやき声と啜り泣きが聴こえてきた。
「怖いわねえ」
「巻き添えなんて、かわいそうにねえ……」
 怖い? 巻き添えってなんだ?
「いい子だったのにね。これからなのに、あんな、むごい……」
「800mも引きずられ」
 なんの話だ?
 記憶にないが、予定ではぼくは立体駐車場から飛び降りたはずだ。
 新聞を持ってきているおじいさんがいた。
『死傷者7人 運転手から危険ドラッグ』
 見出しが見える。
『信号待ちの中学生が死亡』
 なんか違う。
 間違ってないか?
 ぼくが想定していた新聞の見出しは、『中学生自殺 いじめを苦に 同級生聴取へ』という感じだ。
「なにがあったんだ? ぼくは、いじめたやつらに復讐するために死んだんじゃなかったのか」
 もしかしたら、これは悪夢なのではないか。ぼくは本当に死んだのだろうか。
告別式はしめやかに進んでいく。
 山本たちが来ていた。
あいつらみんなを呪ってやる!
 だれもぼくに気づかない。近づいていって殴ってやろうとするけれど、なにひとつ触れることができない。ぼくの意識には、実体がないからだ。
 せめて、ロウソクを消すとか、盛り花の白菊の首を落とすとかできないだろうか。
 やってみたけど、できなかった。ぼくの声だって、まったく聞こえていない。気配すら、だれも感じていないのだ。
「なんでだよ! おい、おまえら!」
 担任が、山本を気遣うように肩に触れた。
「なに慰めてんだよ。相手が違うだろう!」
 そのとき、はっきりと声がした。人間とは別の声。
「おまえ、元気だな」
「だれ?」

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