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論文まとめ335回目 Nature GLP-1を用いたNMDA受容体拮抗による肥満治療法!?など
科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。
さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。
一口コメント
Creation of memory–memory entanglement in a metropolitan quantum network
ヒト三都市圏量子ネットワークにおける量子メモリ間エンタングルメントの生成
「将来の量子インターネットの実現に向け、大規模な量子ネットワークでの遠隔地間の量子メモリのエンタングルメント生成が重要課題。本研究では、12.5km離れた3つの独立した量子メモリノードを用いて、任意の2ノード間で同時にエンタングルメントを生成することに成功。光ファイバリンクやレーザーの位相変動を安定化し、 通信時間より長い量子メモリ寿命を達成。多ノード量子ネットワークの評価・探索のためのテストベッドを提供し、量子インターネット研究の新段階を切り開いた。」
Arresting failure propagation in buildings through collapse isolation
ビルの崩壊を局所的な領域に留める技術の実証
「大規模なビルの崩壊事故を防ぐため、特定の箇所が壊れても全体の崩壊に至らない設計手法を開発。実物大の建物を用いた実験で、一部の柱を除去しても、崩壊が局所的な領域に留まることを実証。この手法では、崩壊が広がる前に、接合部が柱よりも先に壊れるよう設計。トカゲが尻尾を切って難を逃れるのにヒントを得た。現行の基準に準拠した設計では全体崩壊するケースでも崩壊を食い止められ、革新的な技術と言える。」
GLP-1-directed NMDA receptor antagonism for obesity treatment
GLP-1を用いたNMDA受容体拮抗による肥満治療法
「肥満治療薬の開発は難しい課題ですが、今回、インクレチンホルモンのGLP-1にNMDA受容体拮抗薬のMK-801を化学的に結合させた新しい分子を作製しました。GLP-1受容体を発現する脳内の神経細胞に選択的に運ばれ、GLP-1とMK-801が協調的に作用することで、食欲が抑制され、エネルギー消費が亢進し、インスリン感受性も改善しました。その結果、肥満や糖尿病のモデル動物で劇的な体重減少と代謝の正常化が見られました。NMDA受容体を標的とした従来の薬剤の副作用も回避できる画期的なアプローチと言えます。」
Release of a ubiquitin brake activates OsCERK1-triggered immunity in rice
イネにおいてユビキチンブレーキの解除がOsCERK1を介した免疫を活性化する
「植物は病原菌の侵入を感知するとすぐに免疫反応を起こします。イネではOsCERK1というタンパク質が病原菌由来のキチンを認識し、免疫シグナルを活性化します。一方で、過剰な免疫応答は生育に悪影響を及ぼします。本研究では、OsCIE1というタンパク質がOsCERK1にユビキチンを付加し活性を抑制していること、キチンの認識によりOsCERK1がOsCIE1をリン酸化しその抑制を解除することで、免疫応答のON/OFFを巧妙に制御していることを明らかにしました。このブレーキ機構の解明は、植物の生存戦略の理解に役立つと期待されます。」
Engineered CD47 protects T cells for enhanced antitumour immunity
T細胞の抗腫瘍免疫を増強するために設計されたCD47
「人工改変したCD47により、マクロファージによる食作用からT細胞を保護することで、がん免疫療法の効果が劇的に高まった。改変型CD47は抗CD47抗体に認識されずT細胞の生存を可能にする一方で、正常細胞よりもCD47の発現が低いがん細胞は抗体に認識されマクロファージに食べられやすくなった。これによりT細胞を保護しつつ、がん細胞のみを標的とした食作用の誘導が可能となった。T細胞とマクロファージの両者の抗腫瘍効果を同時に引き出す革新的な治療戦略として期待される。」
Imprinting of serum neutralizing antibodies by Wuhan-1 mRNA vaccines
Wuhan-1 mRNAワクチンによる血清中和抗体の刷り込み効果
「新型コロナワクチンを複数回接種した人が変異株に合わせたブースター接種を受けても、初期株に対する抗体の”刷り込み効果”により、変異株に特異的な中和抗体があまり作られない可能性が示唆されました。ただし、その抗体は他の関連ウイルスも幅広く中和できるため、変異株の流行に備える上ではプラスに働く可能性もあります。ワクチン接種の時期や回数を工夫することで、刷り込み効果の影響を最適化できるかもしれません。」
要約
大規模な多ノードの量子ネットワークにおいて、遠隔地の独立した量子メモリ間にエンタングルメントを生成することに成功
将来の量子インターネットの実現に向けて、実験室内での2ノードの原理実証から、大規模な多ノードの量子ネットワークへと移行することは重要なマイルストーンである。本研究では、都市圏における多ノード量子ネットワーク内の量子メモリ間エンタングルメントの生成を報告する。テレコム波長変換機能を備えた原子アンサンブル量子メモリを有する3つの独立した量子メモリノードと、単一光子の検出によりエンタングルメント生成の成功を知らせる光子サーバーを用いた。メモリノードは最大12.5km離れている。光ファイバリンクとコントロールレーザーによる位相変動を能動的に安定化した。任意の2つのメモリノード間で同時にエンタングルメントを生成できることを実証した。メモリの寿命は往復通信時間より長い。本研究は、多ノード量子ネットワークプロトコルの評価・探索のための都市圏スケールのテストベッドを提供し、量子インターネット研究の新段階を開始するものである。
事前情報
将来の量子インターネットの実現には、大規模な多ノードの量子ネットワークが不可欠
量子中継器には遠隔地間の量子メモリ間エンタングルメントの生成が重要
実験室内の2ノード実証から、実環境での多ノード展開への移行が課題
行ったこと
3つの独立した量子メモリノードと光子サーバーからなる量子ネットワークを構築
各ノードはテレコム波長変換機能付き原子アンサンブル量子メモリを搭載
光ファイバリンクとレーザーの位相変動を能動的に安定化
最大12.5km離れた任意の2ノード間で同時にエンタングルメントを生成
検証方法
量子メモリノード間の光ファイバ伝送とエンタングルメント生成の評価
量子メモリの寿命と光子間干渉の評価
2ノード間および3ノード間のエンタングルメントの検証
分かったこと
12.5km離れた2つの量子メモリ間で高忠実度のエンタングルメントを生成
3つの量子メモリノード間で同時にエンタングルメントを生成可能
量子メモリの寿命は往復通信時間より長く、非局所的な量子操作が可能
光ファイバリンクとレーザーの位相変動を10 mrad未満に抑制
この研究の面白く独創的なところ
都市圏スケールの多ノード量子ネットワークを初めて実現した点
3つの独立した量子メモリノードを用いて同時エンタングルメント生成を示した点
量子メモリの寿命が通信時間を上回り、非局所操作が可能なことを実証した点
実環境での光ファイバリンクとレーザーの位相安定化技術を確立した点
この研究のアプリケーション
多ノード量子ネットワークプロトコルの評価・探索のためのテストベッド
量子中継器や量子キー配送などの量子通信技術への応用
量子センサーネットワークや分散量子計算など、量子ネットワークを活用する技術への展開
量子インターネットの実現に向けた重要なマイルストーン
著者と所属
Jian-Long Liu, Xi-Yu Luo, Yong Yu, Jian-Wei Pan
(Hefei National Research Center for Physical Sciences at the Microscale and School of Physical Sciences, University of Science and Technology of China; CAS Center for Excellence in Quantum Information and Quantum Physics, University of Science and Technology of China; Hefei National Laboratory, University of Science and Technology of China)
詳しい解説
本研究は、将来の量子インターネットの実現に向けた重要なマイルストーンとなる成果である。都市圏スケールの量子ネットワークにおいて、遠隔地にある独立した量子メモリ間でエンタングルメントを生成することに成功した。
量子インターネットでは、量子情報を長距離にわたって転送・処理するために、量子中継器が不可欠である。その中核をなすのが、遠隔地間の量子メモリ間エンタングルメントの生成技術である。従来の研究では、主に実験室内での2ノード間の原理実証にとどまっていたが、実用化に向けては、実環境における大規模な多ノード量子ネットワークへの展開が求められる。
研究チームは、3つの独立した量子メモリノードと、エンタングルメント生成の成功を知らせる光子サーバーから成る量子ネットワークを構築した。各ノードには、テレコム波長変換機能を備えた原子アンサンブル量子メモリが搭載されている。ノード間の最大距離は12.5kmに及ぶ。
量子ネットワークの安定動作のためには、光ファイバリンクやコントロールレーザーの位相変動を抑制することが重要である。研究チームは、能動的なフィードバック制御により、位相変動を10 mrad未満に抑えることに成功した。これにより、12.5km離れた任意の2つのメモリノード間で、忠実度の高いエンタングルメントを同時に生成できることを実証した。
さらに注目すべきは、量子メモリの寿命が往復の通信時間を上回っていることである。これにより、複数の量子ノード間での非局所的な量子操作が可能になる。従来の量子通信では、光子の損失により通信距離が制限されていたが、量子メモリを活用することで、その限界を打ち破る道が開かれつつある。
本研究の成果は、多ノード量子ネットワークプロトコルの評価・探索のための都市圏スケールのテストベッドを提供するものである。量子中継器や量子キー配送など、量子通信技術の実用化に向けて大きく前進したと言える。さらに、量子センサーネットワークや分散量子計算など、量子ネットワークを活用する様々な技術への波及効果も期待される。
量子インターネットの実現は、量子情報科学における長年の夢である。その実現に向けて、本研究は大きな一歩を踏み出したと言えるだろう。今後のさらなる進展に期待が高まる。
階層的な構造設計により、ビルの崩壊を局所的な領域に留めることに成功
大規模な建物の崩壊事故は、局所的な初期の破損が構造全体に伝播することで発生する。従来の設計法では、部材間の接続性を高めることで破損後の荷重再分配を促し、崩壊を完全に防ごうとしてきた。しかし、大規模な初期破損時には、接続性の向上が健全な部分を崩壊に巻き込む要因となり得る。本研究では、大規模な初期破損後の崩壊伝播を防ぐ新たな設計手法「階層的崩壊分離設計」を提案する。崩壊開始時に、最も重要な柱よりも特定の接合部が先に破壊されるよう設計。これにより構造が分離し、崩壊を局所的な領域に留めることができる。本手法の有効性は、実物大の建物を用いた崩壊実験により実証された。接続性を高めた従来の設計では全体崩壊に至るケースでも、提案手法により崩壊を局所化できることが示された。本手法は、極限事象に対するビルの耐崩壊性を高める最後の砦となる。
事前情報
局所的な初期破損が全体崩壊を引き起こすケースが多数報告されている
現行基準では部材間の接続性向上により崩壊防止を図っている
大規模な初期破損時には、接続性向上が健全部の崩壊を助長する可能性がある
行ったこと
階層的崩壊分離設計の提案:崩壊時に接合部が柱より先に壊れるよう設計
実物大の建物を用いた崩壊実験による本手法の検証
従来設計との比較解析により本手法の優位性を確認
検証方法
実物大プレキャストコンクリート造建物の崩壊実験
フェーズ1:2本の柱を除去し小規模初期破損を再現
フェーズ2:それらに隣接する柱も除去し大規模初期破損を再現
各種センサーによる構造応答のモニタリング
分かったこと
小規模初期破損(フェーズ1)では、提案手法は代替荷重経路の形成により全体崩壊を防止
大規模初期破損(フェーズ2)では、提案手法により崩壊を局所的な領域に留められた
従来の高接続性設計の建物では、同じケースで全体崩壊に至ると解析的に示された
崩壊過程で柱に作用する動的な不釣合力は設計用地震力に匹敵
この研究の面白く独創的なところ
トカゲの尻尾切りからヒントを得た、生物に学ぶ革新的な耐崩壊設計
従来とは逆に、特定箇所の「壊れやすさ」を利用して崩壊を局所化する発想
実物大建物の崩壊実験による実証は世界的にも稀な試み
極限事象に対する建物の耐崩壊性向上に新たな道を拓く成果
この研究のアプリケーション
大規模な初期破損に対する建物の耐崩壊性向上
地震、洪水、強風、爆発、衝突など各種の極限事象への適用
様々な建物形式、部材への適用拡大
低コストで実装可能な最後の砦としての崩壊対策
著者と所属
Nirvan Makoond, Andri Setiawan, Manuel Buitrago & Jose M. Adam
(ICITECH, Universitat Politècnica de València, Valencia, Spain)
詳しい解説
本研究は、大規模な初期破損後の建物の崩壊を防ぐ革新的な設計手法を提案し、実物大実験によりその有効性を実証した画期的な成果です。 建物の大規模崩壊事故の多くは、局所的な初期破損が構造全体に伝播することで発生します。従来の設計では、部材間の接続性を高め、破損後の荷重再分配を促進することで、崩壊の発生そのものを防ごうとしてきました。しかし、大規模な初期破損時には、この高い接続性が仇となり、本来なら無事だった部分まで崩壊に巻き込んでしまう可能性があるのです。 そこで本研究では、「階層的崩壊分離設計」という新コンセプトを提案しました。これは、崩壊の開始時に、最も重要な柱よりも特定の接合部が先に破壊されるよう、破壊の階層構造を設計にビルトインするものです。接合部が壊れることで構造が分離し、崩壊を局所的な領域に留めることができるわけです。この発想は、危機に際してトカゲが尻尾を切り離して生存率を高めることに着想を得たもの。建物にも「想定外」の事態に備えた仕組みを備えようという、生物に学ぶ耐崩壊設計とも言えます。 本手法の有効性は、実物大のプレキャストコンクリート造建物の崩壊実験により実証されました。まず複数の柱を除去して小規模な初期破損を再現したところ、提案手法を適用した建物は代替荷重経路を形成して全体崩壊を免れました。次にさらに隣接する柱も除去して大規模な破損を再現したところ、崩壊は局所的な領域に留まり、建物の大半は健全性を保ちました。一方、接続性を高めた従来設計の建物では、解析上、同じ破損で全体崩壊に至ることが示されたのです。 また本実験から、崩壊過程で柱に作用する動的な不釣合力が、設計用地震力に匹敵する大きさになることも明らかになりました。提案手法は、こうした極限的な力に対しても構造を守る、まさに「最後の砦」となる技術だと言えます。 現行の基準は建物の安全性向上に大きく貢献してきましたが、想定を超える事態への備えは十分とは言えません。本研究は、その盲点を突く新発想により、建物の耐崩壊性をさらに高める道を拓いたと言えるでしょう。地震、洪水、強風、爆発、衝突など、建物の崩壊を招きかねない極限事象は多岐にわたります。本手法が様々な建物形式、部材に適用されることで、多くの尊い命と財産が守られることが期待されます。
GLP-1にNMDA受容体拮抗薬MK-801を結合させた新規分子は、脳内の特定神経で同時に作用し、強力な体重減少と代謝改善をもたらす。
本研究では、GLP-1とNMDA受容体拮抗薬MK-801を化学的に結合させた新規分子GLP-1–MK-801を開発し、肥満と糖尿病への効果を検討した。GLP-1–MK-801は、GLP-1受容体発現神経に選択的に運ばれ、GLP-1受容体とNMDA受容体に同時に作用する。これにより、摂食抑制とエネルギー消費亢進が誘導され、肥満動物モデルで顕著な体重減少と耐糖能改善が見られた。分子設計により、MK-801単独投与でみられる副作用も回避できた。GLP-1–MK-801は、既存の肥満治療薬と同等以上の減量効果を示し、インスリン抵抗性や脂質異常症も改善した。脳内の転写・タンパク解析から、GLP-1–MK-801はシナプス可塑性やグルタミン酸シグナルに関わる遺伝子発現を大きく変化させることが分かった。以上より、GLP-1を用いたNMDA受容体拮抗は、肥満や2型糖尿病の有望な治療法となる可能性が示された。
事前情報
NMDA受容体拮抗薬は、シナプス可塑性を介してアルツハイマー病や治療抵抗性うつ病に使用されている。
全ゲノム関連解析から、NMDA受容体を介したグルタミン酸シグナルが体重調節に関与することが示唆されている。
NMDA受容体拮抗薬の全身投与は、げっ歯類で摂食抑制と体重減少を引き起こすが、行動異常などの副作用も生じる。
行ったこと
GLP-1とNMDA受容体拮抗薬MK-801を化学的に結合した新規分子GLP-1–MK-801を開発した。
GLP-1–MK-801のGLP-1受容体とNMDA受容体に対する作用を、in vitroとin vivoで検証した。
肥満および糖尿病モデル動物を用いて、GLP-1–MK-801の代謝改善効果を評価した。
RNA-seqとプロテオミクス解析により、GLP-1–MK-801の脳内作用機序を調べた。
検証方法
ペプチド合成と化学修飾によるGLP-1–MK-801の作製
in vitroでのGLP-1受容体活性化アッセイとNMDA受容体阻害アッセイ
電気生理学的手法とカルシウムイメージングによる神経活動の評価
マウスとラットの肥満・糖尿病モデルでの代謝表現型の解析
視床下部のRNA-seqとプロテオミクス解析
分かったこと
GLP-1–MK-801は、in vitroでGLP-1受容体を活性化し、NMDA受容体を阻害した。
肥満マウスへのGLP-1–MK-801投与は、GLP-1やMK-801単独と比べ、相乗的な体重減少をもたらした。
GLP-1–MK-801は、インスリン抵抗性や脂質異常症など肥満に伴う代謝異常を改善した。
副作用評価から、GLP-1–MK-801はMK-801でみられる行動異常や体温上昇を引き起こさなかった。
GLP-1–MK-801は、視床下部のグルタミン酸シグナルやシナプス可塑性に関連する遺伝子発現を大きく変化させた。
この研究の面白く独創的なところ
GLP-1とMK-801の化学的結合により、全身投与でも特定の神経に選択的に作用する新規分子の開発に成功した点。
従来のNMDA受容体拮抗薬でみられる中枢性の副作用を回避しつつ、肥満に対する顕著な治療効果が得られた点。
GLP-1受容体とNMDA受容体の協調的なシグナルを利用した新たな肥満治療戦略を提示した点。
創薬化学と in vivo 代謝表現型解析を組み合わせ、基礎から応用まで一気通貫した研究を行った点。
この研究のアプリケーション
GLP-1–MK-801は新たな肥満・糖尿病治療薬となる可能性がある。
NMDA受容体拮抗薬の標的化送達技術は、他の中枢疾患治療にも応用できるかもしれない。
GLP-1受容体発現神経におけるNMDA受容体の生理的役割の理解が進むと期待される。
本研究のアプローチは、他のペプチドと低分子化合物の組み合わせにも展開可能と思われる。
著者と所属
Jonas Petersen, Mette Q. Ludwig, Vaida Juozaityte, Pablo Ranea-Robles, Charlotte Svendsen, Anders B. Klein, Christoffer Clemmensen
(Novo Nordisk Foundation Center for Basic Metabolic Research, Faculty of Health and Medical Sciences, University of Copenhagen, Copenhagen, Denmark)
詳しい解説
本研究は、GLP-1にNMDA受容体拮抗薬MK-801を化学的に結合させることで、GLP-1受容体を発現する脳内の神経細胞に選択的にMK-801を運ぶという独創的な戦略により、肥満治療に新たな道を開いた研究と言えます。
肥満は、過剰なエネルギー摂取と、それに見合わないエネルギー消費のアンバランスにより生じる疾患で、糖尿病、脂質異常症、心血管疾患など、様々な合併症のリスクを高めることが知られています。現状の肥満治療薬は限られており、より効果的で安全性の高い治療法の開発が求められています。
一方、NMDA受容体は、グルタミン酸によって活性化されるイオンチャネル型受容体で、記憶・学習など様々な脳機能に関与しています。近年、全ゲノム関連解析から、NMDA受容体を介したグルタミン酸シグナルの変化が肥満のリスクと関連することが明らかになってきました。実際、NMDA受容体拮抗薬をげっ歯類に全身投与すると、摂食量が減少し、体重が低下することが報告されています。しかしながら、NMDA受容体拮抗薬は、多幸感、記憶障害、錯乱などの副作用も生じるため、そのままでは肥満治療薬とするのは難しいのが現状でした。
この課題を克服するため、本研究では、抗肥満作用が知られるGLP-1と、NMDA受容体拮抗薬MK-801を化学的に結合させたGLP-1-MK-801複合体を新規に開発しました。GLP-1受容体は、視床下部弓状核など摂食調節に関わる脳領域の神経細胞に発現しているため、GLP-1-MK-801は、全身投与後も選択的にこれらの神経に運ばれ、GLP-1受容体とNMDA受容体に同時に作用すると期待されます。
マウスの肥満モデルを用いた検討の結果、GLP-1–MK-801の投与は、GLP-1やMK-801の単独投与と比べ、より強力な摂食抑制と体重減少効果を示しました。さらに、GLP-1–MK-801は、耐糖能異常や脂質異常も顕著に改善することが明らかになりました。興味深いことに、MK-801単独では見られた多幸感や記憶障害などの副作用は、GLP-1–MK-801では認められませんでした。GLP-1による標的化送達により、MK-801の望ましくない中枢作用が回避できたと考えられます。
GLP-1–MK-801の作用メカニズムを探るため、視床下部のRNA-seqとプロテオミクス解析が行われました。その結果、GLP-1–MK-801の投与により、シナプス可塑性やグルタミン酸シグナル伝達に関連する多数の遺伝子発現が変化することが分かりました。GLP-1とMK-801が協調的に働くことで、これらの神経可塑性関連分子の発現を変化させ、その結果として、強力な摂食抑制とエネルギー代謝の改善が生じたものと推察されます。
GLP-1–MK-801の減量効果は、既存の肥満治療薬であるセマグルチドと同等以上であり、体重減少に伴う代謝の適応変化も抑制できることから、より持続的な治療効果が期待できます。また、遺伝性肥満のモデルとされるMC4R欠損マウスにおいても顕著な体重減少が認められたことから、GLP-1–MK-801の抗肥満効果は、既知の肥満関連シグナルとは独立した経路を介している可能性が考えられます。
本研究は、ペプチド-低分子ハイブリッド型の新規肥満治療薬の開発という創薬化学的にもインパクトの高い成果であると同時に、GLP-1とNMDA受容体という2つの重要なシグナル系の思いがけない接点を見出した点でも特筆に値します。GLP-1受容体発現神経でのNMDA受容体の生理的役割の全容解明には至っていませんが、本研究で得られた知見は、摂食やエネルギー代謝調節の分子メカニズムの理解を大きく前進させるものと期待されます。
臨床応用への課題としては、GLP-1-MK-801が、ヒトでも同様の薬理効果と安全性プロファイルを示すかどうかの慎重な検証が必要でしょう。一方で、本研究のアプローチは、GLP-1以外のペプチドホルモンとNMDA受容体拮抗薬の組み合わせなど、様々な発展性を秘めており、新たな創薬シーズの発掘に繋がることが大いに期待されます。
増加の一途をたどる肥満人口に歯止めをかけるためには、安全性と有効性を兼ね備えた多彩な治療選択肢の開発が喫緊の課題です。新機軸の抗肥満薬の開発に挑んだ本研究は、肥満の薬物療法の発展に大きく寄与するものと考えられます。今後、GLP-1-MK-801のさらなる前臨床・臨床研究の進展に大きな期待が寄せられます。
OsCIE1によるOsCERK1のユビキチン化を介した負の制御の解除が、キチンシグナリングを活性化しイネの免疫応答を促進する。
本研究では、イネの免疫受容体キナーゼOsCERK1の活性制御メカニズムについて、ユビキチンリガーゼOsCIE1との相互作用に着目して解析した。OsCIE1はOsCERK1を多重ユビキチン化することでその活性を抑制していた。一方、病原菌由来のキチンの認識に伴い、OsCERK1はOsCIE1の特定の部位をリン酸化し、そのユビキチンリガーゼ活性を阻害した。これによりOsCERK1のユビキチン化が減少し、キナーゼ活性の上昇とともに下流の免疫応答が活性化された。このOsCERK1-OsCIE1間のネガティブフィードバック制御が、イネの免疫応答の適切なオン・オフを実現していると考えられた。また、OsCIE1のリン酸化部位はほ乳類まで保存されており、普遍的な制御機構である可能性が示唆された。
事前情報
植物は病原菌由来の分子パターンを認識し免疫応答を活性化する
イネの免疫受容体キナーゼOsCERK1はキチンを認識し免疫シグナル伝達に必須
過剰な免疫応答は植物の生育に悪影響を及ぼすため、負の制御機構の存在が示唆されていた
行ったこと
OsCERK1の活性制御因子としてユビキチンリガーゼOsCIE1を同定
OsCIE1によるOsCERK1のユビキチン化とキナーゼ活性抑制を解明
キチン処理に伴うOsCERK1によるOsCIE1のリン酸化とユビキチンリガーゼ活性阻害を証明
OsCIE1リン酸化部位のリン酸化模倣変異や脱リン酸化模倣変異の機能解析
Oscie1変異体の解析から、OsCIE1の生理的役割を解明
検証方法
酵母ツーハイブリッド法、免疫沈降法による相互作用解析
in vitroキナーゼアッセイ、ユビキチン化アッセイ
リン酸化部位特異的抗体を用いたリン酸化動態解析
変異体を用いた表現型解析(病害抵抗性、活性酸素蓄積、MAPキナーゼ活性化など)
X線結晶構造解析、NMR構造解析によるOsCIE1のリン酸化に伴う構造変化の解明
分かったこと
OsCIE1はOsCERK1を多重ユビキチン化し、そのキナーゼ活性を抑制する
キチン処理によりOsCERK1はOsCIE1をリン酸化し、OsCIE1のE2結合能とユビキチンリガーゼ活性を阻害する
OsCIE1の237番目のセリンのリン酸化が分子スイッチとして機能する
Oscie1変異体では恒常的な免疫応答の活性化と生育阻害がみられる
OsCERK1とOsCIE1のネガティブフィードバックループがイネの免疫応答の過不足ない制御に重要である
研究の面白く独創的なところ
免疫受容体キナーゼとユビキチンリガーゼの直接的な相互制御を発見した点
リガーゼ活性のオンオフを切り替えるリン酸化スイッチを同定した点
動物でも保存されている普遍的な制御メカニズムの可能性を示した点
構造生物学的アプローチにより分子メカニズムを原子レベルで解明した点
病害抵抗性と生育のバランスをとる巧妙な分子機構を明らかにした点
この研究のアプリケーション
植物の免疫応答制御機構の理解に基づく病害抵抗性作物の分子育種への応用
免疫応答と生育のバランスを考慮した植物保護剤の開発
ユビキチンリガーゼ活性の人為的な制御による免疫応答の最適化
動物のホモログタンパク質における類似の制御メカニズムの解明
リン酸化スイッチを標的とした阻害剤開発など、創薬への応用
著者と所属
Gang Wang, Xi Chen, Chengzhi Yu, …, Zuhua He, Yu Zhang & Ertao Wang
(National Key Laboratory of Plant Molecular Genetics, CAS Center for Excellence in Molecular Plant Sciences, Institute of Plant Physiology and Ecology, Chinese Academy of Sciences; The New Cornerstone Science Laboratory, Shenzhen, China; University of the Chinese Academy of Sciences, Beijing, China; …)
詳しい解説
本研究は、イネの病原菌認識受容体キナーゼOsCERK1の活性制御メカニズムを、ユビキチンリガーゼOsCIE1との相互作用に着目して解明したものです。
植物は、病原菌が持つ特徴的な分子パターン(MAMPs)を受容体で認識することで免疫応答を開始します。イネではキチン受容体OsCERK1がキチンの認識に必須で、その活性化が下流の免疫シグナル伝達を駆動します。一方で、過剰な免疫応答は植物の生育に悪影響を及ぼすため、適切な負の制御も重要です。
著者らは、OsCERK1の活性制御に関わる因子として、ユビキチンリガーゼOsCIE1を同定しました。生化学的解析から、OsCIE1はOsCERK1の細胞内ドメインを多重ユビキチン化することで、そのキナーゼ活性を抑制していました。
興味深いことに、病原菌由来のキチンで処理すると、活性化したOsCERK1がOsCIE1をリン酸化します。このリン酸化は、OsCIE1のE2結合能力を低下させ、ユビキチンリガーゼ活性を阻害しました。その結果、OsCERK1のユビキチン化レベルが低下し、キナーゼ活性の上昇とともに下流の免疫応答が活性化されたのです。
さらに構造生物学的な解析から、OsCIE1の237番目のセリン(Ser237)のリン酸化が分子スイッチとして機能することが明らかになりました。リン酸化型を模倣した変異体(S237D)ではE2との結合が阻害され、脱リン酸化型を模倣した変異体(S237A)では結合が維持されました。このセリン残基はヒトやゼブラフィッシュのホモログでも保存されており、リン酸化による活性制御が普遍的な機構である可能性が示唆されました。
Oscie1変異体の解析からは、OsCIE1が生理的にOsCERK1の活性化を抑え、過剰な免疫応答を防ぐ役割を担うことがわかりました。実際、Oscie1変異体では、恒常的な免疫応答の亢進により生育が阻害されました。
以上の結果から、OsCERK1とOsCIE1の間のネガティブフィードバック制御が、イネの免疫応答を過不足なく調節する巧妙な仕組みであることが明らかになりました。OsCIE1によるユビキチン化を介したブレーキ機構とOsCERK1によるリン酸化を介したブレーキ解除機構のバランスが、植物の生存戦略において重要な役割を果たしているのです。
本研究は、植物免疫シグナル伝達において、受容体キナーゼとユビキチンリガーゼが直接的に相互制御し合うという新しい制御様式を提唱しました。また、リガーゼ活性のオンオフを切り替える分子スイッチの実体を解明した点でも意義深いものです。動物のホモログでも保存されている可能性があり、普遍的な制御原理の解明につながることが期待されます。
本研究の知見は、植物の免疫応答と生育のバランスを考慮した病害抵抗性作物の分子育種や植物保護剤の開発につながると考えられます。また、OsCIE1のリン酸化部位を標的とした阻害剤の開発など、創薬への応用も期待できます。
植物が生き残るためには、病原菌の侵入に対して適切に免疫応答を行う一方で、過剰な反応は避ける必要があります。本研究で明らかになったOsCERK1-OsCIE1のブレーキ機構は、そのための巧妙な分子基盤だと言えるでしょう。植物の生存戦略の理解を深める重要な一歩となる研究だと考えられます。
T細胞の抗腫瘍免疫を増強するために設計されたCD47
本研究は、CD47を人工的に改変することで、がん免疫療法の効果を飛躍的に高める新たな方法を見出した。CD47は「私を食べないで」シグナルとして知られ、その発現により細胞はマクロファージに食べられるのを免れる。一方、多くのがん細胞ではCD47の発現が低下している。そこで、抗CD47抗体でCD47をブロックすることで、がん細胞選択的にマクロファージの食作用を誘導する治療法の開発が進められてきた。しかし問題は、抗CD47抗体により正常細胞であるT細胞までもがマクロファージに食べられてしまい、T細胞ががん免疫に働けなくなることだった。本研究で開発された改変型CD47(47E)を発現させたT細胞は、抗CD47抗体存在下でもマクロファージに食べられずに生存し、また腫瘍局所へのマクロファージの集積も促進した。その結果、47EのT細胞療法と抗CD47抗体療法の組み合わせにより、T細胞とマクロファージの両者の抗腫瘍効果を同時に引き出すことが可能となり、様々ながんモデルで腫瘍増殖の顕著な抑制が認められた。本研究は、T細胞とマクロファージという、がん免疫の2大要となる細胞を同時に活性化する新たな治療戦略を提示するものであり、今後のがん免疫療法の発展に大きく寄与すると期待される。
事前情報
CD47は「私を食べないで」シグナルとして機能し、マクロファージによる細胞貪食を阻害する
多くのがん細胞ではCD47の発現が低下しており、抗CD47抗体でCD47をブロックすることでマクロファージによるがん細胞の選択的貪食が誘導できる
一方で、抗CD47抗体はT細胞までもマクロファージに食べられやすくしてしまい、T細胞の抗腫瘍効果を損なってしまう問題があった
行ったこと
抗CD47抗体に結合しない改変型CD47(47E)を開発し、T細胞に発現させた
47E発現T細胞と抗CD47抗体の併用により、T細胞を保護しつつ抗腫瘍効果を評価した
47E T細胞が腫瘍局所へのマクロファージ集積を促進し、マクロファージの貪食活性を高めることを明らかにした
47E T細胞療法と抗CD47抗体の併用により、様々ながんモデルで顕著な腫瘍抑制効果が得られることを実証した
検証方法
酵母表面ディスプレイと変異ライブラリスクリーニングによる47Eの取得
In vitroでのマクロファージ貪食アッセイ、T細胞活性化アッセイ
マウス異種移植モデルを用いた in vivo での抗腫瘍効果の評価
腫瘍局所のT細胞、マクロファージの フローサイトメトリー解析、single-cell RNA-seq解析
分かったこと
47E T細胞は抗CD47抗体存在下でもマクロファージに食べられずに生存し、抗腫瘍活性を維持した
47E T細胞は腫瘍局所へのマクロファージの集積を促進し、マクロファージの貪食活性を高めた
47E T細胞とマクロファージの間には活発なクロストークが認められ、がん免疫を促進する遺伝子発現の変化が見られた
47E T細胞療法と抗CD47抗体の併用により、難治性の固形がんを含む様々ながんモデルで顕著な腫瘍増殖抑制効果が得られた
研究の面白く独創的なところ
T細胞上のCD47を人工改変することで、T細胞を保護しつつ抗CD47抗体の抗腫瘍効果を最大限に引き出す点
T細胞とマクロファージという、がん免疫の主要プレイヤー2つを同時に活性化する新たな治療戦略を開発した点
47E T細胞とマクロファージの間のクロストークを明らかにし、協調的ながん免疫応答の誘導メカニズムに新たな知見を与えた点
難治性の固形がんに対しても、低用量の抗CD47抗体で顕著な効果が得られる可能性を示した点
この研究のアプリケーション
様々ながん種の免疫療法への応用
固形がんに対する、より強力で安全性の高い新たな免疫療法の開発
T細胞とマクロファージの相互作用を標的とした新たながん治療戦略への発展
自己免疫疾患など他の免疫関連疾患への応用
著者と所属
Sean A. Yamada-Hunter, Johanna Theruvath, Crystal L. Mackall ほか
(Stanford University School of Medicine, Stanford Cancer Institute, Stanford, USA; British Columbia Cancer Agency, Vancouver, Canada)
詳しい解説
がんに対する免疫療法は目覚ましい発展を遂げており、中でもT細胞を用いた養子免疫療法は血液がんを中心に多くの治療成功例を生み出してきました。一方で、大半の患者、特に固形がん患者ではいまだ十分な効果が得られていないのが現状です。その要因の1つとして、T細胞ががん局所で十分に機能を発揮できていないことが挙げられます。 近年、「私を食べないで」シグナルとして知られるCD47に着目し、これを阻害することでマクロファージによるがん細胞の貪食を促進する治療法の開発が進んでいます。多くのがん細胞ではCD47の発現が低下しているため、CD47を標的とすることでがん細胞を選択的に攻撃できると考えられてきました。しかし問題は、T細胞を含む正常細胞もCD47を発現しているため、CD47阻害により本来がん免疫の中心的役割を担うT細胞までもがマクロファージに食べられてしまい、T細胞の抗腫瘍効果が損なわれてしまうことでした。
本研究は、このジレンマを解決する画期的な方法として、T細胞上のCD47を人工改変することで抗CD47抗体に認識されなくした「47E」T細胞を開発しました。マウスのがんモデルを用いた実験から、47E T細胞は抗CD47抗体存在下でマクロファージに食べられることなく生存し、本来の抗腫瘍活性を維持することが明らかになりました。さらに興味深いことに、47E T細胞は腫瘍局所へのマクロファージの集積を促し、マクロファージの貪食活性を高めることも分かったのです。
47E T細胞とマクロファージの間には活発なクロストークが認められ、がん免疫を促進する遺伝子発現の変化が両者に見られました。例えば47E T細胞では、IL-12、CD40L、NF-κBシグナル伝達など、抗腫瘍免疫に重要な経路の活性化が亢進していました。一方マクロファージでは、リソソーム、補体、抗原提示、貪食の各経路に関わる遺伝子発現の上昇が見られ、より活性化した状態にあることが示唆されました。
そして最も重要な点は、47E T細胞療法と抗CD47抗体の併用により、極めて強力な抗腫瘍効果が得られたことです。血液がんのみならず、これまで免疫療法が難しいとされてきた肉腫や脳腫瘍、固形がんの転移モデルなど、様々ながん種で顕著な腫瘍増殖抑制効果が認められました。しかもその効果は、抗CD47抗体の投与量を減らしても損なわれませんでした。
本研究の成果は、T細胞とマクロファージという、がん免疫の両主役を同時に活性化する新たな治療コンセプトを提示するものです。T細胞とマクロファージが協調し合うことで、それぞれ単独の効果をはるかに上回る抗腫瘍免疫の誘導が可能となります。また、T細胞上のCD47を人工改変するという独創的な発想は、T細胞療法と抗CD47抗体療法の欠点を互いに補い合う理想的な組み合わせを可能にしました。
今後、この47E T細胞療法と抗CD47抗体の併用が、様々ながん種の強力な治療オプションになると期待されます。それはT細胞療法の適応拡大にもつながるでしょう。また本研究で明らかになったT細胞とマクロファージのクロストークのメカニズムは、がん免疫のさらなる理解と新たな治療ターゲットの発見にもつながると考えられます。
本研究は、これまでのがん免疫療法の限界を打ち破る新たなブレークスルーとなる可能性を秘めています。基礎研究から生まれたこの革新的なアイデアが、1日も早く多くのがん患者さんの治療に役立てられることを願ってやみません。
新型コロナワクチン接種による初期株に対する抗体の刷り込み効果が、変異株ブースターの効果を制限する可能性
本研究では、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の初期株であるWuhan-1株由来のmRNAワクチンを接種したマウスとヒトを対象に、その後のオミクロン株などの変異株に合わせたブースターワクチン接種による血清抗体反応の変化を解析しました。その結果、初期のmRNAワクチン接種により、その後の変異株ブースター接種で誘導される抗体反応が初期株に”刷り込まれる”現象が観察されました。つまり、変異株に特異的な中和抗体があまり作られず、初期株に反応性の高い抗体が優勢になる傾向が見られたのです。ただし、そのような幅広い反応性を持つ抗体は、SARS-CoV-2の様々な変異株だけでなく、他のコロナウイルスに対しても中和活性を示すことがわかりました。このことから、ワクチン接種の時期や回数を適切に設定することで、変異株の流行に備えつつ、幅広いコロナウイルスに対する防御を獲得できる可能性が示唆されました。
事前情報
ウイルス抗原への反復暴露は免疫反応を特定の抗原に偏らせる「免疫刷り込み」を起こしうる
新型コロナワクチン接種後の変異株ブースターによる血清抗体への刷り込み効果は不明確
行ったこと
マウスとヒトを対象に、Wuhan-1株mRNAワクチン接種後の変異株ブースターによる血清抗体反応を解析
マウスでは1~3回のmRNA-1273(Wuhan-1)接種後にオミクロン・ブースター接種
ヒトではmRNA-1273を2回以上接種後、オミクロンXBB.1.5ブースターを2回接種
検証方法
マウス血清のオミクロン株及び他のコロナウイルスに対する結合抗体価と中和抗体価を測定
ヒト血清のオミクロン株及び他のコロナウイルスに対する結合抗体価と中和抗体価を測定
ヒト血清をWuhan-1スパイクタンパクで前処理し、各ウイルスへの中和活性の変化を解析
分かったこと
マウスでは1回のmRNA-1273接種後のオミクロン・ブースターで刷り込み効果は小さかったが、2回接種後は刷り込み効果が見られた
ヒトではmRNA-1273を複数回接種後にXBB.1.5ブースターを打っても、血清抗体はWuhan-1株に交差反応性を示した
ヒト血清のオミクロン株や他のコロナウイルスに対する中和活性は、Wuhan-1スパイク前処理で大きく減弱した
オミクロン・ブースター接種後のヒト血清抗体は、mRNA-1273接種で誘導されたWuhan-1株の保存部位を標的としている
この研究の面白く独創的なところ
マウスとヒトの両方で、Wuhan-1株mRNAワクチン接種による変異株ワクチンへの刷り込み効果を明確に示した点
オミクロン・ブースター抗体のWuhan-1株交差反応性が保存部位を標的とすることを証明した点
変異株に特化したブースター効果は制限されるが、広範なコロナウイルスへの交差防御にはプラスと示唆した点
この研究のアプリケーション
ワクチン接種スケジュールの最適化による変異株流行と将来のパンデミックへの備え
初回免疫の重要性と、ブースター接種による交差防御獲得のバランスを取る戦略の構築
免疫刷り込み効果を考慮した新たなワクチン設計の可能性
著者と所属
Chieh-Yu Liang, Saravanan Raju, Zhuoming Liu, Michael S. Diamond (ワシントン大学医学部)
Guha Asthagiri Arunkumar, Sayda M. Elbashir, Darin K. Edwards (モデルナ社)
Seth J. Zost, James E. Crowe Jr. (ヴァンダービルト大学医療センター)
詳しい解説
本論文は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック初期に開発された武漢株(Wuhan-1)に基づくmRNAワクチンを複数回接種した後、その後の変異株流行に対応して開発されたオミクロン株ワクチンによるブースター接種を行った場合の血清抗体反応を、マウスとヒトで詳細に解析した研究です。 新型コロナワクチンの接種が進む中、次々と新たな変異株が出現し、オミクロン株など一部の変異株に対してはワクチンの予防効果が低下することが問題となっています。そのため、変異株の特徴に合わせて改変したワクチンによるブースター接種の重要性が指摘されています。しかし、過去の抗原暴露の履歴が後の免疫反応に影響を与える「免疫刷り込み」の影響により、変異株ワクチンの効果が十分に発揮されない可能性も懸念されています。 本研究では、まずマウスモデルにおいて、Wuhan-1株のスパイクタンパクをコードするmRNA-1273ワクチンを1~2回接種した後、オミクロン株のスパイクをコードするブースターワクチンを接種し、誘導される血清抗体反応を解析しました。その結果、1回のmRNA-1273接種後のオミクロン・ブースターでは株特異的な抗体反応が効率的に誘導されたのに対し、2回接種後のブースターでは広域な交差反応性を示す抗体が優勢になり、オミクロン株に特化した中和抗体価の上昇が限定的であったことから、2回目以降のmRNA-1273接種により免疫刷り込みが生じている可能性が示唆されました。 次に、SARS-CoV-2への感染歴のない健常人ボランティアおよび感染歴のある人を対象とした臨床試験において、mRNA-1273ワクチンを2回以上接種した後、オミクロンXBB.1.5株ブースターワクチンを2回接種し、血清抗体反応を解析しました。その結果、ブースター接種後の血清IgGは、オミクロン株だけでなく、アルファ株、ベータ株、デルタ株、Wuhan-1株など様々な変異株やSARS-CoV-1など他のコロナウイルスのスパイクタンパクとも交差反応性を示しました。また、それらの変異株や他のコロナウイルスに対する血清の中和活性は、Wuhan-1スパイクタンパクで前処理することにより大きく減弱したことから、mRNA-1273ワクチン接種で獲得された抗体は主にWuhan-1スパイク上の保存された領域を標的としており、その後のXBB.1.5ブースター接種後もその特異性が維持されていると考えられました。 これらの結果から、初期のコロナワクチン接種による免疫刷り込み効果が、後の変異株ブースターワクチンの効果に大きな影響を与える可能性が示されました。Wuhan-1株ワクチンにより獲得された抗体は、変異を免れた保存部位を標的とするため、オミクロン株など新しい変異株に対する中和活性は制限されてしまいます。その一方で、そのような広範な交差反応性を示す抗体は、様々なコロナウイルスに対して一定の防御効果を発揮するため、将来の新興コロナウイルスの脅威に対する備えとしては有効である可能性も示唆されています。 本研究の知見は、変異株の流行下におけるワクチン接種戦略の最適化に重要な示唆を与えるものです。初回免疫の重要性を再認識しつつ、ブースターによる変異株への対応と広域交差防御のバランスを取ることが肝要と考えられます。今後、免疫刷り込み効果を考慮した新たなワクチン設計の開発や、ワクチン接種スケジュールのさらなる改善により、現在のパンデミックへの対応と将来の新興コロナウイルスへの備えを両立できることが期待されます。
最後に
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