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論文まとめ499回目 Nature エンジニアリングされた受容体を用いて、ヒトの嗅覚受容体の構造と匂い識別の仕組みを解明!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


 一口コメント

Engineered odorant receptors illuminate the basis of odour discrimination
匂い識別の基礎を解明したエンジニアリング嗅覚受容体
「私たちの鼻には約400種類の嗅覚受容体があり、様々な匂い分子を識別しています。これまで個々の受容体の構造を調べることは難しかったのですが、今回研究チームは人工的に設計した受容体を作ることで、その構造を世界で初めて詳細に観察することに成功しました。この発見により、私たちがどのように無数の匂いを区別できるのか、その分子レベルでのメカニズムが明らかになりました。」

Softening of the optical phonon by reduced interatomic bonding strength without depolarization
原子間結合力の低下による非分極光学フォノンの軟化
「物質の原子間の結合力を弱めることで、強誘電性を引き出す新しい方法を発見しました。従来の方法では薄膜化すると強誘電性が失われる問題がありましたが、この手法ではそのような問題が起きません。BeOという物質で初めてこの現象を確認し、その後ZrO2やHfO2などの実用的な材料でも同様の効果を確認しました。この発見は、次世代メモリなどの電子デバイスの開発に大きな影響を与える可能性があります。」

Clonal dynamics after allogeneic haematopoietic cell transplantation
同種造血幹細胞移植後のクローン動態
「同種造血幹細胞移植は、白血病などの血液疾患の治療として広く行われています。この研究では、移植から9-31年後の10組のドナーと患者のペアを調べ、移植された幹細胞のその後の運命を追跡しました。若いドナーからの移植では5,000-30,000個の幹細胞が生着して血液を作り続けていましたが、高齢ドナーでは10分の1程度でした。また、移植された幹細胞は時間とともに多様性を失い、特定のクローンが優位になっていく傾向が認められました。」

Temporal recording of mammalian development and precancer
哺乳類の発生と前がん状態の時系列記録
「生物の体の中で、いつ、どの細胞がどのように分裂して組織を作っていくのか、その過程を追跡することは非常に難しい課題でした。この研究では、CRISPR技術を使って細胞に「バーコード」のような目印を付け、その変化を追跡することで、マウスの発生過程での細胞の運命を時系列で記録することに成功しました。さらにこの手法を使って、大腸がんの初期段階では複数の正常細胞から腫瘍が形成されることも明らかにしました。」

Pharmacologic restoration of GTP hydrolysis by mutant RAS
変異型RASのGTP加水分解能を薬理学的に回復させる研究
「がんの原因となる遺伝子RASの異常は、細胞内での重要な化学反応(GTP加水分解)が正常に働かなくなることで起こります。この研究では、長年不可能とされてきたこの異常を、新しい薬剤で修復できることを発見しました。薬剤はサイクロフィリンAというタンパク質をRASに結合させることで、失われていた化学反応を復活させます。これにより、世界中で年間340万人が診断される RAS遺伝子変異によるがんの新しい治療法につながる可能性があります。」

Polyclonal-to-monoclonal transition in colorectal precancerous evolution
大腸がん前がん病変における多クローン性から単クローン性への移行
「大腸がんの初期段階では、複数の異なる細胞グループが協力して腫瘍を形成することがわかりました。これは、一つの「悪い細胞」から始まるという従来の考え方を覆す発見です。研究チームは、DNAバーコードという新しい技術を使って、一つ一つの細胞の系譜を追跡。その結果、初期の腫瘍は複数の細胞グループから成り、それらが互いに協力し合っていることを発見。しかし、腫瘍が進行すると、一つの優勢な細胞グループが支配的になることも判明しました。」


 要約

 エンジニアリングされた受容体を用いて、ヒトの嗅覚受容体の構造と匂い識別の仕組みを解明

人工的に設計された嗅覚受容体(consOR)を用いて、4つの異なる受容体の構造を解明し、ヒトの嗅覚受容体がどのように匂い分子を認識し識別するかを明らかにした研究。

事前情報

  • 脊椎動物は嗅覚受容体(OR)を通じて匂いを感知する

  • ヒトには約400種類のORが存在する

  • ORはクラスIとクラスIIの2つに分類される

行ったこと

  • コンセンサス配列に基づく人工OR(consOR)の設計と作製

  • 4つの異なるconsORの構造解析

  • 天然のORとの構造比較と機能解析

検証方法

  • 低温電子顕微鏡による構造解析

  • 分子動力学シミュレーション

  • 細胞を用いた機能アッセイ

分かったこと

  • クラスIとクラスIIのORで異なる匂い分子認識メカニズムが存在する

  • 個々のORの構造予測モデルの作成が可能になった

  • 匂い分子結合部位の詳細な構造が判明

研究の面白く独創的なところ

  • コンセンサス配列を用いた人工受容体の設計という斬新なアプローチ

  • これまで解析が困難だったORの構造を複数同時に解明

  • 嗅覚システムの分子基盤の解明に大きく貢献

この研究のアプリケーション

  • 新しい香料の開発

  • 嗅覚障害の治療法開発

  • 人工嗅覚センサーの開発

著者と所属

  • Claire A. de March (デューク大学)

  • Ning Ma (シティ・オブ・ホープ研究所)

  • Christian B. Billesbølle (カリフォルニア大学サンフランシスコ校)

詳しい解説

本研究は、ヒトの嗅覚システムの根幹を成す嗅覚受容体の構造と機能を包括的に解明した画期的な研究です。研究チームは、コンセンサス配列を用いて人工的に設計した受容体(consOR)を作製し、これまで技術的な制約から解析が困難であった嗅覚受容体の詳細な構造を明らかにしました。特に、クラスIとクラスIIの受容体で異なる匂い分子認識メカニズムが存在することを発見し、ヒトがどのように多様な匂いを識別できるのかという長年の謎の解明に大きく貢献しました。


 光学フォノンの軟化を利用した新しい強誘電体材料設計手法の発見

原子間結合力の低下によって光学フォノンを軟化させ、強誘電性を発現させる新しい手法を提案しました。この方法は従来の問題であった薄膜化による脱分極効果の影響を受けにくい特徴があります。

事前情報

  • 強誘電体は次世代メモリなどへの応用が期待される重要な材料です

  • 従来の強誘電体は薄膜化すると特性が失われる問題がありました

  • 光学フォノンの軟化は強誘電性発現のトリガーとなります

行ったこと

  • BeOの結晶構造における原子間結合力と光学フォノンの関係を解析

  • ZrO2やHfO2薄膜での歪みによる強誘電性発現メカニズムの解明

  • 第一原理計算による物性予測

検証方法

  • 密度汎関数理論に基づく第一原理計算

  • フォノン分散関係の計算

  • 電子密度分布の解析

  • 歪み効果のシミュレーション

分かったこと

  • BeOでは酸素イオン間のクーロン反発により結合が伸び、結合力が低下する

  • 結合力低下が光学フォノンの軟化を引き起こす

  • この効果は薄膜でも維持される

  • 同様の効果がZrO2やHfO2でも確認された

研究の面白く独創的なところ

  • 従来とは異なる新しい強誘電性発現メカニズムの発見

  • 薄膜化による特性劣化問題の解決策の提案

  • 実用材料での実証

この研究のアプリケーション

  • 次世代不揮発性メモリの開発

  • 超薄膜デバイスの設計

  • 新規強誘電体材料の探索

著者と所属

  • Ruyue Cao 中国科学院半導体研究所

  • Qiao-Lin Yang - 中国科学院半導体研究所

  • Hui-Xiong Deng - 中国科学院半導体研究所

詳しい解説

本研究は、強誘電体材料における新しい設計指針を提案しています。従来の強誘電体では、長距離クーロン力と短距離結合力のバランスにより強誘電性が発現していましたが、薄膜化すると脱分極効果により特性が失われる問題がありました。研究チームは、BeOにおいて原子間結合力の低下が光学フォノンの軟化を引き起こし、強誘電性を発現させることを発見しました。さらに、この効果が実用的なZrO2やHfO2でも確認され、薄膜化しても特性が維持されることを示しました。この発見は、次世代電子デバイスの開発に重要な指針を与えるものです。


 同種造血幹細胞移植後の長期的なクローン動態を解明し、移植幹細胞の生存戦略を明らかにした研究

同種造血幹細胞移植を受けた10組のドナーと患者ペアについて、移植から9-31年後の造血幹細胞のクローン動態を解析した研究。移植された造血幹細胞の数、生存戦略、加齢による変化などを明らかにした。

事前情報

  • 同種造血幹細胞移植は1956年に初めて実施され、1970年代から一般的な治療となった

  • 白血病などの血液がんや、造血系の機能不全の治療に用いられる

  • 移植された造血幹細胞が患者の骨髄で生着し、血液細胞を産生する

行ったこと

  • 10組のHLAが一致した兄弟間ドナー・レシピエントペアの検体を解析

  • 造血幹前駆細胞由来の2,824個のシングルセルコロニーのゲノム解析を実施

  • 移植後9-31年経過した時点での造血幹細胞のクローン動態を調査

検証方法

  • 全ゲノムシーケンス解析によるソマチック変異の同定

  • 系統樹解析による造血幹細胞クローンの追跡

  • 骨髄球系細胞とリンパ球系細胞の詳細な解析

分かったこと

  • 若いドナー(18-47歳)からの移植では5,000-30,000個の幹細胞が生着

  • 高齢ドナー(50-66歳)からの移植では約10分の1の幹細胞しか生着しない

  • 生着した幹細胞は骨髄球系とリンパ球系の両方に分化する

  • レシピエントの造血幹細胞は、ドナーより10-15年加齢が進んだような状態になる

研究の面白く独創的なところ

  • 移植後長期間経過した患者の造血幹細胞を詳細に解析した初めての研究

  • 生着した造血幹細胞の実際の数を推定することに成功

  • 移植された造血幹細胞の2つの異なる生存戦略を発見

この研究のアプリケーション

  • 造血幹細胞移植の最適なドナー選択への応用

  • 移植後の長期的な予後予測への活用

  • 造血幹細胞の生着メカニズムの解明による治療法の改善

著者と所属

  • Michael Spencer Chapman Wellcome Sanger Institute他

  • C. Matthias Wilk - University of Zurich

  • Peter J. Campbell - Wellcome Sanger Institute他

詳しい解説

本研究は、同種造血幹細胞移植後の長期的な造血幹細胞の動態を明らかにした画期的な研究です。移植された造血幹細胞は、若いドナーからの場合は5,000-30,000個程度が生着して血液産生を担うことが判明しました。これらの幹細胞は骨髄球系細胞とリンパ球系細胞の両方を産生しますが、時間とともにクローンの多様性は失われていきます。特に、移植された幹細胞には「刈り込み選択」と「増殖選択」という2つの異なる生存戦略があることが発見されました。この発見は、造血幹細胞移植の長期的な結果を理解し、治療法を改善するための重要な知見となります。


 哺乳類の発生過程や前がん状態を時系列で記録・追跡できる革新的な解析手法の開発

CRISPR技術を用いた新しい一細胞解析手法を開発し、マウスの胚発生過程における細胞の分化・分裂を時系列で追跡した。この手法を用いて、大腸がんの初期段階では複数の正常細胞から腫瘍が形成されることを示した。

事前情報

  • 生体内での細胞の分裂・分化過程を時系列で追跡することは技術的に困難

  • CRISPR技術により細胞にゲノム編集の痕跡を残すことが可能

  • がん化の初期過程については不明な点が多い

  • [以下、箇条書き部分のみmarkdownで記載]

行ったこと

  • CRISPRを用いた新しい一細胞解析手法(NSC-seq)の開発

  • マウス胚発生過程での細胞系譜の追跡

  • ヒトとマウスの大腸前がん病変の解析

検証方法

  • マウス胚でのCRISPRによる細胞系譜追跡

  • 一細胞RNA解析による遺伝子発現プロファイリング

  • 大腸前がん病変での変異解析

分かったこと

  • 胚発生過程での組織特異的な細胞増殖のタイミング

  • 体節から造血前駆細胞が生じる新しい分化経路

  • 大腸がんの15-30%は複数の正常細胞から発生

研究の面白く独創的なところ

  • CRISPRを使って細胞の「履歴」を記録する新手法の開発

  • 胚発生過程の詳細な時系列解析の実現

  • がん化初期過程の解明

この研究のアプリケーション

  • 発生過程の異常の解析

  • がんの早期診断法の開発

  • 新しい治療標的の同定

著者と所属

  • Mirazul Islam Vanderbilt University Medical Center

  • Robert J. Coffey - Vanderbilt University Medical Center

  • Ken S. Lau - Vanderbilt University Medical Center

詳しい解説

この研究では、CRISPRシステムを利用して細胞に「バーコード」のような目印を付け、その変化を追跡することで、細胞の分裂・分化の履歴を記録する新しい手法を開発しました。この手法を用いて、マウスの胚発生過程における様々な組織の形成過程を時系列で解析することに成功しました。さらに、この手法を大腸がんの研究に応用し、がんの初期段階では複数の正常細胞から腫瘍が形成されることを示しました。これらの知見は、発生異常やがんの理解と治療法開発に重要な貢献をすると期待されます。


 がん原因遺伝子RASの異常を薬で修復する画期的な治療法の発見

RAS遺伝子の変異によるがんの治療において、tri-complex阻害剤がサイクロフィリンAを介して異常なRASタンパク質の機能を正常化できることを示した研究です。

事前情報

  • 世界で年間約340万人がRAS遺伝子(KRAS、NRAS、HRAS)の病的変異を持つがんと診断されている

  • RAS遺伝子の変異はGTPase活性を損ない、細胞増殖シグナルを活性化する

  • これまでRASの加水分解活性を回復させる試みは成功していなかった

行ったこと

  • tri-complex阻害剤の作用メカニズムを解析

  • サイクロフィリンA(CYPA)とRASの相互作用を研究

  • 変異型特異的なGTP加水分解促進効果を検証

検証方法

  • 分子レベルでの相互作用解析

  • GTP加水分解活性の測定

  • 変異型による感受性の違いの評価

  • 治療効果の検証実験

分かったこと

  • tri-complex阻害剤には二重の作用機序がある

  • CYPAを介してRASのGTP加水分解を促進できる

  • 変異の種類によって効果に差がある

  • 加水分解促進効果が高い変異型の方が治療効果が高い

研究の面白く独創的なところ

  • 従来不可能とされていたRAS変異の機能回復に成功

  • 分子グルー(molecular glue)による新しい作用機序の発見

  • 変異特異的な治療戦略の可能性を示した

この研究のアプリケーション

  • RAS変異陽性がんの新規治療薬開発

  • 変異型に応じた個別化医療の実現

  • 他の類似した遺伝子異常への応用の可能性

著者と所属

  • Antonio Cuevas-Navarro メモリアル・スローン・ケタリング癌センター

  • Yasin Pourfarjam - メモリアル・スローン・ケタリング癌センター

  • Piro Lito - メモリアル・スローン・ケタリング癌センター

詳しい解説

この研究は、がん治療における大きな課題であったRAS遺伝子変異の問題に革新的な解決策を提示しています。RASタンパク質は正常な状態ではGTPを分解する機能(GTPase活性)を持っていますが、がんで見られる変異によってこの機能が失われ、異常な細胞増殖シグナルが持続します。研究チームは、tri-complex阻害剤という新しい薬剤を用いることで、サイクロフィリンAというタンパク質をRASに結合させ、失われていたGTP分解機能を回復させることに成功しました。特に重要なのは、この効果が変異の種類によって異なることを発見し、個別化医療への道を開いたことです。


 大腸がんの前がん病変は複数の細胞系統から始まり、その後単一の系統へと進化することが明らかになった

大腸がんの前がん病変の形成過程を、DNAバーコードを用いた細胞系譜追跡システムと単一細胞解析により詳細に調査。前がん病変は複数の独立した細胞系統から始まり(多クローン性)、進行に伴って単一の優勢な系統(単クローン性)へと移行することを発見した。

事前情報

  • 前がん病変の起源と進化過程の理解は、がんの予防に重要

  • 従来は一つの細胞から腫瘍が始まるという考えが主流

  • 細胞系譜を追跡する新しい技術の開発が進んでいた

行ったこと

  • DNAバーコードシステム(SMALT)を用いたマウス実験の実施

  • 大腸がんモデルマウスの作製と解析

  • ヒト大腸ポリープの遺伝子解析

  • 単一細胞RNAシーケンス解析の実施

検証方法

  • マウスモデルを用いた細胞系譜の追跡

  • ヒト大腸ポリープの全エクソームシーケンス解析

  • 単一腺管の全ゲノムシーケンス解析

  • 単一細胞RNAシーケンスによる細胞間相互作用の解析

分かったこと

  • 前がん病変は複数の独立した細胞系統から形成される

  • 病変の進行に伴い、単一の優勢な系統が支配的になる

  • 初期段階では細胞間の協調的な相互作用が重要

  • 単クローン性への移行は、より進行した段階を示す

研究の面白く独創的なところ

  • 新しいDNAバーコード技術により一細胞レベルの系譜追跡を実現

  • 前がん病変の形成が従来の理論と異なることを実証

  • 複数の細胞系統が協力して腫瘍を形成するという新概念の提示

この研究のアプリケーション

  • 早期がん予防戦略の開発への応用

  • がん早期診断マーカーの開発

  • 新しい治療標的の同定

  • がん予防薬の開発

著者と所属

  • Zhaolian Lu 中国科学院深圳先進技術研究院

  • Shanlan Mo - 中国科学院深圳先進技術研究院

  • Zheng Hu - 中国科学院深圳先進技術研究院

詳しい解説

本研究は、大腸がんの前がん病変の形成過程について、革新的なDNAバーコードシステム(SMALT)を用いて詳細に解明しました。従来、がんは単一の細胞から始まると考えられていましたが、本研究により、前がん病変は複数の独立した細胞系統から形成されることが明らかになりました。特に初期段階では、これらの細胞系統が互いに協力し合って腫瘍を形成することが判明。しかし、病変が進行するにつれて、単一の優勢な系統が支配的になっていくという新しい進化モデルを提示しました。この発見は、がんの予防や早期診断に新しい視点を提供する重要な成果です。


最後に
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