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論文まとめ412回目 Nature 脳の神経細胞に特異的に発現するTMEFF1タンパク質が単純ヘルペスウイルス1型の感染を防ぐ!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Shifts in receptors during submergence of an encephalitic arbovirus
ウエストナイル脳炎ウイルスの衰退期における受容体の変化
「かつてアメリカで猛威を振るったウエストナイル脳炎ウイルスは、近年その勢いが衰えている。研究者らは、このウイルスが感染に使う受容体が時代とともに変化してきたことを発見した。古い株は複数の受容体を使えたが、新しい株は一部の受容体を使えなくなっていた。この変化がウイルスの人への感染力低下につながったと考えられる。ウイルスと宿主の関係は常に変化し続けており、ウイルスの進化の方向性を決める重要な要因となっているようだ。」

Single-cell multiregion dissection of Alzheimer's disease
アルツハイマー病の単一細胞マルチ領域解析
「この研究では、アルツハイマー病(AD)患者と健常者の脳を6つの領域に分けて、130万個もの細胞の遺伝子発現を1つずつ調べました。その結果、ADで失われやすい神経細胞や、ADに強い細胞を特定。さらに、認知機能が保たれる「認知的レジリエンス」に関わる遺伝子も発見しました。特に、アストロサイトというグリア細胞でコリン代謝とポリアミン合成に関わる遺伝子が重要だと判明。これらの発見は、ADの新たな治療法開発につながる可能性があります。」

SMYD5 methylation of rpL40 links ribosomal output to gastric cancer
SMYD5によるrpL40のメチル化がリボソームの出力を胃がんに結びつける
「私たちの体内にあるリボソームというタンパク質合成工場には、L40という重要な部品があります。研究チームは、SMYD5という酵素がL40にメチル基を付ける(メチル化する)ことで、リボソームの働きを変え、胃がん細胞の増殖を促進することを発見しました。さらに、マウス実験でSMYD5を除去すると、胃がんの進行や転移が抑えられました。この発見は、SMYD5を標的とした新しい胃がん治療法の開発につながる可能性があります。タンパク質合成の仕組みを変えることでがんを抑える、という新しいアプローチが注目されています。」

TMEFF1 is a neuron-specific restriction factor for herpes simplex virus
TMEFF1は単純ヘルペスウイルスに対する神経細胞特異的な制限因子である
「脳には強力な防御システムが必要です。なぜなら、ウイルス感染による損傷は取り返しがつかないからです。この研究で発見されたTMEFF1というタンパク質は、脳の神経細胞だけに存在する「専門のセキュリティガード」のようなものです。単純ヘルペスウイルス1型が脳に侵入しようとすると、TMEFF1がウイルスの侵入口をブロックします。これは、ウイルスが使う「鍵」(nectin-1)と「ドアノブ」(NMHC-IIA/IIB)の両方に干渉することで実現しています。この発見は、脳炎などの深刻な合併症を防ぐ新しい治療法の開発につながる可能性があります。」

Spillover of highly pathogenic avian influenza H5N1 virus to dairy cattle
高病原性鳥インフルエンザH5N1ウイルスの乳牛への感染拡大
「これまで鳥類を中心に感染が確認されていた高病原性鳥インフルエンザH5N1ウイルスが、アメリカの複数州で乳牛にも感染していることが判明しました。感染した牛は食欲不振や呼吸困難、乳量減少などの症状を示し、乳汁からもウイルスが検出されました。さらに、感染した牛から健康な牛への感染も確認され、ウイルスが種の壁を越えて拡散する可能性が示唆されました。この発見は、ウイルスの進化と感染拡大のメカニズムを理解する上で重要な手がかりとなります。」

Isolation of a methyl-reducing methanogen outside the Euryarchaeota
Euryarchaeota門以外からのメチル還元型メタン生成菌の分離
「これまでメタン生成菌はEuryarchaeota門に限られると考えられていましたが、本研究ではThermoproteota門に属する新種のメタン生成菌を世界で初めて分離培養することに成功しました。この発見により、メタン生成能力を持つ生物の多様性が従来の認識を超えて広がっていることが明らかになりました。この新種のメタン生成菌は、水素を電子供与体として、メタノールやメチルアミンからメタンを生成します。この発見は、地球のメタン循環や炭素循環の理解を大きく進展させる可能性があります。」


要約

ウエストナイル脳炎ウイルスの受容体の変化がウイルスの人への感染性低下の原因だった。

https://doi.org/10.1038/s41586-024-07740-2

ウエストナイル脳炎ウイルス(WEEV)は20世紀前半に人や馬で多くの脳炎の流行を引き起こしたが、近年はその頻度が大幅に減少し、この20年に分離された株は1930年代や1940年代の株に比べて哺乳類での病原性が低い。本研究ではプロトカドヘリン10(PCDH10)がWEEVの細胞受容体であることを同定した。1930年代と1940年代に分離された複数の高病原性の古い株はPCDH10に加えて、もう一つの脳炎性アルファウイルスの受容体でもあるVLDLRとApoER2にも結合できた。一方、調べたほとんどの株はPCDH10に結合したが、最近の株の一つは哺乳類のPCDH10との結合能を失っていた一方で鳥類の受容体との結合能は保持していた。このことから、流行期における主な宿主への適応が示唆された。PCDH10はマウス大脳皮質ニューロンにおいてWEEV E2-E1糖タンパク質を介した感染を媒介し、可溶性PCDH10の投与はマウスを致死的なWEEV感染から防御した。本研究の結果は、医療対策の開発と再出現株のリスク評価に重要な意味を持つ。

事前情報

  • WEEVは20世紀前半に人や馬で多くの脳炎流行の原因となったが、近年その頻度は大幅に減少している。

  • ここ20年に分離されたWEEV株は1930~1940年代の株と比べ哺乳類での病原性が低い。

行ったこと

  • CRISPR-Cas9スクリーニングによりPCDH10がWEEVの細胞受容体であることを同定した。

  • 種々のWEEV株について受容体PCDH10、VLDLR、ApoER2への結合能を調べた。

  • PCDH10を発現させたマウス大脳皮質ニューロンにおけるWEEV感染とその阻害について調べた。

  • 可溶性PCDH10のマウスへの投与によるWEEV感染防御効果を調べた。

検証方法

  • CRISPR-Cas9スクリーニングによる受容体の同定

  • フローサイトメトリーによるウイルス感染の定量

  • バイオレイヤー干渉法によるウイルス粒子と受容体の結合解析

  • 共焦点顕微鏡によるウイルス粒子の細胞表面への結合と細胞内への侵入の観察

  • マウス感染実験によるin vivoでの感染防御効果の検証

分かったこと

  • PCDH10はWEEVの主要な細胞受容体である。

  • 古い高病原性株はPCDH10に加えてVLDLR、ApoER2にも結合できる。

  • 近年の株の一部はヒトのPCDH10への結合能を失っているが鳥類の受容体への結合能は保持している。

  • PCDH10は哺乳類の脳でのWEEV感染に重要である。

  • 可溶性PCDH10はマウスを致死的なWEEV感染から防御できる。

研究の面白く独創的なところ

  • 時代によるウイルスの受容体選択性の変化を明らかにした点

  • ウイルスの主要宿主への適応と流行の衰退をウイルス受容体の観点から説明した点

  • 複数の受容体への結合能の喪失がウイルスの病原性低下に関連する可能性を示した点

  • 受容体の同定が新たな抗ウイルス療法開発につながる可能性を示した点

この研究のアプリケーション

  • PCDH10を標的とした抗ウイルス薬や治療法の開発

  • WEEVの再出現リスクの評価

  • ウイルスの宿主域や病原性の決定における受容体の役割の理解

  • 他のアルファウイルスを含む種々のウイルスの受容体の同定

著者と所属
Wanyu Li (ハーバード大学医学大学院微生物学科)
Jessica A. Plante (テキサス大学医学部ガルベストン校新興ウイルス・アルボウイルス世界基準センター)
Jonathan Abraham (ハーバード大学医学大学院微生物学科)

詳しい解説
ウエストナイル脳炎ウイルス(WEEV)は蚊が媒介する人獣共通感染症の原因ウイルスで、ヒトでは無症候性から脳炎まで幅広い症状を引き起こす。特に乳児では致死率が50%にも達する。WEEVは20世紀前半にアメリカで大規模な流行を繰り返したが、その後流行の規模と頻度は大幅に減少し、近年分離された株のヒトや馬での病原性は低下している。本研究ではWEEVの細胞受容体の同定とその変遷を調べることで、このウイルスの衰退の分子基盤の解明を目指した。
ゲノムワイドのCRISPR-Cas9スクリーニングの結果、プロトカドヘリン10(PCDH10)がWEEVの主要な細胞受容体であることが明らかになった。PCDH10はデルタ2プロトカドヘリンの一つで脳に高発現しており、以前から他のアルファウイルスの受容体として知られていたLDLR関連タンパク質とは構造的な類似性がない。
次に様々なWEEV分離株についてPCDH10やLDLR関連タンパク質への結合能を調べたところ、1930~1940年代に分離された高病原性の古い株はPCDH10に加えてVLDLRやApoER2にも結合できることが分かった。一方、近年の株の多くはPCDH10のみに結合したが、2005年にアメリカで分離された株の中にはヒトのPCDH10への結合能を失っているものがあった。興味深いことに、この株は鳥類の受容体への結合能は保持していた。このことから、WEEVが流行期における主要宿主である鳥類に適応した結果、ヒトの受容体への結合能を失った可能性が示唆された。
PCDH10ノックアウトマウスから単離した大脳皮質ニューロンはPCDH10のみを認識する近年のWEEV株の感染を受けなかったが、古い株による感染は受けた。このことからPCDH10は哺乳類の脳におけるWEEV感染に重要であることが示された。さらに可溶性PCDH10をマウスに投与することで、致死的なWEEV感染から防御できることも明らかになった。
以上の結果から、WEEVの受容体結合性の変化、特にヒトの受容体への結合能の喪失が、このウイルスの衰退の一因となった可能性が示唆された。本研究は新興再興ウイルスの理解に重要な知見を提供するだけでなく、それらの制御法の開発にもつながる重要な成果だと言える。


アルツハイマー病の脳内6領域における130万個の細胞の単一核RNA解析による包括的解明

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07606-7

アルツハイマー病(AD)は世界で最も一般的な認知症の原因ですが、その病理学的進行を支える細胞経路は十分に解明されていません。この研究では、ADの有無にかかわらず48人の高齢者から283の死後脳サンプルを採取し、6つの異なる脳領域にわたる130万個の細胞の単一核トランスクリプトーム解析を行いました。

事前情報

  • ADは脳内のタンパク質凝集を特徴とし、特定のパターンで複数の脳領域に広がる

  • ADの病理学的進行に関与する細胞経路は十分に解明されていない

  • 単一細胞RNA解析技術の進歩により、複雑な組織の詳細な分子プロファイリングが可能になった

行ったこと

  • AD患者26人と非AD患者22人の死後脳サンプル283個を6つの脳領域から採取

  • 単一核RNA-seq法を用いて130万個の細胞の遺伝子発現プロファイルを取得

  • 76種類の細胞タイプを同定し、各タイプの遺伝子発現パターンを解析

  • AD病理との関連で細胞タイプごとの変化を調べた

  • 認知的レジリエンスに関わる遺伝子を探索

検証方法

  • 複数の統計手法を用いて差次的発現遺伝子を同定

  • 機能エンリッチメント解析で遺伝子セットの生物学的意味を推定

  • in situ hybridizationやマウスモデルを用いた実験的検証

  • 既存のGWAS研究結果との比較

分かったこと

  • 視床に特異的な抑制性ニューロンサブタイプ(MEIS2+FOXP2+)を発見

  • ADで特に脆弱な興奮性ニューロンサブタイプを同定(嗅内皮質と海馬に多い)

  • Reelinシグナル経路がニューロンの脆弱性に関与している可能性を示唆

  • アストロサイトの遺伝子発現変化がADの認知的レジリエンスと関連

この研究の面白く独創的なところ

  • 6つの脳領域を同時に解析し、領域間の違いを明らかにした点

  • 130万個という大規模な単一細胞データセットを構築した点

  • 認知的レジリエンスに着目し、それに関わる遺伝子を同定した点

  • アストロサイトのコリン代謝とポリアミン合成経路の重要性を発見した点

この研究のアプリケーション

  • ADの新たな治療標的の同定(例:Reelinシグナル経路)

  • 認知的レジリエンスを高める介入法の開発(コリンやポリアミン代謝を標的に)

  • ADの早期診断マーカーの開発

  • 脳領域特異的な治療アプローチの開発

著者と所属

  • Hansruedi Mathys - ピッツバーグ大学医学部

  • Carles A. Boix - マサチューセッツ工科大学

  • Leyla Anne Akay - マサチューセッツ工科大学

  • Li-Huei Tsai - マサチューセッツ工科大学

  • Manolis Kellis - マサチューセッツ工科大学

詳しい解説
本研究は、アルツハイマー病(AD)の病態を細胞レベルで包括的に理解することを目指した画期的な研究です。研究チームは、AD患者と非AD患者の死後脳サンプルから6つの重要な脳領域(嗅内皮質、海馬、前部視床、角回、中側頭皮質、前頭前皮質)を採取し、単一核RNA-seq法を用いて130万個もの細胞の遺伝子発現プロファイルを取得しました。
この大規模なデータセットにより、研究チームは76種類の細胞タイプを同定し、それぞれの特徴を詳細に解析しました。特筆すべき発見として、視床に特異的な抑制性ニューロンサブタイプ(MEIS2+FOXP2+)を同定しました。このサブタイプは、これまでの皮質領域の研究では見つかっていなかった新しいタイプの細胞です。
ADに関連する発見としては、特に嗅内皮質と海馬に存在する特定の興奮性ニューロンサブタイプがADで選択的に失われやすいことを明らかにしました。これらの脆弱なニューロンは、Reelinシグナル経路に関連する遺伝子を共通して発現していることが分かり、この経路がADにおけるニューロン脆弱性に関与している可能性が示唆されました。
さらに、本研究は「認知的レジリエンス」、すなわちAD病理が存在するにもかかわらず認知機能が保たれる現象に着目しました。アストロサイトにおけるコリン代謝とポリアミン合成に関わる遺伝子が、この認知的レジリエンスと強く関連していることを発見しました。この発見は、ADの予防や治療に新たな視点を提供する可能性があります。
本研究の独創性は、複数の脳領域を同時に解析し、大規模な単一細胞データセットを構築したことにあります。これにより、ADの病態を脳全体の文脈で理解することが可能になりました。また、認知的レジリエンスに着目したアプローチは、ADの新たな治療戦略の開発につながる可能性があります。
この研究成果は、ADの病態解明に大きく貢献するだけでなく、新たな治療標的の同定や早期診断マーカーの開発、さらには脳領域特異的な治療アプローチの開発など、幅広い応用可能性を秘めています。今後、これらの知見を基にした更なる研究や臨床応用が期待されます。


SMYD5によるリボソームタンパク質L40のメチル化が胃がんの悪性化を促進することを発見

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07718-0

胃がんは世界的に見て5番目に多いがん種で、3番目に高い死亡率を示しています。特に進行性の胃腺がん(GAC)は予後が悪く、新たな治療法の開発が急務となっています。本研究は、リボソームタンパク質L40(rpL40)のメチル化が胃がんの進行に重要な役割を果たすことを明らかにしました。

事前情報

  • ヒストンのリジンメチル化の異常は腫瘍形成に関与することが知られていた

  • リボソームに直接作用する同様の病原性エピジェネティックメカニズムは不明だった

  • SMYD5はリジンメチル化酵素の一種である

行ったこと

  • SMYD5の基質を同定するための生化学的・プロテオミクス戦略を開発

  • rpL40のリジン22(K22)がSMYD5によってトリメチル化されることを発見

  • SMYD5-rpL40K22me3経路の阻害が胃がん細胞に与える影響を解析

  • 胃がん患者のサンプルでSMYD5とrpL40K22me3の発現を調査

  • マウスモデルを用いてSMYD5欠損の影響を in vivo で検証

  • SMYD5抑制と他の治療法の併用効果を検討

検証方法

  • 生化学的分画とマススペクトロメトリーによるSMYD5基質の同定

  • ウェスタンブロットやin vitroメチル化アッセイによるrpL40K22メチル化の確認

  • ポリソームプロファイリングやリボソーム半減期解析によるタンパク質合成への影響評価

  • RNA-seqによる遺伝子発現解析

  • 免疫組織化学染色による患者サンプルでのSMYD5とrpL40K22me3発現解析

  • 家族性および散発性胃がんマウスモデルを用いたin vivo実験

  • 細胞株やPDXモデルを用いた増殖アッセイや薬剤感受性試験

分かったこと

  • SMYD5はrpL40のK22をトリメチル化する主要な生理的酵素である

  • SMYD5-rpL40K22me3経路の阻害は胃がん細胞のタンパク質合成プログラムを変化させ、がん遺伝子発現シグナチャーを抑制する

  • SMYD5とrpL40K22me3は胃がん患者サンプルで上昇しており、予後不良と相関する

  • マウスモデルでSMYD5を欠損させると、転移性疾患や腹膜がん腫症が抑制される

  • SMYD5抑制はPI3K-mTOR阻害剤やCAR-T細胞療法との併用で相乗効果を示す

研究の面白く独創的なところ

  • リボソームに直接作用するエピジェネティックメカニズムを初めて明らかにした

  • タンパク質合成の制御を介したがん進行の新たなメカニズムを発見した

  • SMYD5-rpL40K22me3経路が胃がんの悪性化に重要であることを包括的に示した

  • 基礎研究から臨床応用の可能性まで幅広い視点で研究を展開している

この研究のアプリケーション

  • SMYD5を標的とした新規胃がん治療薬の開発

  • SMYD5やrpL40K22me3を胃がんの予後バイオマーカーとして利用

  • PI3K-mTOR阻害剤やCAR-T細胞療法との併用療法の開発

  • リボソームを標的とした新たながん治療戦略の確立

著者と所属

  • Juhyung Park - Department of Biology, Stanford University, Stanford, CA, USA

  • Jibo Wu - Department of Experimental Radiation Oncology, The University of Texas MD Anderson Cancer Center, Houston, TX, USA

  • Or Gozani - Department of Biology, Stanford University, Stanford, CA, USA

  • Pawel K. Mazur - Department of Experimental Radiation Oncology, The University of Texas MD Anderson Cancer Center, Houston, TX, USA

詳しい解説
本研究は、リボソームタンパク質L40(rpL40)のメチル化が胃がんの進行に重要な役割を果たすことを明らかにした画期的な研究です。
研究チームは、まず生化学的・プロテオミクス的手法を用いて、リジンメチル化酵素SMYD5の主要な基質がrpL40であることを同定しました。SMYD5はrpL40のリジン22(K22)を特異的にトリメチル化することが分かりました。
次に、SMYD5-rpL40K22me3経路の阻害が胃がん細胞に与える影響を詳細に解析しました。その結果、この経路を阻害するとリボソームの動態が変化し、タンパク質合成プログラムが大きく変わることが明らかになりました。特に、がん遺伝子発現シグナチャーが抑制されることが分かりました。
さらに、胃がん患者のサンプルを調べたところ、SMYD5とrpL40K22me3の発現が上昇しており、予後不良と相関していることが分かりました。これは、この経路が実際のヒト胃がんの悪性化に関与していることを示唆しています。
マウスモデルを用いたin vivo実験では、SMYD5を欠損させると胃がんの転移や腹膜がん腫症が抑制されることが示されました。これは、SMYD5が胃がんの悪性進展に重要な役割を果たしていることを直接的に証明しています。
最後に、SMYD5抑制と他の治療法との併用効果を検討しました。その結果、SMYD5抑制はPI3K-mTOR阻害剤やCAR-T細胞療法との併用で相乗効果を示すことが分かりました。特に、通常は致死的な腹膜がん腫症モデルマウスにおいて、SMYD5抑制とPI3K-mTOR阻害、CAR-T細胞療法の3者併用が著効を示したことは注目に値します。
この研究の独創性は、リボソームに直接作用するエピジェネティックメカニズムを初めて明らかにした点にあります。これまで、ヒストンのメチル化異常ががんの発生に関与することは知られていましたが、リボソームタンパク質のメチル化ががんの進行を促進するという発見は新しいものです。
また、この研究は基礎研究から臨床応用の可能性まで幅広い視点で展開されています。SMYD5-rpL40K22me3経路の阻害が胃がんの増殖を抑制することを分子レベルから個体レベルまで一貫して示しており、さらに既存の治療法との併用効果まで検討しています。これは、基礎研究の成果を速やかに臨床応用につなげようとする意欲的な姿勢を示しています。
この研究成果は、SMYD5を標的とした新規胃がん治療薬の開発につながる可能性があります。また、SMYD5やrpL40K22me3を胃がんの予後バイオマーカーとして利用できる可能性も示唆されています。さらに、PI3K-mTOR阻害剤やCAR-T細胞療法との併用療法の開発にも道を開くものです。
より広い視点では、この研究はリボソームを標的とした新たながん治療戦略の可能性を示しています。タンパク質合成の制御を介してがんの進行を抑制するという新しいアプローチは、胃がん以外のがん種にも応用できる可能性があり、今後のがん研究に大きな影響を与えると考えられます。


脳の神経細胞に特異的に発現するTMEFF1タンパク質が単純ヘルペスウイルス1型の感染を防ぐ

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07670-z

単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)は脳炎を引き起こす可能性がある神経向性ウイルスである。研究者らは、ゲノムワイドCRISPRスクリーニングを用いてTMEFF1をHSV-1の制限因子として同定した。TMEFF1は中枢神経系の神経細胞に特異的に発現しており、I型インターフェロンによって制御されない。TMEFF1は、ウイルスの結合と細胞融合に関与するnectin-1およびNMHC-IIA/IIBとの相互作用を通じて、HSV-1の複製サイクルをウイルス侵入の段階でブロックする。Tmeff1ノックアウトマウスは、末梢ではなく脳においてHSV-1感染に対する感受性が増大した。この研究は、TMEFF1が中枢神経系におけるHSV-1複製を防ぐために不可欠な神経細胞特異的な制限因子であることを示している。

事前情報

  • HSV-1は神経向性ウイルスで、脳炎を引き起こす可能性がある

  • 神経細胞特異的な抗ウイルス因子の存在は不明だった

  • ゲノムワイドCRISPRスクリーニングは新規の宿主因子を同定するのに有用

行ったこと

  • ゲノムワイドCRISPRスクリーニングによるHSV-1制限因子の探索

  • TMEFF1の発現パターンと制御機構の解析

  • TMEFF1のHSV-1制限メカニズムの解明

  • Tmeff1ノックアウトマウスを用いたin vivo解析

検証方法

  • CRISPR/Cas9システムを用いたスクリーニングと遺伝子ノックアウト

  • RT-qPCR、ウエスタンブロット、免疫沈降法による発現解析

  • 共焦点顕微鏡や電子顕微鏡を用いた局在解析

  • プラークアッセイによるウイルス力価の定量

  • マウスを用いたin vivo感染実験

分かったこと

  • TMEFF1は中枢神経系の神経細胞に特異的に発現する

  • TMEFF1はI型インターフェロンによって制御されない

  • TMEFF1はnectin-1およびNMHC-IIA/IIBと相互作用する

  • TMEFF1はHSV-1の細胞侵入を阻害する

  • Tmeff1ノックアウトマウスは脳でのHSV-1感染に対して感受性が増大する

この研究の面白く独創的なところ

  • 神経細胞特異的な新規抗ウイルス因子の発見

  • 従来のインターフェロン系とは独立した防御機構の解明

  • ウイルス侵入を阻害する新しいメカニズムの提示

  • 中枢神経系特異的な防御機構の存在を示唆

この研究のアプリケーション

  • HSV-1脳炎に対する新たな治療法の開発

  • 神経細胞特異的な抗ウイルス薬の設計

  • 中枢神経系のウイルス感染に対する防御機構の理解の深化

  • 他の神経向性ウイルスに対する防御機構の研究への応用

著者と所属

  • Yao Dai - 上海交通大学システムバイオメディシン研究センター

  • Manja Idorn - オーフス大学生物医学部

  • Manutea C. Serrero - オーフス大学生物医学部

  • (他多数)

詳しい解説
本研究は、中枢神経系の神経細胞に特異的に発現するTMEFF1タンパク質が、単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)に対する新規の制限因子であることを明らかにしました。
研究者らは、ゲノムワイドCRISPRスクリーニングを用いてTMEFF1を同定しました。TMEFF1は中枢神経系の神経細胞に特異的に発現しており、従来の主要な抗ウイルス系であるI型インターフェロンによって制御されないことが分かりました。
TMEFF1の作用機序を詳しく調べたところ、HSV-1の細胞侵入に関与するnectin-1およびNMHC-IIA/IIBと相互作用することで、ウイルスの細胞侵入を阻害していることが明らかになりました。これは、ウイルスの「鍵」と「ドアノブ」の両方を同時にブロックするという、非常にユニークな防御機構です。
さらに、Tmeff1ノックアウトマウスを用いた実験では、脳におけるHSV-1感染に対する感受性が増大することが示されました。これは、TMEFF1が実際に生体内でも重要な防御因子として機能していることを示しています。
この発見は、中枢神経系に特異的な抗ウイルス防御機構の存在を示すとともに、HSV-1脳炎などの重篤な合併症に対する新たな治療法開発の可能性を開きます。また、他の神経向性ウイルスに対する防御機構の研究にも応用できる可能性があり、神経ウイルス学の分野に大きな影響を与えると考えられます。


高病原性鳥インフルエンザH5N1ウイルスが乳牛に感染し、種間伝播の可能性が示された衝撃的な発見

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07849-4

高病原性鳥インフルエンザH5N1ウイルスが乳牛に感染し、牛から牛への伝播も確認された。感染した牛は臨床症状を示し、乳汁からウイルスが検出された。ウイルスのゲノム解析により、鳥類や他の哺乳類との間で多方向の種間伝播が示唆された。

事前情報

  • 2022年1月以降、高病原性鳥インフルエンザH5N1ウイルスが米国で大規模な被害を引き起こしていた

  • これまでに哺乳類への感染例が報告されていた

  • 乳牛への感染と伝播は新たな発見である

行ったこと

  • 複数の州の乳牛群における高病原性鳥インフルエンザH5N1ウイルスの感染を調査

  • 感染牛の臨床症状を観察

  • 乳汁や組織からのウイルス検出と遺伝子解析

  • 免疫組織化学法とin situハイブリダイゼーションによるウイルスの組織分布調査

  • 疫学調査と遺伝子解析による伝播経路の追跡

検証方法

  • RT-PCRによるウイルスRNAの検出

  • ウイルスの分離培養

  • 全ゲノム配列解析

  • 免疫組織化学法とin situハイブリダイゼーション

  • 疫学データの収集と分析

分かったこと

  • 乳牛が高病原性鳥インフルエンザH5N1ウイルスに感染し、臨床症状を示す

  • 感染牛の乳汁からウイルスが検出される

  • ウイルスは乳腺胞上皮細胞に特異的な親和性を示す

  • 牛から牛への効率的な伝播が確認された

  • ウイルスの遺伝子解析により、鳥類や他の哺乳類との多方向の種間伝播が示唆された

研究の面白く独創的なところ

  • これまで主に鳥類で問題となっていたウイルスが、乳牛という新たな宿主に適応した可能性を示した

  • ウイルスの乳腺胞上皮細胞への特異的な親和性を発見し、乳汁を介した伝播の可能性を示唆した

  • 複数の動物種間でのウイルス伝播を包括的に調査し、種の壁を越えたウイルスの適応進化の過程を明らかにした

この研究のアプリケーション

  • 乳牛群における高病原性鳥インフルエンザの監視と予防策の強化

  • 乳製品の安全性確保のための新たな検査法の開発

  • ウイルスの種間伝播メカニズムの解明による、新たな感染症対策の開発

  • 畜産業におけるバイオセキュリティ対策の見直しと強化

著者と所属

  • Leonardo C. Caserta - コーネル大学獣医学部

  • Elisha A. Frye - コーネル大学獣医学部

  • Salman L. Butt - コーネル大学獣医学部

詳しい解説
この研究は、高病原性鳥インフルエンザH5N1ウイルスが乳牛に感染し、さらに牛から牛へと伝播する能力を獲得したことを示した画期的な報告です。これまで、H5N1ウイルスは主に鳥類に感染し、時折他の哺乳類にも感染することが知られていましたが、乳牛への感染と伝播は新たな発見です。
研究者たちは、アメリカの複数の州で乳牛の異常を調査し、H5N1ウイルスの感染を確認しました。感染した牛は、食欲不振、糞便の変化、呼吸困難、乳量の減少などの症状を示しました。特筆すべきは、感染牛の乳汁からウイルスが検出されたことです。これは、乳製品を介したウイルス伝播の可能性を示唆し、公衆衛生上の新たな懸念を提起しています。
さらに、免疫組織化学法とin situハイブリダイゼーションを用いた詳細な調査により、ウイルスが乳腺胞の上皮細胞に特異的に感染することが明らかになりました。この発見は、ウイルスが新たな宿主に適応するメカニズムを理解する上で重要な手がかりとなります。
研究チームは、感染した牛群から健康な牛群への移動後に新たな感染が確認されたことから、牛から牛への効率的な伝播も実証しました。さらに、ウイルスの全ゲノム配列解析により、牛、鳥類、家猫、アライグマなど、様々な動物種の間でウイルスが多方向に伝播していることが示唆されました。
この研究結果は、高病原性鳥インフルエンザウイルスが従来の宿主の範囲を超えて適応し、新たな生態学的ニッチを獲得する可能性を示しています。これは、ウイルスの進化と種間伝播のメカニズムを理解する上で非常に重要な知見であり、今後の感染症対策や畜産業におけるバイオセキュリティの強化に大きな影響を与えると考えられます。


Euryarchaeota門以外から初めてメチル還元型メタン生成菌を分離培養

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07728-y

本研究では、石油田からThermoproteota門に属する新種のメタン生成古細菌LWZ-6株を分離培養することに成功しました。この株は、水素依存的なメチル還元型メタン生成を行う能力を持っており、メタノールやモノメチルアミンを電子受容体として利用します。ゲノム解析により、この株がMethanosuratincolia綱に属することが明らかになりました。さらに、Methanosuratincolia綱に属する他の未培養系統群のメタゲノム解析により、水素依存的メチル還元型メタン生成が広く分布していることが示唆されました。この発見は、メタン生成菌の多様性が従来考えられていたよりも広範囲に及ぶことを示しており、地球のメタン循環や炭素循環の理解に新たな視点をもたらします。

事前情報

  • メタン生成古細菌は、メタン排出の主要な寄与者であり、炭素循環と地球温暖化に重要な役割を果たす

  • これまでメタン生成菌はEuryarchaeota門に限定されると考えられていた

  • メタゲノム研究により、他の古細菌系統群にもメチルCoM還元酵素複合体をコードする遺伝子が存在することが明らかになった

  • しかし、これらの非Euryarchaeota系統のメタン生成菌の実験室培養はまだ行われていなかった

行ったこと

  • 石油田から新規の古細菌LWZ-6株を分離培養

  • LWZ-6株の生理学的特性を調査

  • LWZ-6株のゲノム解析を実施

  • Methanosuratincolia綱に属する他の未培養系統群のメタゲノム解析を実施

検証方法

  • 連続的な継代培養と抗生物質処理によるLWZ-6株の純粋分離

  • メタン生成活性と生育動態の測定

  • 全ゲノムシーケンシングとアノテーション

  • 比較ゲノム解析

  • トランスクリプトーム解析

分かったこと

  • LWZ-6株はThermoproteota門Methanosuratincolia綱に属する新種のメタン生成古細菌である

  • LWZ-6株は水素依存的なメチル還元型メタン生成を行う

  • メタノールとモノメチルアミンを電子受容体として利用できる

  • 糖、ペプチド、アミノ酸の発酵能力は持たない

  • エネルギー代謝はメタン生成のみに依存している

  • 水素依存的メチル還元型メタン生成はMethanosuratincolia綱に広く分布している

研究の面白く独創的なところ

  • Euryarchaeota門以外から初めてメタン生成菌を分離培養することに成功した

  • メタン生成能力を持つ生物の多様性が従来の認識を超えて広がっていることを実証した

  • 水素依存的メチル還元型メタン生成が、新たに発見されたメタン生成菌群に広く分布していることを明らかにした

この研究のアプリケーション

  • 地球のメタン循環と炭素循環の理解の深化

  • メタン排出源の多様性に関する新たな知見の提供

  • 気候変動モデルの精緻化への貢献

  • 新たなメタン生成菌を利用したバイオガス生産技術の開発の可能性

著者と所属

  • Kejia Wu - Key Laboratory of Development and Application of Rural Renewable Energy, Biogas Institute of Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Chengdu, China

  • Lei Zhou - Key Laboratory of Development and Application of Rural Renewable Energy, Biogas Institute of Ministry of Agriculture and Rural Affairs, Chengdu, China

  • Guillaume Tahon - Laboratory of Microbiology, Wageningen University and Research, Wageningen, The Netherlands

詳しい解説
本研究は、メタン生成古細菌の多様性と分布に関する従来の理解を大きく覆す画期的な発見をもたらしました。これまで、メタン生成能力はEuryarchaeota門に限定されると考えられていましたが、本研究ではThermoproteota門に属する新種のメタン生成菌LWZ-6株の分離培養に世界で初めて成功しました。
LWZ-6株は、中国の石油田から分離された好熱性の古細菌で、Methanosuratincolia綱に分類されます。この株は、水素を電子供与体とし、メタノールやモノメチルアミンを電子受容体として利用する水素依存的メチル還元型メタン生成を行います。興味深いことに、LWZ-6株は糖やアミノ酸の発酵能力を持たず、そのエネルギー代謝はメタン生成のみに依存しています。
ゲノム解析とトランスクリプトーム解析により、LWZ-6株のメタン生成経路が詳細に明らかにされました。さらに、比較ゲノム解析を通じて、水素依存的メチル還元型メタン生成能力がMethanosuratincolia綱に広く分布していることが示唆されました。
この発見は、メタン生成菌の進化と生態学的役割に関する新たな洞察をもたらします。Euryarchaeota門以外にもメタン生成能力が存在することが実証されたことで、地球のメタン循環や炭素循環に関する理解を再考する必要が生じました。また、これまで見落とされていた可能性のある新たなメタン生成菌群の存在は、全球的なメタン排出量の推定や気候変動モデルの精緻化にも影響を与える可能性があります。
今後の研究では、Methanosuratincolia綱やその他の非Euryarchaeota系統のメタン生成菌の生態学的役割や環境中での分布をより詳細に調査することが重要になるでしょう。また、これらの新たなメタン生成菌を利用したバイオガス生産など、応用研究への展開も期待されます。
本研究は、微生物学の分野に新たな地平を開くとともに、地球規模の生物地球化学的循環の理解を深化させる重要な一歩となりました。



最後に
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