福岡フィールド研修を通しての一考察
はじめに
高校生だった2014年の頃に環境問題に関心をもって、そこから8年間、様々な形で環境保全活動に携わってきました。そして24歳になった今、大学生や高校生とともに、環境保全に取り組んでいます。
2014年の頃から国内外の色々な場所に行ったり、多くの先輩方のお世話になったりした経験が今の活動に繋がっています。
そして大人の側にたった今、後輩たちに様々な自然環境や保全の試みなどを見せる側になったのだと思います。
ということで、今年は後輩たちと滋賀県の琵琶湖周辺や福井県の中池見湿地、兵庫県のコウノトリ保全の取り組み、島根県の宍道湖周辺に鳥取県西部の保全活動の見学など、様々な場所に研修に出かけました。
今回はその中から福岡県周辺での研修や保全活動、交流を通して学んだことから、環境保全について考察していきたいと思います。
気付きは学びに繋がる
環境問題というと、地球温暖化や気候変動、海洋プラスチック問題、生物多様性の劣化、その他様々な難しい話題が並びます。
専門用語や難しい考え方の羅列を目の前にすること、ハードルを感じずにはいられません。
座学は苦手な私ですが、知的好奇心が旺盛な方だと思います。知りたいスイッチが入ると、数百個の池だろうと、数十kmの海岸線や世界の果ての大湿原でも、全部歩いて実際に見てみなければ気が済みません。
そうして実際に見てみると「難しい用語」が「面白い実例」として理解出来てしまいます。
難しい話に結びつけなくても、今まで自分を作ってきた常識とは違う世界を知るということは、とても重要なことではないでしょうか。
例えば私は、福岡から鳥取に行った時、トノサマガエルの多さに驚かされました。
一昔前までは福岡県でも、子供たちの遊び相手として必ず話に登場していたトノサマガエル。その後、平野部では水田様式の変化に伴ってほとんど姿を消してしまいました。それが鳥取県には気を抜いたら踏んでしまう程に沢山いるのです。
環境が違うだけで、こうも生物が違うものかと感動したものです。
逆に言えば、鳥取でカエルに慣れ親しんだ上で「田園地帯にカエルが全然いないこと」に気付いた時、どのように感じるのか、それもまた大切です。
実感として、そういった違いに気付くことは自然環境への考察を深めることにとって大切なことだと思います。
良いか悪いか、そんな善悪はさておき、様々な「実例」を知っているかどうか、それがまた気付きに繋がります。
先程のトノサマガエルの例にしても、そういった気付きの体験があれば、仕事や旅行で何処かに行った時に車窓から聞こえるカエルの声の捉え方が変わってくるのではないでしょうか。
知識として両生類が減っているというだけでは見落としてしまう些細な気付きに繋がるはず。
違う場所を旅してみるとか、会ったことない人に会ってみるとか、そういういつもと違う経験は、きっと物事の見え方や考え方を豊かにしてくれます。
そんな考え方をモットーに、色んな場所に行ってみたり、話を聞いてみたり、様々な体験を楽しみながらやってこう。
ということで今回、鳥取環境大学の学生2人、鳥取大学の学生1人に筆者の私を含めた計4人で北部九州研修に行ってきました。
その内容を出来る限り文章で伝えられるよう頑張ります!4日間分の長文になりますが、よろしくお願いします!
有明海編
干潟と濁水の有明海
福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県に囲まれた大きな内湾、有明海。日本最大の干満の差があり、大潮の日には6mも潮位が変わります。
そのおかげで最干潮時には1kmを超えて干潟が現れます。しかもそこに住む生き物たちはどれも独特。氷河期に大陸から渡ってきた大陸系遺存種と呼ばれる生き物が沢山居ます。
国内でも特異な生態系、常識をぶち壊すには持ってこいの場所です!
干潟に負けない有明海のもうひとつの特徴はこの濁り。
阿蘇山の火山灰由来の微粒子が筑後川に運ばれ、海水に触れることで電化が変わり周辺の有機物を集めることで有機懸濁物というものに変わるのだそう。この有機懸濁物が有明海の濁りの正体です。
有機懸濁物という莫大な栄養分が、圧倒的な生物資源を育みます。
有機懸濁物を餌にカイアシなどの動物プランクトンが増え、それを餌にするエビや小魚が増え、そしてそれを餌にする大型の魚が……と生態系が作られていきます。
濁水を餌に無限に生き物が湧き、流れに任せて網を入れておくだけで沢山の魚やエビが捕れる豊かな海。
それを象徴するように、沿岸には大きな網を海につけて滑車で引き上げる単純な漁をするための小屋が並んでいます。佐賀県鹿島市では棚じぶ、福岡県柳川市ではくもで網と呼ばれる漁法です。
有機懸濁物を餌にする生き物はプランクトンだけではありません。干潟の中に住む貝類もそのひとつ。
有明海異変が始まって二枚貝が激減したとはいえ、砂干潟や砂泥干潟にはまだシオフキなどの貝類が沢山います。
1980年代までは船が沈むほどのアサリが採れ、というか干潮時に採り過ぎて満潮時に船が浮かずに沈んだという話がある程に貝がいたのだとか。
有明海異変で水産資源が激減してしまった今でも、魚市場では有明海の生物多様性の一端を垣間見れます。
この日の地物コーナーには、ヒラやスズキ、クッゾコ(シタビラメの仲間)、エビ、ビゼンクラゲ、ワケ(イシワケイソギンチャク)などの内湾特有の生き物たちが並んでいました。
まさに、広大な干潟と濁った海が育んだ食文化を見ることが出来ます。
良い海と言えば、青く綺麗な環境を想像しがちですが、こういった濁りがあるからこそ良好な生態系が育まれているという環境もあるのです。
荒尾干潟
今回は福岡県をメインに活動していましたが、少し足を伸ばして熊本県の荒尾干潟へ。
荒尾干潟は熊本県北部に広がる広大な砂干潟。ラムサール条約に登録されているこの干潟は漁業資源としての活用だけでなく、グリーンツーリズムなどにも活用されています。
荒尾干潟水鳥湿地センターはラムサール条約登録後に利活用の拠点として利用されています。
また、荒尾干潟は筆を使ったマジャク釣りでも有名です。
マジャクの水産資源としての価値もさることながら、他にも様々な生態系サービスを提供してくれます。
例えば、エコツーリズムとしての価値。筆を使って穴からおびき出し捕まえるという漁法は、レジャーとしても楽しまれます。
観光客や修学旅行生を受け入れたり、体験授業としても活用されています。また漁協側がレジャーエリアとして解放する場所と休漁する場所を上手く使い分けることで、資源の過利用も抑えられます。
また、アナジャコの生息自体も干潟に良い影響を与えます。干潟の中に縦横無尽に掘られた深さ1mにもなるアナジャコの巣穴は、干潟の酸素循環にとって大切な役割を果たします。
酸素が深くまで干潟深くまで行き渡ることで、干潟内部が酸素欠乏を起こして硫化水素が発生しヘドロ化することを防げます。
そういった点からも、アナジャコは干潟に欠かせない大切な生き物です。
干潟に欠かせないマジャク(アナジャコ)。荒尾干潟は良好な干潟環境を維持してマジャクという生態系サービスを上手く活用している場所ですよね。
その場所にいる生き物を保全して、上手く価値を引き出していくことは正に環境保全と利活用のお手本でもあります。
泥干潟の世界
上手く生態系サービスを利用している荒尾干潟ですが、そこから少し北の有明海湾奥部に入るとすっかり環境は変わってきます。
もうここまで来ると泥の海。多くの方がイメージするムツゴロウが住む泥干潟です。
このような泥干潟の環境にはアナジャコは住んでいません。その代わりに干潟の酸素循環の役目を果たしているのはムツゴロウやワラスボ、ヤマトオサガニといった泥干潟の住人たち。
干潮時に干潟を見渡せば無数に跳ね回るムツゴロウが見えますが、ここは1歩踏みいれば膝まで沈む泥干潟。こういった環境に住む生き物たちは、なかなか触れ合うには難易度が高いです。
とはいえ、こういった変わった環境自体がひとつの観光資源になり得ます。
有名なのは佐賀県鹿島市のガタリンピック。様々な競技を通して大人も子供も思いっきり泥遊びするイベントですが、これがかなりの盛況です。
またこの施設は潟スキーや足袋、洗い場を常備しており、干潟体験を常に受け入れられるようにしています。
またあの棚じぶも鹿島市。干潟に入れない時は満潮時しか出来ない伝統漁体験。潮を上手く使いこなした面白い試みです。
利活用に目を向けてきましたが、私たちも生物屋の端くれ。生物調査も行いました。
全力で泥遊びをしてるんじゃなくて、全力で貝を探しています。
探しているのはアゲマキという二枚貝。
以前は福岡県でも100t以上の水揚げがありましたが1990年頃に壊滅し、今では残っているのかも怪しい程に消えてしまいました。2018年、この場所で筆者が見つけましたがその後の確認は無し。
今回は全力で探しましたが死殻しか見つかりませんでした。
ムツゴロウは禁漁後数を回復させましたが、アゲマキは佐賀県が資源再生のために尽力していますがなかなか回復の兆しは見えてきません。近年ずっと禁漁中のタイラギも含め、二枚貝類が絶滅寸前の状況を省みるに、乱獲だけではない様々な有明海の環境改変の影響が考えられます。
筑後川がもたらす圧倒的な栄養分を基点に循環する有明海の生態系。その生産性は凄まじいものの、1度崩れてしまうと再生は困難を極めます。
泥の中深くに残るアゲマキの死殻が、かつての豊饒の海の名残を静かに伝えています。
有明海と干拓地
最後にひとつ、干潟と干拓地の興味深い繋がりについて考えてみます。
干拓と干潟は、しばしば対立構造で捉えられます。その最たる例は混迷を極める諫早湾干拓問題でしょう。開門調査をするか否かを巡り、いくつもの裁判が乱立し、衝突は20年も続いています。
しかしながら、有明海は昔から干拓を行ってきた場所。海と陸は長らく上手くやって来ました(※諫早湾の問題も、干拓地ではなく巨大な調整池が争点になっています)。
筑紫平野の大穀倉地帯は、江戸時代以前から有明海を干拓して造成した農地と無数に張り巡らせたクリーク(水路)によって形作られてきました。
そして、有明海の生き物は筑紫平野の農業にも利用されています。
使われるのは干潟で沢山捕れるサルボウやハイガイなどの二枚貝です。
この貝の巨大な山は、貝殻を焼いて砕いて作る、農地に炭酸カルシウムを供給するための有機石灰という肥料に加工されます。
泥干潟に住むハイガイは、漢字で書くと灰貝。貝灰にするための貝として認識されていたのです。
それもそのはず、昔は干潟に巨大な個体群を形成し、数kmに渡って数億匹のハイガイがひしめき合う場所もありました。
山や森が海を育むという話はよく聞きますが、そうやって育まれた海の恵みが陸も豊かにする循環って素晴らしいですよね。
しかし今は、貝灰に利用されていたハイガイは今や絶滅寸前の状態になってしまっています。
干潟と干拓地、漁業と農業、ほんの少し前まで上手く共存していました。今でこそ流入河川や沿岸環境の劣化、様々な環境改変によってバランスが崩れてしまっていますが、共存の未来というのは不可能ではないはずです。そんな未来を願って、有明海編の結びにしたいと思います。
淡水編
日本屈指の淡水魚類層
九州北西部は淡水魚を見てみても面白い環境があります。
私たちが滞在した柳川市も、街中水路だらけ。市が管理する水路は700kmもあるのだとか。隣の大木町は町の14%の面積を水路が占めるほど。
この縦横無尽に走る水路群に数多くの淡水魚が住んでいます。2019年の柳川市の水路群の水落としの際に私達が行った調査では、僅か2kmの範囲から43種類もの淡水魚を見つけることが出来ました。
狭い範囲の水路に様々な環境があるからこその多様性。これが九州北西部のクリーク群の素晴らしさです。
街に隣接した水路にそれだけ多種多様な生き物が住んでいるのですから、手軽にその多様性を見ることが出来るのもこの地域の魅力です。
ということで、10分間で投網5投、7種を捕る!と題して作業帰りに市内の水路へ。
この周辺の水路は二枚貝と共生する魚類がとても多いのが特徴です。投網で捕れたヤリタナゴやカワヒガイなどはその代表例。
タナゴやヒガイの仲間はドブガイやイシガイなどの淡水二枚貝の中に卵を産みつけます。
言い換えれば、こういった魚がいるということは淡水二枚貝が住める環境が残っているということでもあります。
こちらは九州固有種のナマズの仲間、アリアケギバチ。
本州に住むギギやギバチよりも、朝鮮半島に住むナマズの仲間に近い種類で、かつて大陸から渡ってきた大陸系遺存種の流れを汲む魚です。
近年は河川改修や国内外来種で有明海側には元々いなかったギギとの競合でかなり数を減らしてしまっています。
コウライモロコやハスなどの元々有明海沿岸にはいなかった魚種も見られました。
上記の他に、ツチフキ、カマツカ、オイカワ、ギンブナ、モツゴも捕れ、最終的には25分10投10種と全てがオーバーしてしまいました(笑)
僅かな時間、僅かな距離でこれ程の種を見ることが出来、筑後平野の淡水魚類の豊かさを垣間見れたのではないかと思います。
カワヒガイやヤリタナゴに加え、今回は見ることが出来ませんでしたが、この周辺には他にもアブラボテやカネヒラ、カゼトゲタナゴ、ニッポンバラタナゴといった淡水二枚貝を利用する魚類が生息しています。
淡水二枚貝は幼生期にヨシノボリなどの他の魚類に寄生する必要があり、また川底の環境が悪化すると真っ先に消えてしまう種でもあります。
豊かな河川環境が残っていることをタナゴ類が教えてくれています。
豊かな河川環境は地域の伝統文化にも結び付きました。
大蛇山という祭りは大牟田市が有名ですが、面白さで言えば柳川市崩道の大蛇山も負けていません。
大蛇の目やエリマキは水路のドブガイ類、鱗は河口に住むヤマトシジミ、歯は干潟に住むアゲマキやメカジャ(ミドリシャミセンガイ)。
これでもか!というほど湿地の生き物を詰め込んだ地域の伝統行事。豊かな湿地環境とともに発展してきた水辺の文化がうかがえます。
しかし、悲しいことに近年ではミドリシャミセンガイやドブガイの殻を集めることが難しくなってきているのだそう。
湿地環境と水辺文化。生物多様性の保全はその両方の未来にとって欠かせないものだと思います。
ブラジルチドメグサ防除作業
筑後平野には多くの外来水草が侵入し、様々な問題を引き起こしています。ここまで爆発的に水草が増える異常な光景は、環境問題に詳しくなくても何となく問題が伝わるのではないでしょうか。
ブラジルチドメグサやオオフサモ、近年はナガエツルノゲイトウといった強い侵略性をもった外来水草が増えてきています。
それらの外来水草は爆発的な増殖力をもって、用水路を埋めつくして水路の機能を損ねたり、水門を塞いで洪水を助長させたり、水田に侵入して厄介な雑草と化したり、他の水生生物を駆逐したりと、様々な問題を引き起こしています。
詳しくは以前まとめたこちらの記事も参考になるかもです。
さて、そんな外来水草ですが、2019年頃から筆者はひたすら抜くという方法で対抗してきました。
個人で抜くなんて焼け石に水かと思われるかもしれませんが、中規模河川でしたら1年くらいでなんとか根絶に至りましたし、個人スタートの活動も次第に行政を巻き込み、今では積極的に対処して頂けるようになりました。
2020年頃まで水路が見えないほど外来水草が覆っていた場所も、今では久留米市の尽力ですっかり元の水路に戻っています。
やはり世の中、1人でもやり始めるというのが大切です。
さて、そんな外来水草問題ですが、もちろんまだまだ課題はあります。
それは管轄問題。
例えば県管理の河川にブラジルチドメグサが生えていたとして、市が被害が出るかもしれないから対策したくても管轄外なので手が出せません。とはいえ県も問題を無視したいわけではなく、純粋に手が回っていないという状況。そういうことが起きてしまっています。
その隙間を埋めることが出来るのは、私たちのような在野の市民活動です。
福岡県に許可を頂き、市民が水路からブラジルチドメグサを取り除きます。そして引き上げたブラジルチドメグサは久留米市が処分して頂く、そういった流れです。
最初は鳥取から来た学生たちと小規模に対処しようかと思っていましたが、ブラジルチドメグサなどの外来種問題を調べていた久留米高校の学生たち、久留米大学のボランティアサークルの学生さん、休日なのに手伝いに来てくれた久留米市役所の職員の方、防災施設くるめウスの休日スタッフの方など、本当に様々なところから手伝いに来てくださいました!
2019年はたった1人で抜いていたブラジルチドメグサ。今ではこうやって多くの人が関心を持って関わってくれています。
個人的な話にはなりますが、久留米高校は私の母校。
私が学生だった2013-2015年は外来種問題解決に取り組もうといってもまだまだ関心は薄く、仕方が無いので防災施設くるめウスの館長にお世話になりながら勝手に取り組んでいました。
それが今ではNewセサミプランという調べ学習の中で外来種問題が取り上げられ、生徒たちが防除作業にやってきてくれるようになりました。
そんな事やってないで勉強しろと先生に怒られていた高校生が、今では授業の一環で外来種問題について高校生に教える日が来るなんて。
僅か7年でも世の中が良い方向に変わってきているのだと実感します。
ということで、3時間ほどで陸に入り込んだブラジルチドメグサの2群落を除去。
量もそれほど多くなかったので、今回の防除作業はかなり丁寧に行えたと思います。あと数回、地元の仲間と協力して増え切る前に防除が出来ればこの場所の根絶も目指せるのではないかと思います。
この数年で久留米市での外来種対策はかなり円滑に動けるようになりました。そして今回は街の人たちの意識の変化を感じることも出来ました。
課題は山積みで失われていくものばかりの昨今ですが、少しずつ世の中は良い方向に動いていっているのだと思います。7年でここまで変わったのなら、あと10年したら意識はもっと変わってるのではないでしょうか。
これまでの負債もありますし、もうしばらくは生物多様性の劣化が進むことでしょう。私たちの役目は、この転換期の10年、どれだけ失うものを減らせるかだと思っています。
多自然型河川改修
久留米市にある筑後川防災施設くるめウス。かつての水害被害についての記録や、筑後川水系の水族展示などを見ることが出来る施設です。
また、ゴミ拾い活動や流域連携を目ざした市民活動、私たちが保全活動を行う際にも利用させて頂き、幅広く活用されている筑後川流域の重要拠点のひとつです。
くるめウスには様々な展示がありますが、そのパネルの中には多自然型川づくりについてのものもあります。
川幅を確保しコンクリートから自然護岸に戻すことで、生物多様性の再生が期待できるだけではなく、豪雨時に流速を遅めてゆっくり流す流域治水の効果もあります。
(コンクリート化の早く流す下流に治水では、近年の雨量に対応できず下流部で甚大な洪水被害を出してしまっています。筑後川や矢部川では川幅を拡げる退堤工事や遊水池の造成などの流域全体での治水にシフトしています)
今ではこの川には数多くの淡水魚が生息し、豊かな生物多様性を見せてくれています。水産有用種であるアユも住めるようになったこういった支流は、淡水魚業が盛んな筑後川にとって重要な場所のひとつです。
川幅の問題なども考えると、全てが全て多自然型河川改修が出来るわけではありません。しかしながら、こういった手法を取り入れることで劇的に生物多様性は蘇りました。この川からはそういったことが学べます。
久留米市内には3面護岸ですが、ある程度水草が生え、本流とのアクセスが良くウナギだらけの水路があったりもしますし、少しの配慮が生物多様性に寄与することも大いにあります。
退き堤や遊水池造成に、生物多様性再生の試みを混ぜ込むことも可能です。実際に矢部川の退き堤工事と並行して河川敷にビオトープを作った事例もあります。
治水と生物多様性、その両立は難しい課題ですが、決して絶望的な状況ではありません。
攻める環境保全 ヒシモドキが揺蕩う筑後平野を目指して
筑後川防災施設くるめウスの水族展示の中に、こんな水槽があります。水中を泳ぐのはミナミメダカやカワバタモロコ、ドジョウ、水草はホザキノフサモやササバモ、そしてヒシモドキ。どれも久留米市内で見つかったものです。
かつては当たり前に筑後平野に住んでいた生き物です。
しかしながら水田環境の変遷や環境の悪化の中でその多くが姿を消してしまいました。
そして、この水槽に展示されているヒシモドキは今年、福岡県からほぼ絶滅というところまで追い込まれました。
その経緯についてはこちらの記事をご覧下さい。
概要だけ話すと、ヒシモドキの最後の群落がある川に、鉱物油が流出する事故が発生。色んな人がてんやわんやしながら頑張って、何とかその危機を脱したという感じです。
しかもヒシモドキの種は翌年にはほぼ発芽してしまうため、もし今年種が作れなかったら福岡県から絶滅してしまうところでした。
この類の生き物の生息地が極限されるということは、ほとんど絶滅状態に陥ったのと同義です。
例えば魚類ですと、世界で筑後川だけに住む固有種アリアケヒメシラウオのような魚がそうですね。1年魚の彼女たちがもし1年でも産卵できなければ、翌年からはゼロになってしまうわけですから生息地の扱いには最新の注意が必要です。
さて、鉱物油流出事件を乗り越えなんとか絶滅を免れたヒシモドキ。
しかしながら残りの生息地が1箇所という危機的状況に変わりありません。今回はたまたま何とか出来たものの、同じようなイレギュラーが起きた時にまた上手く行くとも限りません。
ということで、7月の流出事件と同時に各方面へ連絡を飛ばしてヒシモドキの再生に向けて動き始めました。
強い農薬が多用された時期に大きく数を減らし、その生活史から数を回復できていないヒシモドキ。現在の水路環境なら復活できる場所も少なくないはず。
植生や川底の環境、生物相からヒシモドキが生息できそうな水路環境の選定を行い、管理者からの再導入の許可を取得するなどの調整をこの1ヶ月進めてきました。
また、再導入候補地や再生に向けた取り組みについて、福岡県(保健環境研究所)にも共有し、「同一水系で生物多様性上も全く問題ないので、ぜひやってみてください」という回答を頂きました。専門家からの心強い後押しです。
今まで後退するばかりで、いかにして失うものを減らしていくかという戦いでしたが、ついに攻める環境保全です。
その為にもまずは万全を期す必要があります。再導入候補地への直接の侵入の可能性は低いとはいえ、リスク低減のために周辺のブラジルチドメグサやアメリカザリガニを駆除しました。
これらの現地作業はチーム鳥取だけでなくヒシモドキの系統保存を行っている防災施設くるめウスのスタッフの方も手伝ってくださいました。継続的な観察やブラジルチドメグサ対策も請け負ってくださり、本当に何から何まで感謝してもしきれません!
※補足
地元の大学生からブラジルチドメグサのようにヒシモドキが水路に影響を与えることはないのかという指摘がありましたが、冬も枯れず毎年蓄積しながら爆発的に増えていくブラジルチドメグサなどの外来水草と違い、在来の水草は冬に枯れてリセットされるため問題になるほど増える可能性は少ないです。
いよいよ再導入!
流されにくそうな場所、植生が近い場所を選んで植えていきます。
さすが湿地帯の植物。
わずか1週間で葉を展開して、水路に馴染んできているように見えます。とはいえ、経過観察はまだまだこれから。しっかりと種を残してくれるかどうか注意深く観察していく必要があります。
些細な出来事かもしれませんが、今まで後退するばかりの私たちからしたら、筑後川水系で生物多様性再生に向けた前進が出来たことは大きな意味を持ちます。
これが最初の1歩となり、流域全体での生物多様性再生に向けて取り組んで行ければ幸いです。
交流編 街を知ろう
久留米市との交流
フィールドワークのみならず、実践的な環境保全など、今回は様々な活動に取り組んできました。3泊4日の出来事とは思えない濃密さです。
さてそんな今回のフィールド研修の最後は、くるめソーシャルグッド委員会との交流です。
ソーシャルグッドとは「地域や社会、暮らしに良いインパクトを与える様々な活動、サービス、製品の総称」を表す言葉です。そういった社会に良いインパクトを与える活動を推進していこうというのがくるめソーシャルグッド事業。
最終日には、KSG委員会主催で私たちチーム鳥取や地元の大学生らも加わってのオープンミーティングを行いました。
しかも場所は久留米市環境部庁舎。市役所からも環境保全課や環境政策課などの自然環境に関わる方々が参加してくださいました。
久留米大学からは久留米市環境保全課と協働で行ったミシシッピアカミミガメ防除の取り組みについての発表がありました。
鳥取環境大学からは、今回の研修での経験やブラジルチドメグサ防除作業、ヒシモドキ再生に向けた取り組みについての報告を行いました。
また、私の方から鳥取県での保全活動と今後の展望についての共有を行いました。
その後は意見交換を行い、いくつもの興味深い点が見えてきました。
まず感じたのは、一般的な印象としての外来種問題と環境保全に携わる側の認識とのギャップです。
生物屋だけでは忘れがちですが、様々な生物の防除は「外来種だから駆除する」ではなく「被害が出ているから対策が必要」なので取り組まれています。例えば生態系や農作物に影響を与えてしまうアライグマを駆除する必要があるのと同様に、在来種でも増えすぎたシカの対策は取られています。
議論に街側の視点が入ることで、生物屋が飛ばしてしまいがちな要素を見つけるきっかけになります。
保全をしたい側と、街で暮らしている人たちとの間にどのようなギャップがあり、その隙間はどうすれば埋められるのか。ジャンルを超えた交流はその考察を深めるためには欠かせません。
また利活用についても、どのような目的で行うかという点が議論になりました。
外来種の利用が目的になってしまうと、防除という目的から脱線しかねないという課題と、利活用を通した啓発活動としての価値などを考えました。
バランスが難しいところですが、関心を持ってもらうための食べるだったり、利用するといった活動は良いのではないかと思います。ただ利用に振ってしまって対策が疎かにならないよう注意が必要ですね。
久留米と鳥取の長所と短所
そして最後は、保全活動に関わる仕組みや人について議論がなされました。
今回の活動、行政からの手厚いサポートでブラジルチドメグサ防除がスムーズに始められたことや、街の方々からこれだけ様々な協力を得られたことなどからも分かるように、久留米市の活動を受け入れる仕組みはよく整備されています。
それは久留米市役所環境部の敷地に準備されたアライグマ対策用の罠や様々な道具からも見て取れます。今回のブラジルチドメグサ防除もこれらの道具を借りて行いました。
他にも、オニバスやヒシモドキ、オグラコウホネ、カワバタモロコなど市内の希少種を系統保存も行っています。予算がなくてもプラ船やゴミ処理場のビオトープをフル活用して自治体が率先して保全しているのは本当にすごいことです。
しかしながら、久留米市や福岡県南は保全活動を行うプレイヤーの数が少ないという問題を抱えています。
対して鳥取県は、農学部がある鳥取大学や鳥取環境大学があることで、元々環境に関心が高い学生たちが集まってきています。私達の活動も、全国から集まってきた彼ら彼女ら熱意ある若者たちに支えられています。
しかしながら鳥取県では、仕組みとしてのサポート体制や活動への理解がまだまだ整っていません。
外来水草対策を例にとって見てみましょう。
久留米市では、8月中頃に環境保全課と県土整備事務所に電話をして概要を話して調整することで8月末には防除作業に移れました。
対して鳥取県では昨年12月から水路を覆い尽くすオオフサモの対策の必要性を訴えていますが、土地管理者の許可や地元の了解の段階で止まってしまい、今も駆除を始められていません。
これは鳥取県の対応を非難したいのではありません。経験したことがない問題に直面した時、誰がどこまで許可を出すか、その調整には時間がかかります。単にこれまで外来種問題があまり発生してこなかった(=良好な環境が保たれていた)からこそのノウハウの不足だと考えられます。
これから拡大していくであろう様々な外来種問題に対して、そのノウハウはきっと役にたつはずです。
良好な環境が残っていて、さらに熱意ある若者が集まる鳥取県に、もう少し行政や市民のサポート体制が出来てくれば、状況はかなり良くなると思います。
もう一点付け加えるならば、そういった若者達が鳥取に残れる仕事(受け皿)がどれくらいあるか、でしょうか。そこまで作れれば環境先進県も夢ではありません。
対して福岡県南の課題はもう少し解決が難しいです。
意欲ある学生たちは結局のところ県外の生物系や環境系の大学に進学していってしまいます。ここをどうにかするには久留米大学などの地元の大学と協同していく必要があります。学府の整備は簡単な話ではありません。
ですが、社会人ベースの保全活動を考えてみると、割と悪くない状況があると思います。サポート体制は既にありますから、進学で地元を離れても、また戻ってきたいと思える街作りが、保全にとっても良い方向に繋がるのではないでしょうか。
現にヒシモドキ保全活動の際に動き回ってたのは久留米高校を卒業した社会人たちです。決して悲観する状況ではありません。
「君たちはどうして保全に興味を持ったのか?」
街の人に環境保全に対して意識を向けてもらいたいけれど、環境保全活動に取り組む君たちはどうして保全活動に興味を持ったのか?環境政策課の方からの質問でした。
チーム鳥取の学生たちの最初のきっかけは幼少期に親に自然公園に連れて行ってもらって関心を抱いたとか、幼い頃から祖父と川でウナギやテナガエビを捕って遊んだといった小さい頃の経験があるようです。
また、久留米大学の学生たちも地元が田舎で海で遊んだり、元から親しみがあったそう。
むしろ私のように家族も自然に関心があまりなく、ほとんど幼少期の自然体験の経験がないまま保全活動に踏み込んだ人は少数派でしょう。
興味を持って関わってくれている学生の話のように、自然体験という経験は、程度の差はあれど環境に対しての肯定的な関心に繋がるのだと思います。
その肯定的な関心は、保全活動を実践するプレイヤーにならなくても、プレイヤーを受け入れる社会機運に繋がることでしょう。そういった観点からも、やっぱり自然体験活動というのは重要だと考えます。
そして、そこからプレイヤーになっていく人達を育てていくための受け皿が必要です。
それは今回お邪魔させていただいた荒尾干潟水鳥湿地センターや学生時代の私たちが大変お世話になった筑後川防災施設くるめウスかもしれません。鳥取県なら米子水鳥公園や大山自然歴史館のような拠点になる施設があることが大きな意味を持ってきます。
また同じような志をもつ同世代と知り合うことができる大学の存在も大きいですよね。
その受け皿は施設ではなく、人でも良いと思っています。私が今やってる事はプレイヤーになる若者を育てたいからこその活動です。
関心を持ってくれている人たちと、関心を背景に問題解決に挑むプレイヤー。両方いなければ社会は上手く回りません。社会にとって、どちらも欠かせない要素です。
フィールド研修を終えて
長らく読んでくださりありがとうございました。気づけば15000字に迫る勢い。どうして毎回簡潔にまとめられないのでしょうね(汗)
この記事は私の視点で描きましたが、研修を経験した学生たちや交流した久留米や柳川の方々の視点から見た今回のチーム鳥取の来訪がどういうものだったかも気になります。そのうち、スライドかレポートで共有してもらうのもありかもしれません(笑)
対照的な福岡県南と鳥取東部という地域を四日間で駆け抜けたフィールド研修。どんな地域でも、どんな人でも、どんな仕組みでも、優れている面もあれば、劣っている面もあります。
有明海には特異な生態系が広がっており、流域の淡水魚の種類も圧倒的に多いけれど、ドジョウやメダカ、トノサマガエルみたいな当たり前にいるはずの生き物がいないという福岡県南。
ムツゴロウみたいな目立つ種はいないけれど、本来いるべき種がしっかりと残っている鳥取県。
街の人の理解や行政のサポート体制は充実しているけれど、プレイヤーが少なく環境問題も深刻な福岡県南。
保全に対する仕組みや理解はまだまだだけれど、守るべき環境や熱意ある若者が沢山いる鳥取県。
まさに一長一短。しかも、それぞれ相手が苦手とするところが欠けています。そこが私が面白いと思ったところでもありますし、久留米から鳥取に飛び込んだのも、この違いがあったからです。
そういった違いをお互いに認識し、共有できた今回の交流は、とても良いものになったのではないかと思います。
実は人口規模だけで言えば、久留米市と鳥取県東部はほぼ同じ。これからも協同しつつお互いに欠けている要素を補う方法を考えながら、より良い流域を作って行けたら面白くないですか?
今後の協力と発展に期待しつつ、今回の記事はそろそろ終わりにしたいと思います。読んでくださりありがとうございました!
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