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毎朝大きい声であいさつをするおじさんが、ハトの死骸を持って現れた話

娘と保育園に行く途中で、よく遭遇するあいさつおじさんがいる。
名前も知らない、もちろんどこに住んでいるかも知らないけれど、なぜか遭遇すると大きい声で「おはよう!!!!!」とあいさつをしてくれる。

この「おはよう!!!!!」がとびきり大きな声で、本当に大きな声なので、ぽけーっと歩いていると条件反射的にビクッとしてしまうのだ。
でも、声は大きいけれど怖い感じではなくて、笑顔でにっこりと微笑んでくれる。

ただ、非常に申し訳ないけれど、その声があまりに大きいからか娘もビビってしまい、なかなか「おはよう」と返せていない。
私は「あ…ぉ、ぉはようございます…」みたいな感じでひるみながら返す。

そのあいさつおじさんが、ある日、手に何かを持っていた。
遠目ではなんだかよくわからなかったし、さして興味も無かったけれど、というより私から何かを話しかけるような間柄でもないのでスルーしようとしたけれど、突然話しかけられた。

「これね、たぶんたぬきにやられちゃったんだよ!だから拾ってきたの!」

おじさんの声のトーンはいつもより低く、声量も少し抑えられ、心なしか表情も陰って見えた。

よくよく見ると、手に持っているのは鳥(おそらくハト)の死骸だった。
首のあたりが無残に噛みちぎられかけている。
それを、おじさんは素手で持っていた。

私はギョッとしたが、「あ、そ、そうなんですか…」ととりあえず無難に返事をして、足早にその場を去った。
それ以上話すこともないし、グロいものが非常に苦手なので、正直ちょっと怖かったからだ。

でも帰り道を歩きながら、いろいろと考えてみる。
おじさんは「たぬきに襲われた」と言ったけれど、この辺にたぬきはいるだろうか…?(山が近いわけではない住宅地)
というか、おじさんはあの鳥さんを、どうするつもりなのだろうか…?

たぬきに襲われたかどうかは置いておいて、鳥類などが車に轢かれて道路に無残に残されていることはたまにある。
でも、それを拾ってどうこうしようという人は、ほとんどいないだろう。
何かアクションを起こしたとして、保健所に電話をするくらい。

でもおじさんは、自ら素手で拾っていた。
まさか食べるわけではなし、おそらく供養してあげるか、人目に触れない所にそっと処分してあげるのではないかと思った。

私はおじさんの素性はわからないし、何も確かなことは言えないが、なんだかあのあいさつおじさんは、人にも動物にも、とにかく愛が深い人なのではないかと思った。
今の世の中、しかもとりわけ人との関わり合いがそっけなくなりがちな東京砂漠で、あのおじさんのような人はきっと貴重だろう。
毎日大きな声で、知らない人でもあいさつを続けるのも、傷ついた動物を放っておけないのも、生きるもの全てに壁を作らない、あの人の生き方なのだろうなと思った。

対して私は、非常に慎重で、警戒心が強い人間だ。
知らない人には基本的に心の中で、何かあったらいつでも反撃できるようにファイティングポーズをとる(あくまで心の中で)。
だから知らない人、道ですれ違っただけの人に話しかけることなんてない。
もちろん知り合いや、知り合いの知り合い、同じ保育園などの団体に属している人には気さくに接する。
でも基本的には必要以上に距離を詰めない。

だから、あのおじさんの姿がすごく新鮮にうつったのかもしれない。
もしかしたら昔はそうやって、地域で子どもを見守っていたのだろう。
でも今は、私のような人が多くてそうもいかない。
知らない人でも知らない子にも声をかけ、知り合いになっていく。
良い人ばかりではないから一概にそれが良いとは言えないが、犯罪抑止のためにはそういうのも必要なことなのだろうなと思った。

先日、おじさんに「おはよう!!!!!」を言われた後に娘に聞かれた。

「なんであのおじさんは○○ちゃん(娘の名前)におはようっていうの?」

なんでだろう。
なんでかはわからないけれど、「おはよう」って言われることが疑問にならないような世の中になるのもいいのではないかと思った。

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