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論文まとめ360回目 Nature 電気化学的に合成した低コストな水酸化物担持炭素素材による大気中CO2の直接回収!?など
科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。
さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。
一口コメント
Fault-network geometry influences earthquake frictional behaviour
断層ネットワークの形状が地震の摩擦挙動に影響を与える
「地震を起こす断層がなぜ急に滑ったり、ゆっくり滑ったりするのか、その謎に迫った研究です。カリフォルニアの断層を調べたところ、断層のネットワークが複雑だと急に滑りやすく、単純だとゆっくり滑りやすいことがわかりました。断層の形の複雑さが、滑り方のカギを握っているようです。この発見は、地震の仕組みの理解に新しい視点をもたらしてくれそうです。」
Injectable ultrasonic sensor for wireless monitoring of intracranial signals
注射型超音波センサーによる頭蓋内信号のワイヤレスモニタリング
「この研究では、注射で脳に埋め込める超小型センサーを開発しました。このセンサーは、特殊なハイドロゲルでできた2mm角の立方体で、脳の圧力や温度、pHなどを超音波を使ってワイヤレスに測定できます。脳への注射後、体内で分解されるので安全です。将来、脳外傷や病気の治療に役立つ画期的な技術と言えそうです。」
Capturing carbon dioxide from air with charged-sorbents
電荷を帯びた吸着剤による大気中二酸化炭素の回収
「この研究では、炭素電極に電気を流すことで水酸化物イオンを蓄積させ、低コストで大気中のCO2を効率的に回収できる新しい吸着剤を開発しました。この吸着剤は90〜100°Cの低温で再生でき、導電性があるためジュール加熱による直接再生が可能です。」
Epigenetic inheritance of diet-induced and sperm-borne mitochondrial RNAs
父親の食事に誘導された精子内ミトコンドリアRNAのエピジェネティックな遺伝
「父親がハイファット食を食べると、精子のミトコンドリアにある特殊なRNA(mt-tRNA)の量が増えます。このRNAは受精の際に卵子に渡され、将来生まれてくる息子のエネルギー代謝に影響を与えます。つまり父親の食生活が、生まれてくる息子の健康を左右するのです。ミトコンドリアRNAを介した世代を超えた遺伝のメカニズムの一端が明らかになりました。」
Senescent glia link mitochondrial dysfunction and lipid accumulation
老化グリア細胞はミトコンドリア機能不全と脂質蓄積をつなぐ
「脳は神経細胞とグリア細胞から成り立っています。加齢に伴い、神経細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアの働きが低下すると、グリア細胞が老化のサインを示すようになります。老化したグリア細胞は周りの健康なグリア細胞に作用し、脂質を蓄積させることがショウジョウバエの実験で明らかになりました。老化グリア細胞の活性を適度に抑制することで、脂質蓄積を防ぎ寿命を延ばせることも分かりました。ヒトの脳でも同様の現象が起こっている可能性があり、アルツハイマー病などの治療に役立つかもしれません。」
要約
断層のネットワーク構造がクリープ挙動を左右する
カリフォルニアの主要な断層に沿った断層のずれと地表のクリープ速度を調査したところ、クリープ挙動を示す断層群は断層ネットワークの形状のずれが小さいことが明らかになりました。この観察結果は、クリープ領域の地表断層トレースは単純である傾向があるのに対し、ロック領域はより複雑である傾向があることを示しています。複雑な断層ネットワーク形状の存在は、地震で特徴づけられるスティックスリップ挙動を促進する幾何学的ロックをもたらし、より単純な形状は滑らかな断層クリープを促進すると提案しています。
事前情報
断層の安定性を支配する要因を理解することは、断層力学における重要な問題である。
最近の実験や数値モデルでは、断層の形状と粗さが断層のすべり挙動に重要であることが強調されている。
断層ネットワークの大規模な複雑性が断層破壊過程に重要な役割を果たしているという証拠が出てきている。
行ったこと
カリフォルニア州の断層ネットワーク形状と地表クリープ速度の関係を調査した。
断層の複雑さを定量化するために、断層のずれ指標を導入した。
クリープ領域とロック領域の断層ネットワーク形状の違いを比較した。
検証方法
地表のクリープ速度データと地表断層のトレースデータを使用した。
円内の断層セグメントの方位のばらつきを計算し、断層のずれ指標とした。
クリープ速度と断層のずれの相関を調べ、クリープ領域とロック領域で比較した。
分かったこと
クリープ挙動を示す断層群は、断層ネットワークの形状のずれが小さい。
クリープ領域の地表断層トレースは単純で、ロック領域はより複雑である。
複雑な断層ネットワーク形状はスティックスリップ挙動を促進し、単純な形状はクリープを促進する。
研究の面白く独創的なところ
断層ネットワークの幾何学的複雑性と地震すべり挙動の関係を明らかにした初の研究である。
従来の断層の摩擦特性で説明されていたクリープ現象に、新たな幾何学的視点を提供した。
断層の複雑さを定量化する新しい指標を導入し、クリープとの相関を見出した。
この研究のアプリケーション
断層ネットワークの形状から、断層のすべり挙動を予測できる可能性がある。
地震ハザード評価における断層の幾何学的複雑性の考慮の重要性を示唆している。
断層の力学モデルに幾何学的効果を取り入れることで、より現実的なシミュレーションが可能になるかもしれない。
著者と所属
Jaeseok Lee - ブラウン大学
Victor C. Tsai - ブラウン大学
Greg Hirth - ブラウン大学
詳しい解説
この研究は、断層のすべり挙動における断層ネットワークの幾何学的複雑性の重要性を明らかにしました。カリフォルニア州の主要な断層を対象に、地表のクリープ速度と断層のずれ指標を調べたところ、クリープを示す断層群は断層ネットワークの形状がより単純であることがわかりました。一方、ロックされた断層群は複雑な形状を示しました。
この結果は、断層の幾何学的複雑性がスティックスリップ挙動を促進し、地震を引き起こしやすくする一方で、単純な形状はゆっくりとしたクリープを促進することを示唆しています。つまり、断層の形状がすべり挙動を左右する重要な要因であることが明らかになったのです。
この発見は、従来の断層の摩擦特性に基づく説明とは異なる、新しい視点を提供しています。断層の力学モデルに幾何学的効果を取り入れることで、より現実的なシミュレーションが可能になるかもしれません。また、断層ネットワークの形状から、断層のすべり挙動をある程度予測できる可能性も示唆されています。
この研究は、地震の発生メカニズムの理解に新しい洞察をもたらし、地震ハザード評価における断層の幾何学的複雑性の重要性を浮き彫りにしました。断層の形という基本的な情報から、そのすべり挙動が推定できるというのは非常に興味深い発見です。今後、この知見を活かして、より正確な地震予測や防災対策につなげていくことが期待されます。
頭の中をワイヤレスで見張る注射型超音波センサー
頭蓋内の生理学的状態を直接かつ正確にモニタリングすることは、傷害の描写、予後予測、疾患の回避において非常に重要である。有線の臨床機器は正確だが、感染や患者の動きの制限、除去時の手術合併症のリスクがある。ワイヤレス埋め込みデバイスは操作の自由度が高いが、検出範囲が限られ、生分解性が悪く、体内での小型化が難しいなどの問題がある。本研究では、頭蓋内信号の超音波モニタリングのための、注射可能で生分解性のあるワイヤレスのメタ構造ハイドロゲル(メタゲル)センサーを提案する。メタゲルセンサーは一辺2mmの立方体で、生分解性および刺激応答性ハイドロゲルと、特定の音響反射スペクトルを持つ周期的に配列された空気柱を含む。穿刺針で頭蓋内に埋め込まれたメタゲルは、生理学的環境の変化に応じて変形し、反射超音波のピーク周波数シフトを引き起こし、外部の超音波プローブでワイヤレスに測定できる。メタゲルセンサーは、頭蓋内圧、温度、pH、流量を独立して検出でき、検出深度は10cmで、18週間でほぼ完全に分解される。ラットおよびブタでの動物実験から、従来の非吸収性有線臨床機器に匹敵する有望な多変量センシング性能が示された。
事前情報
頭蓋内の生理学的状態を直接かつ正確にモニタリングすることは重要だが、現在の方法には課題がある
有線機器は正確だが感染リスクなどの問題あり
ワイヤレス機器は自由度が高いが検出範囲が狭い、生分解性が悪い、小型化が難しいなどの課題あり
行ったこと
注射可能で生分解性のあるワイヤレスのメタ構造ハイドロゲル(メタゲル)センサーを開発
メタゲルは生分解性・刺激応答性ハイドロゲルと周期的空気柱からなる2mm立方体
穿刺針で頭蓋内に埋め込み、環境変化によるメタゲル変形を反射超音波のピークシフトとしてワイヤレス検出
検証方法
メタゲルセンサーの頭蓋内圧、温度、pH、流量の独立検出能力を評価
検出深度、生分解性をテスト
ラットおよびブタでの動物実験で多変量センシング性能を従来機器と比較
分かったこと
メタゲルは頭蓋内圧、温度、pH、流量を独立して検出可能
検出深度は10cm、18週間でほぼ完全に生分解
動物実験で従来の有線機器に匹敵する多変量センシング性能を確認
研究の面白く独創的なところ
注射可能なセンサーを実現し、感染リスクや除去の手術リスクを解消
メタ構造により多変量検出と高い空間分解能の両立に成功
生分解性を持たせることで長期的な安全性を担保
この研究のアプリケーション
頭部外傷や脳疾患の診断・治療のモニタリングへの応用
脳-機械インターフェースなど次世代医療技術への展開
生分解性ワイヤレスセンサーの他部位への応用の可能性
著者と所属
Hanchuan Tang, Yueying Yang, Zhen Liu (School of Integrated Circuits/Wuhan National Laboratory for Optoelectronics, Huazhong University of Science and Technology, 中国) et al.
詳しい解説
本研究では、頭蓋内の生理学的状態をワイヤレスでモニタリングするための、注射可能な超小型メタゲルセンサーを開発した。このセンサーは、一辺2mmの立方体で、生分解性と刺激応答性を持つハイドロゲルと、一定の音響反射スペクトルを持つ周期的な空気柱から構成されている。穿刺針によって頭蓋内に注入されたメタゲルセンサーは、圧力、温度、pHなどの環境変化に応じて変形し、反射超音波のピーク周波数シフトを生じる。このシフトを体外の超音波プローブで検出することで、頭蓋内の各種パラメーターをワイヤレスかつ独立に測定できる。
メタゲルセンサーの大きな利点は、注射による低侵襲な導入、ワイヤレスでの自由度の高い計測、生体適合性の高い材料設計、体液による自然分解性にある。これにより、感染リスクや患者の行動制限といった従来の有線機器の問題点を解消し、長期の安全なモニタリングが可能になる。またメタ構造を利用することで、複数の情報を一つのセンサーで検出でき、高い空間分解能を実現している。
ラットおよびブタを用いた実験では、埋め込み後にメタゲルセンサーで頭蓋内の圧力、温度などの変化を高感度に検出し、従来の有線機器に匹敵する性能が確認された。一方で生体内で約18週間で分解され、長期的な安全性も担保できた。マルチモーダルな生体情報のリアルタイム計測は、脳外傷の診断や脳疾患の治療のモニタリング、さらには脳とコンピューターをつなぐBMIなどの開発に貢献すると期待される。本研究は、メタマテリアルと生分解性材料を融合した独創的なセンシングデバイスの設計により、低侵襲で安全な埋め込み型ワイヤレスセンサーの実現可能性を示した画期的な成果と言える。
電気化学的に合成した低コストな水酸化物担持炭素素材による大気中CO2の直接回収
この研究では、安価な活性炭布電極を6M水酸化カリウム水溶液中で正に帯電させることにより、炭素の細孔内に水酸化物イオンを蓄積させた新しい吸着剤”charged-sorbent”を電気化学的に合成しました。得られた吸着剤PCS-OHは、蓄積された水酸化物イオンと二酸化炭素が(重)炭酸塩を形成する化学吸着により、低分圧で優れた二酸化炭素吸着能を示しました。PCS-OHは大気中から直接CO2を回収でき、90-100°Cの低温で再生可能です。また導電性を有するため、別の加熱装置なしに直接ジュール加熱による再生が可能です。charged-sorbentは安価な原料から合成でき、電解質や電極の選択により構造を容易に制御できる新しい材料群です。
事前情報
排出削減と大気中の温室効果ガス除去の両方がネットゼロ達成に必要
現行技術の限界を克服する低コストで低温再生可能な大気中CO2直接回収用吸着剤が求められている
水酸化物ベースのスクラバーが有望だが、高温再生や天然ガス使用などの課題がある
行ったこと
電気化学的にポーラス炭素電極に水酸化物イオンを蓄積させcharged-sorbentを合成
活性炭布をKOH水溶液中で正に帯電させ、水酸化物担持charged-sorbent (PCS-OH)を調製
PCS-OHの構造、CO2吸着特性、直接空気回収性能、ジュール加熱再生を評価
検証方法
NMR、滴定、元素分析で水酸化物の蓄積を確認
CO2吸着等温線、微小熱量測定、NMRでCO2吸着メカニズムを検証
実環境試験、サイクル試験で直接空気回収性能と安定性を評価
導電性を利用したジュール加熱による再生を実証
分かったこと
PCS-OHは低分圧でCO2化学吸着により高い吸着能を示す
蓄積水酸化物と(重)炭酸塩形成によりCO2を化学吸着
実大気条件下でCO2を400ppmから25ppmまで減少
90-100°Cの低温かつジュール加熱による高速再生が可能
活性炭とKOHから低コストに合成可能
研究の面白く独創的なところ
電気化学的合成により炭素細孔内に高分散水酸化物を蓄積
低コストな炭素・電解質から、容易に構造制御可能な新材料群
低温再生可能で、ジュール加熅による高速再生を実証
吸着剤の導電性を利用し、再生に再エネ電力のみを使用
この研究のアプリケーション
再生可能電力のみを用いた高速温度スイング直接空気回収プロセス
電極・電解質の選択による多様な吸着・分離プロセスへの展開
触媒などcharged-sorbentの他分野への応用
著者と所属
Huaiguang Li, Alexander C. Forse (University of Cambridge) Mary E. Zick, Phillip J. Milner (Cornell University)
Matteo Signorile, Valentina Crocellà (University of Torino)
詳しい解説
この研究は、電気化学的に合成したcharged-sorbentという新しい吸着剤を用いて、大気中のCO2を効率的に回収する技術を開発したものです。Charged-sorbentは、ポーラスな炭素電極を電解質溶液中で帯電させることにより、炭素の細孔内にイオンを蓄積させた材料です。ここでは安価な活性炭布電極を6M水酸化カリウム水溶液中で正に帯電させることで、炭素細孔内に反応性の高い水酸化物イオンを導入し、水酸化物担持charged-sorbent (PCS-OH)を調製しました。
PCS-OHは、蓄積された水酸化物イオンとCO2が(重)炭酸塩を形成する化学吸着により、低分圧のCO2に対して高い吸着能を示しました。固体NMRや微小熱量測定により、この化学吸着メカニズムが明らかにされました。さらにPCS-OHを用いて実際の大気条件下でCO2回収実験を行ったところ、CO2濃度を400ppmから25ppmまで大幅に低減できることが実証されました。
従来の水酸化物系吸着剤の課題であった高温再生については、PCS-OHでは炭素細孔内に高分散した水酸化物を利用することで90-100°Cの低温で再生可能であることが示されました。さらにPCS-OHは導電性を有するため、別の加熱装置を用いずに直接ジュール加熱による高速再生が可能であり、再生に必要なエネルギーを大幅に削減できる点が大きな特長です。
Charged-sorbentは、安価な炭素材料と電解質から構成され、電極や電解質の選択により吸着特性を容易に制御できる新しい材料群といえます。本研究で実証されたCO2回収以外にも、さまざまな吸着・分離プロセスや触媒など幅広い分野への展開が期待されます。特に、吸着剤の導電性を利用して再生可能電力のみを用いた省エネルギーな温度スイング吸脱着プロセスを実現できる点は、CO2回収をはじめとする様々な化学プロセスの革新につながる可能性を秘めています。
父親の肥満は精子のミトコンドリアRNAを介して息子の代謝に影響を与える
父親の肥満が息子の代謝に影響を及ぼすことは知られていたが、そのメカニズムは不明だった。本研究では、父親をハイファット食で飼育したところ、精子のミトコンドリアtRNA(mt-tRNA)の発現と断片化が亢進した。このmt-tRNAは受精時に卵子へと受け渡され、胚発生初期の遺伝子発現に影響を与えた。その結果、生まれてきた雄の仔マウスでは、グルコース不耐性とインスリン抵抗性を示す個体が現れた。ヒトでも、父親のBMIと精子mt-tRNA量の間に正の相関があり、父親が肥満だと息子の肥満リスクが倍増することが示された。mt-tRNAを介した世代を超えた代謝制御の仕組みが明らかになった。
事前情報
父親の肥満は、息子の肥満リスクを高める
精子にはダイナミックな短鎖non-coding RNA(sncRNA)プールが存在する
精子のsncRNAは環境の影響を受けて変化し、次世代に影響を与える
行ったこと
父マウスにハイファット食を2週間与え、精子と仔マウスへの影響を調べた
精巣上体精子は影響を受けたが、精巣内生殖細胞は影響を受けなかった
ヒト精子サンプルでBMIとsncRNA量の関連を調べた
ミトコンドリア機能に関わる遺伝子変異マウスの表現型とsncRNAを調べた
検証方法
父マウスの表現型解析(体重・体組成・グルコース耐性)
仔マウスの表現型解析(体重・体組成・グルコース/インスリン耐性)
精子のsncRNA-seq解析
異系統マウス間でのIVFによる1細胞期胚の1細胞RNA-seq解析
ヒト精子サンプルのsncRNA-seq解析
IMPCデータベースから、ミトコンドリア関連遺伝子変異の表現型データ収集
分かったこと
父マウスのハイファット食摂取により、精巣上体精子のmt-tRNAとその断片(mt-tsRNA)が増加した
精子mt-tRNAは受精時に卵子に受け渡され、胚発生初期の遺伝子発現を変化させた
生まれた雄仔マウスの約30%でグルコース不耐性とインスリン抵抗性を示した
ヒト精子mt-tsRNA量は父親のBMIと正の相関があった
父親の肥満は息子の肥満リスクを倍増させ、代謝を悪化させた
ミトコンドリア機能不全により精子mt-tsRNAが増加し、仔の代謝表現型が再現された
研究の面白く独創的なところ
父親の急性的な肥満が精子のmt-tRNAを変化させ、仔の代謝に影響することを示した
異系統マウス間IVFによりmt-tRNAの親由来を特定し、父からの遺伝を証明した
ミトコンドリア機能と精子mt-tRNAの関連を示唆し、メカニズムの手がかりを得た
マウスとヒトの両方で一貫した結果を示し、ヒトでの意義を明らかにした
この研究のアプリケーション
父親の健康状態が子の代謝に影響することの重要性を示す
精子mt-tRNAを父性エピゲノム遺伝のマーカーとして利用できる可能性
父性出生前要因の改善による、子の代謝疾患予防戦略への応用
著者と所属
A. Tomar, M. Gomez-Velazquez, R. Gerlini (ドイツ環境健康研究センター実験遺伝学研究所)
A. Körner (ライプツィヒ大学医学部)
N. Kotaja (トゥルク大学生物医学研究所)
詳しい解説
本研究は、父親の急性的な肥満が、精子のミトコンドリアtRNA(mt-tRNA)を介して息子の代謝に影響を与えるメカニズムを明らかにしました。
まず、父マウスにハイファット食を2週間与えたところ、精巣上体に存在する成熟精子のmt-tRNAとその断片(mt-tsRNA)の発現量が増加しましたが、精巣内の発生途上の生殖細胞は影響を受けませんでした。このmt-tRNAとmt-tsRNAは受精の際に卵子に受け渡され、胚発生初期の遺伝子発現を変化させました。その結果、生まれてきた雄の仔マウスの約30%で、成長後にグルコース不耐性とインスリン抵抗性を示しました。
一方、ヒトにおいても、父親のBMIと精子mt-tsRNA量の間に正の相関がみられ、父親が肥満だと息子の肥満リスクが倍増し、インスリン感受性が悪化することが分かりました。
さらに、ミトコンドリアの機能に関わる遺伝子に変異をもつマウスの解析から、ミトコンドリア機能不全により精子mt-tsRNAが増加し、仔の代謝表現型が再現されることが示唆されました。
以上から、父親の食生活が引き起こす一過性の肥満であっても、精子のmt-tRNAを変化させ、それが世代を超えて息子のエネルギー代謝に影響を及ぼすことが明らかになりました。本研究は、父親の健康が子の健康に影響する重要性を示すとともに、mt-tRNAを介した父性エピゲノム遺伝のメカニズムの一端を解明しました。今後、このメカニズムに基づいた子の代謝疾患予防戦略の開発が期待されます。
神経細胞のミトコンドリア機能低下がグリア細胞の老化を引き起こし脂質蓄積を促進する
加齢に伴い、ショウジョウバエの脳では一部のグリア細胞にAP1転写因子の活性化が見られ、これらの細胞は老化細胞のバイオマーカーや特徴を示した。RNA-seqと標的RNAi スクリーニングから、神経細胞の特定のミトコンドリア遺伝子の発現低下がグリア細胞の老化を引き起こすことが分かった。グリアのAP1活性を適度に抑制すると、老化バイオマーカーが減少し、脂質蓄積が起こらなくなり、ハエの寿命と健康寿命が延びた。一方で、脳の酸化ストレスマーカーは増加した。老化グリア細胞には遊離脂肪酸が豊富だが、非老化グリア細胞にはトリグリセリドと脂肪滴が豊富に存在した。培養ヒト線維芽細胞でも、老化細胞のAP1活性が非老化細胞の脂肪滴形成を促進した。
事前情報
ショウジョウバエの脳は加齢に伴い、一部のグリア細胞でAP1転写因子の活性化が見られる。
哺乳類では、老化細胞を除去すると健康寿命と寿命が延びる。
老化細胞がなぜ in vivo で形成されるのか、組織の老化にどう影響するのか、除去の効果は不明。
行ったこと
ショウジョウバエ脳で自然発生する老化グリア細胞を同定し、由来と影響を調べた。
RNA-seqと標的RNAiスクリーニングで、神経細胞のミトコンドリア機能不全がグリアの老化を引き起こすことを突き止めた。
老化グリアのAP1活性を適度に抑制し、その効果を調べた。
老化/非老化グリアと神経で脂質プロファイリングを行った。
ヒト線維芽細胞でAP1の役割を調べた。
検証方法
AP1活性をモニターする遺伝子レポーター系ハエを用いた。
FACS で神経、非老化グリア、老化グリアを単離し、RNA-seq と脂質プロファイリングを行った。
遺伝学的手法で標的遺伝子をノックダウンし表現型を調べた。
薬理学的、遺伝学的にグリアのAP1活性を抑制し、寿命や酸化ストレスマーカーへの影響を調べた。
ヒト線維芽細胞を放射線照射で老化させ、AP1をノックダウンして非老化細胞への影響を調べた。
分かったこと
神経細胞のミトコンドリア機能低下がグリア細胞の老化を引き起こす。
老化グリア細胞は非老化グリア細胞に作用し、脂質滴の蓄積を促進する。
グリアのAP1活性を適度に抑制すると、老化バイオマーカー減少、寿命延長、脂質蓄積抑制の効果がある。
ただし、AP1抑制は脳の酸化ストレスマーカーを増加させ、神経のミトコンドリア機能は改善しない。
ヒト線維芽細胞でも、老化細胞のAP1活性が非老化細胞の脂質滴形成を促進した。
研究の面白く独創的なところ
ショウジョウバエ脳で自然発生する老化グリア細胞を初めて同定し、詳細に解析した点。
神経細胞から老化シグナルを受けてグリア細胞が老化することを見出した点。
老化グリア細胞が非老化グリア細胞の脂質代謝を変化させることを突き止めた点。
グリア老化を適度に抑制することで、脳の老化と寿命に良い影響があることを示した点。
この研究のアプリケーション
グリア細胞の老化を標的とした抗老化治療法の開発。
アルツハイマー病など加齢性神経変性疾患の発症メカニズム解明と治療法開発。
神経細胞-グリア細胞連関による脳機能制御メカニズムの理解。
ヒトを含む他の生物種での老化グリア細胞の役割解明。
著者と所属
China N. Byrns - ペンシルベニア大学医学系大学院
Alexandra E. Perlegos - ペンシルベニア大学神経科学大学院
Nancy M. Bonini - ペンシルベニア大学生物学科、神経科学大学院
詳しい解説
ショウジョウバエの脳では、加齢に伴って一部のグリア細胞にAP1転写因子の活性化が見られ、これらの細胞は老化細胞のバイオマーカーや特徴を示すことが分かりました。RNA-seqと標的RNAiスクリーニングから、神経細胞の特定のミトコンドリア遺伝子の発現が低下すると、DNA損傷が蓄積して神経細胞のアイデンティティが失われ、周囲のグリア細胞の老化が引き起こされることが明らかになりました。
次に研究チームは、老化グリア細胞のAP1活性を遺伝学的に抑制しました。適度な抑制により、老化バイオマーカーが減少し、ハエの寿命と健康寿命が延びることが分かりました。また興味深いことに、老化グリア細胞を抑制すると脳内の脂質蓄積が減少しました。FACS分取した細胞の脂質プロファイリングから、老化グリア細胞には遊離脂肪酸が豊富に存在する一方、非老化グリア細胞にはトリグリセリドと脂肪滴が蓄積していることが判明しました。ヒト線維芽細胞を用いた実験からも、老化細胞のAP1活性が非老化細胞の脂肪滴形成を促進することが裏付けられました。
ただし、グリアのAP1抑制は万能ではなく、脳の酸化ストレスマーカーを増加させる副作用がありました。また、神経細胞のミトコンドリア機能不全は改善されませんでした。
本研究は、脳老化のメカニズムを細胞レベルで理解する上で重要な知見を提供しています。神経細胞の機能低下がグリア細胞の老化を引き起こし、さらに老化グリア細胞が周囲の細胞の代謝を変化させて脳の老化を加速するという悪循環が浮き彫りになりました。グリア細胞の老化を適度に抑制することは抗老化治療の標的になる可能性がありますが、神経保護との組み合わせが必要だと考えられます。今後、ヒトを含む他の生物種でのグリア老化の役割解明が期待されます。
最後に
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