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論文まとめ353回目 SCIENCE 発がんの各段階で異なる幹細胞の状態が融合していく!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなSCIENCEです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Coevolution with hosts underpins speciation in brood-parasitic cuckoos
宿主との共進化が托卵カッコウの種分化を促進する
「カッコウは宿主の巣に卵を産み付け、育てさせる「托卵」という寄生行動をとります。宿主に見破られないよう、カッコウのヒナは宿主のヒナの皮膚や羽毛の色を真似るよう進化してきました。同じカッコウでも、狙う宿主が異なれば別々の方向に進化し、やがて新たな種へと分かれていったようです。長年の「だまし合い」が、カッコウの多様性を生み出したのかもしれません。」

A three-dimensionally architected electronic skin mimicking human mechanosensation
人間の機械感覚を模倣した3次元構造の電子皮膚
「人間の皮膚の感覚受容器の配置を真似た、外力を感知できる人工の電子皮膚を作りました。普通の力、ずれる力、皮膚の伸びを、それぞれ独立して検出できます。この人工皮膚で、果物やパンのかたさと形を同時に測ることで、食品の新鮮さを触って判定できるシステムの開発に成功しました。」

Germline-mediated immunoediting sculpts breast cancer subtypes and metastatic proclivity
生殖細胞系列が免疫編集を介して乳がん亜型と転移性向を形作る
「この研究は、個人の遺伝子の違いが、免疫システムとがん遺伝子の相互作用を通じて、乳がんの種類や転移のしやすさに影響することを明らかにしました。免疫システムががん細胞を排除する過程で、特定のがん遺伝子を持つ乳がんが生き残りにくくなり、結果として乳がんのタイプが決まるというユニークなメカニズムを発見したのが、この研究の面白いポイントです。」

Spontaneous weathering of natural minerals in charged water microdroplets forms nanomaterials
帯電した水のマイクロ液滴中での自然鉱物の自発的風化によるナノ材料の形成
「この研究は、クォーツやルビーなどの鉱物の小さな粒子を帯電した水滴に入れると、わずか数ミリ秒でナノサイズの超微粒子に分解されることを発見しました。これは、水滴の中で化学反応や電場の影響で鉱物粒子が壊れるためです。自然界の大気中にも帯電した水滴が多数存在するため、この現象は土壌形成に重要な役割を果たしている可能性があります。」

Stem-cell states converge in multistage cutaneous squamous cell carcinoma development
皮膚扁平上皮がんの多段階発生過程における幹細胞状態の融合
「皮膚がんの発生過程を詳しく調べたところ、正常な皮膚の幹細胞とは異なる特徴を持つ幹細胞が、がんの進行に伴って出現し、次第に融合していくことが分かりました。こうした幹細胞は、がん細胞の多様性や可塑性、薬剤耐性に関わっており、その動態を理解することで、新たながん治療法の開発につながる可能性があります。」

Imbalanced speciation pulses sustain the radiation of mammals
不均衡な種分化のパルスが哺乳類の放散を維持する
「哺乳類の多様性は爆発的に増加したのではなく、ゆっくりと種分化が加速し続けてきました。白亜紀末の大量絶滅は種分化の遅い系統を淘汰し、種分化の速い系統が生き残りました。こうした不均一な種分化のパルスが、長期にわたって哺乳類の多様性を支えてきたのです。」

Molecular templating of layered halide perovskite nanowires
分子鋳型法による層状ハロゲン化物ペロブスカイトナノワイヤーの合成
「この研究では、有機分子を鋳型として使うことで、ペロブスカイト結晶の成長方向を制御し、高品質なナノワイヤーを作ることに成功しました。できたナノワイヤーは、光を一方向に強く発光したり、光を低損失で伝えたり、低しきい値で光増幅したりと、通常のペロブスカイトにはない優れた光学特性を示しました。この合成法を使えば、組成の異なる様々な二次元ペロブスカイトナノワイヤーを自在に作れるようになり、光デバイスへの応用が期待できます。」


要約

ホスト特異的な擬態による共進化がカッコウの種分化を促進する

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adj3210

托卵性のカッコウにおいて、宿主との共進化が種分化を促進していることを、行動・表現型・遺伝子のデータから多角的に示した。マクロな視点では、宿主のヒナを殺す高い病原性のカッコウ種は、病原性の低い種や非寄生性の近縁種よりも種分化率が高く、同所的種分化を起こしやすかった。ミクロな視点では、宿主によるカッコウのヒナの排除が、カッコウのヒナの擬態形質を進化させ、異なる宿主を利用するカッコウ系統間で遺伝的・表現型的分化を促していた。これらの知見は、カッコウの種多様性を生み出した共進化プロセスを明らかにしている。

事前情報

  • カッコウは他の鳥の巣に卵を産みつける托卵性の繁殖戦略をもつ。

  • 宿主のヒナを巣から蹴落とすカッコウ種と、宿主のヒナと共存するカッコウ種がいる。

  • 前者は宿主からの防衛進化(カッコウのヒナの排除)を受け、カッコウ側は宿主のヒナに擬態するよう対抗進化してきた。

行ったこと

  • 宿主排除の有無によって、カッコウの種分化率を比較した。

  • 宿主排除がカッコウの同所的種分化を促したかを調べた。

  • オーストラリアのズグロカッコウを対象に、宿主選好性と遺伝的・表現型的分化の関係を調べた。

検証方法

  • 系統樹に基づく種分化率の推定

  • 異なる種分化モデルの当てはめによる種分化様式の推定

  • ミトコンドリアDNAと形態による宿主選好性系統の解析

分かったこと

  • 高病原性カッコウ種は種分化率が高く、同所的種分化しやすい。

  • 宿主排除を受けたカッコウ種は、宿主のヒナに擬態した複数の系統に分化する。

  • 宿主選好性の異なるカッコウ系統間で、遺伝的・表現型的分化が見られる。

研究の面白く独創的なところ

  • マクロとミクロの両方の時間スケールでカッコウの種分化プロセスを実証的に示した点。

  • 共進化的軍拡競争が寄生者側の適応放散を促すことを明確に示した点。

  • 宿主ー寄生者の共進化が寄生者の種多様化を説明するメカニズムを提示した点。

この研究のアプリケーション

  • 寄生者と宿主の共進化が生物多様性を生み出すメカニズムの理解に役立つ。

  • 新興感染症など、人為的な宿主ー寄生者の新しい組み合わせの進化的帰結を予測する助けになるかもしれない。

  • 共進化的軍拡競争下にある生物種を保全する上で重要な視点を提供する。

著者と所属
N. E. Langmore - オーストラリア国立大学 A. Grealy - オーストラリア国立大学, オーストラリア連邦科学産業研究機構 C. E. Holleley - オーストラリア連邦科学産業研究機構

詳しい解説
この研究は、托卵性のカッコウ類において、宿主との共進化が種分化を促進していることを、行動・形態・遺伝子のデータを統合することで実証的に示しました。
まずマクロな進化のスケールでは、宿主のヒナを巣から追い出して殺してしまう高病原性のカッコウ種は、宿主のヒナを殺さない低病原性種や非寄生性の近縁種に比べて種分化率が高く、同所的種分化を起こしやすいことがわかりました。これは、高病原性種に対して宿主からの強い進化的軍拡競争の選択圧がかかり、それに対抗するための宿主選好性の進化と種分化が促されたためと考えられます。
次に、ミクロな進化のプロセスに着目し、オーストラリアに生息するズグロカッコウ類を対象に解析しました。この仲間では、宿主はカッコウのヒナを巣から排除するという防衛手段を進化させており、それに対抗してカッコウのヒナは宿主のヒナの皮膚や羽毛の色に擬態するよう進化してきました。ミトコンドリアDNAと形態の解析から、同じカッコウ種内でも異なる宿主を利用する系統が遺伝的・表現型的に分化していることが明らかになりました。つまり、宿主排除によって異なる方向に擬態が進化した結果、宿主選好性ごとに系統が分岐したのです。さらに、雄の羽色や鳴き声のような配偶形質も宿主ごとに異なっており、同じ宿主を利用する雌雄が選択的に交配している可能性が示唆されました。
以上のように、この研究はマクロとミクロの両方のスケールの証拠を組み合わせることで、宿主との共進化がカッコウの種分化を促してきたことを説得力のある形で示しました。共生系の片方の宿主だけでなく、寄生者側の進化的応答とそれに伴う種多様化のプロセスを解明した点でとても意義深い研究だと思います。さらに、気候変動などによって新しい宿主ー寄生者の組み合わせが生じた際の進化的な帰結を予測する上でも重要な示唆を与えてくれます。寄生者の適応と多様化のメカニズムの理解は、保全生物学や感染症の進化を考える上でも欠かせない視点だと感じました。


人間の機械感覚を模倣した3次元構造の電子皮膚を開発

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adk5556

この研究では、人間の皮膚の感覚受容器の3次元的な配置を模倣した、力とひずみを感知できる電子皮膚(3DAE-Skin)を開発した。この3DAE-Skinは、垂直力、せん断力、ひずみを独立して高精度に検出でき、物体の弾性率と曲率を触覚で同時に測定できるシステムの開発を可能にした。果物、パン、ケーキの形状や新鮮さの程度に関わらず、迅速な弾性率測定を実演した。

事前情報

  • 人間の皮膚の機械刺激感知は、外力を電気信号に変換する機械受容器の働きに起因する

  • メルケル細胞とルフィニ終末の空間分布を模倣することで、垂直・せん断力とひずみを独立して検出できる電子皮膚の開発が可能になるが、まだ実現されていない

行ったこと

  • 人間の皮膚のメルケル細胞とルフィニ終末の3次元配置を模倣した、力とひずみの感知部品を3次元的に配置した電子皮膚(3DAE-Skin)を開発した

  • 3DAE-Skinは、垂直力、せん断力、ひずみの優れた独立検出性能を示した

  • 触覚による物体の弾性率と曲率の同時測定を可能にするシステムを開発した

  • 様々な形状と新鮮さの果物、パン、ケーキの迅速な弾性率測定を実演した

検証方法

  • 3DAE-Skinの垂直力、せん断力、ひずみの検出性能を評価した

  • 3DAE-Skinを用いた、触覚による物体の弾性率と曲率の同時測定システムを開発した

  • 果物、パン、ケーキの弾性率測定への応用を実演した

分かったこと

  • 人間の皮膚の感覚受容器の3次元配置を模倣することで、垂直力、せん断力、ひずみを独立して高精度に検出できる電子皮膚が実現できる

  • 開発した3DAE-Skinは優れた力とひずみの検出性能を示し、触覚による物体の弾性率と曲率の同時測定を可能にした

  • 3DAE-Skinを用いて、様々な食品の新鮮さを触覚で迅速に判定できる

研究の面白く独創的なところ

  • 人間の皮膚の感覚受容器の3次元配置に着目し、それを模倣することで高性能な電子皮膚を実現した点

  • 垂直力、せん断力、ひずみを独立して検出できる点

  • 触覚のみで物体の弾性率と曲率を同時に測定できるシステムを開発した点

この研究のアプリケーション

  • 食品の新鮮さの触覚による迅速な判定

  • 柔らかい物体のかたさと形状の同時測定

  • 将来的にロボットや義手などへの応用が期待される

著者と所属
Zhi Liu, Xiaonan Hu, Renheng Bo(清華大学工学力学応用力学研究所, 清華大学フレキシブルエレクトロニクス技術研究所) Yihui Zhang(清華大学工学力学応用力学研究所, 清華大学フレキシブルエレクトロニクス技術研究所 )

詳しい解説
人間の皮膚には、外部からの力を電気信号に変換する機械受容器が存在します。この機械受容器の一種であるメルケル細胞とルフィニ終末は、それぞれ皮膚の表皮の最下層と真皮の中に存在し、外力と皮膚の伸びを感知しています。本研究では、このメルケル細胞とルフィニ終末の3次元的な配置を模倣した、人工の電子皮膚(3DAE-Skin)を開発しました。
3DAE-Skinは、圧力センサーとひずみセンサーを3次元的に配置し、不均一なカプセル化戦略を採用することで、垂直方向の力、せん断力、皮膚の伸びを独立して高精度に検出できます。また、人工知能を用いた信号処理により、物体の弾性率(かたさ)と曲率(形状)を触覚のみで同時に測定できるシステムも開発しました。
このシステムの性能を実演するため、果物、パン、ケーキの新鮮さの程度を触覚で判定する実験を行いました。その結果、これらの食品の弾性率の変化を高感度に検出でき、新鮮さを迅速に判定できることが示されました。
本研究の独創的な点は、人間の皮膚の感覚受容器の3次元配置に着目し、それを忠実に模倣することで、垂直力、せん断力、ひずみを独立して検出できる高性能な電子皮膚を実現したことです。また、触覚のみで物体のかたさと形状を同時に測定できるシステムを開発したことも画期的です。
この3DAE-Skinは、将来的にロボットハンドや義手などへの応用が期待されます。また、食品の品質管理など、柔らかい物体のかたさと形状を非破壊で迅速に判定する必要がある分野でも活用できるでしょう。本研究は、人間の皮膚感覚を人工的に再現する技術の発展に大きく貢献するものです。


乳がん亜型と転移能力は生殖細胞系列によって形作られる

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adh8697

がんは同じ部位に発生しても、患者ごとに分子レベルでの特徴が大きく異なることがあり、それが予後や治療反応性に影響する。本研究は、4918人の原発乳がん、611人の転移性乳がん、341人の非浸潤性乳管がんの遺伝子データを解析し、生殖細胞系列のHLA(ヒト白血球抗原)の遺伝子多型が、がん遺伝子(ERBB2など)のエピトープの提示能を介して、免疫システムによるがん細胞の排除(免疫編集)に影響し、それが乳がんの分子亜型(HER2陽性乳がんなど)の頻度を規定することを見出した。免疫編集を受けて生き残ったがん細胞はより悪性度が高く免疫抑制的な微小環境を持っていた。非浸潤性乳管がんでは免疫編集の程度が浸潤がんのリスクと逆相関していた。以上より、生殖細胞系列の遺伝子多型が免疫編集を介して乳がん亜型と転移能力に影響することが示された。

事前情報

  • がんは同じ臓器に発生しても分子レベルの特徴が患者ごとに異なり、予後や治療反応性に影響する

  • 体細胞の遺伝子変異は生殖細胞系列の遺伝的背景の中で起こるが、その影響は不明だった

行ったこと

  • 4918人の原発乳がん、611人の転移性乳がん、341人の非浸潤性乳管がんの遺伝子データを解析

  • 生殖細胞系列のHLA遺伝子多型とがん遺伝子(ERBB2など)の体細胞増幅の関連を調べた

  • 免疫編集を受けたがんの特徴を調べた

  • 非浸潤性乳管がんにおける免疫編集の影響を調べた

検証方法

  • 生殖細胞系列のHLAタイプとERBB2由来の既知の免疫原性エピトープ(GP2, E75)の提示能の関連を調べた

  • 生殖細胞系列のERBB2エピトープ負荷とHER2陽性乳がんのオッズ比を計算した

  • 他の乳がん亜型でも同様の関連を調べた

  • 免疫編集の影響を受けたがんの免疫微小環境を解析した

  • 非浸潤性乳管がんにおける免疫編集の程度と浸潤がんのリスクの関連を調べた

分かったこと

  • GP2やE75を提示可能なHLAを持つ人はHER2陽性乳がんのリスクが低い

  • ERBB2のエピトープ負荷が高いとHER2陽性乳がんのリスクが低い

  • 他のER陽性乳がん亜型でも同様の関連が見られた

  • 免疫編集を受けて生き残ったがんはリンパ球が少ない免疫抑制的な微小環境を持つ

  • 非浸潤性乳管がんでは免疫編集の程度が高いほど浸潤がんになるリスクが低い

研究の面白く独創的なところ

  • 生殖細胞系列の遺伝子多型が免疫系を介して乳がん亜型の頻度を規定するという新しいメカニズムを発見した点

  • 遺伝子多型の影響が非浸潤性乳管がんと浸潤がんで逆転することを見出した点

  • 免疫編集を受けたがんの特徴を明らかにした点

この研究のアプリケーション

  • 乳がん亜型のリスク予測への応用

  • 早期乳がんにおける浸潤がんのリスク予測への応用

  • 免疫チェックポイント阻害剤などの免疫療法の適応予測への応用

著者と所属
Kathleen E. Houlahan, Stanford Cancer Institute, Stanford University School of Medicine, Stanford, CA, 94305, USA. Aziz Khan, Stanford Cancer Institute, Stanford University School of Medicine, Stanford, CA, 94305, USA. Christina Curtis, Stanford Cancer Institute, Stanford University School of Medicine, Stanford, CA, 94305, USA. Department of Medicine, Division of Oncology, Stanford University School of Medicine, Stanford, CA, 94305, USA. Department of Genetics, Stanford University School of Medicine, Stanford, CA, 94305, USA. Department of Biomedical Data Science, Stanford University School of Medicine, Stanford, CA, 94305, USA. Chan Zuckerberg Biohub, San Francisco, CA 94158, USA.

詳しい解説
本研究は、生殖細胞系列の遺伝子多型、特にHLA遺伝子の多型が、がん抗原のエピトープの提示能力を介して、免疫システムによるがん細胞の排除(免疫編集)に影響し、それが乳がんの分子亜型の頻度や転移能力に影響するというメカニズムを明らかにしました。
具体的には、まずHER2タンパク質由来の既知の免疫原性エピトープであるGP2やE75を提示可能なHLAタイプを持つ人は、HER2陽性乳がんのリスクが低いことを見出しました。さらに、ERBB2遺伝子(HER2をコードする)のエピトープ負荷が高い人ほどHER2陽性乳がんのリスクが低いことも分かりました。
これは、生殖細胞系列のHLA遺伝子の多型によって、ERBB2由来のエピトープの提示能力が個人差があり、提示能力が高い人では免疫システムによってERBB2を高発現するがん細胞が排除されやすいためと考えられます。同様の関連は、ER陽性乳がんの特定の亜型でも観察されました。
興味深いことに、免疫編集を受けて生き残ったHER2陽性乳がんは、リンパ球浸潤が乏しい免疫抑制的な微小環境を持っており、より悪性度が高いことが分かりました。これは免疫編集の結果、免疫回避能の高いがん細胞が選択されたためと考えられます。
さらに、非浸潤性乳管がん(DCIS)では、免疫編集の程度が高いほど、その後に浸潤がんに進展するリスクが低いことも分かりました。これは、DCISの段階で免疫編集が働くことで、浸潤性の獲得が抑制される可能性を示唆しています。
本研究の独創的な点は、生殖細胞系列の遺伝子多型が免疫系を介して乳がん亜型の頻度を規定する新しいメカニズムを見出したこと、がんの進展段階によって免疫編集の影響が逆転することを明らかにしたこと、免疫編集を受けたがんの特徴を解明したことなどが挙げられます。
これらの知見は、乳がん亜型のリスク予測や、DCISから浸潤がんへの進展リスクの予測、免疫チェックポイント阻害剤などの免疫療法の適応予測などに応用できる可能性があります。がんの多様性の理解とがん予防・治療の最適化に貢献する重要な研究成果と言えます。


帯電した水滴で一瞬にして鉱物がナノ粒子化

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adl3364

この研究では、一般的な鉱物の粒子が帯電した水のマイクロ液滴中でミリ秒以内に自発的に分解してナノ粒子を形成することを示しました。クォーツやルビーなどのマイクロンサイズの自然鉱物を、エレクトロスプレーで生成した水性マイクロ液滴に取り込むと、5〜10ナノメートルの粒子に変換されました。液滴を基板上に堆積させ、ナノ粒子の特性評価を行いました。シミュレーションにより、特にサイズが小さくなり電場にさらされると、クォーツがプロトン誘発すべりを起こすことが判明しました。これにより粒子が分裂してケイ酸塩フラグメントが形成され、質量分析法で確認されました。大気中には帯電エアロゾルが多数存在するため、この急速な風化プロセスは土壌形成に重要である可能性があります。

事前情報

  • 鉱物のナノ粒子は豊富に存在し、その形成方法を理解することが重要。

行ったこと

  • 5〜10ミリメートルの鉱物粒子をエレクトロスプレーで生成した水のマイクロ液滴に分散させた。

  • 液滴を基板上に堆積させ、ナノ粒子の特性評価を行った。

  • シミュレーションにより鉱物の分解メカニズムを解析した。

検証方法

  • 生成したナノ粒子の特性評価

  • 質量分析法によるケイ酸塩フラグメントの確認

  • シミュレーションによる鉱物の分解メカニズムの解析

分かったこと

  • 帯電水滴中で鉱物粒子がミリ秒以内に5〜10ナノメートルの粒子に分解された。

  • クォーツはプロトン誘発すべりにより粒子分裂を起こし、ケイ酸塩フラグメントを形成する。

  • 大気中の帯電エアロゾルにより、この急速な風化プロセスが自然界でも起こっている可能性がある。

研究の面白く独創的なところ

  • 帯電水滴を用いて鉱物をナノ粒子化できることを発見した点が独創的。

  • ミリ秒オーダーの超高速反応を捉えた点が興味深い。

  • 自然界の土壌形成プロセスの理解につながる可能性を示した点が面白い。

この研究のアプリケーション

  • ナノ材料の新規合成法の開発

  • 大気中のエアロゾルによる鉱物風化メカニズムの解明

  • 土壌形成プロセスの理解への寄与

著者と所属
B. K. Spoorthi, Pallab Basuri, Ankit Nagar, Thalappil Pradeep - インド工科大学マドラス校化学科 Koyendrila Debnath, Umesh V. Waghmare - ジャワハルラール・ネルー先端科学研究センター理論科学ユニット

詳しい解説
この研究は、一般的な鉱物を帯電した水のマイクロ液滴中に入れると、ミリ秒オーダーの超高速で自発的にナノ粒子に分解されるという興味深い現象を発見しました。研究チームは、クォーツやルビーなどの5〜10ミリメートルの鉱物粒子をエレクトロスプレーで生成した水滴に分散させ、基板上に堆積させることで5〜10ナノメートルのナノ粒子が形成されることを見出しました。
この現象のメカニズムを解明するため、シミュレーションによる解析を行ったところ、クォーツがプロトン誘発すべりを起こすことが分かりました。これは特に粒子サイズが小さく電場にさらされたときに顕著で、粒子の分裂とケイ酸塩フラグメントの形成につながります。質量分析法でもケイ酸塩フラグメントの存在が確認されました。
興味深いことに、この急速な鉱物風化プロセスは自然界でも起こっている可能性があります。大気中には多数の帯電エアロゾルが存在するため、同様の現象により土壌形成が進んでいるのかもしれません。
本研究は、帯電水滴を用いた鉱物のナノ粒子化という新しい合成法を提案しただけでなく、自然界における鉱物風化と土壌形成のメカニズム解明にもつながる重要な知見だと言えます。ミリ秒スケールの超高速反応を捉えた点も非常に興味深いです。今後、この手法を用いたナノ材料合成技術の発展や、大気化学や地球科学分野への応用が期待されます。


発がんの各段階で異なる幹細胞の状態が融合していく

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adi7453

皮膚がんの発生過程において、正常な皮膚の幹細胞とは異なる特性を持つ幹細胞集団が出現し、がんの進行に伴ってそれらが融合していくことを明らかにした。こうした幹細胞は、がん細胞の多様性や可塑性、薬剤耐性に関与しており、その動態の理解は新たながん治療法の開発に役立つ可能性がある。

事前情報

  • 幹細胞ががんの多様性、可塑性、薬剤耐性に重要な役割を果たしている

  • がん幹細胞と正常な組織幹細胞の関係や、がんの起源細胞との関係は不明確

  • 幹細胞は組織や単一細胞レベルで広く研究されているが、がんにおけるそれらの階層的関係の特定は難しい

行ったこと

  • マウスの皮膚発がんモデルを用いて、正常な皮膚から前がん病変、がんに至るまでの各段階で組織を系統的に解析

  • 数百の正常皮膚とがんサンプルから遺伝子発現ネットワーク(メタ遺伝子)を作成

  • メタ遺伝子を発がん過程の各段階から得られた単一細胞の発現で可視化

検証方法

  • 幹細胞マーカー遺伝子の発現を単一細胞レベルで解析

  • 対応するメタ遺伝子ネットワークの発現を可視化

  • シスプラチン処理やPP2A阻害剤処理による細胞状態の遷移を解析

分かったこと

  • 初期の腫瘍で、正常皮膚には見られない幹細胞状態の融合が起こる

  • 腫瘍のLgr6+幹細胞は、可塑性マーカーや腫瘍抑制に関連する遺伝子を発現する子孫細胞を生成する

  • この細胞状態は、細胞増殖とDNA損傷応答のマーカーを発現する別の状態と強く逆相関する

  • これらの状態間の遷移は、薬剤処理によって誘導できる

研究の面白く独創的なところ

  • 発がんの多段階過程で幹細胞ネットワークの発現を単一細胞レベルで追跡したこと

  • 可塑性と増殖という相反する表現型を示す2つの細胞状態を同定したこと

  • これらの細胞状態間の遷移を操作できる可能性を示したこと

この研究のアプリケーション

  • 幹細胞状態の遷移点を標的とした新たながん治療法の開発

  • がんの進行や薬剤耐性のメカニズム解明

  • 幹細胞の可塑性を利用した再生医療への応用

著者と所属
Mark A. Taylor, Eve Kandyba, Allan Balmain (ヘレン・ディラー家族総合がんセンター, カリフォルニア大学サンフランシスコ校)

詳しい解説
この研究は、皮膚の扁平上皮がんの発生過程における幹細胞の動態を詳細に解析したものです。マウスモデルを用いて、正常な皮膚から前がん病変、がんに至るまでの各段階で組織サンプルを採取し、それらの遺伝子発現データから幹細胞ネットワーク(メタ遺伝子)を構築しました。そして、このメタ遺伝子の発現パターンを、各段階から単離した単一細胞の遺伝子発現データと統合することで、発がんの進行に伴う幹細胞状態の変化を追跡しました。
その結果、初期の腫瘍において、正常な皮膚では見られない幹細胞状態の融合が起こっていることが明らかになりました。特に、腫瘍に存在するLgr6陽性の幹細胞は、細胞系譜の可塑性に関わるマーカー遺伝子や腫瘍抑制に関連する遺伝子を発現する子孫細胞を生み出していました。興味深いことに、この幹細胞状態は、細胞増殖とDNA損傷応答のマーカーを発現するもう一方の状態と強く逆相関していました。つまり、「可塑性」と「増殖」という相反する性質を持つ2つの幹細胞状態が存在し、それらが拮抗し合っているのです。
さらに、シスプラチンによる化学療法や分化のマスター制御因子であるPP2Aの阻害によって、これら2つの幹細胞状態間の遷移を誘導できることも示されました。このことは、幹細胞の状態遷移を標的とした新たながん治療法の開発につながる可能性を示唆しています。
本研究は、発がんの各段階で生じる幹細胞の動的な変化を、網羅的かつ詳細に捉えた点で非常に独創的です。また、がん幹細胞の可塑性と増殖という相反する性質を見出し、それらの状態遷移を操作できる可能性を示した点で、基礎研究としての意義が高いだけでなく、がん治療への応用も期待できる重要な成果といえるでしょう。


哺乳類の種分化は不均一なパルス状であり、それが多様性を維持してきた

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adj2793

種分化と絶滅のダイナミクスを詳細に解析した結果、哺乳類の多様性は白亜紀末の大量絶滅前から種分化率が上昇し続けていたことがわかりました。大量絶滅は種分化の遅い系統を淘汰し、その後は種分化率が低下しました。哺乳類の多様性は、種分化の速い少数の系統によってもたらされたのです。

事前情報

  • 哺乳類の進化の歴史には多様化動態の変化が含まれるが、その変化がどのように起こるかについては議論がある。

  • 従来は白亜紀末の恐竜の衰退によって哺乳類のニッチが空き、種分化が爆発的に起こったと考えられていた。

行ったこと

  • 系統発生と化石の情報を統合した新しい「birth-death diffusion」モデルを開発し、哺乳類全体の系統での多様化率の変動を詳細に解析した。

検証方法

  • 系統樹と化石記録を統合した新しい確率モデルを用いて、哺乳類の全系統における種分化率と絶滅率の時間変動を推定した。

分かったこと

  • 哺乳類の種分化率は白亜紀末の大量絶滅の前から上昇し続けていた。

  • 白亜紀末の大量絶滅は種分化の遅い系統を淘汰し、種分化の速い系統が生き残った。

  • 大量絶滅後は種分化率が低下し、リバウンドは見られなかった。

  • 種分化の速い少数の系統が哺乳類の多様性をもたらした。

研究の面白く独創的なところ

  • 従来の定説とは異なり、哺乳類の多様性が爆発的に増加したのではなく、種分化率が徐々に上昇し続けてきたことを示した点。

  • 大量絶滅が種分化の遅い系統を淘汰し、不均一な種分化のパターンを生み出したことを明らかにした点。

この研究のアプリケーション

  • 種分化と絶滅の動態を理解することで、現在の生物多様性がどのように形成されてきたかを解明できる。

  • 将来の環境変動に対する生物多様性の応答を予測する上で重要な知見となる。

著者と所属
Ignacio Quintero (Institut de Biologie de l’ENS, Département de Biologie, École Normale Supérieure, CNRS, INSERM, Université PSL) Nicolas Lartillot (Université Claude Bernard Lyon 1, CNRS, VetAgroSup, LBBE, UMR 5558) Hélène Morlon (Institut de Biologie de l’ENS, Département de Biologie, École Normale Supérieure, CNRS, INSERM, Université PSL)

詳しい解説
この研究は、哺乳類の多様性がどのように形成されてきたのかを解明するために、種分化と絶滅の動態を詳細に解析しました。従来の考え方では、白亜紀末の恐竜の衰退によって空いたニッチを埋めるために、哺乳類の種分化が爆発的に起こったと考えられてきました。
しかし、この研究では系統樹と化石記録を統合した新しい確率モデルを用いることで、哺乳類の種分化率は白亜紀末の大量絶滅の前から徐々に上昇し続けていたことがわかりました。そして、大量絶滅は種分化の遅い系統を選択的に淘汰し、種分化の速い系統が生き残ったのです。大量絶滅後は種分化率が低下し、急激なリバウンドは見られませんでした。
つまり、哺乳類の多様性は種分化の速い少数の系統によってもたらされたのであり、爆発的な種分化によるものではなかったのです。この研究は、生物の進化における種分化と絶滅の重要性を示すとともに、現在の生物多様性がどのように形成されてきたのかを理解する上で重要な知見を与えてくれます。


分子鋳型法を用いて高品質な二次元層状ペロブスカイトナノワイヤーを合成し、優れた光学特性を実現

https://doi.org/10.1126/science.adl0920

金属ハロゲン化物ペロブスカイトは溶液法で合成でき、組成を変えることで光学・電子特性を調整できる。本研究では分子鋳型法を用いて、[110]方向以外の結晶成長を抑制し、一次元成長を促進した。この手法により、アスペクト比が大きく、有機-無機の化学組成を制御できる高品質な層状ペロブスカイトナノワイヤーを幅広く合成できる。得られたナノワイヤーは通常のペロブスカイトナノワイヤーにはない特異な光学特性を示し、異方性発光偏光、低損失光導波(<3dB/mm)、低しきい値光増幅(<20μJ/cm2)などが観測された。

事前情報

  • 金属ハロゲン化物ペロブスカイトは溶液法で合成でき、組成により光学・電子特性を調整できる

行ったこと

  • 分子鋳型法を用いて、[110]方向以外の結晶成長を抑制し、一次元成長を促進

  • 様々な組成の高品質な層状ペロブスカイトナノワイヤーを合成

検証方法

  • 走査型電子顕微鏡による形態観察

  • 透過型電子顕微鏡による構造解析

  • 光学顕微鏡による発光特性評価

  • 時間分解フォトルミネッセンス測定

分かったこと

  • アスペクト比が大きく、有機-無機組成を制御した層状ペロブスカイトナノワイヤーが得られた

  • ナノワイヤーは異方性発光偏光を示した

  • 低損失な光導波特性(<3dB/mm)を示した

  • 低しきい値の光増幅(<20μJ/cm2)を実現した

研究の面白く独創的なところ

  • 分子鋳型法により結晶成長を制御して高品質ナノワイヤーを得た点

  • 通常にはない特異な光学特性を層状ペロブスカイトで実現した点

  • 組成を変えて様々なナノワイヤーを作れる汎用性の高さ

この研究のアプリケーション

  • 高効率な偏光LEDや光検出器

  • 低損失な光導波路

  • 低しきい値のペロブスカイトレーザー

  • 非線形光学デバイス

著者と所属
Wenhao Shao, Jeong Hui Kim, Letian Dou (Purdue University) ほか

詳しい解説
金属ハロゲン化物ペロブスカイトは、優れた光電変換特性を持つ材料として注目されています。特に、二次元状の層状ペロブスカイトは、厚さ方向に有機分子層と無機ペロブスカイト層が交互に積層した構造を持ち、エキシトン閉じ込め効果などにより興味深い光学特性を示します。しかし、これまで高品質な層状ペロブスカイトナノワイヤーを作製する良い方法がなく、その光学特性は十分に引き出せていませんでした。
この研究では、有機分子を鋳型として結晶成長を制御する分子鋳型法を層状ペロブスカイトに適用し、[110]方向にのみ伸長した高アスペクト比のナノワイヤーの作製に成功しました。鍵となったのは、ペロブスカイトの有機アンモニウムカチオンにカルボキシル基を導入したことです。カルボキシル基が他の結晶面の成長を抑制し、ワイヤー状の一次元成長を促進したのです。
この手法は汎用性が高く、有機アンモニウムカチオンの構造や組成を変えることで、様々な層状ペロブスカイトナノワイヤーを自在に合成できます。こうして得られたナノワイヤーは、非常に良質な光共振器空間を形成し、通常の層状ペロブスカイトにはない優れた光学特性を示しました。例えば、ワイヤーの長手方向に偏光した強い異方性発光が観測されました。また、3dB/mm以下という低損失で光を伝播し、20μJ/cm2以下の低しきい値で光増幅が起こることがわかりました。
これらの特性は、高効率な偏光発光デバイスや光導波路、微小光源などへの応用に道を拓くものです。層状ペロブスカイトの分子組成を制御して光学特性を最適化することで、さらなる高性能化が期待できます。この研究は、ペロブスカイト光デバイスの可能性を大きく広げる重要な成果と言えるでしょう。


最後に
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