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「言われてやる」だった僕がバンドマンになるまで

おはようございます。あらいです。

今日は昨日に引き続き10年間を振り返ろうのコーナーです。

昨日も10年間も続けていることってなかなかないという話をしましたが、まあもう一個あったのが音楽です。

正直ここであんまりバンドマンっぽすぎること書きたくないんですけど笑、でもまあいい機会かなと思って今日は音楽と僕の10年的なものを書こうかなと思います。

手足分離系から始まってた


僕は小さい頃からヤマハ音楽教室に通ってエレクトーンを習っていました。10歳の頃というと、絶賛エレクトーン練習中って感じの頃です。

このエレクトーンをやっていたというのが、実はその後めちゃめちゃドラムを始めたときに生きてるんですよね。ドラムを演奏することに抱くイメージって

「手足バラバラに動かすのが難しそう」


だと思うんですけど、エレクトーンもそれは同じなんです。

右左でちがう鍵盤、そして左足でも鍵盤、右足は音量やレジストを操作するペダルを動かすという、ドラムに勝るとも劣らない手足バラバラっぷりを誇るのがエレクトーンなんです。脳トレかて。

ドラムを始めるにあたってまずぶち当たる壁が、「手が足に(もしくは足が手に)つられちゃう」っていう

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なんです。その壁をエレクトーンのおかげでサクッと越えられた感がありました。ありがとうエレクトーン。

言われて演る


5歳とか本当に小さい頃からやっているということ、そして習い事だったというのがでかいかもしれないんですが、その後いろんな楽しみ方を学んで
いくんですけど、どうしてもエレクトーンは僕の中で最終的に

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でした。

その週にだされた課題とか、もう決まっている発表会にめがけて「そう言われたから」やるというモチベーションが大きかったですね。もちろん楽しい瞬間もあるんですけど、今考えると主体性はそんなになかったのかなト思います。

それを裏返しに考えると、主体性がないから、どうやって自分で動かしたらいいかわからないものでもあったんです。

プリセットのリズムとかを読み出して、それに合わせて習った和音を弾いたりしてたまに遊んでいたけど、それ以上に自分でどうやって動かしたらいいか、作ったらいいかを知らないし、聞こうともしなかった。

そこがその後のドラムとの出会いと決定的に違う点です。

映画化するなら

そして、今少しお話ししたとおり、はじめての作曲にも10歳より多分前だった気もしますがこの辺で始めます。

モチーフと呼ばれる短いメロディを考えて持ち寄って、先生と一緒にコード進行を考えるみたいなスタイルのやり方だったと思います。

自分が持って行ったフレーズが先生と一緒に(というかほぼ先生パワーで)形になっていくのはやっぱり楽しかったですし、ここですでに曲にリズムをつけるという楽しさにはハマっていたように思います。

エレクトーンですでにいろんなジャンルの典型的なリズムパターンが100種以上入ってるし、めちゃめちゃいろんな打楽器の音を出せるんです。

今思い返すと、パターンいろいろ変えて自分の曲弾いてみたり、打楽器の音を出せるモードで遊んだりするのは自分からしてたので、映画化するならここがドラムに出会う伏線って感じです。

小六の時か中一の時にはずっと一緒にやってきた友達と作った曲がなんかヤマハのコンテスト的なのでいいところまでいって、県外で演奏する機会があったりしました。こういう大きい舞台で演奏する機会があるっていうのもその後の活動に生きた気がします。

というか多分その時が人生で一番多くの人の前で演奏してたと思います。自分のバンドでホールでできるようになりたいもんですね。

わいはサックスを吹くんや!!

そして、それを経て中学校から吹奏楽部にはいります。ここからはエレクトーンと吹部の二足のわらじで音楽に触れていきます。

吹部に入ってはじめの楽器体験会的なのでまず行ったのが、サックスパート。

エレクトーンをやってるのかでサックスの音のかっこよさに気づいていたので、吹けるようになるんや!!と意気込んでいたんですが、一緒に行った友達数人のうち僕だけ音が出ず笑

すっかり意気消沈してしまって、もういい!!

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となって打楽器パートに入りました。

この選び方自体が決定的な音楽との付き合い方の転換点になったなと思っていて、打楽器は吹かなくていいやつやる!という動機で選んだように、ドラムは「たたけば音が出る」んです。

だからここで練習していくうちに初めて「なんとなく楽器に触る」っていうことができるようになったんですよね。

楽しみ方の転換点

もちろん何か発表する機会があって、言われた曲をやって、仕上げていくって言う過程はエレクトーンと何にも変わらないんですけど、それ以外に自分から楽器に触る機会がめちゃめちゃ増えました。

先輩のやってるあのフレーズかっこいいな、とか、基礎練でやってるアクセントはスネアドラムでたたくとこんな感じになるんや、とか課題以外にも自分でやってみようとするようになるんです。

最初の頃は練習台といわれるゴムのパッドで正しいフォームやリズム感を身につけていって。

それと並行してタンバリンやトライアングルなどの小楽器、鉄琴や木琴などの鍵盤楽器、ティンパニなど音程のあるモノないものリオンあ楽器に出会って、最終的にドラムに落ち着いて。

やっぱりドラムが一番楽しかったから、一番練習できたんですよね。この辺から自分でリズムパターンを学んだり作ったりするようになって。

だから打楽器と出会って大きかったのが、

言われてやる→練習する→作る→楽しい

だったのが

自分から触ってみる→練習したことを応用する→作る→楽しい

始まりが大きく変わったことです。

自分でコントロールできる圧倒的な楽しさに、モチベーションもぐんぐん上がって、高校でもドラムを続けようと決意していました。

憧れの急接近

そして、以前も話したように、ラジオと出会って自分から音楽を探し始めるのが中学校の時だったので(詳しくはこの記事)、今度は自分が中学で好きになったバンド音楽をドラムでやりたいと思って軽音に進みました。

後は、閃光ライオット2013との出会いがめちゃめちゃでかいです。

自分と同じ10代の人たちが、もう自分が普段別世界の人だと思っていたようなバンドと同じクオリティで、曲を作ってライブしているという事実に、自分もこんなんなりたいと思わせてくれたんですね。

急に自分事化したというか。

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といわれてる気がして。

憧れとモチベーションの方向が大きく変わって軽音を始めました。

回数を重ねるということ

そこで活動していくうちにライブハウスに出られるようになって、先輩や大人と出会ってたくさんのオリジナル曲を聴いて、自分のバンドでもオリジナル曲をやるようになって、また一つ音楽とのかかわりのベクトルが増えて行くんです。

自分からやってみる→作る→やる→覚えてもらう

っていうものにライブハウスで出会うんですよね。


ヤマハの発表会とかって別にライブじゃないし一曲しかやらないから、覚えてもらってライブで盛り上げるって経験がなかったし、それは吹部の活動でも同じでした。

だから完全にステージを作り上げるってことに出会ってまたカルチャーショックが起こったんですね!

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と思ってさらに自由度が上がって。

そして悔しいという感情とも出会うようになります。憧れが悔しいと思えるところまで接近してきました。

そこからのお話はよく人に話したりしてるし、そこからのお話は現在進行形って感じなので今日はここまで。

こう思い返すと出会うべくしてドラムに出会った感がありますね。

最近はライブの度にドラム楽し~とかいってるので、ほんとによかったです笑。

さて、明日あさっては郡山仙台2DAYS!!楽しくたたいていきたいと思いますのでよろしくお願いします!

2019.9.30(月)
世界の終わり、君を連れ出していくTOUR 郡山編

〈出演〉
シロとクロ、zanpan、ワヅカ、底なしの青、ピローマン、TripDays

郡山PEAK ACTION
開場 17:30 / 開演 18:00
​前売 2000円 / 当日 2500円

2019.10.1(火)
​世界の終わり、君を連れ出していくTOUR 仙台編

〈出演〉
シロとクロ、zanpan、ワヅカ、底なしの青、セツナシティ

仙台MACANA
開場 18:00 / 開演 18:30
​前売 2000円(ドリンク代別)


新MV「slow down」もしっかり見て予習ばっちりでお願いしますよ?では、また各地で!!

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