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論文まとめ361回目 SCIENCE 単細胞生物が曲げ折り紙の原理で高速に形状変化する仕組みを解明!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなSCIENCEです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Defining the KRAS- and ERK-dependent transcriptome in KRAS-mutant cancers
KRAS変異がんにおけるKRAS及びERK依存的な転写産物の同定
「KRAS遺伝子の変異は多くのがんの原因だが、その詳しい仕組みは分かっていなかった。本研究は、KRAS変異がんでERKというタンパク質を介して遺伝子発現を大規模に変化させていることを明らかにした。さらに、この変化が細胞周期の制御に深く関わっていることも分かった。KRAS阻害薬とERK阻害薬に対する耐性メカニズムの解明にもつながる重要な発見である。」

Determining the ERK-regulated phosphoproteome driving KRAS-mutant cancer
KRAS変異がんを駆動するERK制御リン酸化プロテオームの決定
「がん遺伝子KRASによって活性化されるERKキナーゼが、細胞内のタンパク質をリン酸化して制御することでがんを促進する仕組みを大規模に解析しました。ERKによって新たに見出された1500以上のリン酸化タンパク質の中には、細胞周期やRHOシグナルに関わるものが多く含まれ、それらの一部はすい臓がんの増殖に必須であることがわかりました。この成果は、KRAS阻害剤に対する患者の反応性や耐性のメカニズムの解明に重要だと考えられます。」

Curved crease origami and topological singularities enable hyperextensibility of L. olor
L. olor の超伸長性を可能にする曲げ折り紙と位相特異点
「単細胞生物のラクリマリア・オロールは、獲物を狙うために体長の30倍もの長い首のような突起を30秒以内に伸ばすことができます。研究者たちは、この驚異的な形状変化のメカニズムを調べ、細胞内で曲げ折り紙のような構造が作られていることを突き止めました。マイクロチューブと細胞膜が層状に折りたたまれており、折れ目に特異点が存在することで、高速かつ可逆的に形を変えられるのです。この発見は、細胞レベルでの形状制御の理解を深めるとともに、マイクロロボットなどへの応用が期待されます。」

WS2 ribbon arrays with defined chirality and coherent polarity
キラリティと極性が制御されたWS2リボンアレーの合成
「この研究では、タングステンジスルフィド(WS2)の一次元ナノリボンを基板上で整列させて成長させることに世界で初めて成功しました。リボンのねじれ方向(キラリティ)と極性を精密に制御できるようになり、一次元材料の大規模集積化への道が開けました。リボンアレイにより強い光起電力効果も実証され、太陽電池などへの応用が期待されます。」

Cellular architecture shapes the naïve T cell response
ナイーブT細胞の応答を形作る細胞構造
「T細胞の抗原応答は、細胞ごとに異なる運命をたどります。研究チームは、ナイーブT細胞の核膜の凹凸が、T細胞受容体シグナルの強さと抗原応答後の分化運命を左右することを発見しました。凹凸の多いT細胞は、抗原刺激後に強いシグナルを出し、エフェクター様の細胞に分化しやすいのに対し、凹凸の少ないT細胞は、メモリー前駆細胞になりやすいことがわかりました。つまり、T細胞の形が、免疫応答の方向性を事前に決めているようです。」


要約

KRAS変異がんにおけるERK経路依存的な転写制御の全容解明

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adk0775

本研究は、KRAS変異がんにおけるKRASとERK依存的な遺伝子発現の全容を明らかにし、ERKがKRAS変異がんの増殖を促進する主要な経路であることを示した。さらに、ERKが細胞周期制御複合体APC/Cなどを介して細胞周期を多層的に制御していることを見出した。これらの知見は、KRAS変異がんの増殖メカニズムの理解を深め、KRAS-ERK経路を標的とした治療に対する耐性メカニズムの解明に貢献すると期待される。

事前情報

  • KRAS遺伝子の変異は、がんにおいて最も高頻度に見られる遺伝子異常の1つである。

  • 最近、KRAS変異を直接阻害する薬剤が承認されたが、その効果は限定的で、耐性の出現も早い。

  • KRASによる発がんメカニズムや阻害剤耐性のメカニズムは十分に解明されていない。

行ったこと

  • KRAS変異膵臓がん細胞株を用いて、KRASをノックダウンした時の遺伝子発現変化をRNA-seqで網羅的に解析した。

  • KRAS及びERK阻害剤を用いて、様々ながん種のKRAS変異細胞・動物モデルでの遺伝子発現変化を調べた。

  • ERK阻害剤を用いて、ERKによるリン酸化やタンパク質発現の制御を質量分析で解析した。

  • CRISPR スクリーニングを行い、KRAS変異がん細胞の生存に必須の遺伝子を同定した。

  • KRAS及びERK阻害剤を投与された患者の腫瘍サンプルでの遺伝子発現変化を調べた。

検証方法

  • RNA-seqによる遺伝子発現解析

  • 質量分析によるリン酸化・タンパク質発現解析

  • CRISPRスクリーニングによる遺伝子の機能解析

  • 患者腫瘍サンプルでの遺伝子発現解析

分かったこと

  • KRASはERKを介して遺伝子発現を広範に制御していた。

  • KRASとERKにより制御される遺伝子群は細胞周期に関連するものが多数含まれていた。

  • ERKは転写因子や後成的修飾酵素の活性を制御することで、遺伝子発現を二次的に変化させていた。

  • ERKは細胞周期制御複合体APC/Cの活性も制御していた。

  • KRAS-ERKによる遺伝子発現制御はがん種を超えて保存されていた。

  • KRAS及びERK阻害により変動する遺伝子発現は、阻害剤への耐性とも関連していた。

研究の面白く独創的なところ

  • KRASによる発がんメカニズムを、ERKを介した多層的な遺伝子発現制御という観点から包括的に解明した。

  • 質量分析と遺伝子発現解析を統合することで、リン酸化による発現制御まで含めた多面的な解析を行った。

  • 様々ながん種の細胞・動物モデル、及び臨床検体での検証により、知見の普遍性を示した。

この研究のアプリケーション

  • KRAS変異がんに対するERK阻害剤の適用可能性を示唆する。

  • KRAS-ERKにより制御される遺伝子は、新規治療標的となり得る。

  • 本研究で同定された遺伝子発現変化は、阻害剤の効果予測マーカーとして利用できる可能性がある。

著者と所属
Jeffrey A. Klomp (University of North Carolina at Chapel Hill) Jennifer E. Klomp (University of North Carolina at Chapel Hill)
Channing J. Der (University of North Carolina at Chapel Hill)

詳しい解説
 本研究は、KRAS変異がんにおけるKRASとERK依存的な遺伝子発現制御の全容を明らかにした画期的な研究である。研究チームは、膵臓がん細胞株を用いた網羅的な遺伝子発現解析により、KRASがERKを介して非常に多くの遺伝子の発現を制御していることを見出した。そしてそれらの遺伝子の多くが細胞周期に関連するものであった。
さらに質量分析による解析から、ERKがリン酸化を介して様々な転写因子や後成的修飾酵素の活性を制御し、二次的な遺伝子発現の変化を引き起こしていることが分かった。特に、細胞周期制御において重要な役割を果たすAPC/C複合体の活性もERKにより制御されていた。
研究チームは様々ながん種の細胞株や動物モデルを用いた検証を行い、KRAS-ERKによる遺伝子発現制御の普遍性を示した。また、KRAS及びERK阻害剤を投与された患者の腫瘍サンプル解析から、本研究で同定された遺伝子発現変化が阻害剤への反応性や耐性とも関連することを明らかにした。
本研究の成果は、KRAS変異がんの発がんメカニズムの理解を大きく前進させるものである。KRAS-ERK経路を標的とした治療戦略の開発や耐性メカニズムの克服に向けた重要な知見となるだろう。また、本研究で同定された遺伝子群は新たな治療標的としても期待される。
KRASはこれまで「undruggable」と呼ばれてきたが、本研究はKRAS変異がんという難敵への挑戦に新たな道筋をつけたと言えるだろう。今後のさらなる研究の進展が大いに期待される。


KRASがん由来のERK制御リン酸化プロテオームを網羅的に解明

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adk0850

KRAS変異により恒常的に活性化されるRAF-MEK-ERKシグナル伝達経路は、多様な機能をもつタンパク質をリン酸化することでがんを促進する。本研究では、KRASに最も依存するがん種の一つであるすい臓がんを対象に、改良型質量分析法を用いてERK依存的リン酸化プロテオームを網羅的に解析した。その結果、ERKによって直接的または間接的にリン酸化を受ける2123のタンパク質を同定し、その67%は従来ERKとの関連が知られていなかった。またモチーフ解析から、ERK依存的リン酸化を担うプロテインキナーゼのネットワークを明らかにした。ERKリン酸化プロテオームの17%はすい臓がんの増殖に必須であり、その多くは細胞周期制御やRho GTPaseシグナルに関与していた。本研究は、変異KRASによって駆動される病的なERKシグナル伝達の全体像を提示するものであり、KRAS阻害剤に対する患者の応答性や耐性のメカニズムの解明に重要な知見を与えると考えられる。

事前情報

  • KRASはヒトがんで最も高頻度に変異が見られる遺伝子の一つであり、KRAS変異に対する阻害剤が最近承認されたが、その臨床効果は限定的である。

  • RAF-MEK-ERKキナーゼカスケードは、KRASの下流で恒常的に活性化され、がん化を促進する。

  • ERKの基質の中にはMYCやFRA1など重要ながん遺伝子が含まれるが、KRAS変異がん化を促進するERK基質の全体像は明らかにされていない。

行ったこと

  • すい臓がん細胞株を用いて、薬理学的ERK阻害による即時的(1時間)および遅延的(24時間)なリン酸化変動を質量分析で網羅的に解析した。

  • 同定されたリン酸化部位のモチーフ解析から、ERK依存的リン酸化を制御するプロテインキナーゼのネットワークを推定した。

  • ERKリン酸化プロテオームとすい臓がんの遺伝子発現および増殖への依存性を統合解析した。

検証方法

  • タンデムマスタグ(TMT)を用いた定量的質量分析

  • モチーフ解析ツールを用いたキナーゼ-基質関係の推定

  • ERK活性型変異体の機能解析

  • DepMapデータベースを用いた遺伝子依存性解析

分かったこと

  • ERKは2123のタンパク質上の4666リン酸化部位を制御しており、その79%は新規のERK依存的リン酸化部位だった。

  • ERK1とERK2は冗長的に機能し、いずれか一方でもKRAS変異すい臓がんの増殖を支持できる。

  • ERK阻害1時間後はERKとRSKの基質の脱リン酸化が優位だが、24時間後にはCDK依存的リン酸化の減少が顕著になる。

  • ERKリン酸化プロテオームの17%はすい臓がんの増殖に必須であり、細胞周期制御とRho GTPaseシグナルに関与するタンパク質が濃縮されていた。

研究の面白く独創的なところ

  • 従来の研究に比べ、はるかに深くかつ広範なERK依存的リン酸化事象を明らかにした点。

  • リン酸化部位のモチーフ解析から、ERK依存的リン酸化を制御するキナーゼネットワークを推定した点。

  • ERK活性型変異体を用いて、ERK1とERK2が冗長的に機能することを示した点。

  • ERK阻害の時間的な影響を追跡し、即時的および遅延的な下流シグナルの動態を明らかにした点。

この研究のアプリケーション

  • KRAS阻害剤に対する患者の応答性や獲得耐性のメカニズムの解明。

  • ERK依存的リン酸化を標的とした新規のがん治療法の開発。

  • ERKシグナル伝達の基礎生物学的理解の深化。

  • 他のがん種や組織、生物種へのERKリン酸化プロテオーム情報の応用。

著者と所属
Jennifer E. Klomp, Lineberger Comprehensive Cancer Center, University of North Carolina at Chapel Hill.
J. Nathaniel Diehl, Curriculum in Genetics and Molecular Biology, University of North Carolina at Chapel Hill.
Clint A. Stalnecker, Lineberger Comprehensive Cancer Center, Department of Pharmacology, University of North Carolina at Chapel Hill. (他17名省略)

詳しい解説
本研究は、変異KRASによって駆動されるがんにおいて、ERKキナーゼが制御する広範なリン酸化シグナリングの全体像を明らかにしたものです。研究チームは、KRAS変異に強く依存するすい臓がんに着目し、ERK特異的阻害剤を用いた時系列の質量分析によって、ERK依存的リン酸化プロテオームを網羅的に同定しました。
その結果、ERKは4666のリン酸化部位を介して2123のタンパク質の機能を制御しており、それらの大半は従来ERKとの関連が知られていなかったことがわかりました。このことは、ERKがこれまで考えられていたよりもはるかに複雑で多様な機能を担っていることを示唆しています。
さらに研究チームは、ERK依存的リン酸化のモチーフ解析から、ERKの下流で機能するプロテインキナーゼのネットワークを推定しました。ERK阻害後の時間経過を追跡したところ、短時間ではERKとその直接の基質であるRSKの活性低下が優位でしたが、長時間経過後にはCDKなど他のキナーゼ依存的なリン酸化の減少が顕著になりました。このようなダイナミックなリン酸化の変化は、ERKが細胞内シグナルを時間的に制御している様子を映し出しています。
また本研究では、ERKリン酸化プロテオームとすい臓がんの遺伝子発現および増殖への依存性を統合的に解析しました。その結果、ERKの基質の17%はすい臓がんの増殖に必須であり、特に細胞周期制御とRho GTPaseシグナルに関わるタンパク質群が重要であることが示唆されました。実際、cyclin dependent kinase(CDK)やRho GTPase関連因子を標的とした阻害剤との併用により、KRAS変異すい臓がんに対するERK阻害剤の効果が増強されることを見出しています。
本研究の成果は、変異KRASによって駆動される病的なERKシグナル伝達の全体像を提示するものであり、基礎生物学的にもインパクトの大きい発見だと言えます。さらに、KRAS阻害剤に対する患者の応答性や獲得耐性のメカニズムの解明、あるいはERKの下流で機能する様々なキナーゼを標的とした新たながん治療法の開発など、本研究の知見は広く応用されることが期待されます。
ERKはKRASにより活性化される主要なキナーゼであり、MYCなどの重要ながん遺伝子の発現を誘導することが知られていました。しかし本研究により、ERKはリン酸化を介してはるかに広範かつ複雑な基質ネットワークを制御しており、それらががん化シグナルの根幹をなすことが明らかになりました。21世紀に入って以降、質量分析技術の目覚ましい発展によりリン酸化プロテオミクス研究は大きく進展しましたが、本研究はさらに精密な手法を開発し、変異KRASに起因するERKシグナル伝達の実態解明に大きく貢献したと言えるでしょう。


単細胞生物が曲げ折り紙の原理で高速に形状変化する仕組みを解明

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adk5511

L. olor という単細胞生物は、30 秒以内に体長の 30 倍にも及ぶ首のような突起(proboscis)を伸縮させることができる。この驚異的な形態変化のメカニズムを、高解像度イメージングにより調べたところ、細胞皮層の細胞骨格とそれに付随する膜が、曲げ折り紙のような多層構造を形成していることが分かった。この曲げ折り紙構造には、topological singularity と呼ばれる特異点が存在し、それによって proboscis の高速かつ可逆的な伸縮が制御されている。物理モデルを用いた解析から、特異点のダイナミクスが、非アフィン的(巻き取り式)な折り紙の展開をもたらすことも明らかになった。本研究は、幾何学的制御を通じて細胞レベルで複雑な挙動がいかに実現されるかを示した好例であり、マイクロロボティクスや展開構造物への応用にも道を開くものである。

事前情報

  • 単細胞生物は、狩りや消化など様々な機能を実現するために多様な形態をとる。

  • L. olor は獲物を捕まえるために、体長の 30 倍にも及ぶ首状の突起(proboscis)を 30 秒以内に伸縮させる。

  • 細胞レベルでの形態変化の根本的な限界や、形状が挙動をどのようにコードしているかについては不明な点が多い。

行ったこと

  • L. olor の proboscis 伸長の様子をライブイメージングおよび共焦点・電子顕微鏡で観察した。

  • 細胞皮層の細胞骨格と膜構造を、伸長・収縮状態で可視化した。

  • 細胞骨格–膜複合体の本質的特徴を捉えるため、スケールアップした折り紙物理モデルを作製した。

検証方法

  • 高解像度イメージング

  • 蛍光顕微鏡法

  • 透過型電子顕微鏡法

  • 物理的な折り紙モデルの構築と解析

分かったこと

  • L. olor の proboscis 伸長は、らせん状に配置された縦走マイクロチューブバンドと、それに付随する膜のプリーツ状多層構造(曲げ折り紙)によって実現されている。

  • 曲げ折り紙構造には developable cone (d-cone) と twist singularity という 2 つの位相特異点が存在し、それらの連動したダイナミクスにより proboscis の非アフィン的な展開(巻き取り)が生じる。

  • 位相特異点は細胞内要素の配置を制御することで、細胞に複雑な挙動をもたらしている。

研究の面白く独創的なところ

  • 細胞内で曲げ折り紙構造が形成され、高速かつ大規模な形態変化を可能にしている点。

  • 位相特異点のダイナミクスが折り紙の展開を制御するという、スケールフリーな幾何学的原理の発見。

  • 単細胞生物の中に、ロボティクスや展開構造物のための設計図が隠れていたという着想の独創性。

この研究のアプリケーション

  • 細胞骨格パターン化曲げ折り紙を応用した、形状変化可能なバイオマテリアルの開発。

  • マイクロロボティクスにおける、幾何学的制御を通じた自律性の実現。

  • 宇宙建築物など、軽量な展開構造物の新しい設計指針。

著者と所属
Eliott Flaum (スタンフォード大学、生物物理学・生物工学) Manu Prakash (スタンフォード大学、生物工学・生物学・海洋学)

詳しい解説
単細胞生物のラクリマリア・オロール(L. olor)は、わずか 30 秒の間に自身の体長の 30 倍もの長さに達する首のような突起(proboscis)を伸ばして獲物を捕まえることができる。この驚異的な「超伸長性」のメカニズムを探るため、研究者たちは L. olor の細胞構造を様々な顕微鏡技術で詳細に観察した。その結果、proboscis の伸縮は細胞皮層の細胞骨格と膜が織りなす「曲げ折り紙」のような多層構造によって実現されていることが明らかになった。
細胞骨格は、らせん状に配置された縦走マイクロチューブバンドから成り、それに付随する細胞膜は規則正しくプリーツ状に折りたたまれている。このユニークな構造により、高速展開に必要な膜とマイクロチューブが蓄えられているのだ。さらに、この曲げ折り紙構造には developable cone (d-cone) と twist singularity と呼ばれる 2 つの位相特異点が存在することも分かった。
物理モデルを用いた解析から、d-cone と twist singularity の連動したダイナミクスが、proboscis の非アフィン的な展開(巻き取り式の伸長)を生み出していることが示された。つまり、これらの特異点が細胞内要素の時空間的配置を幾何学的に制御することで、巧みな形態変化が実現されているわけだ。本研究は、幾何学が細胞の複雑な挙動をいかにコードしうるかを示した好例だと言える。
この発見は細胞生物学の理解を深めるだけでなく、工学的にも大きな示唆を与えるものだ。細胞骨格パターン化曲げ折り紙という新概念は、形状変化能を備えたバイオマテリアル創出への道を開くだろう。また、幾何学的制御を通じて自律性を獲得するマイクロロボットのための設計戦略も見えてくる。さらには、宇宙建築物など軽量な展開構造物の新たな設計指針にもなり得るはずだ。
単細胞生物という一見シンプルな存在の中に、我々が求める革新的技術のヒントが隠れていたのかもしれない。古くて新しい「折り紙」の力を借りて、彼らはマイクロワールドに舞う軽やかなトランスフォーマーとなる。そんな生命のしなやかさに学ぶことで、私たちもまた新たな一歩を踏み出せるのではないだろうか。


キラリティと極性が制御された一次元WS2リボンアレイの合成に成功

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adn9476

この研究では、WS2の単結晶リボンアレイを、キラリティと極性を制御して合成することに成功した。リボンのキラリティは基板との相互作用により、アームチェア型、ジグザグ型、キラル型に制御できた。また、リボンと前駆体の界面エネルギーにより、極性方向も一方向に揃えられた。単一のアームチェアリボンで強い光起電力効果が見られ、極性が揃った約1000本のリボンアレイにより光電流を増強できた。

事前情報

  • 一次元のWS2などの遷移金属ダイカルコゲナイドは、p-n接合を使わずに光起電力効果を示すことが知られている。

  • しかし、デバイスの集積化による全体の出力電流の増強は課題だった。

  • リボン状の一次元WS2はこれまでにも合成例はあったが、キラリティや極性の制御は難しかった。

行ったこと

  • 基板上でWS2リボンを成長させる際の、リボンのキラリティと極性を原子レベルで制御する手法を開発した。

  • 基板との相互作用によりリボンのキラリティ(アームチェア型、ジグザグ型、キラル型)を制御した。

  • リボンと前駆体の界面エネルギーにより、リボンの極性方向を揃えた。

  • 約1000本のリボンアレイを作製し、光電流特性を評価した。

検証方法

  • 透過型電子顕微鏡や走査型トンネル顕微鏡で、リボンの原子構造やキラリティ、極性を確認した。

  • 単一リボンおよびリボンアレイの光起電力効果を測定した。

分かったこと

  • アームチェア型のWS2リボンで、単一リボンレベルで強い光起電力効果が見られた。

  • 極性が揃ったリボンを約1000本集積化したアレイにより、全体の光電流を増強できた。

  • 従来のp-n接合型太陽電池を超える変換効率の可能性が示唆された。

研究の面白く独創的なところ

  • 一次元WS2のキラリティと極性を原子レベルで制御する手法を開発した点が画期的。

  • 一次元材料の大規模・deterministic構造の集積化に道を開いた。

  • リボンアレイにより光起電力効果をデバイスレベルで増強できることを実証した。

この研究のアプリケーション

  • 一次元WS2リボンアレイの光起電力効果を利用した高効率太陽電池。

  • リボンの構造制御技術を応用した、オンチップ光電子デバイスの開発。

著者と所属
Guodong Xue 1,2, Ziqi Zhou 1,3, Quanlin Guo 1,4, Yonggang Zuo 5, Wenya Wei 6, Jiashu Yang 7, Peng Yin 2, Shuai Zhang 8, Ding Zhong 2, Yilong You 1, Xin Sui 9, Chang Liu 9, Muhong Wu 9, Hao Hong 1, Zhu-Jun Wang 10, Peng Gao 9, Qunyang Li 8, Libo Zhang 5, Dapeng Yu 11, Feng Ding 7, Zhongming Wei 3, Can Liu 2, Kaihui Liu 1,9,12

  1. State Key Laboratory for Mesoscopic Physics, Frontiers Science Center for Nano-optoelectronics, Academy for Advanced Interdisciplinary Studies, School of Physics, Peking University, China

  2. Key Laboratory of Quantum State Construction and Manipulation (Ministry of Education), Department of Physics, Renmin University of China, China

  3. State Key Laboratory of Superlattices and Microstructures, Institute of Semiconductors, Chinese Academy of Sciences, China (他の所属は略)

詳しい解説
この研究は、一次元のタングステンジスルフィド(WS2)ナノリボンを、基板上で大規模に配列・集積化することに世界で初めて成功したものです。特に画期的なのは、個々のリボンのキラリティ(ねじれ方向)と極性を原子レベルで制御できる点です。
リボンのキラリティは、基板との相互作用を利用することで、アームチェア型、ジグザグ型、キラル型など望みの構造に”デザイン”できました。さらに、成長の過程でリボンと原料の界面エネルギーを制御することで、リボンの極性(プラスとマイナスの向き)をそろえることにも成功しました。
実際に作製したリボンアレイを使って光電流を測定したところ、アームチェア型の単一リボンで既に強い光起電力効果が見られました。さらに、極性の向きがそろった約1000本のリボンを集積化したアレイでは、光電流が大きく増強されることが分かりました。
これまで一次元のWS2は、p-n接合を作らなくても光を電気に変換できる材料として注目されてきました。しかし、実用レベルの出力を得るためには、ナノ構造を大規模に集積化する必要がありました。今回、原子レベルで構造が制御されたリボンアレイの作製に成功したことで、将来の高効率太陽電池などへの応用に大きく前進したと言えるでしょう。
独自に開発したリボンの成長技術は、他の一次元材料の構造制御にも応用できる可能性があります。リボンアレイを利用したオンチップデバイスの開発など、幅広い分野への波及効果が期待されます。


ナイーブT細胞の核構造が抗原応答を制御する

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adh8967

ナイーブT細胞は、抗原刺激後に再現性のある集団レベルの応答を示しますが、これは個々のT細胞が特定の分化経路を辿ることから生じます。しかし、これらの単一細胞の決定を制御する細胞内在性の事前決定因子は謎のままです。我々は、核膜陥入の有無(TOまたはTO)で定義されるナイーブCD8 T細胞の細胞内構造が、成熟、活性化、分化によって変化することを発見しました。T細胞受容体(TCR)刺激に応じて、ナイーブTØ細胞は、Ca2+流入の亢進に依存して初期応答遺伝子Nr4a1の発現が増加しました。その後、in vitroでの分化により、TØ細胞はTO細胞と比較してエフェクター様細胞を生成することがより多いことが明らかになりました。TO細胞は増殖が少なく、メモリー前駆体の表現型を優先的に採用しました。これらのデータは、細胞構造がナイーブCD8 T細胞運命の事前決定因子である可能性を示唆しています。

事前情報

  • T細胞は、感染の兆候を検出し、感染細胞を排除し、同じ病原体への再感染に対して長期的な保護を提供する

  • ナイーブT細胞は、抗原応答の際に多様な軌跡をたどる

  • 細胞の形態と細胞内構成要素の空間的構成の変動、すなわち細胞の構造が、細胞の不均一性の重要な源となる

行ったこと

  • 高スループット蛍光顕微鏡と深層学習ベースの単一細胞画像解析を組み合わせて、T細胞の細胞構造の不均一性(TARCH)を報告した

  • TARCHは3つのクラスで定義された:形態学的に分極したT細胞(TP)、深い核膜陥入(NEI)のない球形T細胞(TO、「従来型」)、およびNEIを有する球形T細胞(TØ、「縞模様」)

  • これらの3つのクラス間でのT細胞のアーキテクチャバランスが、T細胞の成熟、活性化、分化に伴ってシフトすることを示した

  • 抗原刺激後のTARCHサブセットの分子的および機能的応答の違いを調べた

検証方法

  • 高スループット蛍光顕微鏡と深層学習ベースの単一細胞画像解析

  • In vivo ウイルス感染後のナイーブCD8 T細胞の分化の解析

  • 抗原によるT細胞活性化後のTARCHサブセットの分子的および機能的応答の解析

  • 単一細胞の運命追跡による、TCR刺激後のTØおよびTO細胞の分化の解析

分かったこと

  • T細胞の細胞構造の不均一性(TARCH)が、TCRシグナルの強さと抗原刺激後の分化軌跡を事前に決定していた

  • TØアーキテクチャは、活性化後最初の数分でCa2+流入の亢進に依存して、より強いTCRシグナリングを示した

  • TØ細胞は、TO細胞と比較して早期に細胞分裂を開始し、エフェクター様T細胞の表現型と一致する大きなコロニーを形成した

  • TO細胞は、TCR刺激に対する分裂が遅く、メモリー表現型のT細胞に優先的に分化することを示唆する、TCF1+細胞を生成した

研究の面白く独創的なところ

  • T細胞の細胞構造の不均一性(TARCH)という新しい概念を提唱し、それがT細胞の運命決定に重要な役割を果たすことを示した点

  • 高スループット顕微鏡と深層学習を用いて、大規模な単一細胞の構造解析を可能にした点

  • 細胞構造という、これまであまり注目されていなかった細胞の特性が、免疫応答に重要な影響を与えることを明らかにした点

この研究のアプリケーション

  • 感染に対するT細胞応答の予測と治療的最適化への応用

  • 疾患と戦うためのT細胞応答の改善

  • T細胞の生物学における細胞構造という表現型次元の理解

  • 細胞構造に基づく新しいT細胞サブセットの同定と、それらの機能解析

著者と所属

  • Benjamin D. Hale, Institute of Molecular Systems Biology, Department of Biology, ETH Zürich, Zürich, Switzerland.

  • Yannik Severin, Institute of Molecular Systems Biology, Department of Biology, ETH Zürich, Zürich, Switzerland.

  • Berend Snijder, Institute of Molecular Systems Biology, Department of Biology, ETH Zürich, Zürich, Switzerland; Swiss Institute of Bioinformatics, Lausanne, Switzerland; Comprehensive Cancer Center Zurich (CCCZ), Zürich, Switzerland.

詳しい解説
この研究は、ナイーブT細胞の細胞構造の不均一性が、抗原刺激に対する応答の強さと分化の方向性を事前に決定づけていることを明らかにしました。
研究チームは、高スループット蛍光顕微鏡と深層学習を用いて、ヒトとマウスの一次T細胞の細胞構造を系統的に解析しました。その結果、T細胞の構造は、核膜の凹凸の有無によって、TO(凹凸なし、従来型)とTØ(凹凸あり、縞模様型)の2つのタイプに大別できることがわかりました。この核膜の凹凸は、小胞体、ミトコンドリア、核膜孔複合体などの細胞内小器官を凹部に濃縮させる働きがあります。
興味深いことに、T細胞の成熟、活性化、分化の過程で、TOとTØの割合が変化することが明らかになりました。例えば、ナイーブCD8 T細胞の60%はTØ型でしたが、ウイルス感染後の効果期にはTØ型が減少し、代わりにTP型(分極型)が増加しました。一方、感染28日後のメモリーT細胞では再びTØ型の割合が高くなりました。
さらに、抗原刺激後のTOとTØでは、T細胞受容体(TCR)シグナルの強さと分化の方向性が異なることが示されました。TØ型は、活性化直後のカルシウム流入が亢進することでTOよりも強いTCRシグナルを示し、増殖が早く、エフェクター様の細胞に分化しやすい傾向がありました。一方、TO型は増殖が遅く、メモリー前駆細胞に分化しやすいことが示唆されました。
以上の結果から、細胞構造という新しい軸でT細胞の不均一性を理解することで、抗原応答の強さと方向性を事前に予測できる可能性が示されました。この知見は、感染症やがんに対するT細胞応答の最適化につながる可能性があり、細胞構造という切り口からT細胞の基礎生物学と医療応用の新たな扉を開くものとして注目されます。


最後に
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