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論文まとめ365回目 Nature 金属光レドックス触媒によるカルベン反応性の解放!?など
科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。
さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。
一口コメント
Widespread horse-based mobility arose around 2,200 BCE in Eurasia
ユーラシアで紀元前2200年頃に広範な馬の移動性が生まれた
「馬の家畜化がいつ起こったのかは長く議論されてきましたが、この研究では475頭もの古代の馬のゲノムを分析することで、紀元前2200年頃にユーラシア全域で馬による移動が急速に広まったことを突き止めました。これは従来考えられていたよりも新しい年代で、馬が人類社会に大きな影響を与えるようになったのはこの時期だったことが分かります。馬の管理が始まり、近親交配や世代交代の短縮化が行われるようになり、その結果、ローカルな系統は新しい系統に置き換えられていったのです。」
The Space Omics and Medical Atlas (SOMA) and international astronaut biobank
宇宙オミクスと医療アトラス(SOMA)および国際宇宙飛行士バイオバンク
「宇宙飛行は人体に様々な影響を及ぼします。この研究では、NASAのツインズ研究やSpaceXのInspiration4などの宇宙ミッションで得られた宇宙飛行士のゲノムやタンパク質などのマルチオミクスデータと生体試料を統合したデータベース・バイオバンクSOMAを構築しました。SOMAは航空宇宙医学の発展を加速し、月・火星探査などの長期ミッションに必要な健康モニタリングやリスク軽減のためのデータを提供します。」
Tunable entangled photon-pair generation in a liquid crystal
液晶中の制御可能な量子もつれ光子対生成
「この研究は、液晶という特殊な材料を使って、量子コンピュータなどに必要な「量子もつれ光子対」という特殊な光を作り出すことに成功しました。しかも、電圧をかけることで光子対の性質を自由に制御できるのが画期的です。将来の量子技術に役立つ、電気で制御できる新しい量子光源の実現に道を開く研究だといえます。」
A virtual rodent predicts the structure of neural activity across behaviors
仮想ネズミが様々な行動における神経活動の構造を予測する
「この研究では、人工知能を使って現実のネズミの動きを模倣する「仮想ネズミ」を作りました。そして、仮想ネズミの神経ネットワークの活動と、実際のネズミの脳の神経活動を比較したのです。すると、仮想ネズミの方が、実際のネズミの動きよりも、脳の活動をよりよく予測できることがわかりました。これは、脳が運動を制御する仕組みを、仮想ネズミが上手く再現しているからだと考えられます。このように人工知能を使うことで、生物の脳と行動の関係を理解する新しい方法が見つかったのです。」
Unlocking carbene reactivity by metallaphotoredox α-elimination
金属光レドックスα-脱離によるカルベン反応性の解放
「この研究は、従来の方法では取り扱いが難しかった高エネルギー中間体であるカルベンを、金属光レドックス触媒を用いることで安全かつ効率的に生成・利用できる新手法を開発したものです。この手法により、これまで活用が限られていたカルボン酸やアミノ酸、アルコールなどの原料から、様々な有用物質を合成できるようになりました。」
Ancient Plasmodium genomes shed light on the history of human malaria
古代マラリア原虫ゲノムがヒトマラリアの歴史に光を当てる
「本研究では、約5500年前から近代までの16カ国36人の古代人骨からマラリア原虫のDNAを検出し、ゲノム解析を行った。その結果、P. vivaxはヨーロッパで数千年前から流行していたこと、P. falciparumはヒマラヤ山脈や温帯ヨーロッパにも人の移動によって持ち込まれていたことが分かった。また、ヨーロッパの植民者がP. vivaxをアメリカ大陸に持ち込み、奴隷貿易によってP. falciparumがアフリカから新大陸に伝播したことも明らかになった。本研究は、人の移動が歴史的にマラリアの拡散に大きな役割を果たしたことを示している。」
要約
ユーラシアにおいて紀元前2200年頃に馬による広範な移動性が生まれた
ユーラシア大陸では、馬の家畜化がいつ頃に人間社会に大きな影響を与え始めたのかについて長く議論が続いてきた。本研究では、475頭もの古代の馬のゲノムデータを用いて、馬が人間社会に革命的な高速移動性をもたらした時期を評価した。
その結果、現代の家畜系統の生殖制御は紀元前2200年頃に、近親交配と世代時間の短縮を通じて出現したことが分かった。この生殖制御は、早くとも紀元前2700年に始まった厳しい家畜化のボトルネックに続いて出現し、ユーラシア全域への突然の拡大と一致した。この拡大は、ほぼすべての地域の馬の系統が置き換えられる結果となった。
これは人類史における広範な馬による移動性の高まりを示しており、紀元前3000年頃やそれ以前にユーラシア全域に大規模な馬の群れを伴って大移動したという従来の説を否定するものである。
また、紀元前3500年頃のカザフスタンのボタイ遺跡では、囲いや馬を中心とした生業経済に関連して、世代時間が大幅に短縮されていたことも検出された。これは、現代の家畜系統が台頭する以前の、この地域での馬の管理を裏付けるものである。
事前情報
馬はいつ頃、どのように家畜化されたのか長く議論されてきた
従来は紀元前3000年頃に大規模な馬群を伴う民族移動があったと考えられていた
行ったこと
475頭の古代の馬のゲノムデータを分析
家畜化のタイミングと場所、遺伝的な変化を調査
検証方法
古代の馬のゲノムデータを収集
ゲノムデータから系統関係や集団の変遷を分析
放射性炭素年代測定により年代を推定
分かったこと
現代の家畜馬の系統は紀元前2200年頃に出現した
近親交配と世代時間の短縮により生殖が制御されるようになった
紀元前2700年以降の家畜化のボトルネック後に急速に拡大し、各地の系統を置き換えた
紀元前3500年頃のボタイ遺跡では馬の管理の証拠が見られた
研究の面白く独創的なところ
非常に多数の古代馬ゲノムを分析した大規模研究
考古学的証拠とゲノムデータを組み合わせて馬の家畜化の過程に新たな知見
従来説を覆す、馬の移動性が紀元前2200年頃に広まったという発見
この研究のアプリケーション
馬の家畜化の歴史の解明
ユーラシアにおける古代の人や動物の移動の理解
家畜化に伴う遺伝的変化のモデルケースとしての応用
著者と所属
Pablo Librado (Centre d’Anthropobiologie et de Génomique de Toulouse, CNRS UMR 5288, Université Paul Sabatier, Faculté de Médecine Purpan)
Antoine Fages (Centre d’Anthropobiologie et de Génomique de Toulouse, CNRS UMR 5288, Université Paul Sabatier, Faculté de Médecine Purpan)
Ludovic Orlando (Centre d’Anthropobiologie et de Génomique de Toulouse, CNRS UMR 5288, Université Paul Sabatier, Faculté de Médecine Purpan)
詳しい解説
この研究は、古代のウマのゲノム情報を大規模に分析することで、ユーラシア大陸におけるウマの家畜化の歴史と、それに伴う人間社会への影響を解き明かしました。
研究チームは、ユーラシア各地の遺跡から出土した475頭のウマの遺骨からDNAを抽出し、ゲノム情報を読み取りました。そして、ウマの系統関係や集団の変遷、遺伝的な変化を詳細に分析しました。
その結果、現在の家畜ウマの系統が出現したのは紀元前2200年頃であり、近親交配と世代時間の短縮を通じて、人為的な生殖制御が始まったことが明らかになりました。この生殖制御は、紀元前2700年以降に起きた厳しい家畜化のボトルネック(集団サイズの減少)の後に生じ、その後ウマ集団がユーラシア全域に急速に拡大していった結果、ほとんどの地域の在来のウマの系統が新しい家畜の系統に置き換わっていったことが分かりました。
これは、馬による移動性の獲得が人類社会に革命的な変化をもたらした時期が紀元前2200年頃だったことを示しています。一方で、より古い時代の紀元前3500年頃のカザフスタンのボタイ遺跡からは、囲いの証拠や馬の骨が大量に出土するなど、すでにある程度馬が管理されていた可能性も示唆されました。
本研究は、考古学的な証拠とゲノム情報を組み合わせることで、馬の家畜化の過程とそれに伴う人類社会の変化を詳細に復元しました。馬の家畜化がユーラシアの人類史に与えた影響の大きさを改めて浮き彫りにするとともに、そのタイミングが従来考えられていたよりも新しい可能性を示した画期的な成果と言えるでしょう。今後、このようなヒトと動物の関係史を解き明かす研究が、さらに進展していくことが期待されます。
宇宙飛行士のマルチオミクスデータと生体試料を統合したデータベース・バイオバンクSOMAの構築
宇宙飛行は宇宙飛行士の分子・細胞・生理学的変化を引き起こし、人体に多くの生物医学的課題を突きつけます。しかし、現在の航空宇宙医学の枠組みは初期段階にあり、地上の精密医療の進歩に大きく遅れています。そこで、宇宙医学のデータベース、ツール、プロトコルの迅速な開発が求められています。本研究では、NASAのツインズ研究、JAXA CFE研究、SpaceXのInspiration4クルー、Axiom、Polarisなど、多様なミッションから得られた臨床、細胞、マルチオミクス研究プロファイルを統合したデータとサンプルのリポジトリであるSpace Omics and Medical Atlas (SOMA) を提示します。SOMAリソースは、一般に公開されている人間の宇宙オミクスデータを10倍以上増加させ、コーネル航空宇宙医学バイオバンクから対応するサンプルを利用できるようにしました。このアトラスには、ゲノミクス、エピゲノミクス、トランスクリプトミクス、プロテオミクス、メタボロミクス、マイクロバイオームのデータセットを網羅した広範な分子・生理学的プロファイルが含まれており、サイトカインの変化、テロメアの伸長、遺伝子発現の変化などのミッション間で一貫した特徴や、ミッション特有の分子応答、同種の組織特異的なマウスデータセットとのリンクが明らかになっています。SOMAのデータセット、ツール、リソースを活用することで、今後の月、火星、探査クラスのミッションに必要な健康モニタリング、リスク軽減、対策データを提供し、精密航空宇宙医学の発展を加速することができます。
事前情報
宇宙飛行は宇宙飛行士の体に分子・細胞・生理学的変化を引き起こし、多くの生物医学的課題がある
現在の航空宇宙医学は地上の精密医療に比べ発展が遅れており、宇宙医学のデータベース・ツール・プロトコルの迅速な開発が必要
行ったこと
NASAツインズ研究、SpaceX Inspiration4など様々な宇宙ミッションから得られた宇宙飛行士の臨床・細胞・マルチオミクスデータと生体試料を統合
Space Omics and Medical Atlas (SOMA)というデータ・サンプルリポジトリを構築
ゲノミクス、エピゲノミクス、トランスクリプトミクス、プロテオミクス、メタボロミクス、マイクロバイオームなど広範な分子・生理プロファイルデータを含む
検証方法
様々な宇宙ミッションのマルチオミクスデータを統合的に解析
ミッション間で共通する分子変化の特定
ミッション特異的な分子応答の同定
マウスデータとのリンク解析
分かったこと
SOMAにより公開されている宇宙オミクスデータが10倍以上に
サイトカイン変化、テロメア伸長、遺伝子発現変化などミッション間で一貫した特徴が明らかに
ミッション特有の分子応答も同定された
マウスデータとリンクした解析により知見が深まった
研究の面白く独創的なところ
様々なミッションのマルチオミクスデータを初めて大規模に統合した点
宇宙飛行に共通する分子変化とミッション特異的変化の両方に焦点を当てた点
マウスデータとリンクさせ、トランスレーショナルな解釈を加えた点
この研究のアプリケーション
将来の月・火星・長期探査ミッションでの宇宙飛行士の健康モニタリングに活用
宇宙飛行に伴うリスクの評価と対策立案に役立てられる
精密航空宇宙医学の発展を加速する基盤リソースとなる
著者と所属
Eliah G. Overbey, Weill Cornell Medicine JangKeun Kim, Weill Cornell Medicine
Braden T. Tierney, Weill Cornell Medicine 他多数
詳しい解説
この研究は、宇宙飛行士の生体に生じる様々な変化を分子レベルで統合的に理解するために、これまでで最も大規模なマルチオミクスデータとサンプルのリポジトリSOMAを構築したものです。
NASAのツインズ研究やSpaceXのInspiration4ミッションなど、これまでに行われた様々な宇宙ミッションから得られた宇宙飛行士の臨床データ、細胞サンプル、ゲノム・エピゲノム・トランスクリプトーム・プロテオーム・メタボロームなどのオミクスデータを網羅的に収集・統合しました。それにより、一般に公開されている宇宙オミクスデータ量を一気に10倍以上に拡大。さらに、これらのデータに対応する生体サンプル自体も、コーネル大学の航空宇宙医学バイオバンクにて研究利用可能な状態に整備されました。
こうして構築されたSOMAの統合データを詳細に解析した結果、サイトカインの変動やテロメアの伸長、遺伝子発現の変化といった、宇宙飛行に伴って一貫して見られる生体応答が明らかになりました。一方で、ミッション毎に異なる特異的な変化も検出されており、宇宙環境のどのような要因がどのような影響をもたらすのかを解明する手がかりになると期待されます。
さらに、宇宙飛行士のデータを、組織特異的なマウスデータともリンクさせて解釈を行っている点も興味深い特長です。モデル動物実験の知見を援用しつつ、ヒトデータの意義づけを行うことで、より深い洞察が得られると考えられます。
今後、有人宇宙探査が月・火星などに向けてさらに長期化・多様化していく中で、宇宙飛行士の健康を守るための医学的知識基盤の重要性は増すばかりです。SOMAで得られる知見は、リアルタイムの健康モニタリングや、リスク評価と対策立案など、精密な航空宇宙医学の発展を強力に後押しするでしょう。オミクス解析と情報科学の融合によって、人類の宇宙進出を支えるイノベーションが加速することが大いに期待されます。
液晶を用いた電気的に制御可能な量子もつれ光子対生成
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07543-5
液晶は分子の配向を電場で制御できる特殊な材料で、ディスプレイなどに広く使われている。最近発見された強誘電性ネマティック液晶は非常に大きな非線形光学効果を示すことから、量子光学への応用が期待されている。本研究では、この液晶を用いて自発パラメトリック下方変換により量子もつれ光子対の発生に初めて成功し、その偏光状態や発生効率を電場印加や分子配向のねじれにより制御できることを実証した。これは液晶や有機物質における初の量子もつれ光子対発生であり、従来の非線形結晶と同等の高効率を達成した。分子配向操作による前例のない制御性は、ピクセルごとに光学特性を変えられる量子光源の実現に道を開くものである。
事前情報
液晶は分子配向を電場で制御できる特殊な材料で、ディスプレイなどに使われている
強誘電性ネマティック液晶は大きな非線形光学効果を示し、量子光学への応用が期待されている
行ったこと
強誘電性ネマティック液晶を用いて自発パラメトリック下方変換により量子もつれ光子対を発生させた
電場印加や分子配向のねじれにより、光子対の偏光状態や発生効率を制御することに成功した
検証方法
光子対発生を光子の同時計数により検出し、その時間相関や偏光状態を測定した
液晶セルの分子ねじれ角を変えたり、電圧印加したりして、それによる光子対状態の変化を調べた
分かったこと
液晶や有機物質で初めて量子もつれ光子対の発生に成功し、従来の非線形結晶と同等の高効率を達成
分子配向操作により、光子対の偏光状態や発生効率を自在に制御できることを実証
分子ねじれにより位相整合条件を満たし、バルク結晶のようなマクロな試料でも高効率化が可能
研究の面白く独創的なところ
液晶の分子配向操作という新しい自由度を用いて、量子もつれ光子対の性質を制御する手法を開拓した点
電場印加により量子状態を動的に切り替えられるなど、従来にない高い制御性を実現した点
この研究のアプリケーション
ピクセルごとに光学特性を変えられる、機能性の高い量子光源の実現
量子情報処理や量子暗号通信、量子センシングなどの量子技術への応用
著者と所属
Vitaliy Sultanov, Max-Planck Institute for the Science of Light
Aljaž Kavčič, Jožef Stefan Institute
Maria V. Chekhova, Max-Planck Institute for the Science of Light
詳しい解説
この研究では、液晶という特殊な材料を用いて、量子技術に必要不可欠な「量子もつれ光子対」という特殊な光の発生に成功しました。
液晶は、棒状の分子が規則的に並んでいる物質で、電場をかけるとその配向を制御できることから、ディスプレイなどに広く使われています。この研究で使われたのは「強誘電性ネマティック液晶」と呼ばれる新しいタイプの液晶で、非常に大きな非線形光学効果を示します。非線形光学効果とは、強い光を当てると光の性質が変化する現象のことで、レーザーの発生などに利用されています。
この液晶に特定の波長のレーザー光を当てると、1つの光子が2つの光子に分かれる「自発パラメトリック下方変換」という現象が起こります。この時、2つの光子は量子力学的に特殊な相関を持っており、「量子もつれ」と呼ばれる状態になっています。量子もつれは量子コンピュータなどの量子技術に必要不可欠なリソースですが、これまで特殊な非線形結晶を使うしか作れませんでした。
研究チームは、強誘電性ネマティック液晶を用いることで、液体や有機物質では初めて、結晶と同等の高効率で量子もつれ光子対の発生に成功しました。液晶の利点は、電場をかけることで分子配向を変えられること。これにより光子対の偏光状態や発生効率を自在に制御できることを実証しました。液晶の層の厚さや分子のねじれも制御の自由度になります。分子をうまくねじることで、通常のバルク結晶のような厚い試料でも高効率に発生できることがわかりました。
これらの結果は、電場で量子状態を自在に操れる、機能性の高い新しい量子光源の実現に道を開くものです。ピクセルごとに分子配向を変えれば、それぞれ違った量子状態を作り出せます。このような量子光源は、量子情報処理や量子通信、量子センシングといった量子技術に幅広く応用できると期待されます。
AIを用いた仮想ネズミで脳の神経活動と運動制御の関係性を解明
人工知能を用いて現実のネズミの行動を模倣する「仮想ネズミ」を作成し、その神経ネットワークの活動と実際のネズミの脳の神経活動を比較した。その結果、仮想ネズミの方が実際のネズミの動きよりも脳の活動をよく予測でき、脳が運動を制御する仕組みを再現していることが示唆された。この研究は、人工知能を用いることで生物の脳と行動の関係を理解する新しいアプローチを提示している。
事前情報
動物は体を巧みに制御し、多様な行動を行うことができるが、脳がどのようにしてそのような制御を実現しているのかは不明である。
この理解を深めるには、制御の原理と動物の行動中の神経活動の構造を関連付けられるモデルが必要である。
行ったこと
物理シミュレータ内で、ラットの生体力学的に現実的なモデルを人工ニューラルネットワークで制御する「仮想ネズミ」を構築した。
深層強化学習を用いて、自由に動くラットの行動を模倣するように仮想ネズミを訓練した。
実際のラットで記録された神経活動と、その行動を模倣する仮想ネズミのネットワーク活動を比較した。
検証方法
感覚運動線条体と運動皮質の神経活動が、実際のラットの動きの特徴よりも仮想ネズミのネットワーク活動によってよりよく予測されるかどうかを調べた。
ネットワークの潜在的な変動性が、行動全体にわたる神経変動性の構造を予測するかどうかを調べた。
ネットワークの変動性が最適フィードバック制御の最小介入原理と一致する方法でロバスト性を与えるかどうかを調べた。
分かったこと
感覚運動線条体と運動皮質の神経活動は、実際のラットの動きよりも仮想ネズミのネットワーク活動によってよりよく予測された。これは両領域が逆動力学を実装していることと一致する。
ネットワークの潜在的な変動性は、行動全体にわたる神経変動性の構造を予測した。
ネットワークの変動性は、最適フィードバック制御の最小介入原理と一致する方法でロバスト性を与えた。
研究の面白く独創的なところ
生体力学的に現実的な仮想動物の物理シミュレーションを使用して、行動全体にわたる神経活動の構造を解釈し、それを運動制御の理論的原理に関連付けたこと。
人工知能を用いて動物の行動を模倣することで、脳の機能を理解するための新しいアプローチを提示したこと。
この研究のアプリケーション
この研究のアプローチは、脳と行動の関係をより深く理解するために、他の動物モデルや行動タスクにも適用できる可能性がある。
仮想動物モデルは、脳の機能を理解するための新しいツールとして活用できる。
この研究の知見は、ロボットや人工知能システムの制御メカニズムの設計に応用できる可能性がある。
著者と所属
Diego Aldarondo, Josh Merel (Harvard University, DeepMind) Jesse D. Marshall (Harvard University)
Bence P. Ölveczky (Harvard University)
詳しい解説
この研究は、人工知能技術を用いて現実のネズミの行動を模倣する「仮想ネズミ」を作成し、その神経ネットワークの活動と実際のネズミの脳の神経活動を比較することで、脳が運動制御を行う仕組みを解明しようとしたものです。
研究者たちは、まず物理シミュレータ内でラットの生体力学的に現実的なモデルを構築し、それを人工ニューラルネットワークで制御する「仮想ネズミ」を作りました。そして、深層強化学習という手法を用いて、自由に動き回る実際のラットの行動を模倣するように仮想ネズミを訓練しました。
次に、実際のラットの脳で記録された神経活動と、その行動を模倣する仮想ネズミの神経ネットワークの活動を比較しました。その結果、感覚運動線条体と運動皮質という脳領域の活動は、実際のラットの動きよりも仮想ネズミのネットワーク活動によってよりよく予測されることがわかりました。これは、これらの脳領域が逆動力学という運動制御の計算を行っていることを示唆しています。
さらに、仮想ネズミのネットワークの潜在的な変動性が、様々な行動にわたる神経活動の変動性の構造を予測することもわかりました。また、この変動性は、最適フィードバック制御理論の最小介入原理と一致する形でシステムのロバスト性を生み出していました。
この研究は、生体力学的に現実的な仮想動物モデルを用いることで、行動全体にわたる神経活動の構造を運動制御の理論的原理と結びつけて理解できることを示しました。また、人工知能を用いて動物の行動を模倣するというアプローチが、脳の機能を解明する新しい方法となる可能性を示唆しています。
今後、この研究のアプローチを他の動物モデルや行動タスクに適用することで、脳と行動の関係についてのさらなる洞察が得られると期待されます。また、この研究で得られた知見は、ロボットや人工知能システムの制御メカニズムの設計などにも応用できる可能性があります。
金属光レドックス触媒によるカルベン反応性の解放
この研究では、金属光レドックス触媒を用いることで、従来の方法では取り扱いが難しかった高エネルギー中間体であるカルベンを安全かつ効率的に生成・利用できる新手法を開発しました。この手法により、カルボン酸やアミノ酸、アルコールなどの豊富で安定な原料から、シクロプロパン化やN-H、S-H、P-H結合へのσ結合挿入反応が可能になりました。
事前情報
カルベンやカルベノイド中間体は魅力的だが、しばしば捕捉が難しい高エネルギー中間体である
金属カルベン中間体を得る従来の方法は、試薬の安全性に問題があり広く実装するのが難しい
行ったこと
金属光レドックス触媒を用いた新しいカルベン生成法の開発
ラジカル付加と6種類の脱離基からのレドックス促進α-脱離の2段階の単電子反応を利用
検証方法
様々なカルボン酸、アミノ酸、アルコールを原料に用いたシクロプロパン化とσ結合挿入反応の検討
分かったこと
豊富で安定な原料から効率的にカルベン中間体を発生させ、有用な合成反応に利用できる
N-H、S-H、P-H結合へのσ結合挿入など、多様な反応に適用可能
研究の面白く独創的なところ
従来法の問題点を克服する新しいカルベン発生法の開発
単電子反応を巧みに利用した効率的なカルベン反応の実現
この研究のアプリケーション
様々な有用物質の効率的な合成
創薬などにおける新たな分子構築法への応用
著者と所属
Benjamin T. Boyle (Merck Center for Catalysis at Princeton University)
Nathan W. Dow (Merck Center for Catalysis at Princeton University)
David W. C. MacMillan (Merck Center for Catalysis at Princeton University)
詳しい解説
この研究では、金属光レドックス触媒を用いた新しいカルベン生成法を開発しました。従来、金属カルベン中間体を得るには2電子化学を利用して炭素-金属結合を形成する方法が用いられてきましたが、試薬の安全性に問題があり広く実装するのが難しいという課題がありました。
本研究で開発された手法は、2段階の単電子反応を利用します。まず金属へのラジカル付加により初期の炭素-金属結合を形成し、次にレドックス促進α-脱離によって目的の金属カルベン中間体を得ます。この方法では、ラジカル源として容易に入手可能な化学原料を利用でき、6種類の新たな脱離基を活用できます。
その結果、豊富で安定なカルボン酸、アミノ酸、アルコールなどの原料から、シクロプロパン化やN-H、S-H、P-H結合へのσ結合挿入反応を効率的に行えるようになりました。この手法は、カルベンを利用した化学的多様化の課題に対する汎用的な解決策を提供するものです。
従来法の問題点を克服し、単電子反応を巧みに利用して効率的なカルベン反応を実現した点が本研究の面白く独創的なところです。様々な有用物質の効率的な合成や、創薬などにおける新たな分子構築法への応用が期待されます。
P. vivaxとP. falciparumの起源と拡散の歴史を古代ゲノムが解明
マラリアは蚊によって媒介される原虫感染症で、年間2億4000万人が罹患し60万人以上が死亡している重大な健康問題である。しかし、マラリア原虫がいつどのようにして世界中に広まったのかは十分に分かっていない。そこで本研究では、考古学遺跡から出土した古代人骨を用いて、2種のマラリア原虫(P. falciparumとP. vivax)のゲノム配列を調べることで、その起源と伝播経路の解明を試みた。
事前情報
マラリアは人類の進化に強い選択圧をかけ、鎌状赤血球症などの遺伝的耐性をもたらした
P. falciparumはゴリラから、P. vivaxはアフリカ大型類人猿から人に伝播したと考えられている
P. falciparumの起源は約1万年以内と推定されるがP. vivaxはそれ以前とされる
P. vivaxはP. falciparumより寒冷地にも適応できる生態的特性をもつ
文献記録からは紀元前からマラリアがユーラシアに存在したことが示唆される
行ったこと
10,000以上の古代人骨のショットガンシーケンスデータをマラリア原虫DNAの痕跡について調べた
36個人についてマラリア原虫のミトコンドリアゲノムと核ゲノムをキャプチャーし、高カバレッジのゲノムデータを得た
現生マラリア原虫のゲノムデータと合わせて系統解析や集団遺伝学的解析を行った
検証方法
骨に保存されたマラリア原虫DNAをショットガンシーケンスデータから検出
マラリア原虫ゲノム全体をターゲットにしたキャプチャープローブを新規設計
得られた古代ゲノムデータを現生マラリア原虫と比較し、系統発生や集団構造を解析
宿主のヒトゲノムデータからも人類集団の移動を推定
分かったこと
P. vivaxは紀元前4千年紀にはヨーロッパ全域に広がっていた
P. falciparumは紀元前1千年紀にヒマラヤ高地や中央ヨーロッパにもいた
ヨーロッパの植民者がP. vivaxを新大陸に持ち込み、奴隷貿易がP. falciparumをアフリカから運んだ
高地でのマラリア症例は人の移動による伝播を示唆する
戦争などによる兵士の移動がマラリアの拡散を促進した可能性がある
研究の面白く独創的なところ
骨に残る微量のマラリアDNAから高カバレッジのゲノムデータを得ることに成功した
5500年という長い時間スケールでマラリアの歴史を初めて分子レベルで解明した
人類学的情報と統合することで人の移動とマラリアの拡散の関連性を示した
古代ゲノムデータによって現生マラリア原虫の多様性の起源に迫ることができた
この研究のアプリケーション
マラリア原虫の進化と適応のメカニズムの理解に役立つ
過去のマラリア流行が人類社会に与えた影響の評価に利用できる
根絶が難しいマラリア流行地の由来を知る手がかりになる
人の移動がいかに感染症の拡散を促すかを示す実例となる
著者と所属
Megan Michel, Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology Eirini Skourtanioti, Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology Johannes Krause, Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology
詳しい解説
本研究は、考古学遺跡から出土したヒト骨に残されたマラリア原虫DNAを分析することで、マラリアがいつどのようにして世界中に広まったのかを分子レベルで解明した画期的な成果である。
約5500年前から近代までの16カ国36人分の古代ヒト骨からマラリア原虫(P. falciparum、P. vivax、P. malariae)のDNAを検出し、ミトコンドリアゲノムと核ゲノムのシーケンスデータを取得した。現生マラリア原虫のゲノムデータと比較解析した結果、P. vivaxが紀元前4千年紀にはヨーロッパ全域に広がっていたことが分かった。これは文献記録よりも数千年も早い。一方、P. falciparumは紀元前1千年紀にヒマラヤ高地や中央ヨーロッパにも存在が確認され、人の移動によって流行地の周辺にまで運ばれていたことが示唆された。
新大陸でのP. vivaxとP. falciparumの歴史は異なっていた。南米の古代P. vivaxは現代の中南米の系統に近く、長期的な地域流行の存在が裏付けられた。また、ヨーロッパの植民者がP. vivaxをアメリカ大陸に持ち込んだこと、奴隷貿易を通じてP. falciparumがアフリカから新大陸に伝播したことも、ゲノムデータから示された。
さらに、ヒマラヤ山脈やアンデス山脈の高地でマラリア症例が見つかったことは、人の移動が非流行地へのマラリア伝播に重要な役割を果たすことを物語っている。戦争などによる兵士の移動もマラリアの拡散を促進した可能性が指摘された。
本研究は、マラリアという人類の脅威の歴史を知る上で極めて重要な知見をもたらした。過去の流行の実態解明は、現在のマラリア対策を考える上でも示唆に富む。今後、古代ゲノムデータをさらに蓄積し、宿主と病原体の共進化の謎に迫ることが期待される。
最後に
本まとめは、フリーで公開されている範囲の情報のみで作成しております。また、理解が不十分な為、内容に不備がある場合もあります。その際は、リンクより本文をご確認することをお勧めいたします。