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論文まとめ322回目 Nature 8週間の持久運動トレーニングに対する全身の多階層オミクス応答の時間的ダイナミクスを解明!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Structural basis of lipid head group entry to the Kennedy pathway by FLVCR1
FLVCR1によるリン脂質合成経路ケネディ経路への脂質頭部基の取り込み機構の構造基盤
「私たちの細胞膜を構成する主要なリン脂質、ホスファチジルコリンとホスファチジルエタノールアミンは、コリンとエタノールアミンから合成されます。FLVCR1はこれらの原料を細胞内に取り込むトランスポーターであることが構造解析から判明。変異により神経変性疾患を引き起こす仕組みも明らかに。リン脂質合成を司る隠れた立役者の正体が明らかになりました。」

Probing single electrons across 300-mm spin qubit wafers300mm
スピン量子ビットウェハーにおける単一電子の検出
「シリコン量子ビットは量子コンピューター実現の有望な候補だが、大規模化には製造ばらつきの低減が課題だった。本研究では、半導体産業の最先端技術を用いて300mmウェハー上に量子ビットを作製。さらに極低温の評価装置で、ウェハー全面の量子ビットを自動測定することに成功した。単一電子の制御性や量子ビットの性能を統計的に評価し、高い歩留まりと低いばらつきを実証。量子コンピューターの大規模化に向けた大きな一歩となる成果だ。」

Temporal dynamics of the multi-omic response to endurance exercise training
持久運動トレーニングに対する多階層オミクス応答の時間的ダイナミクス
「運動は体全体に良い影響を与えますが、その分子メカニズムは十分に解明されていません。本研究では、ラットに8週間の持久運動を行わせ、血液や18の組織で、ゲノム、エピゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボロームなど複数の階層の分子の時間的変化を詳細に調べました。その結果、免疫、代謝、ストレス応答、ミトコンドリアなど、運動による適応に関わる幅広い生物学的経路の変化が明らかになりました。また、非アルコール性脂肪性肝疾患や炎症性腸疾患など、ヒトの健康に関連する変化も見られました。この大規模なマルチオミクスデータは、運動の効果を理解する上で貴重な資源になるでしょう。」

3D genomic mapping reveals multifocality of human pancreatic precancers
3Dゲノムマッピングによるヒト膵臓前がん病変の多発性の解明
「膵臓がんの最も一般的な前駆病変である膵管内上皮腫瘍(PanIN)は、ヒトでは小さくアクセスしにくいため、その実態はよくわかっていませんでした。本研究では、正常膵臓の大きなサンプルを、機械学習を用いた定量的な3D組織学的再構成と、マルチリージョン・マイクロダイセクションおよびシーケンシングを組み合わせて分析しました。その結果、1立方センチメートルあたり平均13個のPanINが存在し、成人の正常膵臓には数百のPanINが存在すると推定されました。ほとんどすべてのPanINにKRAS遺伝子の活性型変異が見られ、そのほとんどが独立したクローンでした。一部の連続したPanINには複数のKRAS変異が含まれ、ポリクローン性が示唆されました。PanINの広範な多発性と遺伝的多様性は、前がんの発生と進行のメカニズムを考える上で重要な知見です。」

Bevel-edge epitaxy of ferroelectric rhombohedral boron nitride single crystal
階段状基板を用いた強誘電性菱面体窒化ホウ素単結晶のエピタキシャル成長
「窒化ホウ素は、グラフェンに似た二次元材料だが、菱面体型では強誘電性を示す。しかし、大面積の単結晶を作るのは難しかった。本研究では、ニッケル基板の階段状の段差を利用して、菱面体型の窒化ホウ素を整然と積層させることに成功。各層の向きと積層順序が揃った単結晶フィルムは、安定した強誘電性を示した。階段に沿って結晶を並べる技術は、他の二次元材料への応用も期待できる。」

Mitochondrial transfer mediates endothelial cell engraftment through mitophagy

ミトコンドリア移植によるマイトファジーを介した血管内皮細胞の生着促進
「血管の再生医療では、血管内皮細胞を移植して新しい血管をつくることが試みられています。しかし、血管内皮細胞だけでは定着せず、間葉系幹細胞という支持細胞が必要でした。本研究では、間葉系幹細胞がミトコンドリアを血管内皮細胞に送り込むことが、生着に重要だと分かりました。さらに、ミトコンドリアを人工的に注入する方法を開発。移植されたミトコンドリアは分解され、それが引き金となって血管新生が促されることが明らかになりました。ミトコンドリア移植という新しいアプローチで、血管再生医療に道を拓く発見です。」


要約

細胞膜タンパク質FLVCR1の構造解明から見えてきたリン脂質合成の新たな入り口

本研究では、リン脂質の主要構成成分であるホスファチジルコリンとホスファチジルエタノールアミンの合成経路(ケネディ経路)の入り口に位置する膜タンパク質FLVCR1の構造を明らかにした。FLVCR1は細胞外のコリンとエタノールアミンを細胞内に取り込み、ケネディ経路の下流のリン酸化酵素に受け渡すトランスポーターであることが判明した。変異によりFLVCR1の機能が損なわれると、神経変性疾患を引き起こすことが知られており、その分子メカニズムの理解にもつながる重要な成果である。

事前情報

  • ホスファチジルコリンとホスファチジルエタノールアミンは哺乳類細胞の主要リン脂質

  • これらのリン脂質はケネディ経路でコリンとエタノールアミンから合成される

  • コリンとエタノールアミンの細胞内取り込み機構は不明だった

行ったこと

  • FLVCR1のクライオ電子顕微鏡による構造解析

  • コリンとエタノールアミン結合型のFLVCR1構造の決定

  • 変異導入によるコリンとエタノールアミン輸送への影響の解析

検証方法

  • クライオ電子顕微鏡による構造解析

  • 放射性コリン及びエタノールアミンの取り込み実験

  • FLVCR1変異体の細胞増殖及びコリン代謝への影響の解析

分かったこと

  • FLVCR1はコリンとエタノールアミンを共通の基質結合部位で認識する

  • コリンとエタノールアミンは異なる様式で結合部位と相互作用する

  • 変異導入により、エタノールアミン輸送のみを選択的に阻害できる

  • FLVCR1の機能はケネディ経路の2つの経路の入り口を担っている

この研究の面白く独創的なところ

  • リン脂質合成の鍵を握る隠れた立役者の正体を初めて明らかにした

  • 基質結合部位の構造から、2つの基質の認識様式の違いを解き明かした

  • 変異導入により経路選択的な阻害が可能であることを示した

  • 神経変性疾患の分子メカニズム解明への手がかりを得た

この研究のアプリケーション

  • リン脂質合成の制御による疾患治療法の開発

  • FLVCR1を標的とした神経変性疾患の新規治療法の開発

  • 経路選択的な阻害剤の設計への応用

  • リン脂質の恒常性維持機構の理解に役立つ知見

著者と所属
Yeeun Son, Timothy C. Kenny, Artem Khan, Kıvanç Birsoy & Richard K. Hite (Structural Biology Program, Memorial Sloan Kettering Cancer Center; Laboratory of Metabolic Regulation and Genetics, The Rockefeller University)

詳しい解説
リン脂質は細胞膜の主要な構成成分であり、その恒常性維持は細胞の生存に必須です。中でもホスファチジルコリンとホスファチジルエタノールアミンは哺乳類細胞の主要なリン脂質で、これらはケネディ経路と呼ばれる生合成経路でコリンとエタノールアミンからそれぞれ合成されます。しかし、コリンとエタノールアミンがどのように細胞内に取り込まれるのかは長年の謎でした。
本研究では、FLVCR1と呼ばれる膜タンパク質が、コリンとエタノールアミンを細胞外から細胞内に輸送するトランスポーターであることを明らかにしました。FLVCR1はケネディ経路の最上流に位置し、下流のキナーゼによるリン酸化の基質を供給する重要な役割を担っています。FLVCR1の変異は、後柱性失調・網膜色素変性症候群という神経変性疾患を引き起こすことが知られていましたが、その分子メカニズムは不明でした。
研究チームは、コリンとエタノールアミン結合型のFLVCR1の立体構造をクライオ電子顕微鏡で解き明かしました。その結果、両者が共通の基質結合部位に結合するものの、より大きな四級アンモニウムを持つコリンとは異なる様式で、エタノールアミンの一級アミンと相互作用することがわかりました。さらに、変異導入実験から、エタノールアミン輸送に重要な一方でコリン輸送には影響しない残基が同定され、ケネディ経路の2つの枝への入り口を機能的に分離できることが示されました。
本研究は、リン脂質合成の隠れた立役者であるFLVCR1の構造と機能を初めて明らかにした画期的な成果です。基質認識の違いに基づく経路選択的な阻害の可能性は、リン脂質恒常性の破綻が関わる疾患の新しい治療戦略につながると期待されます。また、FLVCR1の機能不全と神経変性疾患の関連性の理解も大きく前進すると考えられます。本研究は、生体膜の恒常性維持の分子メカニズムに新たな光を当てた独創的な研究と言えるでしょう。


300mmウェハー上で、単一電子の検出と量子ビット性能の評価に成功

https://doi.org/10.1038/s41586-024-07275-6

本研究では、300mmウェハー上に作製したシリコン量子ビットデバイスを、極低温の評価装置で全自動測定することに成功した。CMOSプロセスの最適化により高歩留まりと低ばらつきを実現し、ウェハー全面で量子ドットの単一電子制御性や量子ビットのコヒーレンス時間などの性能指標を統計的に評価した。この手法により、製造プロセスの迅速なフィードバックと、量子コンピューター用チップの効率的なスクリーニングが可能になる。シリコン量子ビットの大規模集積化に向けた重要なマイルストーンとなる研究である。

事前情報

  • シリコン量子ビットは量子コンピューターの有望な候補だが、大規模化にはデバイスのばらつき低減が課題

  • 半導体産業の300mm製造インフラを活用することで、量子ビットの集積度とばらつきを改善できると期待されている

  • 量子ビットデバイスの大規模な冷却評価は、製造プロセスのフィードバックと優良チップの選別に不可欠

行ったこと

  • 300mmウェハー上にシリコン/SiGe量子ドットスピン量子ビットを作製

  • CMOSプロセスを最適化し、高歩留まりと低ばらつきを実現

  • 1.6Kまで冷却可能な極低温ウェハープローバーを開発

  • ウェハー全面の量子ビットデバイスを全自動で測定

検証方法

  • 量子ドットの単一電子占有状態への遷移電圧を測定し、ばらつきを解析

  • 量子ビットのコヒーレンス時間やゲートフィデリティなどの性能指標を評価

  • 量子ドットと量子ビットの歩留まりを算出

分かったこと

  • CMOSプロセスの最適化により、量子ドットと量子ビットの歩留まりがそれぞれ99.8%と96%に到達

  • ウェハー内の量子ドット間で、単一電子占有の遷移電圧のばらつきは約60mVに抑制

  • 28Siを用いた量子ビットで、99.9%のゲートフィデリティと最大225μsのコヒーレンス時間を実証

  • プロセス改善とウェハー評価の迅速なサイクルにより、量子ビットの性能と再現性が大幅に向上

この研究の面白く独創的なところ

  • 半導体大量生産技術を量子コンピューティングデバイスに応用し、従来の課題を克服した点

  • ウェハースケールの極低温全自動測定を実現し、大量の統計データから新たな知見を得た点

  • 単一電子遷移電圧のばらつきを系統的に解析し、トランジスタ特性との関連性を見出した点

  • 量子ビットの性能指標を多数デバイスで評価し、再現性の高さを実証した点

この研究のアプリケーション

  • 量子ビットの大規模集積化に向けたCMOSプロセス最適化の指針を提供

  • 量子コンピューター用チップの製造歩留まりと性能ばらつきの予測に活用可能

  • 開発した極低温ウェハー測定技術は、他の量子デバイスにも応用可能

  • 将来の量子コンピューターの実用化に向けた重要な基盤技術になり得る

著者と所属

Samuel Neyens, Otto K. Zietz, James S. Clarke (Intel Corp., Hillsboro, OR, USA)

詳しい解説

本研究は、シリコン量子ビットの大規模集積化に向けて、300mmウェハーレベルでのデバイス作製と性能評価に成功した画期的な成果である。シリコン量子ビットは、既存の半導体製造インフラとの親和性が高く、量子コンピューターの実現に有望な候補と目されている。しかし、量子ビットを大規模に集積するには、製造プロセスに起因するデバイス特性のばらつきを抑制することが重要な課題となっている。
本研究では、300mmウェハー上にシリコン/SiGeヘテロ構造を用いた量子ドットスピン量子ビットを作製し、CMOSプロセスの最適化によって高歩留まりと低ばらつきを実現した。さらに、1.6Kまで冷却可能な専用の極低温ウェハープローバーを開発し、ウェハー全面の量子ビットデバイスを全自動で測定することに成功した。この手法により、従来は1つずつ冷却していたデバイス測定を大幅に高速化し、大量の統計データを効率的に収集できるようになった。
研究チームは、まず量子ドットの単一電子占有状態への遷移電圧のばらつきに着目した。ウェハー内の量子ドット間で、この遷移電圧のばらつきがわずか約60mVに抑えられていることを確認した。さらに、トランジスタ特性であるしきい値電圧との間に強い相関を見出し、プロセスばらつきが量子ドットの電子状態に及ぼす影響を体系的に理解することができた。一方、28Siを用いた量子ビットでは、99.9%のゲートフィデリティと最大225μsのコヒーレンス時間を実証し、高い性能と再現性を示した。
本研究の意義は、CMOSプロセス改善とウェハー評価を迅速に繰り返すことで、量子ビットデバイスの性能と信頼性を飛躍的に向上させた点にある。開発された極低温ウェハー測定技術は、他の量子デバイスにも応用可能であり、量子コンピューターの実用化に向けた重要な基盤技術になり得る。本研究は、シリコン量子ビットが量子コンピューターの大規模化に向けて大きく前進したことを示す、マイルストーンとなる成果と言える。


8週間の持久運動トレーニングに対する全身の多階層オミクス応答の時間的ダイナミクスを解明

男女のラットに8週間の持久運動トレーニングを行わせ、全血、血漿、18の固形組織で、ゲノミクス、プロテオミクス、メタボロミクス、免疫測定など最大9種のオミクス解析を4つのタイムポイントで実施した。その結果、19組織、25分子プラットフォーム、4トレーニング時点にわたる9,466アッセイのデータが得られ、数千の共通および組織特異的な分子変化が同定された。時間的な多階層オミクス・多組織解析により、免疫、代謝、ストレス応答、ミトコンドリア経路の広範な制御を含む、持久トレーニングへの適応反応に関する広範な生物学的洞察が得られた。非アルコール性脂肪性肝疾患、炎症性腸疾患、心血管の健康、組織損傷と回復など、ヒトの健康に関連する多くの変化が見られた。本研究で示されたデータと解析結果は、持久トレーニングの多組織の分子効果を理解し探求するための貴重なリソースとなる。

事前情報

  • 運動は全身の健康を促進し、疾患を予防する

  • 運動は細胞・分子レベルの適応を通じてほぼ全ての臓器系に影響を及ぼす

  • トランスクリプトミクス、エピゲノミクス、プロテオミクス、メタボロミクスなど様々なオミクス解析が運動の影響研究に用いられてきた

行ったこと

  • 6ヶ月齢の雌雄ラットに1~8週間の漸増的トレッドミル持久運動トレーニングを実施

  • 全血、血漿、18の固形組織でゲノミクス、プロテオミクス、メタボロミクス、免疫測定を実施

  • 網羅的な時間的多階層オミクス・多組織解析を行い、持久トレーニングの分子応答を調べた

検証方法

  • ラットの臨床指標測定(体重、体脂肪率、除脂肪体重、有酸素能力)

  • 全血、血漿、18の固形組織での25種の分子プラットフォームによるオミクス解析

  • エンピリカルベイズグラフィカルクラスタリングによる動的な分子応答の解析

  • トランスクリプトームとプロテオームデータからの転写因子とリン酸化シグナル活性の推定

  • 他の運動研究や疾患オントロジーアノテーションとの統合解析

分かったこと

  • 持久トレーニングにより、mRNA、タンパク質、翻訳後修飾、代謝物で数千の時間的・性別特異的な変化が生じた

  • 免疫、代謝、ストレス応答、ミトコンドリア経路など、適応に関わる広範な生物学的経路の制御が明らかになった

  • 非アルコール性脂肪性肝疾患、炎症性腸疾患、心血管の健康など、ヒトの健康に関連する変化が見られた

  • 多くの組織で性差が見られ、58%の変化が性特異的だった

  • ヒトの運動研究との高い一致性と、ヒトの疾患との関連性が示唆された

この研究の面白く独創的なところ

  • 単一の研究で、これほど多数の組織・オミクス階層・時点を調べた例はない

  • 雌雄両方のラットを用いて、運動応答の性差を詳細に調べた点

  • 多階層オミクスデータを時間軸に沿って統合解析し、動的な適応を捉えた点

  • ヒトの健康や疾患に関連する変化を多数同定した点

  • 公開リポジトリやウェブツールを通じ、データを広く共有する取り組み

この研究のアプリケーション

  • 運動の健康増進・疾患予防効果のメカニズム解明に役立つ

  • 組織・性別特異的な運動処方の開発に応用できる

  • 運動模倣薬の標的分子の同定などに活用できる

  • 様々な疾患モデル動物での運動介入研究のリファレンスになる

著者と所属
MoTrPAC Study Group, Lead Analysts & MoTrPAC Study Group (マサチューセッツ総合病院、スタンフォード大学、ブロード研究所、アイオワ大学、メイヨークリニック、ミシガン大学、ジョージア工科大学、デューク大学、エモリー大学、アイカーン・マウントサイナイ医科大学、パシフィック・ノースウエスト国立研究所、バーモント大学、ウェイクフォレスト大学、オクラホマ医学研究財団、フロリダ大学、カリフォルニア大学サンディエゴ校、アラバマ大学バーミングハム校 など米国の64の研究機関)

詳しい解説
本研究は、ラットの全身の組織を対象に、持久運動トレーニングに対する分子応答の時間的ダイナミクスを、ほぼ全てのオミクス階層で調べた画期的な大規模研究です。雌雄のラットに8週間の漸増的なトレッドミル走行トレーニングを行わせ、4つの時点で、全血、血漿、骨格筋、心臓、肝臓、脂肪組織など18の組織を採取しました。そして、ゲノム、エピゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボロームなど、25種の分子プラットフォームで網羅的なマルチオミクス解析を行いました。
その結果、全部で9,466のアッセイデータが得られ、数千もの分子の変化が同定されました。多くは組織特異的でしたが、一部は複数の組織で共通していました。最先端の統計解析手法を駆使して、これらの膨大なデータを時間軸に沿って統合的に解析することで、運動トレーニングによる動的な分子適応の全身像が浮かび上がってきました。
免疫系、エネルギー代謝、ストレス応答、ミトコンドリアなど、運動による適応に関わることが知られている生物学的経路が、多くの組織で協調的に制御されていました。一方で、腸や肝臓など一部の臓器では、炎症の抑制や脂質代謝の改善など、臓器特有の適応も見られました。これらの変化の多くは、ヒトの疾患、特に生活習慣病との関連が示唆されました。
また、雌雄でデータを分けて解析したところ、分子応答に大きな性差があることがわかりました。変化の6割近くが雌雄どちらかに特異的で、時間的なパターンも異なっていました。このことは、運動の効果がホルモンなど性別の生理的特性に大きく左右されることを示唆しています。
さらに著者らは、自らのデータをヒトの運動研究や疾患データベースと照合しました。すると、運動による骨格筋の遺伝子発現変化は、ヒトとラットで高い一致度を示しました。また、脂肪組織や肝臓、腎臓の運動応答は、2型糖尿病や心血管疾患、肥満、腎疾患など、代謝性疾患のリスク低下と関連していました。つまり、ラットで得られた知見は、ヒトにもよく当てはまると期待されます。
本研究は、運動の健康増進効果のメカニズムを探る上で、極めて重要な手がかりを与えてくれます。組織や性別、時間軸を考慮に入れることで、よりパーソナライズされた運動療法の開発につながるかもしれません。また、同定された分子変化の中には、「エクササイズ・ミメティクス」と呼ばれる運動模倣薬の標的になりそうなものもあります。
本研究のインパクトはそれだけではありません。ストレス応答や腸内環境など、運動との関連が意外だった変化も多数見つかりました。これらは、運動の新たな健康効果を示唆していると同時に、基礎研究の新たな仮説にもなるでしょう。「運動オミクス」は、まだ新しい研究分野ですが、生命科学と医学の発展に大きく貢献すると期待されます。
最後に特筆すべきは、本研究で得られた膨大なデータが、ウェブベースのリポジトリとインタラクティブな可視化ツールを通じて、誰でも自由にアクセスできる形で公開されたことです。マウスやラットは、ヒト疾患研究の強力なモデルです。本研究のデータは、今後の疾患モデル動物を使った運動研究の質を大きく高めてくれるはずです。運動が健康長寿の鍵を握ることは疑いありません。その科学的根拠を、私たちは今手にしたのです。


3Dゲノムマッピングにより、ヒトの膵臓前がん病変の多発性と遺伝的多様性を解明

膵管内上皮腫瘍(PanIN)は膵臓がんの最も一般的な前駆病変だが、ヒトでは小さくアクセスが困難なため研究が難しい。PanINの数、寸法、連結性は不明で、がん発生の洞察を阻んでいる。本研究では、機械学習を用いた単一細胞解像度の定量的3D組織学的再構成パイプラインを用いて、正常ヒト膵臓の大きなサンプルを分析し、PanINのミクロ解剖学的調査を行った。3Dモデリングによるマルチリージョンマイクロダイセクションとターゲットおよび全エクソームシーケンシングを組み合わせ、PanIN内および間の遺伝的関係を解明した。その結果、1立方cmあたり平均13個のPanINが存在し、正常な成人膵臓には数百のPanINが存在すると推定された。ほとんどすべてのPanINにKRAS遺伝子の活性型変異が見られた。ほとんどのPanINは、独自の体細胞変異プロファイルを持つ独立したクローンとして発生していた。一部の連続したPanINには複数のKRAS変異が含まれ、計算および in situ 解析により、異なるKRAS変異が異なる細胞亜集団に局在し、ポリクローン性起源を示していた。PanINの広範な多発性と遺伝的多様性は、前がんの発生と進行リスクの差を生み出すメカニズムについて重要な疑問を提起する。ヒトPanINの分子変化に関するこの詳細な3Dゲノムマッピングは、膵臓がんの早期発見と合理的な阻止のための経験的基盤となる。

事前情報

  • 膵管内上皮腫瘍(PanIN)は膵臓がんの最も一般的な前駆病変である。

  • PanINは、ヒトでは小さくアクセスが困難なため、研究が難しい。

  • PanINの数、寸法、連結性は不明で、がん発生の洞察を阻んでいる。

行ったこと

  • 正常ヒト膵臓の大きなサンプルを、機械学習を用いた単一細胞解像度の定量的3D組織学的再構成パイプラインで分析し、PanINのミクロ解剖学的調査を行った。

  • 3Dモデリングによるマルチリージョンマイクロダイセクションとターゲットおよび全エクソームシーケンシングを組み合わせ、PanIN内および間の遺伝的関係を解明した。

検証方法

  • 機械学習を用いた単一細胞解像度の定量的3D組織学的再構成パイプライン(CODA)による46の正常ヒト膵臓サンプルの分析

  • 3Dモデリングによるマルチリージョンマイクロダイセクション

  • ターゲットおよび全エクソームシーケンシングによる体細胞変異の同定

  • RNA in situ ハイブリダイゼーションによるKRAS変異の空間的局在の検証

分かったこと

  • 正常な成人膵臓には1立方cmあたり平均13個、全体で数百のPanINが存在する。

  • ほとんどすべてのPanINにKRAS遺伝子の活性型変異が見られる。

  • ほとんどのPanINは、独自の体細胞変異プロファイルを持つ独立したクローンとして発生する。

  • 一部の連続したPanINには複数のKRAS変異が含まれ、異なるKRAS変異が異なる細胞亜集団に局在し、ポリクローン性起源を示す。

  • PanINの広範な多発性と遺伝的多様性は、前がんの発生と進行リスクの差を生み出すメカニズムに関する重要な疑問を提起する。

この研究の面白く独創的なところ

  • 正常ヒト膵臓の大規模な3Dゲノムマッピングを初めて行った点

  • 機械学習による自動化された3D組織再構成と、マルチリージョンシーケンシングを組み合わせた点

  • PanINの数と遺伝的多様性を定量的に明らかにした点

  • 一部のPanINのポリクローン性起源を明らかにした点

  • PanINの発生と進行の新たなメカニズムを示唆した点

この研究のアプリケーション

  • 膵臓がんの早期発見のための分子マーカーの同定

  • PanINの進行リスク予測モデルの構築

  • PanIN発生の分子メカニズム解明に基づく予防法の開発

  • 3D組織マッピングとマルチリージョンシーケンスの他のがん前駆病変への応用

著者と所属
Alicia M. Braxton, Ashley L. Kiemen, Mia P. Grahn, André Forjaz, Jeeun Parksong, Jaanvi Mahesh Babu, Jiaying Lai, Lily Zheng, Noushin Niknafs, Liping Jiang, Haixia Cheng, Qianqian Song, Rebecca Reichel, Sarah Graham, Alexander I. Damanakis, Catherine G. Fischer, Stephanie Mou, Cameron Metz, Julie Granger, Xiao-Ding Liu, Niklas Bachmann, Yutong Zhu, YunZhou Liu, Cristina Almagro-Pérez, Ann Chenyu Jiang, Jeonghyun Yoo, Bridgette Kim, Scott Du, Eli Foster, Linda C. Chu, Fengze Liu, Elliot K. Fishman, Jocelyn Y. Hsu, Paula Andreu Rivera, Alan Yuille, Toby C. Cornish, Nicholas J. Roberts, Elizabeth D. Thompson, Robert B. Scharpf, Rachel Karchin, Yuchen Jiao, Pei-Hsun Wu, Ralph H. Hruban, Denis Wirtz & Laura D. Wood
(ジョンズホプキンス大学医学部、南カロライナ医科大学、中国科学院、北京協和医科大学、コロラド大学医学部 など)

詳しい解説
本研究は、ヒトの膵臓がんの最も一般的な前駆病変である膵管内上皮腫瘍(PanIN)について、その数、寸法、遺伝的特性を初めて大規模に解明した画期的な研究です。PanINは小さく、生検などでアクセスすることが難しいため、これまでヒトでの実態はよくわかっていませんでした。
研究チームは、46例の正常ヒト膵臓の大きなサンプルを、独自に開発した機械学習を用いた3D組織学的再構成パイプライン(CODA)で分析しました。CODAは、連続した組織切片の画像を単一細胞解像度でセグメンテーションし、3次元的に再構成することができます。これにより、PanINの数、サイズ、形状を定量的に評価することが可能になりました。
次に、3Dモデルを基にPanINの異なる領域を正確にマイクロダイセクションし、ターゲットおよび全エクソームシーケンシングを行いました。これにより、PanIN内および間の遺伝的関係を詳細に解析することができました。
その結果、驚くべきことに、正常な成人の膵臓には1立方センチメートルあたり平均13個、全体では数百ものPanINが存在することがわかりました。そしてそのほとんどすべてに、KRAS遺伝子の活性型変異が見られました。KRASは、膵臓がんの発生に重要な役割を果たすドライバー遺伝子として知られています。
興味深いことに、ほとんどのPanINは、それぞれ独自の体細胞変異プロファイルを持っていました。つまり、それぞれが独立したクローンとして発生したと考えられます。一方で、一部の連続したPanINには、複数の異なるKRAS変異が含まれていました。RNA in situ ハイブリダイゼーションによる検証の結果、異なるKRAS変異が、PanIN内の異なる細胞亜集団に局在していることがわかりました。これは、それらのPanINが複数のクローンが融合してできた、ポリクローン性の起源を持つことを示唆しています。
PanINの広範な多発性と遺伝的多様性は、前がんの発生と進行のメカニズムを考える上で重要な知見です。多くの正常な膵臓に数百ものPanINが存在するにもかかわらず、そのごく一部しか癌化しないのはなぜなのか。PanINの遺伝的プロファイルが、その進行リスクにどう影響するのか。これらは今後の研究課題です。
本研究は、膵臓がんの早期発見と予防に向けた重要な一歩となります。PanINに特異的な分子マーカーを同定することで、リスクの高い個人を特定し、より効果的なスクリーニングを行うことができるかもしれません。また、PanINの発生と進行の分子メカニズムを解明することで、新たな予防法の開発にもつながるでしょう。
さらに、本研究で用いられた3D組織マッピングとマルチリージョンシーケンスのアプローチは、他のがんの前駆病変の研究にも応用可能です。従来の2次元的な病理学的解析では見えなかった、がんの発生と進化のダイナミクスが明らかになるかもしれません。
膵臓がんは、予後が極めて悪い難治がんです。その克服のためには、前駆病変の段階で、がんの芽を摘み取ることが重要です。本研究は、そのための道筋を示してくれました。今後のさらなる研究の進展が大いに期待されます。


階段状の結晶基板を使って、強誘電性を持つ菱面体窒化ホウ素の単結晶を作製

本研究は、ニッケル基板の階段状の段差を利用して、菱面体型窒化ホウ素(rBN)の大面積単結晶フィルムを作製したものである。rBNは六方晶窒化ホウ素(hBN)の優れた物性に加え、面内・面外の反転対称性の破れに由来する光学非線形性や界面強誘電性を示す有望な二次元材料だが、各層の格子配向と界面のずれベクトルを同時に制御する必要があるため、大面積単結晶の作製は困難だった。本研究では、(100)面テラスと(110)面段差を持つ単結晶ニッケル基板を用いることで、各BN層のB-N結合方位の揃った積層と、段差近傍での核形成によるBN層の菱面体積層を実現した。得られたrBN層は純粋な菱面体相で、強固で均一かつ切り替え可能な強誘電性を高いキュリー温度で示した。本研究は、積層制御された二次元単結晶層の精密合成法を提供し、積層二次元材料に基づく多機能デバイス応用の基盤となるものである。

事前情報

  • 菱面体窒化ホウ素(rBN)は、hBNの優れた物性に加え、光学非線形性や界面強誘電性を示す

  • rBNの大面積単結晶作製には、各層の格子配向と界面ずれベクトルの同時制御が必要

  • 従来の手法では、格子配向の制御や大面積化が困難だった

行ったこと

  • (100)面テラスと(110)面段差を持つ単結晶ニッケル基板を用意

  • 基板上でのrBN層のエピタキシャル成長を実施

  • 構造解析により、純粋なrBN相の形成を確認

  • 強誘電特性の評価により、均一で切り替え可能な分極を観測

検証方法

  • 走査型電子顕微鏡による表面モフォロジーの観察

  • 低速電子線回折による結晶配向の解析

  • 走査型透過電子顕微鏡による原子構造の可視化

  • ピエゾ応答顕微鏡による局所強誘電応答の測定

  • 分極-電場ヒステリシス曲線による巨視的強誘電特性の評価

分かったこと

  • ニッケル基板の段差が、rBN層のB-N結合方位と菱面体積層の制御を可能にする

  • 得られたrBNは、純粋な菱面体相で均一な結晶性を持つ

  • rBN層は高いキュリー温度で安定な強誘電性を示す

  • rBNドメインの分極反転には、隣接層間のスライディングが関与する

この研究の面白く独創的なところ

  • 基板の階段状構造を利用した積層制御という独創的なアイデア

  • 二次元強誘電体の大面積単結晶化を可能にした点

  • 強誘電ドメインの形成・反転機構を原子レベルで解明した点

  • 様々な二次元材料への応用が期待できる汎用性の高い手法である点

この研究のアプリケーション

  • 光デバイスへの応用(光第二高調波発生、電気光学変調など)

  • 電子デバイスへの応用(強誘電トンネル接合、強誘電トランジスタなど)

  • データストレージへの応用(強誘電体メモリ、強誘電キャパシタなど)

  • 多機能集積デバイスへの応用(光-電子-力学結合素子など)

著者と所属
Li Wang, Jiajie Qi, Wenya Wei, Mengqi Wu, Zhibin Zhang, Xiaomin Li, Huacong Sun, Quanlin Guo, Meng Cao, Qinghe Wang, Chao Zhao, Yuxuan Sheng, Zhetong Liu, Can Liu, Muhong Wu, Zhi Xu, Wenlong Wang, Hao Hong, Peng Gao, Menghao Wu, Zhu-Jun Wang, Xiaozhi Xu, Enge Wang, Feng Ding, Xiaorui Zheng, Kaihui Liu & Xuedong Bai (Institute of Physics, Chinese Academy of Sciences, China; Peking University, China; South China Normal University, China; Westlake University, China; Huazhong University of Science and Technology, China; Shenzhen Institute of Advanced Technology, China; ShanghaiTech University, China; Songshan Lake Materials Laboratory, China)

詳しい解説
本研究は、二次元強誘電体材料として注目される菱面体窒化ホウ素(rBN)の単結晶成長に関する画期的な成果です。rBNは、同素体の六方晶窒化ホウ素(hBN)が持つ優れた物性に加えて、面内・面外の反転対称性の破れに由来する光学非線形性や界面強誘電性を示すことから、光電子デバイスや多機能集積素子への応用が期待されています。しかし、rBNの大面積単結晶を得るためには、各層のホウ素-窒素結合の向きを揃えつつ、層間で特定の周期でずれた菱面体積層を実現する必要があり、従来の手法では精密な制御が困難でした。
研究チームは、この課題を解決するために、ニッケル基板の表面に規則的な階段状の段差を導入するというユニークなアプローチを採用しました。彼らが用いたのは、テラス面が(100)面、段差面が(110)面で構成される単結晶ニッケル基板です。熱力学的に安定なrBN層の積層様式を考慮すると、この基板構造が、各BN層のB-N結合方位の揃った配向と、段差近傍での優先核形成に伴うBN層の菱面体積層の両立を可能にすると予想されました。
実際に化学気相成長法によりrBN層を合成したところ、透過型電子顕微鏡観察から純粋な菱面体相が均一に形成されていることが確かめられました。低速電子線回折パターンからも、マクロスケールで配向の揃った単結晶性が示されました。本手法の大きな利点は、基板のファセット構造に依存した自己組織化プロセスにより、特殊な装置を用いることなく理想的な積層構造が得られる点にあります。
さらに、ピエゾ応答顕微鏡を用いた局所分極の可視化から、得られたrBN層が室温以上の高いキュリー温度で安定な強誘電性を示すことが明らかになりました。第一原理計算との比較から、rBNの分極反転には隣接層間のスライディングが関与することも示唆されました。rBNは、既存の半導体や誘電体と比べても遜色ない強誘電特性を有しており、省電力の不揮発性メモリや高感度センサなどへの応用が期待できます。
本研究は、二次元材料の精密積層制御という難題に対して、基板の表面形状を巧みに活用するという独創的な解決策を提示した点で高く評価できます。この手法は窒化ホウ素以外の同族材料にも適用可能であり、多彩な物性を持つファンデルワールスヘテロ構造の作製にも道を拓くものと期待されます。二次元強誘電体の実用化に向けて、大面積化と機能集積化への重要な一歩を記した研究といえるでしょう。


ミトコンドリアの移植が血管内皮細胞の生着を促進し、マイトファジーを介して機能する

本研究は、血管内皮細胞の移植による血管再生療法において、間葉系幹細胞からのミトコンドリア移植が重要な役割を果たすことを明らかにしました。間葉系幹細胞は、ストレス下でトンネリングナノチューブを介してミトコンドリアを血管内皮細胞に送り込み、それを阻害すると血管内皮細胞の生着が損なわれました。さらに、ミトコンドリアを人工的に移植する方法を開発し、間葉系幹細胞なしでも血管内皮細胞が虚血組織で血管を形成できるようになりました。移植されたミトコンドリアは血管内皮細胞内で分解され、PINK1-Parkin経路依存的なマイトファジーが、血管新生の促進に重要であることが示されました。

事前情報

  • 虚血性疾患の治療には血管新生が重要

  • 血管内皮細胞の移植は有望だが、間葉系幹細胞などの支持細胞が必要

  • 間葉系幹細胞がどのようにして血管内皮細胞の生着を助けているかは不明

行ったこと

  • 間葉系幹細胞から血管内皮細胞へのミトコンドリア移植の解析

  • 人工的なミトコンドリア移植法の開発と機能解析

  • 移植されたミトコンドリアの運命と血管新生におけるマイトファジーの役割の解明

検証方法

  • 共培養系とin vivoでのミトコンドリア移植の可視化と定量解析

  • 人工的ミトコンドリア移植法の開発と移植細胞の機能解析

  • 電子顕微鏡や蛍光イメージングによるミトコンドリアの局在と運命の解析

  • 遺伝子ノックダウンによるマイトファジー関連分子の機能解析

分かったこと

  • 間葉系幹細胞はストレス下でトンネリングナノチューブを介してミトコンドリアを血管内皮細胞に供与する

  • ミトコンドリア移植を阻害すると血管内皮細胞の生着が損なわれる

  • 人工的なミトコンドリア移植により血管内皮細胞単独で血管形成能が向上する

  • 移植されたミトコンドリアは血管内皮細胞内で分解され、マイトファジーが誘導される

  • PINK1-Parkin経路依存的なマイトファジーが血管新生の促進に重要である

この研究の面白く独創的なところ

  • 細胞間ミトコンドリア移植の新しい生理的意義を発見

  • 人工的ミトコンドリア移植という新しいアプローチを開発

  • 移植されたミトコンドリアの意外な運命を発見

  • マイトファジーという品質管理機構が血管新生に関わることを示した

この研究のアプリケーション

  • 血管内皮細胞移植による血管再生療法の改善

  • 間葉系幹細胞に代わる新しい治療法の開発

  • 他の組織や疾患へのミトコンドリア移植療法への応用

  • マイトファジーを標的とした血管新生の制御法の開発

著者と所属

Ruei-Zeng Lin, Gwang-Bum Im, Allen Chilun Luo, Yonglin Zhu, Xuechong Hong, Joseph Neumeyer & Juan M. Melero-Martin (Department of Cardiac Surgery, Boston Children's Hospital; Department of Surgery & Harvard Stem Cell Institute, Harvard Medical School)

詳しい解説

虚血性疾患は世界中で多くの患者さんを苦しめる重大な疾患ですが、現在の治療法は限られています。そのため、血管を再生させる新しい治療法の開発が求められています。血管内皮細胞を移植して新しい血管をつくる再生医療は有望なアプローチですが、血管内皮細胞を生着させるには間葉系幹細胞などの支持細胞が必要で、その分子メカニズムは不明でした。
本研究では、間葉系幹細胞がストレス下でトンネリングナノチューブという細長い突起を介して、自らのミトコンドリアを血管内皮細胞に送り込むことを発見しました。このミトコンドリア移植を阻害すると、血管内皮細胞の生着が大幅に損なわれたのです。そこで研究チームは、ミトコンドリアを人工的に血管内皮細胞に注入する方法を開発。すると間葉系幹細胞がなくても、血管内皮細胞が虚血組織で血管をつくれるようになったのです。
ところが驚いたことに、移植されたミトコンドリアは血管内皮細胞内のミトコンドリアとは融合せず、時間とともに分解されていきました。そして分解の過程で、マイトファジーと呼ばれるミトコンドリアの品質管理機構が活性化されていたのです。実際、移植されたミトコンドリアはマイトファジーの構造体であるオートファゴソームに取り込まれており、マイトファジーの鍵となるPINK1-Parkin経路を阻害すると、血管内皮細胞の血管形成能が低下しました。
本研究は、細胞間ミトコンドリア移植とマイトファジーという2つの現象を巧みに結びつけ、血管新生のメカニズムに新しい視点を与えました。移植されたミトコンドリアが分解されることで血管新生が促進されるという発見は、ミトコンドリアが単なるエネルギー工場ではなく、細胞間コミュニケーションとダイナミックな適応の担い手であることを示唆しています。人工的なミトコンドリア移植という斬新なアプローチは、間葉系幹細胞なしでも血管内皮細胞移植を可能にする画期的な方法であり、血管再生医療の新しい扉を開くものと期待されます。
マイトファジー誘導を利用した血管新生の促進という概念は、基礎生物学的にも医学的にもインパクトの大きい発見です。ミトコンドリアの品質管理が組織の再生に直結するという知見は、他の組織や疾患へのミトコンドリア移植療法の応用にも道を拓くでしょう。本研究は、細胞生物学と再生医療の新しい融合を予感させる、醍醐味に富んだ研究と言えます。基礎と応用のシームレスな連携から生まれたサイエンスの妙味を堪能できる一報です。



最後に
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