論文まとめ382回目 Nature 亜鉛が根粒の窒素固定を調節する新しい分子メカニズムを解明!?など
科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。
さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。
一口コメント
TnpB homologues exapted from transposons are RNA-guided transcription factors
トランスポゾン由来のTnpBホモログは、RNA誘導性転写因子として転用された
「細菌のゲノムには「トランスポゾン」と呼ばれる動く遺伝子が存在します。本研究では、このトランスポゾンに由来するタンパク質が、進化の過程で新しい機能を獲得し、RNAの助けを借りて遺伝子の発現を調節する「転写因子」に変化したことを発見しました。これらの因子は、細菌の鞭毛の形成や栄養摂取に関わる遺伝子の発現を制御していました。さらに、ウイルスがこの仕組みを利用して宿主細菌の遺伝子発現を操作している例も見つかりました。この発見は、生物の進化における遺伝子の再利用と適応の新たな例を示すものです。」
Transposase-assisted target-site integration for efficient plant genome engineering
トランスポザーゼ支援による標的部位への挿入技術を用いた効率的な植物ゲノム工学
「この研究は、トランスポゾンという「動く遺伝子」の特性を利用して、植物のゲノムに新しい遺伝子を正確に挿入する画期的な技術を開発しました。従来の方法では効率が低く、挿入位置も不正確でしたが、この新技術では高い精度で目的の位置に遺伝子を挿入できます。さらに、モデル植物のシロイヌナズナだけでなく、重要な作物である大豆でも成功しており、農業への応用が期待できます。この技術は、より効率的で持続可能な作物開発への道を開く可能性があります。」
Unconventional superconductivity in chiral molecule–TaS2 hybrid superlattices
キラル分子-TaS2ハイブリッド超格子における非従来型超伝導
「超伝導体にキラル(左右非対称)な分子を挟み込むと、驚くべき性質が現れました。通常の超伝導体では見られない強い磁場耐性や、電流の流れやすさが方向によって変わる「超伝導ダイオード効果」が観測されたのです。これは、キラル分子が超伝導体の対称性を破ることで生じる現象と考えられます。この発見は、トポロジカル量子コンピューターの実現に向けた新たな道を開く可能性があり、超伝導研究に新たな展開をもたらすかもしれません。」
Zinc mediates control of nitrogen fixation via transcription factor filamentation
亜鉛が転写因子のフィラメント形成を介して窒素固定を制御する
「マメ科植物の根粒は空気中の窒素を固定する能力を持ちますが、土壌中の窒素濃度が高くなると不要になるため、窒素固定を抑制します。この研究では、土壌の窒素濃度に応じて根粒内の亜鉛濃度が変化し、それによってFUNという転写因子の活性が制御されることを発見しました。亜鉛濃度が高いとFUNはフィラメント状の不活性な構造をとり、亜鉛濃度が下がると活性化して根粒の機能を抑制する遺伝子の発現を誘導します。これは植物が環境変化を感知して代謝を調節する新しいメカニズムの発見です。」
Bridge RNAs direct programmable recombination of target and donor DNA
ブリッジRNAが標的DNAとドナーDNAのプログラム可能な組換えを指示する
「細菌の中には、自分のDNAを切り取って別の場所に挿入する「転移因子」と呼ばれる遺伝子があります。この研究では、IS110という転移因子が面白い仕組みを持っていることを発見しました。IS110は「ブリッジRNA」というRNAを作り、このRNAが2つのループを使って標的DNAとドナーDNAの両方を認識します。さらに、このループの配列を変えることで、任意のDNA配列を認識させることができます。この仕組みを利用すれば、狙った場所にDNAを挿入したり、切り取ったり、逆向きにしたりすることが可能になります。これはゲノム編集の新しい方法として期待されています。」
要約
トランスポゾン由来のタンパク質が進化して、RNA誘導性の転写因子になったことを発見
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07598-4
トランスポゾン由来のTnpBタンパク質が、RNAガイド型の転写因子として進化し、遺伝子発現を制御する役割を獲得したことを示した研究です。これらの因子は、TldR (TnpB-like nuclease-dead repressors)と名付けられ、細菌の重要な生理機能に関与する遺伝子の発現を調節していることが明らかになりました。
事前情報
トランスポゾンは、ゲノム中を移動できる遺伝因子で、多くの生物に存在する
TnpBは、トランスポゾンがコードするタンパク質の一種で、DNAを切断する活性を持つ
CRISPR-Cas系のCas9やCas12などの核酸分解酵素は、TnpBから進化したと考えられている
行ったこと
バイオインフォマティクス解析により、TnpBに似ているが核酸分解活性を失った新しいタンパク質(TldR)を同定
TldRの機能を、生化学的実験や遺伝学的実験で検証
TldRを持つ細菌の遺伝子発現を、RNA-seq法で網羅的に解析
TldRとDNAの結合をChIP-seq法で解析
検証方法
系統樹解析とゲノム比較により、TldRの進化的起源と分布を調査
in vitroおよびin vivoでのDNA結合実験により、TldRのDNA認識メカニズムを解明
人工的なレポーター遺伝子系を用いて、TldRの転写抑制能を定量的に評価
細菌の遺伝子破壊株を作成し、TldRの生理的機能を解析
分かったこと
TldRは、短いRNAガイドを使ってDNAの特定配列を認識し、転写を抑制する
TldRは主に、細菌の鞭毛形成に関わるfliC遺伝子や、栄養取り込みに関わるoppA遺伝子の発現を制御している
一部のバクテリオファージ(細菌に感染するウイルス)が、TldRを利用して宿主の遺伝子発現を操作している
この研究の面白く独創的なところ
トランスポゾン由来の遺伝子が、新しい転写制御因子として進化した過程を明らかにした
RNAガイド型の転写因子という、これまで知られていなかった新しいタイプの遺伝子発現制御機構を発見した
バクテリオファージが宿主操作のためにTldRを利用しているという、興味深い共進化の例を示した
この研究のアプリケーション
新しい人工転写因子の設計への応用が期待される
細菌の遺伝子発現を操作する新しいツールとして、バイオテクノロジー分野での利用が考えられる
細菌の病原性制御や、有用物質生産への応用の可能性がある
バクテリオファージを用いた細菌感染症治療法の開発に貢献する可能性がある
著者と所属
Tanner Wiegand - コロンビア大学生化学・分子生物物理学部
Florian T. Hoffmann - コロンビア大学生化学・分子生物物理学部
Matt W. G. Walker - コロンビア大学生物科学部
詳しい解説
本研究は、トランスポゾンと呼ばれる「動く遺伝因子」に由来するタンパク質が、進化の過程で新たな機能を獲得し、RNAの助けを借りて遺伝子の発現を調節する「転写因子」に変化したことを明らかにしました。
研究チームは、バイオインフォマティクス解析により、トランスポゾンがコードするTnpBタンパク質に似ているものの、DNA切断活性を失った新しいタンパク質群を発見しました。これらのタンパク質は、TldR (TnpB-like nuclease-dead repressors)と名付けられました。
詳細な実験により、TldRは短いRNAガイドを使ってDNAの特定配列を認識し、その部位での遺伝子の転写を抑制することが分かりました。特に、細菌の運動性に関わる鞭毛タンパク質(FliC)や、栄養素の取り込みに関与するOppAタンパク質の遺伝子発現を制御していることが明らかになりました。
さらに興味深いことに、一部のバクテリオファージ(細菌に感染するウイルス)が、このTldRシステムを利用して宿主細菌の遺伝子発現を操作していることも発見されました。これは、ウイルスと宿主の共進化の新たな例を示すものです。
この研究成果は、生物の進化における遺伝子の再利用と適応の新たな例を示すとともに、これまで知られていなかった新しいタイプの遺伝子発現制御機構の存在を明らかにしました。今後、この発見は新しい人工転写因子の設計や、細菌の遺伝子発現を操作する新しいツールの開発など、バイオテクノロジー分野での応用が期待されます。
植物ゲノムへの効率的で正確な遺伝子挿入を実現する新技術の開発
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07613-8
植物ゲノムへの遺伝子挿入を高効率かつ正確に行う新技術「TATSI」(Transposase-assisted target-site integration)の開発に成功した研究。この技術は、トランスポゾンの特性とCRISPR-Cas9システムを組み合わせることで、従来の方法よりも高い効率と精度でゲノムの特定の位置に遺伝子を挿入することを可能にした。
事前情報
植物における従来の遺伝子挿入技術は効率が低く、挿入位置も不正確だった
トランスポゾンは自身のDNAを切り出し、ゲノムの別の場所に挿入する能力を持つ
CRISPR-Cas9システムは、ゲノムの特定の位置を正確に切断できる
行ったこと
イネのPongトランスポゾンのタンパク質とCas9タンパク質を融合させたシステムを開発
シロイヌナズナと大豆で、このシステムを用いた遺伝子挿入実験を実施
挿入効率、精度、挿入可能なDNAの大きさなどを詳細に分析
検証方法
PCR法とDNAシーケンシングによる挿入の検出と確認
蛍光タンパク質を用いた可視化実験
挿入位置のゲノムワイド解析
挿入されたDNAの完全性の確認
分かったこと
TATSIは従来の方法よりも高い効率で遺伝子挿入が可能(シロイヌナズナで最大35.5%、大豆で18.2%)
挿入位置の精度が高く、目的の位置の周辺4塩基以内に66.8%が挿入された
最大8.6kbのDNAを挿入可能であることを確認
挿入されたDNAは完全性が高く、機能を保持していた
この研究の面白く独創的なところ
トランスポゾンの特性とCRISPR-Cas9の精度を組み合わせた斬新なアプローチ
「ゲノムの寄生虫」と考えられていたトランスポゾンを、有用な遺伝子工学ツールに転換した点
モデル植物だけでなく、重要な作物である大豆でも成功を示した実用性
この研究のアプリケーション
効率的な作物改良技術としての応用
複数の有用形質を持つ新品種の開発促進
植物の基礎研究における遺伝子機能解析ツールとしての利用
医薬品や工業原料となる物質を生産する組換え植物の作出
著者と所属
Peng Liu - ドナルド・ダンフォース植物科学センター
Kaushik Panda - ドナルド・ダンフォース植物科学センター
R. Keith Slotkin - ドナルド・ダンフォース植物科学センター、ミズーリ大学コロンビア校生物科学部門
詳しい解説
この研究は、植物ゲノム工学における大きな課題の一つである、効率的かつ正確な遺伝子挿入の問題に挑戦したものです。研究チームは、トランスポゾンと呼ばれる「動く遺伝子」の特性を巧みに利用し、CRISPR-Cas9システムの精度の高さと組み合わせることで、新しい遺伝子挿入技術「TATSI」を開発しました。
TATSIの核心は、イネのPongトランスポゾンから得られたタンパク質とCas9タンパク質を融合させた点にあります。この融合タンパク質は、トランスポゾンの高い挿入能力とCRISPR-Cas9の正確な位置特異性を兼ね備えています。実験では、モデル植物であるシロイヌナズナと、重要な作物である大豆の両方で、この技術の有効性が示されました。
TATSIの特筆すべき点は、その高い効率と精度です。従来の方法では数パーセント程度だった挿入効率が、TATSIではシロイヌナズナで最大35.5%、大豆で18.2%にまで向上しました。また、挿入位置の精度も非常に高く、目的の位置の周辺4塩基以内に66.8%が挿入されました。さらに、最大8.6kbという比較的大きなDNAの挿入にも成功し、挿入されたDNAが高い完全性を保持していることも確認されました。
この技術の開発は、植物ゲノム工学に新たな可能性をもたらします。効率的な作物改良技術として、複数の有用形質を持つ新品種の開発を加速させる可能性があります。また、基礎研究における遺伝子機能解析ツールとしての利用や、医薬品や工業原料となる物質を生産する組換え植物の作出にも応用が期待されます。
TATSIの開発は、「ゲノムの寄生虫」と考えられてきたトランスポゾンを有用なツールに転換したという点でも画期的です。この研究は、自然界に存在する生命現象を深く理解し、それを巧みに利用することで、革新的な技術開発が可能であることを示す好例と言えるでしょう。
キラル分子を挿入したTaS2超伝導体で非従来型超伝導を実現
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07625-4
キラル分子を挿入したTaS2超伝導体において、非従来型超伝導の特徴が観測された。面内上部臨界磁場がパウリ常磁性限界を大きく超えること、リトル・パークス測定におけるπ位相シフト、磁場なしでの超伝導ダイオード効果などが確認された。
事前情報
キラル超伝導体は、時間反転対称性の破れを持つ特殊な非従来型超伝導体である
キラル分子は対称中心を持たず、超伝導体格子に非中心対称性をもたらす可能性がある
TaS2は層状超伝導体として知られている
行ったこと
キラル分子(R-MBA, S-MBA)とアキラル分子(TEAB)をTaS2に挿入し、ハイブリッド超格子を作製
作製した試料の電気伝導特性を測定
リトル・パークス効果の測定
臨界電流の磁場依存性測定
検証方法
X線回折による層間距離の確認
4端子法による電気抵抗測定
リング状デバイスを用いたリトル・パークス効果の測定
臨界電流の磁場依存性測定による超伝導ダイオード効果の評価
分かったこと
キラル分子挿入TaS2では、パウリ常磁性限界を超える高い面内上部臨界磁場が観測された
キラル分子挿入TaS2のリトル・パークス効果測定で、π位相シフトが確認された
キラル分子挿入TaS2では、磁場なしでの超伝導ダイオード効果が観測された
アキラル分子挿入TaS2では、これらの効果は観測されなかった
研究の面白く独創的なところ
キラル分子の挿入という単純な方法で、非従来型超伝導の特徴を引き出すことに成功した
分子の対称性が超伝導特性に直接影響を与えることを示した
従来の固体超伝導体では実現が難しかった非中心対称性を、分子挿入により実現した
この研究のアプリケーション
トポロジカル量子コンピューティングへの応用可能性
新しい超伝導デバイス(超伝導ダイオードなど)の開発
分子設計による超伝導特性の制御手法の確立
非従来型超伝導体の新しい設計指針の提供
著者と所属
Zhong Wan - カリフォルニア大学ロサンゼルス校 化学・生化学部
Gang Qiu - カリフォルニア大学ロサンゼルス校 電気・コンピューター工学部
Xiangfeng Duan - カリフォルニア大学ロサンゼルス校 化学・生化学部、カリフォルニアナノシステム研究所
詳しい解説
本研究は、キラル分子を層状超伝導体TaS2に挿入することで、非従来型超伝導の特徴を引き出すことに成功した画期的な成果です。
まず、キラル分子(R-MBA, S-MBA)とアキラル分子(TEAB)をTaS2に挿入し、ハイブリッド超格子を作製しました。X線回折により、分子挿入によって層間距離が拡大していることを確認しています。
電気伝導特性の測定では、キラル分子挿入TaS2において、パウリ常磁性限界を大きく超える面内上部臨界磁場が観測されました。これは、非従来型超伝導の特徴の一つです。
さらに、リング状デバイスを用いたリトル・パークス効果の測定では、キラル分子挿入TaS2でπ位相シフトが確認されました。これは、超伝導秩序パラメータの位相が非自明な空間分布を持つことを示唆しています。
また、臨界電流の磁場依存性測定により、キラル分子挿入TaS2では磁場なしでの超伝導ダイオード効果が観測されました。これは、時間反転対称性の破れを示唆する重要な発見です。
興味深いことに、これらの非従来型超伝導の特徴は、アキラル分子挿入TaS2では観測されませんでした。このことから、分子のキラリティが超伝導特性に直接影響を与えていることが明らかになりました。
本研究の独創性は、キラル分子の挿入という比較的単純な方法で、非従来型超伝導の特徴を引き出すことに成功した点にあります。従来の固体超伝導体では実現が難しかった非中心対称性を、分子挿入により実現したことも大きな成果です。
この研究成果は、トポロジカル量子コンピューティングへの応用可能性や、新しい超伝導デバイスの開発につながる可能性があります。また、分子設計による超伝導特性の制御手法の確立や、非従来型超伝導体の新しい設計指針の提供など、幅広い応用が期待されます。
亜鉛が根粒の窒素固定を調節する新しい分子メカニズムを解明
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07607-6
マメ科植物は、根に形成される根粒という特殊な器官で窒素固定を行い、環境条件に応じてその機能を調節します。本研究では、窒素固定の調節に関わる新しい因子FUNを同定し、その制御メカニズムを解明しました。
事前情報
マメ科植物は根粒で窒素固定を行い、土壌の窒素濃度に応じてその機能を調節する
根粒の機能調節メカニズムは完全には解明されていない
金属イオンが細胞内シグナル伝達に関与することが知られている
行ったこと
根粒機能を制御する遺伝子のスクリーニングを行い、FUNを同定した
FUNの機能と制御メカニズムを生化学的・細胞生物学的に解析した
根粒内の亜鉛濃度変化を測定した
FUNの標的遺伝子を同定した
検証方法
遺伝子変異体の表現型解析
タンパク質の生化学的解析(熱安定性、動的光散乱、小角X線散乱、電子顕微鏡観察)
遺伝子発現解析(RNA-seq、qRT-PCR)
蛍光プローブを用いた細胞内亜鉛濃度測定
X線蛍光分析による根粒内亜鉛分布の観察
トランスアクティベーションアッセイによる転写活性の測定
分かったこと
FUNは根粒特異的に発現し、窒素固定の抑制に関与する
FUNは亜鉛結合によってフィラメント状の不活性構造を形成する
土壌の窒素濃度上昇により根粒内の亜鉛濃度が低下する
亜鉛濃度低下によりFUNが活性化し、根粒機能抑制遺伝子の発現を誘導する
FUNはNRT2.1、HO1、NAC094など複数の標的遺伝子を直接制御する
研究の面白く独創的なところ
亜鉛が細胞内セカンドメッセンジャーとして機能することを発見
タンパク質のフィラメント形成が転写因子の活性を制御する新しいメカニズムを解明
環境変化に応じた代謝調節の新しい分子基盤を提示
この研究のアプリケーション
窒素固定能力の向上した作物の開発
窒素肥料の使用効率を高める農業技術の開発
金属イオンを介した細胞内シグナル伝達の新しい制御方法の開発
他の転写因子の活性制御機構の解明への応用
著者と所属
Jieshun Lin, Peter K. Bjørk, Marie V. Kolte (Aarhus University, Denmark)
詳しい解説
本研究は、マメ科植物の根粒における窒素固定の制御メカニズムに新しい知見をもたらしました。研究チームは、窒素固定を制御する新しい因子としてFUNを同定し、その機能と制御メカニズムを詳細に解析しました。
FUNは根粒特異的に発現するbZIP型転写因子で、土壌の窒素濃度が上昇した際に根粒の機能を抑制する役割を持つことが明らかになりました。興味深いことに、FUNの活性は亜鉛によって制御されています。亜鉛濃度が高い時、FUNはフィラメント状の不活性な構造を形成します。一方、亜鉛濃度が低下するとFUNは活性化し、NRT2.1、HO1、NAC094などの標的遺伝子の発現を誘導して根粒機能を抑制します。
研究チームは、土壌の窒素濃度が上昇すると根粒内の亜鉛濃度が低下することを発見しました。これにより、FUNが活性化され、根粒機能の抑制が引き起こされるのです。この発見は、亜鉛が細胞内セカンドメッセンジャーとして機能し、環境変化を代謝調節に結びつける新しいメカニズムを示しています。
タンパク質のフィラメント形成による転写因子の活性制御は、これまでに報告のない新しいメカニズムです。この発見は、他の転写因子の制御機構の解明にも応用できる可能性があります。
本研究の成果は、窒素固定能力の向上した作物の開発や、窒素肥料の使用効率を高める農業技術の開発につながる可能性があります。また、金属イオンを介した細胞内シグナル伝達の新しい制御方法の開発にも貢献する可能性があります。
ブリッジRNAが標的DNAとドナーDNAを結びつけ、プログラム可能な組換えを実現
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07552-4
IS110挿入配列の機能と構造を解明し、そのDNA組換え機構がプログラム可能であることを示した研究。IS110がブリッジRNAと呼ばれる非コードRNAを発現し、このRNAが標的DNAとドナーDNAの両方を認識することで、特異的なDNA組換えを可能にしていることを発見した。このブリッジRNAの配列を変更することで、任意のDNA配列を認識させることができ、DNA挿入、切り取り、逆位などの様々なゲノム編集が可能になることを実証した。
事前情報
IS110は細菌の転移因子の一種で、自身のDNAを切り出して別の場所に挿入する能力を持つ
IS110の組換え機構の詳細は不明だった
他の転移因子では、特定のDNA配列を認識するタンパク質が重要な役割を果たしている
行ったこと
IS110の非コード領域の配列解析と二次構造予測
IS621(IS110の一種)のin vitro組換え実験
ブリッジRNAの標的認識配列の改変実験
大腸菌を用いたin vivo DNA組換え実験
様々なIS110ファミリーメンバーの比較解析
検証方法
配列解析と構造予測ソフトウェアを用いたブリッジRNA構造の同定
蛍光標識したIS621リコンビナーゼとRNAを用いた結合実験
改変したブリッジRNA配列を用いたDNA組換え効率の測定
次世代シーケンシングを用いた組換え産物の解析
系統解析によるIS110ファミリー内でのブリッジRNA保存性の評価
分かったこと
IS110はブリッジRNAと呼ばれる非コードRNAを発現している
ブリッジRNAは2つの内部ループを持ち、それぞれが標的DNAとドナーDNAを認識する
ブリッジRNAの配列を変更することで、任意のDNA配列を認識させることができる
この仕組みを利用して、DNA挿入、切り取り、逆位などの様々なゲノム編集が可能
ブリッジRNAを介したDNA認識機構はIS110ファミリー全体で保存されている
研究の面白く独創的なところ
従来知られていなかった全く新しいRNA依存的DNA組換え機構の発見
1つのRNAで2つの異なるDNA配列を同時に認識するという独特な仕組み
配列設計によって任意のDNA配列を認識できるプログラム可能性
挿入、切り取り、逆位など多様なゲノム編集を1つの系で実現できる柔軟性
この研究のアプリケーション
新しいゲノム編集ツールとしての応用
大規模なDNA断片の挿入や再配置が可能になる
より精密で多様なゲノム操作技術の開発
合成生物学や遺伝子治療への応用の可能性
細菌の進化や遺伝子水平伝播メカニズムの理解の深化
著者と所属
Matthew G. Durrant - Arc Institute, Department of Bioengineering, University of California, Berkeley
Nicholas T. Perry - Arc Institute, Department of Bioengineering, University of California, Berkeley
Patrick D. Hsu - Arc Institute, Department of Bioengineering, University of California, Berkeley, Center for Computational Biology, University of California, Berkeley
詳しい解説
本研究は、細菌の転移因子IS110の機能と構造を詳細に解析し、その独特なDNA組換え機構を明らかにしたものです。
研究チームはまず、IS110の非コード領域に注目し、配列解析と二次構造予測を行いました。その結果、IS110が「ブリッジRNA」と名付けられた特殊な非コードRNAを発現していることを発見しました。このRNAは2つの内部ループを持ち、それぞれが標的DNAとドナーDNA(IS110自身のDNA)を認識することが分かりました。
次に、IS621(IS110の一種)を用いてin vitro組換え実験を行い、ブリッジRNAがIS621リコンビナーゼタンパク質と結合し、DNA組換えに必須であることを示しました。さらに興味深いことに、ブリッジRNAの配列を変更することで、任意のDNA配列を認識させることができました。
大腸菌を用いたin vivo実験では、ブリッジRNAのプログラム可能性を活かして、DNA挿入、切り取り、逆位など様々なゲノム編集が可能であることを実証しました。また、次世代シーケンシングを用いて組換え産物を詳細に解析し、その特異性と効率を評価しました。
最後に、様々なIS110ファミリーメンバーの比較解析を行い、ブリッジRNAを介したDNA認識機構がIS110ファミリー全体で保存されていることを明らかにしました。
この研究の独創的な点は、1つのRNAで2つの異なるDNA配列を同時に認識するという、これまでに知られていなかった全く新しいRNA依存的DNA組換え機構を発見したことです。また、配列設計によって任意のDNA配列を認識できるプログラム可能性や、挿入、切り取り、逆位など多様なゲノム編集を1つの系で実現できる柔軟性も注目に値します。
この発見は、新しいゲノム編集ツールとしての応用が期待されます。特に、大規模なDNA断片の挿入や再配置が可能になることから、より精密で多様なゲノム操作技術の開発につながる可能性があります。また、合成生物学や遺伝子治療への応用も考えられます。さらに、この研究は細菌の進化や遺伝子水平伝播メカニズムの理解を深めることにも貢献するでしょう。
最後に
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