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美術作品の中で眠ったら、一回死んで生まれ変われた気がした
先週、4泊5日で一人旅していた。
娘が生まれて以来、はじめてのひとり旅。何年もとても忙しい日々だったので、自分にちょっと休暇を与えてみることにしたのだった。
どこに行こうかなぁ。せっかくだから海外に行こうかなとも思ったんだけど、結局5日しかないので、前から行ってみたかった豊島美術館を目指すことにした。
コロナ以降、あまり使う機会がなかったマイルを使い、高松空港行きのフライトを予約。あとは適当に風まかせで。
4月から5月にかけて、私は本当に気力がなかった。一方で、夏以降に連載や文学賞の審査員、雑誌の特集などの重めの仕事を引き受けていたから、大丈夫かなと自分でも心配になった。そこで、人前に出る仕事を断り、寝不足になるようなドラマを見るのを辞めた。かわりにたくさんの読書をして、部屋を整え、日々の散歩や運動を再開することでなんとか自分を立て直せそうな気配が。この旅がその総仕上げになるといいなと思った。
高松空港から入り徳島へ、その後高松に出て豊島に。
全く知り合いもいない土地だから、ひとり孤独に旅をするんだろうな、きっといっぱい本を読むんだろうな。と思っていたんだけど、その予想はめちゃくちゃはずれ、初日からいろんな出会いがあったので、それについてはまた後で書く。
忘れないうちに、まずは豊島について書きたい。
豊島美術館はいろんな人に「きっと有緒さんは好きだと思う」と勧められてきた。
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美術館には内藤礼の作品がひとつあるだけだから、きっと1時間もあれば充分だろうと思っていたけれど、入ってすぐに、ここには長く居ることになるだろうと思った。作品の詳細はここではかかない。でも、この作品は自分にとっては回復薬みたいなものになる予感がした。
作品に抱かれて深く眠った。夢も見ない黒くて深い眠りだった。長く寝ていたのだろうか? 監視員の人にそっと起こされた。目が覚めても、しばらく夢と現実をいったりきたりしていた。一回死んで生まれ変わったみたいな不思議な感覚だった。
もはや閉館までいるのかもしれないと確信。それならば一回休憩しようと外に出て、しばらく穏やかな瀬戸内海の海を眺めた。このような繊細かつ巨大な作品が1つだけある美術館を作るなんて、とても大胆なことだ。
たぶんここでは、何人が一緒に同じ空間にいるのか、ということがとても重要な要素になるので、美術館は時間によって入る人数を制限している。ただいったん入ってしまえば時間制限はなかった。
再入館し、またじっくりと作品世界に身を委ねる。気がつくと閉館が迫っていた。もうひとりだけ花柄のワンピースをきた女性がいたけれど、その人もゆっくりとした足取りで出ていった。最後の15分、美術館にいるのは私1人だけだった。この作品を独り占めできるなんて…本当に来てよかった。
豊島にはもうひとつみたいものがあった。
クリスチャン・ボルタンスキーの心臓音のアーカイブである。
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海沿いに立つ小さな建物。その中には遠くに住む誰かの心臓音を聞ける装置があり、その目の前には窓があって瀬戸内の穏やか海が見える。その装置は、場所や名前で、収集された心臓音を検索することができる。試しに妹の名前を検索したりしてみた。
しばらくイタリアやフランスなどの人の心臓音を聞く。
力強くゆっくりしたものもあれば、早い心臓音もあった。
次は新潟で収集された名前のリストをざっと見てみた。大地の芸術祭事務局の人とか、誰か知ってる人がいるかもと思ったのである。
そうしたら本当にある名前が目についた。
数年前に亡くなった若い美術家の人だ。もちろんその人かどうかはわからない。同姓同名かもしれない。それでもいいやと思った。しばしその人のことを考えながらその心臓音を聞いた。とても早い心臓で、いつも明るくはしゃいだようなその人らしい気がした。
ヘッドホンを下ろすと、目の前には海があった。人が生きた証を生涯かけて収集したしてきたボルタンスキー。彼の偉大な仕事に感じいった。
私も心臓音を録音してみた。これで作品の一部になれたわけだ。ボルタンスキーとは直接面識はないが、前の本でその作品を紹介した関係で、間接的にやりとりしていた。
あのとき、自身の死を目前にした偉大なアーティストが、私の本に無償で作品を掲載する許可を与えてくれたことにとても感謝している。
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豊島はもともと産業廃棄物の山が45メートルそびえ立っていたと言う汚染された島だった。「ミミズの養殖を騙った産廃の不法投棄」が行われ、100トン近い廃棄物をめぐって住民が25年間も業者や県と闘い、決着が着いたのが2000年。
原状回復のために本当に最近までその処理が続いてきたという。こんな美しい島に作り替えるまで、多くの人の凄まじい努力をしたのだろう。
一旅行者として感謝したい。
ありがとうございます。
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最後に、もうひとつみたいと思っていたボルタンスキーの「囁きの森」。
森の中にあるその作品に出会った時、本当に森は小さく囁いていた。
なんだか手を合わせたくなった。ここは、他の場所と離れているので、いかない人も多いらしいけれど、実際のところとんでもない作品だと思うんだ。
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