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論文まとめ364回目 Nature ハイブリッド在宅勤務は離職率を下げるが、生産性は下げない!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Optical manipulation of the charge-density-wave state in RbV3Sb5
RbV3Sb5における電荷密度波状態の光学的制御
「RbV3Sb5というカゴメ格子という特殊な構造をもつ物質は、低温で電荷密度波(CDW)という規則的な電子の偏りを示します。この研究では、レーザー光の照射方向を変えることでCDWの強度を可逆的に切り替えられること、また磁場をかけることでも同様の効果が得られることを発見しました。これは、RbV3Sb5のCDW状態が光と磁場で制御可能な特殊な状態にあることを示唆しています。」

Molecular and physiologic changes in the SpaceX Inspiration4 civilian crew
SpaceX Inspiration4の民間人クルーにおける分子および生理学的変化
「SpaceX Inspiration4は史上初の全民間人クルーによる宇宙飛行ミッションでした。このミッションでは、最年少の米国人宇宙飛行士や新しい実験技術が導入され、わずか3日間の宇宙滞在でも、身体には様々な生理的ストレス反応や神経前庭系の変化、認知機能の変化が生じることが分かりました。ただし、ほとんどの変化は地上に帰還後には元に戻っており、短期ミッションの健康リスクは低いと考えられます。この研究は、宇宙飛行が人体に与える影響を初期段階から詳細に測定する貴重な機会を提供しています。」

Experiment-free exoskeleton assistance via learning in simulation
シミュレーション学習により実験不要で実現するロボット義足の制御
「この研究は、シミュレーション上での機械学習を用いることで、実際の人間を使った実験を一切行わずにロボット義足の制御方法を学習する画期的な手法を提案しています。学習された制御器は、歩行、ランニング、階段昇降など様々な動作に対して自動で適切な制御を行うことができ、装着者の運動をアシストすることで、エネルギー消費を大幅に削減できることが示されました。この技術により、ロボット義足の開発が加速し、より多くの人々に恩恵をもたらすことが期待されます。」

A general strategy for the synthesis of taxane diterpenes
タキサンジテルペン合成のための汎用戦略
「タキサン系ジテルペンは抗がん剤パクリタキセルなどの重要な化合物群ですが、その中でもサイクロタキサンと呼ばれる一群の生物活性は未開拓でした。本研究では、分子骨格の変換に基づく汎用性の高い合成戦略を開発し、様々なタキサン骨格の合成に成功。立体電子効果を巧みに利用して複雑な多環式骨格を自在に作り分ける画期的な手法を実現しました。」

Hybrid working from home improves retention without damaging performance
ハイブリッド在宅勤務は離職率を改善するが、生産性は損なわない
「中国のIT企業で行われた大規模実験で、週2日の在宅勤務を認めると、離職率が3分の1減少し、特に通勤時間が長い人や女性で効果が大きいことが分かりました。一方で、在宅勤務による生産性の低下は見られませんでした。実験前は管理職の多くが在宅勤務に懐疑的でしたが、実験後には生産性への悪影響はないと考えを改めました。適度な在宅勤務は企業と従業員の双方にメリットがあると言えそうです。」

Mechanisms of actin filament severing and elongation by formins
フォーミンによるアクチンフィラメントの切断と伸長の仕組み
「フォーミンというタンパク質は、細胞の中で重要な働きをするアクチンという繊維状の構造を作ったり、切ったりする役割を持っています。今回の研究では、クライオ電子顕微鏡という技術を使って、2種類のフォーミン(INF2とDia1)がアクチンにどのように結合しているかを詳しく観察しました。その結果、INF2はアクチンを切断するのに適した構造を持ち、Dia1は切断せずに伸長させるのに適していることがわかりました。これらの構造から、フォーミンがアクチンを巧みに操作する仕組みが明らかになりました。」


要約

レーザー光照射と磁場印加によるカゴメ超伝導体RbV3Sb5のCDW状態の光学操作

RbV3Sb5というカゴメ格子をもつ物質の電荷密度波状態を、レーザー光照射と磁場印加によって可逆的に制御することに成功した。特定の方向に偏光したレーザーを照射すると、電荷密度波のピーク強度比が切り替わる現象を発見し、これは強い非線形電子格子結合に起因すると考えられる。同様の効果が垂直磁場印加でも観測され、電荷密度波状態の時間反転対称性の破れを示唆する。最も単純な電荷密度波モデルとして、ボンド電荷秩序とループ電流の組み合わせ状態を提案した。

事前情報

  • RbV3Sb5はカゴメ格子構造をもつ超伝導体で、低温で電荷密度波(CDW)状態を示す

  • CDW状態では時間反転対称性が自発的に破れている可能性が指摘されている

行ったこと

  • レーザー走査トンネル顕微鏡を用いてRbV3Sb5の原子分解能観察を行った

  • 特定の方向に偏光したレーザー光を試料表面に照射し、CDWのピーク強度比の変化を調べた

  • 垂直方向の磁場を印加し、CDWピーク強度比の磁場依存性を調べた

検証方法

  • フーリエ変換によりCDWピークの強度を定量評価

  • レーザーの偏光方向、強度、磁場の大きさを系統的に変化させ、CDWピーク強度比の変化を調べた

  • 対称性解析と理論モデルの構築によりCDW状態の対称性を考察

分かったこと

  • 特定方向の偏光レーザー照射によりCDWピーク強度比が可逆的に切り替わる

  • 同様の効果が垂直磁場印加でも観測された

  • CDW状態はボンド電荷秩序とループ電流が合わさった状態で、時間反転対称性が破れている

  • レーザー照射と磁場印加は電歪・圧電効果を通じてCDWを制御している

研究の面白く独創的なところ

  • レーザー光というクリーンな外場でCDW状態を制御できることを実証

  • 磁場によるCDW制御から、CDW状態の時間反転対称性の破れを実験的に示唆

  • ボンド電荷秩序とループ電流の組み合わせというユニークなCDWモデルを提案

この研究のアプリケーション

  • CDW状態の光制御は新しい光電子デバイスへの応用の可能性

  • CDWの磁場応答は新奇な磁気光学効果の探索に有用

  • カゴメ物質のCDW状態解明は関連物質の超伝導メカニズム理解にも寄与

著者と所属
Yuqing Xing, Seokjin Bae, Vidya Madhavan (Department of Physics and Materials Research Laboratory, University of Illinois Urbana-Champaign) Ethan Ritz, Fan Yang, Turan Birol (Department of Chemical Engineering and Materials Science, University of Minnesota)
Andrea N. Capa Salinas, Brenden R. Ortiz, Stephen D. Wilson (Materials Department, University of California Santa Barbara)

詳しい解説
本研究は、カゴメ格子をもつ超伝導体RbV3Sb5の電荷密度波(CDW)状態を、レーザー光と磁場を用いて制御することに成功した画期的な成果です。
RbV3Sb5は最近発見されたカゴメ格子化合物で、低温で超伝導を示すとともに、CDW状態と呼ばれる規則的な電荷の偏りを伴う状態が現れます。このCDW状態では、時間反転対称性が自発的に破れている可能性が理論的に指摘されていましたが、実験的な検証は不十分でした。
研究チームは、原子分解能を有するレーザー走査トンネル顕微鏡を用いてRbV3Sb5表面のCDWを観察し、レーザー光照射によるCDWピーク強度の変化を調べました。その結果、特定の方向に偏光したレーザーを照射することで、CDWピークの相対強度が可逆的に切り替わる現象を発見しました。同様の効果が、試料表面に垂直な磁場を印加することでも観測されました。
対称性の解析から、観測されたCDW状態は、ボンド上の電荷の偏り(ボンド電荷秩序)とループ電流が合わさった状態であると考えられます。レーザー照射や磁場印加は、格子歪みを介してボンド電荷秩序を変化させ、それがループ電流と結合することでCDW状態を制御していると解釈できます。
本研究は、純粋な電子状態であるCDWを、レーザー光という外場で直接制御できることを実証した点で非常に重要な成果といえます。また、磁場印加によるCDW制御は、CDW状態の時間反転対称性の破れを強く示唆しており、カゴメ物質に特有の トポロジカルな性質が関与している可能性を示唆しています。
CDWのような電子の集団状態を光で制御する技術は、新しい光電子デバイスへの応用が期待できます。また、カゴメ格子におけるCDW状態の理解は、関連物質で現れる超伝導の起源解明につながることが期待されます。本研究で得られた知見は、今後の強相関電子系の研究に大きなインパクトを与えると予想されます。


SpaceX Inspiration4の民間人クルーの身体的・分子的変化を詳細に解析

SpaceX Inspiration4は、NASAによる双子研究のような政府機関が管理してきた有人宇宙飛行とは異なり、民間人に宇宙飛行の機会を開いた初の全民間人クルーによる3日間の低軌道ミッションでした。このミッションでは、最年少(29歳)の米国人宇宙飛行士、新しい機内実験技術(携帯型超音波イメージング、スマートウォッチ、免疫プロファイリングなど)、眼球アライメント測定、そして分子・細胞レベルでの詳細な多階層オミクス解析のための新しいプロトコルが導入されました。
3日間の宇宙飛行により、広範な生理的およびストレス反応、眼球の位置ずれから示される神経前庭系の変化、認知機能の変化などが引き起こされましたが、そのほとんどは長期宇宙飛行と一致し、地上に帰還後にはベースライン(飛行前)と変わらなくなりました。これらの予備的な民間宇宙飛行データは、短期ミッションは大きな健康リスクをもたらさず、むしろ解剖学的、細胞的、生理学的、認知的レベルで宇宙飛行への適応の初期段階を測定する貴重な機会を提供することを示唆しています。
今回の方法と結果は、宇宙飛行士のための急速に拡大するオープンなバイオメディカルデータベースの基盤を築くもので、民間および政府が支援する宇宙ミッションのための対策開発に役立つでしょう。

事前情報

  • NASAによる双子研究など、これまでの有人宇宙飛行は政府機関が管理

  • 民間の宇宙旅行が一般の人にも機会を提供するようになってきた

行ったこと

  • SpaceXのInspiration4ミッションで初の全民間人クルーを低軌道に打ち上げ

  • 最年少(29歳)の米国人宇宙飛行士が参加

  • 新しい機内実験技術を導入(携帯型超音波、スマートウォッチ、免疫プロファイリングなど)

  • 眼球アライメントを測定

  • 分子・細胞レベルでの詳細な多階層オミックス解析の新プロトコル

検証方法

  • 3日間の宇宙滞在前後で各種データを取得し比較

  • 解剖学的、細胞的、生理学的、認知的な変化を評価

分かったこと

  • 3日間の宇宙飛行でも広範な生理的・ストレス反応、神経前庭系の変化、認知機能の変化が生じる

  • ただしほとんどの変化は帰還後に元に戻った

  • 短期ミッションの健康リスクは低いと考えられる

  • 宇宙飛行適応の初期段階を詳細に測定する貴重な機会になる

研究の面白く独創的なところ

  • 民間人クルーによる宇宙飛行を多角的に詳細解析した初の研究

  • 最新技術を駆使した包括的なデータ取得を実施

  • わずか3日間でも様々な変化が生じることを明らかにした

この研究のアプリケーション

  • 宇宙飛行士の健康管理とデータベース構築

  • 宇宙旅行が一般人に広がる際の安全性評価

  • 宇宙飛行の影響への対策開発

著者と所属
C. W. Jones (ペンシルベニア大学) E. G. Overbey (ワイル・コーネル医科大学) J. Lacombe (アリゾナ大学) 他多数

詳しい解説
SpaceX Inspiration4は、政府機関が管理する従来の有人宇宙飛行とは異なり、民間人に宇宙飛行の機会を開いた画期的なミッションです。このミッションでは、最年少の米国人宇宙飛行士や様々な最新技術が導入され、わずか3日間という短期間の低軌道飛行でしたが、クルーの身体には分子レベルから認知レベルまで幅広い変化が生じたことが明らかになりました。
具体的には、ストレス反応や心拍などの生理的変化、眼球の位置ずれで示される神経前庭系の変化、認知機能の変化などが観察されました。興味深いことに、これらの変化の多くは長期宇宙飛行でも見られるものでしたが、ほとんどは地上に帰還すると速やかに元の状態に戻りました。このことから、短期宇宙旅行が健康に与えるリスクは比較的小さいと考えられます。
一方で、この研究は、宇宙飛行が人体に及ぼす影響を旅行の初期段階から詳細に測定する貴重な機会も提供しました。解剖学的、細胞的、生理学的、認知的など様々なレベルでデータを取得したことで、宇宙環境への適応プロセスの全体像に迫ることができます。
さらに、この研究で得られた知見とデータは、宇宙飛行士の健康管理とそのデータベース構築、民間宇宙旅行の安全性評価、宇宙飛行の影響への対策開発などに役立つはずです。今後ますます宇宙旅行の機会が一般の人に開かれていく中で、その意義は大きいでしょう。
このように、SpaceX Inspiration4ミッションとその詳細な研究は、新時代の幕開けを告げる象徴的な出来事と言えます。今回明らかになった様々な生体反応は、宇宙が人体に及ぼす影響の理解を大きく前進させるとともに、より安全で快適な宇宙旅行の実現に向けた礎となることが期待されます。


シミュレーションベースの学習によって実験不要で汎用的なロボット義足の制御を実現

シミュレーション上のモデルと機械学習を用いて、人間実験なしでロボット義足の制御則を学習する手法を提案した。学習された制御器は、歩行、ランニング、階段昇降など様々な動作に対し自動で適切なアシスト力を生成でき、エネルギー消費を24.3%、13.1%、15.4%削減できた。この技術により、ロボット義足開発の効率化と適用範囲の拡大が期待される。

事前情報

  • ロボット義足は歩行支援に有望だが、制御則の設計に人間実験と手動調整が必要で開発と普及の障壁となっている

  • シミュレーション上の機械学習による制御則獲得は有望視されているが、実世界への適用は困難とされてきた

行ったこと

  • 筋骨格と義足のモデルを組み込んだシミュレーション環境を構築

  • 強化学習により、歩行、ランニング、階段昇降の制御則を獲得

  • 学習した制御器をハードウェアに実装し、健常者による実験で評価

検証方法

  • 5名の健常者被験者による歩行、ランニング、階段昇降実験

  • 酸素消費量と関節角度の計測による、アシスト効果と動作の自然さの評価

  • 制御器オン・オフ条件の比較

分かったこと

  • シミュレーションで学習した制御器が、実世界でも効果的にアシストを行える

  • 歩行、ランニング、階段昇降で、エネルギー消費をそれぞれ24.3%、13.1%、15.4%削減

  • 動作を阻害せず、自然な歩容を維持できる

研究の面白く独創的なところ

  • 人間実験なしで制御則獲得を実現した点が画期的

  • 1つの制御器で複数動作に対応できる汎用性の高さ

  • シミュレーションと実世界の隔たりを、モデルのドメインランダム化手法で克服した点が独創的

この研究のアプリケーション

  • ロボット義足の制御則設計の効率化と高性能化

  • 患者ごとのカスタマイズの容易化による適用範囲の拡大

  • 他のウェアラブルロボットへの応用

著者と所属

  • Shuzhen Luo (NCSU, ERAU)

  • Menghan Jiang (NCSU)

  • Hao Su (NCSU, UNC)

詳しい解説
この研究では、シミュレーション環境内で機械学習を用いることで、人間実験を一切行わずにロボット義足の制御則を獲得する手法を提案しています。具体的には、人間の筋骨格モデルとロボット義足のモデルを統合したシミュレーション環境を構築し、そこで強化学習アルゴリズムを適用することで、歩行、ランニング、階段昇降など様々な動作に対して最適な制御則を学習します。
この手法の最大の特徴は、従来必要とされていた人間被験者による実験を完全に不要としている点です。シミュレーション環境を活用することで、安全性の問題なく大量の試行錯誤を行うことができ、制御則の学習を効率的に行えます。また、筋骨格モデルのパラメータをランダムに変化させるドメインランダム化の手法を適用することで、実世界とシミュレーションの違いを吸収し、実機への適用を容易にしています。
学習された制御則を実機に実装して健常者被験者実験を行ったところ、歩行、ランニング、階段昇降のいずれの動作に対しても、自然な動きを阻害することなく効果的なアシストを行えることが示されました。酸素消費量の計測から、アシストなしと比較して24.3%(歩行)、13.1%(ランニング)、15.4%(階段昇降)のエネルギー消費削減効果が確認されています。
この研究成果は、ロボット義足の制御則設計に要する時間とコストを大幅に削減し、より高性能な制御の実現に貢献すると期待されます。また、患者ごとに最適な制御をシミュレーション上で容易に獲得できるようになることで、ロボット義足の適用範囲が大きく拡大することも期待されます。将来的には、他のウェアラブルロボットの制御にも応用可能な技術になると考えられ、ロボット工学と医療福祉分野に大きなインパクトを与える可能性を秘めた研究だと言えるでしょう。


タキサン系ジテルペンの合成に向けた汎用性の高い合成戦略の開発

タキサン系ジテルペンは抗がん剤パクリタキセルに代表される重要な天然物群だが、古典的タキサンとサイクロタキサンではその炭素骨格が大きく異なるため、それぞれ独自の合成アプローチが必要とされてきた。本研究では、複雑な分子骨格の相互変換に基づく汎用性の高い合成戦略を開発し、様々なタキサン骨格へのアクセスを実現した。生合成を模倣するのではなく、立体電子効果を巧みに利用して多環式骨格の相互変換を自在に制御する力を実証した。

事前情報

  • タキサン系ジテルペンは抗がん剤パクリタキセルなど重要な化合物群

  • 古典的タキサンとサイクロタキサンでは炭素骨格が大きく異なる

  • それぞれ独自の合成アプローチが必要とされてきた

行ったこと

  • 複雑な分子骨格の相互変換に基づく汎用性の高い合成戦略を開発

  • 単一の高度な中間体から様々なタキサン骨格を合成

  • タキシニンK、カナタキサプロペラン、ジプロペランCなどの全合成に初めて成功

検証方法

  • 分子骨格変換に基づく合成戦略の開発

  • 様々なタキサン骨格の合成

  • 立体電子効果の活用による多環式骨格の相互変換の制御

分かったこと

  • 複雑な分子骨格の相互変換に基づく汎用性の高い合成戦略が有効

  • 生合成を模倣せず立体電子効果を利用することで多環式骨格を自在に制御できる

  • 様々な古典的タキサンおよびサイクロタキサン骨格の合成に成功

研究の面白く独創的なところ

  • 複雑な分子骨格の相互変換という発想の独創性

  • 生合成模倣ではなく立体電子効果の活用という合成戦略の面白さ

  • 様々なタキサン骨格へのアクセスを可能にする汎用性の高さ

この研究のアプリケーション

  • 新たな生物活性タキサン化合物の効率的な合成

  • タキサン骨格の構造-活性相関研究の加速

  • 他の複雑天然物の全合成への応用

著者と所属
Lu Pan, Fabian Schneider, Moritz Ottenbruch (University of Konstanz, Department of Chemistry, Universitätsstrasse 10, Konstanz, Germany)

詳しい解説
タキサン系ジテルペンは、抗がん剤として知られるパクリタキセルに代表される重要な天然物群です。しかし、古典的なタキサンとサイクロタキサン(複雑タキサンとも呼ばれる)では、その炭素骨格が大きく異なるため、それぞれ独自の合成アプローチが必要とされてきました。
本研究では、複雑な分子骨格の相互変換に基づく汎用性の高い合成戦略を開発しました。この戦略では、単一の高度に官能基化された中間体から出発し、様々なタキサン骨格の合成を行いました。その過程で、タキシニンK、カナタキサプロペラン、ジプロペランCなど、いくつかの化合物の全合成に初めて成功しています。
特筆すべきは、この合成アプローチが生合成を模倣するのではなく、立体電子効果を巧みに利用して多環式骨格の相互変換を自在に制御している点です。つまり、複雑な分子構造を持つ天然物の合成において、自然界の生合成経路に縛られない新たな可能性を示したと言えます。
この研究の意義は、様々なタキサン骨格へのアクセスを可能にする汎用性の高い合成戦略を開発したことにあります。これにより、新たな生物活性タキサン化合物の効率的な合成や、タキサン骨格の構造-活性相関研究の加速が期待されます。さらに、この合成戦略は他の複雑な天然物の全合成にも応用可能であり、有機合成化学の発展に大きく貢献すると考えられます。


ハイブリッド在宅勤務は離職率を下げるが、生産性は下げない

ハイブリッド在宅勤務とは、一週間のうち数日は在宅勤務、残りは出社するという働き方のことです。COVID-19のパンデミック以降、欧米では大卒の従業員の約1億人がハイブリッド在宅勤務を採用しています。しかし、ハイブリッド在宅勤務が従業員や企業に与える影響については議論があり、生産性や革新性、キャリア形成に悪影響を及ぼすと主張する経営者もいます。
そこで研究者らは、中国のテクノロジー企業における1,612人の従業員を対象に、2021年から2022年にかけて6カ月間のランダム化比較試験を行いました。その結果、ハイブリッド在宅勤務を導入すると、仕事満足度が向上し、離職率が3分の1減少することが分かりました。離職率の減少は、管理職以外の従業員、女性従業員、長距離通勤者で顕著でした。
一方で、今後2年間のパフォーマンス評価においては、ハイブリッド在宅勤務の影響は見られませんでした。昇進率についても、全体的にも主要な従業員のサブグループ間でも差は見られませんでした。さらに、コンピューターエンジニアの従業員が書いたコードの行数にも、ハイブリッド在宅勤務の影響はありませんでした。
実験に参加した395人の管理職に、ハイブリッド在宅勤務が生産性に与える影響について調査したところ、実験前は平均-2.6%の悪影響があると考えていましたが、実験後は+1.0%のプラス効果があると考えを改めました。
以上の結果から、週に2日の在宅勤務を認めるハイブリッドスケジュールは、生産性を損なうことなく導入できると言えます。

事前情報

  • 欧米では大卒従業員の約1億人がハイブリッド在宅勤務を採用

  • ハイブリッド在宅勤務の影響については議論あり

  • 一部の経営者は生産性や革新性、キャリア形成への悪影響を懸念

行ったこと

  • 中国のテクノロジー企業で1,612人の従業員を対象に6カ月間のランダム化比較試験

  • 管理職395人、非管理職1,217人が参加

  • 奇数日生まれをハイブリッド在宅勤務グループ、偶数日生まれを出社グループにランダムに割り当て

検証方法

  • 離職率、仕事満足度、パフォーマンス評価、昇進率、コードの行数を比較

  • 性別、通勤時間、子供の有無などのサブグループ解析も実施

  • 管理職にハイブリッド在宅勤務の生産性影響に関する意識調査

分かったこと

  • ハイブリッド在宅勤務で離職率が3分の1減少、仕事満足度が向上

  • 管理職以外、女性、長距離通勤者で離職率減少が顕著

  • パフォーマンス評価、昇進率、コードの行数に悪影響なし

  • 管理職の生産性影響認識は実験前のマイナスからプラスに改善

研究の面白く独創的なところ

  • 大規模なランダム化比較試験により因果関係を検証

  • 様々な指標や属性で多角的に影響を分析

  • 管理職の意識変化も捉えた点が興味深い

この研究のアプリケーション

  • 企業におけるハイブリッド在宅勤務の導入検討の参考になる

  • 適切な在宅勤務日数の設定に役立つデータ

  • 在宅勤務に懐疑的だった管理職の意識改革にも示唆

著者と所属

  • Nicholas Bloom(スタンフォード大学経済学部)

  • Ruobing Han(香港中文大学深圳経営学院)

  • James Liang(北京大学国家発展研究院、Trip.com

詳しい解説
この研究は、中国の大手オンライン旅行会社Trip.comにおいて行われた、ハイブリッド在宅勤務に関する大規模なランダム化比較試験の結果を報告しています。
COVID-19のパンデミック以降、欧米では大卒の従業員の約1億人がハイブリッド在宅勤務を採用するようになりましたが、その影響については議論が分かれていました。生産性や革新性、キャリア形成に悪影響を及ぼすのではないかと懸念する経営者もいる一方で、通勤時間の削減などのメリットを指摘する声もありました。
こうした中、研究者らはTrip.comの協力を得て、同社の1,612人の従業員を対象に、6カ月間のランダム化比較試験を実施しました。具体的には、奇数日に生まれた従業員をハイブリッド在宅勤務グループ、偶数日生まれの従業員を出社グループにランダムに割り当て、週2日(水曜と金曜)の在宅勤務を認めるかどうかで比較を行ったのです。
その結果、ハイブリッド在宅勤務グループでは、離職率が3分の1減少し、仕事満足度が向上することが分かりました。特に、管理職以外の従業員、女性従業員、通勤時間が長い従業員において、離職率の減少が顕著でした。在宅勤務によって通勤時間とコストが節約でき、日中に個人的な用事を済ませる柔軟性が得られることが、従業員にとってのメリットだったようです。
一方で、2年間にわたるパフォーマンス評価や昇進率には、ハイブリッド在宅勤務の影響は見られませんでした。コンピューターエンジニアが書いたコードの行数にも差はなく、イノベーションやリーダーシップ、人材育成など、より柔軟なスキルやチームワークを必要とする評価項目でも、在宅勤務の悪影響は確認されなかったのです。
興味深いのは、実験前は在宅勤務に懐疑的だった管理職の意識が、実験後には大きく変化したことです。当初、管理職の多くは在宅勤務によって生産性が平均2.6%低下すると考えていましたが、実験終了後には平均1.0%のプラス効果があると評価を改めました。非管理職の意識とも近づいたことから、実際にハイブリッド在宅勤務を経験することで、より肯定的な見方に転じたことがうかがえます。
この研究は、適度な在宅勤務が企業と従業員の双方にメリットをもたらす可能性を示唆しています。ワーク・ライフ・バランスの向上による離職防止と、生産性を損なわない働き方の両立。大規模なランダム化比較試験によって因果関係が確かめられたことで、エビデンスに基づく在宅勤務の議論が進むことが期待されます。管理職の意識改革を後押しする材料にもなるでしょう。
各国・地域の状況に応じた検証は必要ですが、ポストコロナ時代に適したハイブリッドな働き方を模索する上で、企業の意思決定に役立つ知見と言えそうです。


フォーミンによるアクチンフィラメントの切断と伸長の仕組みを解明

フォーミンはアクチンフィラメントの重合と脱重合を制御する重要なタンパク質だが、アクチンフィラメントに結合した構造が不明だったため、その機能の理解が進んでいなかった。本研究では、クライオ電子顕微鏡を用いて、2種類のフォーミン(INF2とDia1)がアクチンフィラメントの中央部と先端部に結合した複数の構造を明らかにした。これらの構造から、INF2とDia1の機能の違いを説明できる結合様式の違いが見出された。さらに、フォーミンによるアクチンフィラメントの切断と伸長の分子メカニズムが明らかになった。

事前情報

  • フォーミンは、アクチンフィラメントの形成、伸長、切断などに関与する重要なタンパク質ファミリーである。

  • ヒトには15種類のフォーミンが存在し、細胞分裂、細胞運動、メカノトランスダクションなどに関与している。

  • フォーミンのアクチンフィラメント結合構造が不明だったため、その機能の理解が進んでいなかった。

行ったこと

  • INF2とDia1のアクチンフィラメント結合構造をクライオ電子顕微鏡で解析した。

  • INF2については5つの構造状態、Dia1については2つの構造状態を明らかにした。

  • これらの構造から、INF2とDia1のアクチンフィラメントへの結合様式の違いを見出した。

検証方法

  • クライオ電子顕微鏡を用いて、INF2とDia1がアクチンフィラメントに結合した状態の構造を解析した。

  • 得られた構造から、INF2とDia1のドメイン配置や結合様式を詳細に比較した。

分かったこと

  • INF2のFH2ドメインとWH2ドメインの配置は、アクチンフィラメントの切断に適している。

  • Dia1の構造は、アクチンフィラメントの切断には適さない。

  • プロフィリン-アクチン複合体がフォーミンを介してアクチンフィラメントの伸長端に運ばれる機構が明らかになった。

  • アクチンモノマーがフィラメントに組み込まれる際の構造変化とプロフィリンの解離の過程が観察された。

研究の面白く独創的なところ

  • 7つの構造状態を捉えることで、アクチンフィラメントの切断と伸長の一連の過程を可視化した点が画期的である。

  • INF2とDia1の構造の違いから、それぞれの機能の違いを説明できた点が興味深い。

この研究のアプリケーション

  • フォーミンの機能を理解することで、細胞分裂、細胞運動、メカノトランスダクションなどの細胞機能の理解が進むと期待される。

  • フォーミンの異常は、様々な疾患に関連するため、その機能の理解は疾患メカニズムの解明や治療法の開発につながる可能性がある。

著者と所属
Nicholas J. Palmer1, Kyle R. Barrie1 & Roberto Dominguez1

  1. Department of Physiology and Biochemistry and Molecular Biophysics Graduate Group, University of Pennsylvania Perelman School of Medicine, Philadelphia, Pennsylvania, USA

詳しい解説
本研究は、フォーミンというアクチン結合タンパク質がアクチンフィラメントを切断したり伸長したりする仕組みを、クライオ電子顕微鏡を用いて構造レベルで明らかにしたものです。
フォーミンは、アクチンフィラメントの形成や制御に重要な役割を果たすタンパク質ファミリーで、ヒトには15種類のフォーミンが存在します。これらのフォーミンは、細胞分裂、細胞運動、メカノトランスダクションなど、様々な細胞機能に関与しています。しかし、これまでフォーミンがアクチンフィラメントに結合した構造が不明だったため、その機能の理解が進んでいませんでした。
今回の研究では、INF2とDia1という2種類のフォーミンに着目し、それらがアクチンフィラメントに結合した状態の構造をクライオ電子顕微鏡で解析しました。その結果、INF2については5つの構造状態、Dia1については2つの構造状態を明らかにすることができました。
これらの構造を詳細に比較したところ、INF2とDia1ではアクチンフィラメントへの結合様式が大きく異なっていることがわかりました。INF2のFH2ドメインとWH2ドメインの配置は、アクチンフィラメントを切断するのに適した構造をしているのに対し、Dia1の構造はアクチンフィラメントの切断には適していませんでした。
また、今回明らかにされた構造からは、プロフィリン-アクチン複合体がフォーミンを介してアクチンフィラメントの伸長端に運ばれる機構や、アクチンモノマーがフィラメントに組み込まれる際の構造変化とプロフィリンの解離の過程なども観察されました。
これらの知見は、フォーミンがアクチンフィラメントを巧みに操作する分子メカニズムを理解する上で重要な手がかりになると考えられます。さらに、フォーミンの機能異常は様々な疾患に関連することが知られているため、今回の研究成果は疾患メカニズムの解明や治療法の開発にもつながる可能性があります。



最後に
本まとめは、フリーで公開されている範囲の情報のみで作成しております。また、理解が不十分な為、内容に不備がある場合もあります。その際は、リンクより本文をご確認することをお勧めいたします。