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論文まとめ395回目 Nature 肥満治療薬の効果を担う脳神経回路の解明と副作用軽減への道筋!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Deeper and stronger North Atlantic Gyre during the Last Glacial Maximum
最終氷期最大期における、より深くより強力な北大西洋環流
「約2万年前の最終氷期最大期、北大西洋の海洋循環は現在とは大きく異なっていました。この研究は、当時の亜熱帯環流(暖かい表層水が反時計回りに循環する流れ)が、現在の約2倍の深さ2000-2500mまで達していたことを明らかにしました。これは、より強い風と海面冷却によって引き起こされたと考えられます。この発見は、氷期の海洋が予想以上に活発に循環し、熱や二酸化炭素の輸送に大きな影響を与えていた可能性を示しています。」

Dissociable hindbrain GLP1R circuits for satiety and aversion
満腹感と嫌悪感を生み出す脳幹のGLP1R回路の解離
「肥満治療薬の主な副作用である吐き気。実はこの副作用が痩せる効果に貢献しているのでは?と考えられてきました。しかし、本研究で脳幹のGLP1受容体を持つ神経細胞を詳しく調べたところ、食欲を抑える神経と吐き気を引き起こす神経が別々に存在することが分かりました。さらに、食欲抑制に関わる神経だけを刺激しても十分に体重が減少することも判明。この発見により、副作用の少ない新しい肥満治療薬の開発につながる可能性があります。まさに、一石二鳥ならぬ「一石一鳥」の研究成果と言えるでしょう。」

Emergence of large-scale cell death through ferroptotic trigger waves
大規模細胞死のフェロトーシストリガー波による出現
「細胞が大規模に死ぬ現象は、胚発生や病気でよく見られます。でも、どうやって細胞死が広範囲に広がるのか謎でした。この研究は、フェロトーシスという細胞死が、活性酸素種の「トリガー波」として伝わることを発見しました。トリガー波は、伝わる距離が長くなっても速度や強さが衰えない特殊な波です。研究チームは、フェロトーシスが数ミリメートルもの距離を一定の速度で伝播することを示しました。さらに、この現象が鳥の胚の足の筋肉形成にも関わっていることを明らかにしました。これは、生物の体作りや病気の理解に新しい視点を与える発見です。」

Fast-moving stars around an intermediate-mass black hole in ω Centauri
ω星団における中質量ブラックホール周辺の高速移動星
「恒星の集団である球状星団の中に、巨大ブラックホールが潜んでいるかもしれない - この長年の謎に、新たな証拠が加わりました。研究チームは、ω星団の中心付近で異常に速く動く7つの星を発見。これらの星の動きは、約8,200太陽質量以上のブラックホールの存在を示唆しています。まるで太陽系の惑星のように、これらの星々はブラックホールの周りを公転しているのです。この発見は、銀河の中心にある超巨大ブラックホールの起源を解明する重要な手がかりとなるでしょう。」

Glutamate acts on acid-sensing ion channels to worsen ischaemic brain injury
グルタミン酸は酸感受性イオンチャネルに作用して虚血性脳障害を悪化させる
「脳卒中時に過剰放出されるグルタミン酸は、これまでNMDA受容体を介して神経細胞死を引き起こすと考えられてきました。しかし、この研究では、グルタミン酸が酸感受性イオンチャネル(ASIC)にも直接結合し、そのはたらきを増強することで脳障害をさらに悪化させることを発見しました。ASICを標的とする新薬LK-2は、従来のNMDA受容体阻害薬より副作用が少なく、マウス実験で脳梗塞の範囲を縮小し、運動機能の回復も促進しました。この発見は脳卒中治療の新たな可能性を開くものです。」

In situ targeted base editing of bacteria in the mouse gut
マウスの腸内細菌のその場標的塩基編集
「私たちの腸内には多くの細菌が住んでいて、健康に大きな影響を与えています。これらの細菌の遺伝子を自在に操作できれば、病気の治療や予防に役立つかもしれません。この研究では、マウスの腸内に住む大腸菌の遺伝子を、生きたまま直接編集する技術を開発しました。ウイルスを改造して特定の細菌に運び込み、ピンポイントで遺伝子を書き換えることに成功。これにより、腸内細菌の機能を詳しく調べたり、有害な細菌を無害化したりできる可能性が開けました。将来的には、人間の腸内細菌を操作して様々な病気を治療する道が拓けるかもしれません。」


要約

最終氷期最大期の北大西洋亜熱帯環流は現在の2倍の深さまで達していた

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07655-y

最終氷期最大期(約2万年前)の北大西洋亜熱帯環流が現在の約2倍の深さ(2000-2500m)まで達していたことを、海底堆積物コアの酸素同位体比分析から明らかにした研究です。この発見は、氷期の海洋循環が従来考えられていたよりも活発で、熱輸送や二酸化炭素循環に大きな影響を与えていた可能性を示唆しています。

事前情報

  • 現在の北大西洋亜熱帯環流は深さ約1000mまで達している

  • 最終氷期最大期の風応力カールや表面浮力損失は現在より大きかったと考えられている

  • 従来の研究では氷期の亜熱帯環流の深さはあまり変化していないと示唆されていた

行ったこと

  • ケープハッテラスとブレークアウターリッジの2つの深度トランセクトから海底堆積物コアを採取

  • コアサンプルの底生有孔虫の酸素同位体比(δ18O)を分析

  • 中-後期完新世と最終氷期最大期のδ18O鉛直プロファイルを作成

  • 既存のδ18Oデータも含めて北西大西洋のδ18O分布図を作成

  • 古気候モデル(PMIP3、PMIP4)の風応力カールデータを解析

検証方法

  • 2つの深度トランセクトのδ18O鉛直プロファイルを比較

  • 北西大西洋のδ18O分布図から亜熱帯/亜寒帯境界の深度変化を推定

  • 古気候モデルの風応力カールデータと比較

  • 単一有孔虫分析や炭素同位体比分析で結果の信頼性を確認

分かったこと

  • 最終氷期最大期の亜熱帯/亜寒帯境界は深さ2000-2500mまで達していた

  • これは現在の約2倍の深さである

  • 古気候モデルは氷期の風応力カールが50-80%強かったことを示している

  • 氷期の亜熱帯モード水がより密度が高く深くまで形成されていた可能性がある

  • 氷期の北大西洋中層水の一部は亜熱帯起源の水塊であった可能性がある

研究の面白く独創的なところ

  • 従来の研究結果を覆し、氷期の亜熱帯環流が予想外に深くまで達していたことを示した

  • 海底堆積物コアの詳細な分析と古気候モデルの結果を組み合わせて、包括的な証拠を提示した

  • 氷期の海洋循環の新しい描像を提案し、従来の理解を大きく更新した

この研究のアプリケーション

  • 氷期の海洋循環と熱輸送メカニズムの理解を深める

  • 氷期-間氷期サイクルにおける大気中二酸化炭素濃度変動メカニズムの解明に貢献

  • 古気候モデルの検証と改良に役立つ

  • 将来の気候変動予測モデルの精度向上に寄与する可能性がある

著者と所属

  • Jack H. Wharton - University College London, UK

  • Martin Renoult - Stockholm University, Sweden

  • Geoffrey Gebbie - Woods Hole Oceanographic Institution, USA

詳しい解説
この研究は、最終氷期最大期(約2万年前)の北大西洋亜熱帯環流の構造と強度を明らかにしました。研究チームは、ケープハッテラスとブレークアウターリッジの2つの深度トランセクトから採取した海底堆積物コアを分析しました。底生有孔虫の殻に含まれる酸素同位体比(δ18O)を測定し、中-後期完新世(現在から2000-6000年前)と最終氷期最大期のδ18O鉛直プロファイルを作成しました。
分析の結果、最終氷期最大期の亜熱帯環流と亜寒帯環流の境界が、現在の約1000mに対して2000-2500mの深さまで達していたことが明らかになりました。これは、氷期の亜熱帯環流が現在の約2倍の深さまで及んでいたことを意味します。研究チームは、この結果を古気候モデル(PMIP3、PMIP4)の風応力カールデータと比較し、氷期の風応力カールが現在より50-80%強かったことを確認しました。
この発見は、氷期の海洋循環に関する従来の理解を大きく更新するものです。より深く強力な亜熱帯環流は、熱輸送や二酸化炭素循環に大きな影響を与えていたと考えられます。また、従来北大西洋中層水と考えられていた水塊の一部が、実際には亜熱帯起源の水であった可能性も示唆されました。
この研究結果は、氷期-間氷期サイクルにおける海洋循環の役割や、大気中二酸化炭素濃度変動のメカニズムの理解を深めるのに役立ちます。また、古気候モデルの検証や改良、さらには将来の気候変動予測モデルの精度向上にも貢献する可能性があります。


肥満治療薬の効果を担う脳神経回路の解明と副作用軽減への道筋

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07685-6

GLP-1受容体作動薬は最も効果的な肥満治療薬ですが、吐き気や嘔吐などの嫌悪反応を引き起こします。本研究では、満腹感と嫌悪感を媒介する神経回路が機能的に分離可能であることを発見しました。体系的な調査により、脳幹のGLP-1受容体ニューロンのみが肥満治療薬の効果に必要であることが明らかになりました。特に、延髄孤束核(NTS)のGLP-1受容体ニューロンは嫌悪感なしに満腹感を引き起こし、最後野(AP)のGLP-1受容体ニューロンは強い嫌悪感を引き起こすことが示されました。重要なことに、嫌悪経路を抑制してもGLP-1受容体作動薬は食事摂取量を減少させました。これらの発見は、副作用を回避しながら体重減少を促進できる可能性のあるNTSのGLP-1受容体ニューロンを標的とした新しい治療法の開発につながる可能性があります。

事前情報

  • GLP-1受容体作動薬は最も効果的な肥満治療薬だが、吐き気や嘔吐などの嫌悪反応を引き起こす

  • これらの嫌悪反応が治療薬の効果に寄与している可能性があると考えられていた

  • 満腹感と嫌悪感を結びつける脳回路については不明な点が多かった

行ったこと

  • 脳内のGLP-1受容体を持つニューロン集団の系統的な調査

  • 脳幹のGLP-1受容体ニューロンのin vivo二光子イメージング

  • 延髄孤束核(NTS)と最後野(AP)のGLP-1受容体ニューロンの選択的操作

  • 解剖学的および行動学的分析

検証方法

  • 遺伝子改変マウスとウイルスベクターを用いた特定のニューロン集団の操作

  • カルシウムイメージングによるニューロン活動の可視化

  • 摂食行動、体重変化、嫌悪反応などの行動学的解析

  • 神経トレーシングによる投射経路の同定

分かったこと

  • 脳幹のGLP-1受容体ニューロンのみが肥満治療薬の効果に必要

  • NTSのGLP-1受容体ニューロンは嫌悪感なしに満腹感を引き起こす

  • APのGLP-1受容体ニューロンは強い嫌悪感を引き起こす

  • NTSとAPのGLP-1受容体ニューロンは異なる下流の脳領域に投射し、それぞれ満腹感と嫌悪感を引き起こす

  • 嫌悪経路を抑制してもGLP-1受容体作動薬は食事摂取量を減少させる

研究の面白く独創的なところ

  • 満腹感と嫌悪感を媒介する神経回路が機能的に分離可能であることを初めて示した

  • 二光子イメージングにより、個々のニューロンレベルでの応答性の違いを明らかにした

  • 特定のニューロン集団を選択的に操作することで、満腹感と嫌悪感の分離に成功した

  • 従来は副作用と考えられていた嫌悪反応が、実は治療効果に必須ではないことを示した

この研究のアプリケーション

  • 副作用の少ない新しい肥満治療薬の開発

  • NTSのGLP-1受容体ニューロンを選択的に標的とした治療法の開発

  • 満腹感と嫌悪感のメカニズムのさらなる解明につながる基礎研究

  • 他の神経回路における機能的分離の可能性の探索

著者と所属

  • Kuei-Pin Huang - Monell Chemical Senses Center

  • Alisha A. Acosta - Monell Chemical Senses Center

  • Amber L. Alhadeff - Monell Chemical Senses Center, Department of Neuroscience, University of Pennsylvania

詳しい解説
本研究は、肥満治療薬として広く使用されているGLP-1受容体作動薬の作用メカニズムに新たな光を当てました。これらの薬剤は効果的に体重を減少させますが、同時に吐き気や嘔吐などの嫌悪反応を引き起こすことが知られていました。従来、これらの副作用が治療効果に寄与している可能性があると考えられていましたが、本研究はこの仮説を覆す結果を示しました。
研究チームは、マウスの脳内でGLP-1受容体を持つ様々なニューロン集団を系統的に調査しました。その結果、脳幹、特に延髄孤束核(NTS)と最後野(AP)のGLP-1受容体ニューロンが、薬剤の効果に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。
さらに、in vivo二光子イメージングを用いて、これらのニューロンの活動を個々のセルレベルで観察しました。その結果、NTSのGLP-1受容体ニューロンは主に栄養刺激に反応し、APのGLP-1受容体ニューロンは嫌悪刺激に幅広く反応することが分かりました。
これらのニューロン集団を選択的に操作する実験では、NTSのGLP-1受容体ニューロンの活性化が嫌悪反応なしに満腹感を引き起こすのに対し、APのGLP-1受容体ニューロンの活性化は強い嫌悪感を引き起こすことが示されました。さらに、解剖学的および行動学的分析により、これらのニューロン集団が異なる下流の脳領域に投射し、それぞれ満腹感と嫌悪感を引き起こすことが明らかになりました。
重要なことに、嫌悪経路(APのGLP-1受容体ニューロン)を抑制してもGLP-1受容体作動薬は食事摂取量を減少させることができました。この発見は、嫌悪反応が治療効果に必須ではないことを示唆しています。
これらの知見は、副作用の少ない新しい肥満治療薬の開発につながる可能性があります。特に、NTSのGLP-1受容体ニューロンを選択的に標的とすることで、嫌悪感を引き起こすことなく体重減少を促進できる可能性があります。
本研究は、満腹感と嫌悪感という密接に関連すると考えられていた感覚が、実は分離可能な神経回路によって制御されていることを示した点で画期的です。この発見は、肥満治療の新たな方向性を示すだけでなく、脳における感覚処理のメカニズムに関する我々の理解を深める重要な一歩となりました。


フェロトーシスが活性酸素種のトリガー波として広範囲に伝播することを解明

https://doi.org/10.1038/s41586-024-07623-6

細胞死は生物の発生や病気の過程でよく観察される現象ですが、どのようにして大規模な細胞死が空間的に調整されるのかは不明でした。本研究では、フェロトーシスと呼ばれる細胞死の一形態が、活性酸素種(ROS)のトリガー波として長距離にわたって伝播することを示しました。

事前情報

  • 大規模な細胞死は胚発生や病態で観察されるが、その空間的調整メカニズムは不明だった

  • トリガー波は長距離にわたって一定の速度で伝播する自己再生的な化学フロントである

  • フェロトーシスは鉄依存性の脂質過酸化を伴う細胞死の一形態である

行ったこと

  • ヒト網膜色素上皮細胞を用いて、フェロトーシスの伝播を観察・測定した

  • 化学的・遺伝的摂動を用いて、フェロトーシス伝播の制御機構を調べた

  • 数理モデルを構築し、フェロトーシス伝播のシミュレーションを行った

  • ニワトリ胚の肢芽発生におけるフェロトーシスの役割を調べた

検証方法

  • 長距離イメージング技術を用いて、フェロトーシスの伝播を可視化・定量化した

  • 活性酸素種、脂質過酸化、細胞内鉄などのマーカーを用いて、フェロトーシスの特徴を確認した

  • 阻害剤や遺伝子操作を用いて、フェロトーシス伝播に関わる経路を同定した

  • 反応拡散モデルを用いて、フェロトーシス伝播のシミュレーションを行った

  • ニワトリ胚の肢芽を用いて、in vivoでのフェロトーシスの役割を調べた

分かったこと

  • フェロトーシスは一定の速度(約5.5 μm/分)で5 mm以上の距離を伝播する

  • フェロトーシスの伝播は、ROSフィードバックループ(Fenton反応、NOXシグナリング、グルタチオン合成)に依存する

  • シスチン取り込み抑制によるフェロトーシスストレスは、細胞のレドックス系を双安定状態に変換する

  • ニワトリ胚の肢芽発生において、フェロトーシスは筋肉のリモデリングに関与している

研究の面白く独創的なところ

  • フェロトーシスが単なる細胞死ではなく、トリガー波として伝播することを初めて示した

  • 細胞レベルの現象が組織レベルの形態形成にどのように寄与するかを明らかにした

  • 数理モデルと実験を組み合わせて、フェロトーシス伝播の制御機構を詳細に解明した

この研究のアプリケーション

  • 胚発生における大規模細胞死の制御機構の理解

  • 虚血再灌流障害や変性疾患などの病態メカニズムの解明

  • フェロトーシスを標的とした新規治療法の開発

  • 組織工学や再生医療における細胞死の制御技術への応用

著者と所属
Hannah K. C. Co, Chia-Chou Wu, Yi-Chen Lee, Sheng-hong Chen
(Academia Sinica, National Defense Medical Center, National Taiwan University)

詳しい解説
本研究は、フェロトーシスと呼ばれる細胞死の一形態が、活性酸素種(ROS)のトリガー波として長距離にわたって伝播することを示しました。研究チームは、ヒト網膜色素上皮細胞を用いて、フェロトーシスが約5.5 μm/分の一定速度で5 mm以上の距離を伝播することを観察しました。この伝播は、Fenton反応、NOXシグナリング、グルタチオン合成などのROSフィードバックループに依存していることが明らかになりました。
さらに、シスチン取り込み抑制によるフェロトーシスストレスが、細胞のレドックス系を双安定状態に変換することを示しました。この双安定性が、フェロトーシスのトリガー波としての伝播を可能にしていると考えられます。
研究チームは、数理モデルを構築してフェロトーシス伝播のシミュレーションを行い、実験結果と一致することを確認しました。これにより、フェロトーシス伝播の制御機構をより詳細に理解することができました。
最後に、ニワトリ胚の肢芽発生を用いて、フェロトーシスが生体内でも重要な役割を果たしていることを示しました。フェロトーシスは肢芽の筋肉のリモデリングに関与しており、その抑制は正常な筋肉の形成を妨げることが分かりました。
この研究は、フェロトーシスが単なる細胞死ではなく、組織レベルの形態形成に寄与する重要な現象であることを明らかにしました。これは、胚発生や病態における大規模細胞死の理解に新たな視点を提供するものです。また、フェロトーシスを標的とした新規治療法の開発や、組織工学における細胞死の制御技術への応用が期待されます。


ω星団の中心に中質量ブラックホールを発見した画期的な研究

https://doi.org/10.1038/s41586-024-07511-z

ω星団の中心部で7つの高速移動星を発見し、それらの星の速度から中質量ブラックホールの存在を示唆する研究。ブラックホールの質量は少なくとも8,200太陽質量と推定され、これは中質量ブラックホールの存在を示す強力な証拠となる。

事前情報

  • ω星団は天の川銀河で最も質量の大きい球状星団で、消滅した矮小銀河の核だと考えられている

  • 過去20年間、ω星団に中質量ブラックホールが存在するかどうか議論が続いていた

  • これまでの研究では決定的な証拠は得られていなかった

行ったこと

  • ハッブル宇宙望遠鏡の20年分のアーカイブデータを解析し、ω星団中心部の140万個の星の固有運動カタログを作成

  • 星団中心から3秒角以内の領域で、星団の脱出速度(62 km/s)を超える7つの高速移動星を発見

  • これらの星の運動を詳細に分析し、中質量ブラックホールの存在を示唆する証拠を得た

検証方法

  • 高速移動星の測定の信頼性を複数の方法で確認(異なるフィルターでの観測、高S/N比のデータのみを使用など)

  • 天の川銀河の前景/背景星による偶然の汚染の可能性を統計的に評価

  • N体シミュレーションとの比較により、観測された速度分布を検証

  • 加速度の上限値を用いたベイズ解析により、ブラックホールの質量と位置に制約を与えた

分かったこと

  • ω星団の中心に少なくとも8,200太陽質量の中質量ブラックホールが存在する可能性が高い

  • ブラックホールの最も確からしい質量は39,000-47,000太陽質量程度

  • ブラックホールの位置は、これまで知られていた星団の中心から約0.77秒角北東に位置する可能性がある

  • 高速移動星は主に暗い星で、主系列の青い側に位置している

この研究の面白く独創的なところ

  • 20年にわたる長期観測データを活用し、これまで見つからなかった高速移動星を発見した点

  • 高速移動星の存在から中質量ブラックホールを示唆するという、直接的で新しいアプローチを採用した点

  • 銀河系中心のSgr A*に次ぐ、2番目の「恒星を伴う大質量ブラックホール」の発見となった点

この研究のアプリケーション

  • 中質量ブラックホールの形成過程や、超巨大ブラックホールへの成長過程の解明につながる

  • 矮小銀河の核や低質量銀河におけるブラックホールの人口統計学的研究に貢献

  • 他の球状星団や矮小銀河でも同様の手法で中質量ブラックホールを探索できる可能性がある

  • 重力波天文学における中質量ブラックホール連星の探索に示唆を与える

著者と所属

  • Maximilian Häberle (マックス・プランク天文学研究所)

  • Nadine Neumayer (マックス・プランク天文学研究所)

  • Anil Seth (ユタ大学)

詳しい解説
本研究は、長年議論が続いていたω星団における中質量ブラックホールの存在に、新たな強力な証拠を提示しました。研究チームは、ハッブル宇宙望遠鏡の20年分のアーカイブデータを詳細に解析し、ω星団中心部の140万個の星の固有運動カタログを作成しました。この過程で、星団中心から3秒角(約0.08パーセク)以内の非常に狭い領域に、星団の脱出速度(62 km/s)を超える7つの高速移動星を発見しました。
これらの高速移動星の存在は、中心に大質量の天体が存在しない限り説明が困難です。研究チームは、これらの星がブラックホールに重力的に束縛されていると仮定し、その質量の下限を約8,200太陽質量と算出しました。さらに、N体シミュレーションとの比較や加速度の上限値を用いたベイズ解析により、ブラックホールの質量は39,000-47,000太陽質量程度である可能性が高いことを示しました。
この発見は、中質量ブラックホールの存在を示す最も直接的な証拠の一つとなります。中質量ブラックホールは、超巨大ブラックホールの「種」となった可能性があり、その形成過程や成長過程を理解する上で重要な役割を果たします。また、ω星団が消滅した矮小銀河の核である可能性を考慮すると、この発見は低質量銀河におけるブラックホールの存在や性質に関する貴重な情報をもたらします。
研究チームはまた、高速移動星が主に暗い星で、主系列の青い側に位置しているという興味深い特徴も報告しています。これは、これらの星がブラックホールに捕獲されるメカニズムや、ブラックホールとの相互作用に関する重要な手がかりとなる可能性があります。
今後は、より精密な観測により、これらの高速移動星の軌道や加速度をより正確に測定することが期待されます。また、他の球状星団や矮小銀河でも同様の手法を適用することで、中質量ブラックホールの探索が進むことが期待されます。


グルタミン酸は酸感受性イオンチャネルに作用して虚血性脳障害を悪化させる

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07684-7

グルタミン酸は脳卒中時に過剰に放出され、これまでNMDA受容体を介して神経細胞死を引き起こすと考えられてきた。しかし、NMDA受容体阻害薬の臨床試験は失敗に終わっており、他のメカニズムの関与が示唆されていた。本研究では、グルタミン酸が酸感受性イオンチャネル(ASIC)にも直接結合し、そのはたらきを増強することで脳障害をさらに悪化させることを発見した。ASICを標的とする新薬LK-2は、マウス実験で脳梗塞の範囲を縮小し、運動機能の回復も促進した。

事前情報

  • グルタミン酸は脳卒中時に過剰放出され、NMDA受容体を介して神経細胞死を引き起こすと考えられてきた

  • NMDA受容体阻害薬の臨床試験は失敗に終わっていた

  • 酸感受性イオンチャネル(ASIC)も脳卒中時の神経細胞死に関与することが知られていた

行ったこと

  • グルタミン酸のASICに対する作用を電気生理学的に解析した

  • グルタミン酸とASICの結合部位を同定した

  • ASICを標的とする新薬LK-2をスクリーニングした

  • マウス脳卒中モデルでLK-2の効果を検証した

検証方法

  • パッチクランプ法によるASIC電流の測定

  • 分子動力学シミュレーションによる結合部位の予測

  • 部位特異的変異導入による結合部位の同定

  • マウス中大脳動脈閉塞(MCAO)モデルによる in vivo 実験

分かったこと

  • グルタミン酸はASICに直接結合し、そのはたらきを増強する

  • グルタミン酸はASICのLys380付近に結合する

  • 新薬LK-2はASICに対するグルタミン酸の作用を選択的に阻害する

  • LK-2はマウス脳卒中モデルで脳梗塞範囲を縮小し、運動機能回復を促進する

研究の面白く独創的なところ

  • グルタミン酸がNMDA受容体だけでなくASICにも作用することを発見した点

  • ASICを標的とする新しい脳卒中治療薬の可能性を示した点

  • 従来のNMDA受容体阻害薬より副作用の少ない治療法を提案した点

この研究のアプリケーション

  • ASICを標的とする新しい脳卒中治療薬の開発

  • 脳卒中後の神経保護療法の改善

  • 脳卒中患者の機能回復促進

著者と所属
Ke Lai (Department of Otorhinolaryngology, Shanghai Sixth People's Hospital and Shanghai Jiao Tong University School of Medicine, China)
Iva Pritišanac (Program in Molecular Medicine, SickKids Research Institute, Canada)
Zhen-Qi Liu (Department of Otorhinolaryngology, Shanghai Sixth People's Hospital and Shanghai Jiao Tong University School of Medicine, China)

詳しい解説
本研究は、脳卒中時に過剰放出されるグルタミン酸の新たな作用メカニズムを明らかにしました。これまで、グルタミン酸はNMDA受容体を介して神経細胞死を引き起こすと考えられてきましたが、NMDA受容体阻害薬の臨床試験が失敗に終わっていたことから、他のメカニズムの関与が示唆されていました。
研究チームは、グルタミン酸が酸感受性イオンチャネル(ASIC)にも直接結合し、そのはたらきを増強することを発見しました。電気生理学的解析により、グルタミン酸がASICの開口確率を上昇させ、電流を増大させることが示されました。さらに、分子動力学シミュレーションと部位特異的変異導入実験により、グルタミン酸がASICのLys380付近に結合することが明らかになりました。
この発見を基に、研究チームはASICに対するグルタミン酸の作用を選択的に阻害する新薬LK-2を開発しました。LK-2は、マウス中大脳動脈閉塞(MCAO)モデルにおいて、脳梗塞の範囲を有意に縮小し、運動機能の回復も促進しました。重要なことに、LK-2はNMDA受容体にはほとんど影響を与えないため、従来のNMDA受容体阻害薬で問題となっていた副作用を回避できる可能性があります。
この研究結果は、脳卒中の病態メカニズムに新たな知見を加えるとともに、ASICを標的とする新しい治療戦略の可能性を示しています。特に、LK-2のような選択的ASIC阻害薬は、従来のNMDA受容体阻害薬より安全で効果的な脳卒中治療薬となる可能性があります。今後、臨床応用に向けたさらなる研究が期待されます。


マウスの腸内細菌の遺伝子を直接編集する新技術の開発

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07681-w

マウスの腸内に生息する大腸菌の遺伝子を、生きたまま直接編集する技術を開発した研究です。この技術では、ファージ由来の粒子を用いて塩基編集ツールを腸内細菌に届け、標的遺伝子を高効率で編集することに成功しました。単回投与で標的大腸菌集団の93%という高い編集効率を達成し、編集された細菌は少なくとも42日間安定して腸内に維持されました。また、治療的に重要ないくつかの遺伝子の編集にも成功しました。この研究は、腸内細菌の遺伝子機能を直接調べたり、新しい微生物療法を開発したりする道を開くものです。

事前情報

  • 腸内細菌叢の研究により、人間の健康に影響を与える細菌株や遺伝子が多数発見されている

  • CRISPR由来のツールはヒト細胞の遺伝子編集に成功しているが、生体内の細菌を標的とする同様のツールは不足している

  • 腸内環境での効率的なDNA送達と標的変異導入の戦略が必要である

行ったこと

  • ファージ由来粒子を設計し、塩基編集ツールを搭載してマウス腸内の大腸菌に送達

  • 複数の大腸菌株やクレブシエラ菌を標的とした in vitro での塩基編集実験

  • マウス腸内での大腸菌ゲノム編集実験と、編集効率・安定性の評価

  • 腸内細菌叢への影響の分析

検証方法

  • フローサイトメトリーによる送達効率の測定

  • コロニーカウントによる編集効率の評価

  • デジタルドロップレットPCRによるマウス糞便サンプル中の編集効率の定量的モニタリング

  • 次世代シーケンシングによるオフターゲット編集の分析

  • 16S rRNAメタゲノム解析による腸内細菌叢組成の評価

分かったこと

  • engineered λファージ粒子により、高効率でDNAを腸内細菌に送達できる

  • 非複製性のDNAベクターを用いることで、一過性の発現で効率的な編集が可能

  • 単回投与で標的大腸菌集団の最大93%を編集可能

  • 編集された細菌は少なくとも42日間安定して腸内に維持される

  • 治療的に重要な複数の遺伝子を、in vitroおよび in vivo で編集することに成功

  • 編集処置による顕著な腸内細菌叢の変化は観察されなかった

研究の面白く独創的なところ

  • 生体内の細菌を直接編集する技術を開発した点

  • ファージ由来粒子の受容体結合タンパク質を改変し、多様な細菌株を標的化できるようにした点

  • 非複製性のDNAベクターを用いることで、遺伝子の拡散を防ぎつつ効率的な編集を実現した点

  • マウス腸内という複雑な環境下で、高効率かつ安定的な遺伝子編集に成功した点

この研究のアプリケーション

  • 腸内細菌の遺伝子機能を直接調べるための研究ツール

  • 病原性細菌の無害化や、有益な機能を持つ細菌の作出

  • 微生物叢を標的とした新しい治療法の開発

  • 薬物代謝に関与する細菌遺伝子の操作による、薬物療法の最適化

著者と所属
Andreas K. Brödel, Loïc H. Charpenay, Matthieu Galtier, Fabien J. Fuche, Rémi Terrasse, Chloé Poquet, Jan Havránek, Simone Pignotti, Antonina Krawczyk, Marion Arraou, Gautier Prevot, Dalila Spadoni, Matthew T. N. Yarnall, Edith M. Hessel, Jesus Fernandez-Rodriguez, Xavier Duportet, David Bikard
Eligo Bioscience, Paris, France
Institut Pasteur, Université Paris Cité, Synthetic Biology, Paris, France

詳しい解説
この研究は、生体内の細菌ゲノムを直接編集する革新的な技術を開発したものです。従来、腸内細菌の遺伝子機能を調べるには、細菌を取り出して実験室で操作するか、遺伝子改変した細菌を投与する必要がありました。しかし、この方法では腸内環境の複雑な相互作用を再現できず、また腸内細菌叢を大きく乱す可能性がありました。
研究チームは、この課題を解決するために、ファージ由来の粒子を用いてDNAを腸内細菌に直接送達する方法を開発しました。特に、λファージの尾部を改変し、腸内環境で安定して発現する受容体(OmpC)を標的とすることで、高効率の送達を実現しました。
さらに、非複製性のDNAベクターを設計することで、編集ツールの一過性の発現を可能にし、遺伝子の不要な拡散を防ぎました。この戦略により、安全性を確保しつつ効率的な編集を行うことができました。
実験では、マウスの腸内に生息する大腸菌の遺伝子を標的とし、単回投与で最大93%という高い編集効率を達成しました。また、編集された細菌が少なくとも42日間安定して腸内に維持されることを示しました。これは、一時的な変化ではなく、持続的な効果が得られることを意味します。
さらに、この技術を用いて病原性大腸菌やクレブシエラ菌の治療標的遺伝子の編集にも成功し、幅広い応用可能性を示しました。特筆すべきは、この処置が腸内細菌叢全体に大きな影響を与えなかったことです。これは、特定の細菌のみを標的とする本技術の精密さを示しています。
この研究は、腸内細菌の遺伝子機能を直接調べるための強力なツールを提供するだけでなく、微生物叢を標的とした新しい治療法の開発への道を開くものです。例えば、病原性細菌の毒素遺伝子を無効化したり、有益な代謝産物を生産する遺伝子を導入したりすることで、様々な疾患の治療に応用できる可能性があります。
今後の課題としては、ヒトの腸内細菌叢への適用や、より多様な細菌種への対応、長期的な安全性の確認などが挙げられます。しかし、この技術は腸内細菌叢研究と微生物療法の分野に大きなブレークスルーをもたらす可能性を秘めており、今後の発展が大いに期待されます。



最後に
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