飯田町の一室にて
文化三年初夏の江戸飯田町はいつもどおりの風景が流れていた。
私の書斎を除いては。
私の書斎に二人も来客がいる。異常事態だ。
私の隣にいる「葛飾北斎」とかいう絵描きの事は置いておこう。こいつは一月前から居座っている。
問題は正面の大男の方である。とにかく身の丈が高い。立てば七尺はあろうかという程だ。それに加えて、厳つい鎧を着込んでいる。
そんな中、隣の絵描きバカはいい画題だと言わんばかりに私の帳面を勝手に使い大男の姿を描いていく。もはや咎める気にもならない。
「念の為もう一度名前を伺おう」
「――源為義が八男、鎮西八郎為朝である!」
大きなため息が出た。
もし本当なら、彼は600年以上昔の清和源氏の武将で、
そして私と隣の絵描きが作ろうとしている新作読本の主人公である。
絵描きオヤジは肩を揺らして笑っている。大男を描き上げたらしい。
「ヒヒヒ、面白いことになったなあ、ね馬琴センセ」
毎度ながらいい絵を描きやがる。
【続く】
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