論文まとめ362回目 SCIENCE 哺乳類の褐色脂肪組織による熱産生の進化を2段階で解明!?など
科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなSCIENCEです。
さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。
一口コメント
Spontaneous chiral symmetry breaking in polar fluid–heliconical ferroelectric nematic phase
極性液体中で自発的キラル対称性が破れ、強誘電性ネマチック相でらせん構造が形成される
「通常キラル構造を作るには分子自体がカーブしているか、キラル添加剤が必要ですが、この研究では極性のある棒状分子だけでキラル構造ができることを発見しました。分子の電気双極子の相互作用によって自発的にキラル秩序が生まれるのです。光の波長程度のピッチの螺旋構造ができ、色を制御できます。電場でも制御可能で、将来の光学デバイスへの応用が期待されます。」
Quantum interference in atom-exchange reactions
原子交換反応における量子干渉
「超低温の原子交換反応を用いて、反応前にもつれた状態にあった原子核スピンが、反応後もコヒーレンスを保ったまま生成物に受け継がれることを実験的に示しました。これは化学反応が量子力学の法則に支配されていることを如実に表す結果であり、量子コンピュータなどへの応用が期待されます。」
Axis formation in annual killifish: Nodal and β-catenin regulate morphogenesis without Huluwa prepatterning
年間キリフィッシュの軸形成:Nodalとβ-カテニンはHuluwaによる前パターン形成なしで形態形成を制御する
「他の魚では母親が卵に体軸を決める物質を与えるが、年間キリフィッシュはそれに従わない。研究者たちは、細胞が卵黄上を広がり集合して体軸を形成するが、母性因子Huluwaの指示は必要ないことを発見した。Nodalとβカテニンのシグナル経路を利用して細胞の集合と体軸形成を調整していた。この発生戦略は干ばつの生存に役立ち、合成哺乳類胚の自己組織化と共通点がある。」
Abundant hydrocarbons in the disk around a very-low-mass star
非常に小さな星の周りの円盤に豊富な炭化水素を発見
「太陽よりずっと小さい星の周りで、惑星ができる材料が集まった円盤を観測したところ、炭素を多く含む分子がたくさん見つかりました。普通は炭素と酸素の量が同じくらいなのですが、ここでは炭素が酸素より10倍も多かったのです。その理由はまだ分かっていませんが、この円盤からできる惑星は、地球とは違った炭素に富んだ組成になるかもしれません。宇宙には私たちの知らない面白い世界がまだまだ隠れているようです。」
Two-stage evolution of mammalian adipose tissue thermogenesis
哺乳類の脂肪組織熱産生の2段階進化
「哺乳類は寒冷環境に適応するため、褐色脂肪組織でUCP1タンパク質を使って熱を作り出します。この研究では、有袋類と真獣類の比較から、共通祖先ではUCP1は熱産生に関与せず、真獣類になって初めて熱産生機能を獲得したことが分かりました。つまり、哺乳類の熱産生能力は2段階の進化を経て獲得されたのです。」
要約
極性液晶で自発的なキラル対称性の破れを発見
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adn6812
アキラルな分子からなる極性ネマチック液晶相において、自発的な鏡像対称性の破れとらせん構造の形成を発見した。電気双極子の相互作用により、可視光程度のピッチのらせん構造が自発的に形成される。温度や電場により制御可能。
事前情報
アキラル分子からキラル構造ができるのは稀
極性秩序とキラル秩序が同時に自発的に起こった例はない
行ったこと
新規の極性ネマチック液晶を合成
X線回折、偏光顕微鏡などで液晶構造を調べた
検証方法
X線回折でらせん構造のピッチを測定
偏光顕微鏡で光学テクスチャを観察
電場印加による構造変化を調べた
分かったこと
アキラルな分子からなる極性ネマチック相で自発的キラル対称性の破れが起きる
電気双極子の相互作用により可視光程度のピッチのらせん構造が形成
温度や電場によりピッチを制御できる
研究の面白く独創的なところ
アキラル分子からキラル秩序が自発的に生まれる新しいメカニズムを発見
電気的な相互作用によるキラリティの発現は磁性体との類似性がある
可視光領域の構造色を示す初めての強誘電性液晶
この研究のアプリケーション
ディスプレイ、光学フィルター、メモリなどの光デバイスへの応用
原理的に新しいキラル材料の設計指針になる
生体系の自発的キラル対称性の破れの理解に役立つ可能性
著者と所属
Jakub Karcz, Jakub Herman, Przemysław Kula (Military University of Technology, ポーランド)
Ewa Górecka, Damian Pociecha (University of Warsaw, ポーランド)
詳しい解説
この研究では、極性のあるネマチック液晶において、自発的なキラル対称性の破れと強誘電性が同時に起こることを発見しました。液晶を構成する分子自体はアキラル(鏡像対称)ですが、分子間の電気双極子の相互作用により、マクロなキラル秩序が自発的に生まれます。
特筆すべきは、形成されるキラル構造のピッチが可視光の波長程度になることです。そのため、温度変化や電場印加により構造色を制御することができます。磁性体で見られるキラルな螺旋磁気秩序との類似性も興味深いポイントです。
この発見は、ディスプレイ、光学フィルター、不揮発性メモリなどの光デバイスへの応用が期待されます。また、キラル分子の設計に新しい指針を与えるものです。さらに将来的には、生体系で見られる分子キラリティの起源の解明にもつながるかもしれません。
アキラルな分子だけからキラル構造が生まれるというのは非常に珍しい現象で、基礎科学的にも重要な発見といえます。この研究は、物質の対称性と秩序形成について、新しい概念を提示したものとして高く評価できます。
原子交換反応において量子干渉とエンタングルメントの保持を実証
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adl6570
超低温(500ナノケルビン)の2KRb →K2 + Rb2反応において、原子核スピン自由度に着目し、反応前の原子核スピンをもつれた状態に準備し、反応後に保持されたコヒーレンスを観測した。反応終了時に完全なコヒーレンスと一致する干渉パターンが観測され、反応物内に準備されたエンタングルメントが原子交換プロセスを介して再分配される可能性が示唆された。
事前情報
化学反応における量子コヒーレンスの保持とそれによるもつれ合い生成物の生成の可能性は根本的な問題である。
KRb分子は磁場ランピングを用いてもつれた核スピン状態に準備することができる。
行ったこと
超低温(500ナノケルビン)の2KRb →K2 + Rb2反応を研究
原子核スピン自由度に着目
反応前のKRb内の原子核スピンをもつれた状態に準備
反応後に保持された核スピン波動関数のコヒーレンスを特性評価
検証方法
速度マップイメージング法を用いて生成物のイオン化を行い、生成物の量子状態を測定
生成物の核スピン状態分布を磁場中のアルカリ金属二量体の超微細エネルギー準位の理論計算と比較
分かったこと
反応終了時に完全なコヒーレンスと一致する干渉パターンが観測された
反応物内に準備されたエンタングルメントが原子交換プロセスを介して再分配される可能性が示唆された
研究の面白く独創的なところ
化学反応における量子力学の役割を明確に示した点
反応物のもつれ合いが生成物に受け継がれることを実証した点
量子情報科学への化学反応の応用の可能性を示した点
この研究のアプリケーション
化学反応の量子コヒーレント制御
量子情報科学への広範な応用(量子コンピュータ、量子センサーなど)
脳内の核スピン処理の可能性の探求
著者と所属
Yi-Xiang Liu, Lingbang Zhu, Jeshurun Luke, J. J. Arfor Houwman, Mark C. Babin, Ming-Guang Hu, Kang-Kuen Ni - ハーバード大学 化学・化学生物学部
J. J. Arfor Houwman - インスブルック大学 実験物理学研究所
詳しい解説
本研究では、超低温(500ナノケルビン)における2KRb →K2 + Rb2の原子交換反応を用いて、化学反応における量子力学の役割と反応物のエンタングルメントが生成物に受け継がれる可能性を実験的に検証しました。
KRb分子の原子核スピンを磁場ランピングによってもつれた状態に準備し、反応後にそのコヒーレンスが保持されているかを核スピン波動関数の特性評価によって調べました。その結果、反応終了時に完全なコヒーレンスと一致する干渉パターンが観測されました。これは反応物内に準備されたエンタングルメントが原子交換プロセスを介して再分配される可能性を示唆するものです。
この研究は、化学反応が量子力学の法則に支配されていることを如実に表した点、および反応物のもつれ合いが生成物に受け継がれることを実証した点で非常に興味深いものです。さらに、化学反応を量子情報科学へ応用できる可能性を示したことで、量子コンピュータや量子センサーなどの分野への貢献が期待されます。また、この知見は脳内の核スピン処理の可能性を探る上でも参考になるかもしれません。
本研究は、化学と物理学の融合領域において画期的な成果をあげたものといえ、今後のさらなる発展が楽しみです。
年間キリフィッシュの胚発生は、母性因子なしで体軸が形成される新しいメカニズムを示している。
https://www.science.org/doi/10.1126/science.ado7604
年間キリフィッシュ Nothobranchius furzeriの発生は、他の魚類や両生類の体軸形成の典型的なモデルに異議を唱えている。母性遺伝子産物の前パターンから始まる代わりに、胚盤葉が分散し、再集合して胚葉と体軸を形成する。Huluwaは対称性を破るためにβ-カテニンを安定化すると考えられていた前パターン形成因子だが、N. furzeriでは切断されて不活性であることが示された。β-カテニンは核に選択的に安定化されず、集合体を形成する細胞に蓄積する。β-カテニン活性やNodal シグナル伝達を阻害すると、集合体形成と胚葉の特定化が乱れる。Nodalシグナルは細胞移動を調整し、このシグナル経路の初期の役割を確立している。これらの結果は、確立された軸形成メカニズムからの驚くべき逸脱を明らかにしている。Huluwa媒介の前パターン形成は不要であり、β-カテニンとNodalが形態形成を制御する。
事前情報
魚類や両生類の体軸形成は通常、母性遺伝子産物の前パターンから始まる。
Huluwaは、β-カテニンを安定化することによって対称性を破ると考えられている前パターン形成因子である。
行ったこと
年間キリフィッシュNothobranchius furzeriのhuluwa遺伝子が切断されて不活性であることを示した。
β-カテニンが胚盤葉の片側で選択的に安定化されるのではなく、集合体を形成する細胞に蓄積することを明らかにした。
β-カテニン活性やNodalシグナル伝達を阻害すると、集合体形成と胚葉の特定化が乱れることを示した。
Nodalシグナルが細胞移動を調整し、このシグナル経路の初期の役割を確立した。
検証方法
N. furzeriのhuluwa遺伝子の配列解析
蛍光タンパク質を用いたβ-カテニンの局在の可視化
β-カテニン阻害剤やNodal阻害剤を用いた機能阻害実験
光シート顕微鏡を用いた細胞移動の定量解析
分かったこと
N. furzeriのhuluwaは切断されて不活性である。
β-カテニンは胚盤葉の片側ではなく、集合体を形成する細胞に蓄積する。
β-カテニン活性とNodalシグナルは集合体形成と胚葉の特定化に必要である。
Nodalシグナルは細胞移動を調整し、軸形成の初期段階で重要な役割を果たす。
研究の面白く独創的なところ
確立された体軸形成モデルに異議を唱え、母性因子なしで体軸が形成される新しいメカニズムを明らかにした。
β-カテニンとNodalが、前パターン形成なしで形態形成を制御することを示した。
光シート顕微鏡を用いて、年間キリフィッシュ胚の細胞移動を定量的に解析した。
この研究のアプリケーション
年間キリフィッシュの発生戦略は、干ばつ条件下での生存に役立つ可能性がある。
この研究は、合成哺乳類胚の自己組織化と共通点があり、哺乳類の初期発生の理解に貢献する可能性がある。
母性因子に依存しない体軸形成メカニズムは、再生医療や組織工学への応用が期待される。
著者と所属
Philip B. Abitua(ワシントン大学ゲノム科学科、ハーバード大学分子細胞生物学科)
Laura M. Stump(ワシントン大学ゲノム科学科)
Alexander F. Schier(ハーバード大学分子細胞生物学科、ブロード研究所、ハーバード大学脳科学センター、ハーバード大学FASシステム生物学センター、バーゼル大学バイオセンター、ワシントン大学アレン細胞系譜追跡発見センター)
詳しい解説
年間キリフィッシュNothobranchius furzeriの発生は、他の魚類や両生類の体軸形成の典型的なモデルとは異なる。通常、体軸形成は母性遺伝子産物の前パターンから始まるが、N. furzeriでは胚盤葉が分散し、再集合して胚葉と体軸を形成する。
研究者たちは、前パターン形成因子Huluwaに着目した。Huluwaはβ-カテニンを安定化することによって対称性を破ると考えられていたが、N. furzeriではhuluwa遺伝子が切断されて不活性であることが明らかになった。また、β-カテニンは胚盤葉の片側で選択的に安定化されるのではなく、集合体を形成する細胞に蓄積していた。
β-カテニン活性やNodalシグナル伝達を阻害すると、集合体形成と胚葉の特定化が乱れた。これにより、β-カテニンとNodalが形態形成に必要であることが示された。さらに、Nodalシグナルが細胞移動を調整し、軸形成の初期段階で重要な役割を果たすことが明らかになった。
この研究は、確立された体軸形成モデルに異議を唱え、母性因子なしで体軸が形成される新しいメカニズムを明らかにした。β-カテニンとNodalが、前パターン形成なしで形態形成を制御することを示した点が独創的である。また、光シート顕微鏡を用いて年間キリフィッシュ胚の細胞移動を定量的に解析したことも注目に値する。
年間キリフィッシュの発生戦略は、干ばつ条件下での生存に役立つ可能性がある。また、この研究は合成哺乳類胚の自己組織化と共通点があり、哺乳類の初期発生の理解に貢献すると期待される。母性因子に依存しない体軸形成メカニズムは、再生医療や組織工学への応用も期待できる。
非常に小さな星の周りの惑星形成円盤に豊富な炭化水素を発見
https://www.sciencemag.org/doi/10.1126/science.adi8147
非常に小さな恒星(太陽の0.11倍)の周りを回る原始惑星系円盤の化学組成を、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の中間赤外線分光法で調べました。円盤内部は炭素に富んだ化学組成を示し、エタンやベンゼンを含む13種類の炭素を含む分子を同定しました。炭化水素の高い柱密度は、観測が円盤の深部に達していることを示唆しています。炭素対酸素比が高いことは、円盤内での物質の動径方向の輸送を示しており、円盤内で形成される惑星の組成に影響を与えると予測されます。
事前情報
非常に小さな星(0.3太陽質量未満)の周りには、他のタイプの星よりも頻繁に地球型惑星が存在する。
それらの惑星の組成はまだよくわかっていないが、それらが形成される原始惑星系円盤に関連していると予想される。
行ったこと
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の中間赤外線分光法を用いて、0.11太陽質量の星ISO-ChaI 147の周りの惑星形成円盤の化学組成を調べた。
検証方法
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の中間赤外線分光法を用いて観測を行った。
観測されたスペクトルを解析し、検出された分子を同定した。
検出された分子の柱密度を求め、円盤の化学組成を調べた。
分かったこと
円盤内部は炭素に富んだ化学組成を示した。
エタンやベンゼンを含む13種類の炭素を含む分子が同定された。
炭化水素の高い柱密度から、観測が円盤の深部に達していることが示唆された。
炭素対酸素比が高いことから、円盤内での物質の動径方向の輸送が示唆された。
これは円盤内で形成される惑星の組成に影響を与えると予測される。
研究の面白く独創的なところ
非常に小さな星の周りの原始惑星系円盤の化学組成を初めて詳細に調べた点。
炭素に富んだ特異な化学組成を発見し、その原因について考察した点。
円盤内の化学組成が惑星の組成に影響を与える可能性を指摘した点。
この研究のアプリケーション
原始惑星系円盤の化学進化と惑星の材料物質の解明。
系外惑星の多様性の理解。
生命に適した惑星の条件の探索。
著者と所属
A. M. Arabhavi (University of Groningen), I. Kamp (University of Groningen), Th. Henning (Max Planck Institute for Astronomy)
詳しい解説
この研究は、非常に小さな星であるISO-ChaI 147の周りを回る原始惑星系円盤の化学組成を、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の中間赤外線分光法を用いて詳細に調べたものです。その結果、円盤内部が炭素に非常に富んだ特異な化学組成を持つことが明らかになりました。
通常、星間物質中では炭素と酸素の存在量はほぼ同じですが、この円盤では炭素が酸素の10倍以上も多いことがわかりました。観測の結果、エタンやベンゼンを含む13種類もの炭素を含む分子が同定されました。これらの炭化水素の柱密度が非常に高いことから、観測が円盤のかなり深いところまで達していることが示唆されます。
炭素対酸素比が高い理由としては、円盤内で炭素に富んだ物質が内側に向かって輸送されてきた可能性が考えられます。これは、円盤内で形成される惑星の組成にも大きな影響を与えると予想されます。つまり、この星の周りでできる惑星は、地球とは異なる炭素に富んだ組成を持つ可能性があるのです。
この研究は、原始惑星系円盤の化学組成と惑星材料物質の進化について新たな知見をもたらすとともに、系外惑星の多様性を理解する上でも重要な手がかりを与えてくれます。さらには、地球外生命の可能性を探る上でも示唆に富む結果だと言えるでしょう。太陽系外に広がる未知の世界の一端が、この研究によって明らかになったのです。
哺乳類の褐色脂肪組織による熱産生の進化を2段階で解明
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adg1947
褐色脂肪組織は、寒冷ストレス下で体温を維持するために、脱共役タンパク質1 (UCP1) を発現してミトコンドリアにおける呼吸代謝とATP産生の共役を解除し、エネルギーを熱として放出する”ヒーター器官”である。BAT熱産生は包括的な哺乳類の形質と考えられているが、その進化的起源は不明である。我々は、真獣類から約1億5000万年前に分岐した有袋類と真獣類の代表であるオポッサムとマウスの転写プロファイルを解析し、共通真獣類祖先のUCP1配列を再構築してタンパク質を特徴付けた。その結果、有袋類の脂肪組織では非熱産生性のUCP1バリアントが発現しており、真獣類のベージュ脂肪組織と類似した部分的なBAT転写シグネチャーが認められた。一方、共通真獣類祖先のUCP1は典型的な熱産生活性を示したのに対し、共通哺乳類祖先のUCP1は非熱産生性であった。したがって、哺乳類の脂肪組織熱産生は2つの異なる段階で進化した可能性がある。第1段階では、共通哺乳類祖先においてUCP1の発現が脂肪組織と熱ストレスに関連付けられる”前熱産生段階”が存在し、第2段階で真獣類においてUCP1が熱産生機能を獲得したことで哺乳類のBAT熱産生が有袋類との分岐後に始まったと推測される。
事前情報
褐色脂肪組織(BAT)は寒冷ストレス下で体温を維持するために熱を産生する”ヒーター器官”である
BATは脱共役タンパク質1(UCP1)を発現し、ミトコンドリアの呼吸代謝とATP合成の共役を解除して熱産生する
BAT熱産生は哺乳類に共通する形質と考えられているが、その進化的起源は不明である
行ったこと
有袋類(オポッサム)と真獣類(マウス)の脂肪組織の転写プロファイルを比較解析した
共通真獣類祖先と共通哺乳類祖先のUCP1アミノ酸配列を再構築し、タンパク質の機能を評価した
検証方法
RNA-seqによる有袋類と真獣類の脂肪組織の遺伝子発現比較
最尤法による祖先UCP1配列の推定
酵母発現系を用いた祖先UCP1タンパク質の熱産生活性の検証
分かったこと
有袋類の脂肪組織では非熱産生性UCP1が発現し、真獣類ベージュ脂肪に類似した部分的BAT転写シグネチャーを示す
共通真獣類祖先のUCP1は典型的な熱産生活性を有するが、共通哺乳類祖先のUCP1は非熱産生性である
哺乳類の脂肪組織熱産生は2段階で進化した可能性がある:
共通哺乳類祖先でUCP1発現が脂肪組織と熱ストレスに関連付けられる”前熱産生段階”
真獣類でUCP1が熱産生機能を獲得し、BAT熱産生が有袋類との分岐後に始まる
研究の面白く独創的なところ
有袋類と真獣類の比較から哺乳類の脂肪組織熱産生の進化的起源に迫った点
祖先配列の再構築からUCP1の熱産生機能獲得の過程を実証的に示した点
哺乳類のBAT熱産生が段階的に進化したという新しい仮説を提唱した点
この研究のアプリケーション
祖先タンパク質の機能推定による形質進化メカニズムの解明
UCP1を標的とした肥満・糖尿病治療法の開発への手がかり
哺乳類の適応放散における体温調節の重要性の理解
著者と所属
Susanne Keipert, Michael J. Gaudry - ストックホルム大学 分子生物科学科
Maria Kutschke - ストックホルム大学 分子生物科学科
Martin Jastroch - ストックホルム大学 分子生物科学科(責任著者)
詳しい解説
この研究では、哺乳類の褐色脂肪組織(BAT)による熱産生の進化的起源を探るため、有袋類と真獣類の比較解析を行いました。真獣類のBATでは、脱共役タンパク質1(UCP1)がミトコンドリアの呼吸とATP合成の共役を解除することで熱産生しますが、その進化的獲得過程は不明でした。
著者らはまず、有袋類のオポッサムと真獣類のマウスの脂肪組織のRNA-seqデータを比較しました。その結果、オポッサムの脂肪組織では真獣類のベージュ脂肪に類似した部分的なBAT転写シグネチャーが見られ、非熱産生性のUCP1バリアントが発現していました。一方、最尤法で推定した共通真獣類祖先のUCP1は典型的な熱産生活性を示しましたが、共通哺乳類祖先のUCP1は非熱産生性でした。
以上から著者らは、哺乳類のBAT熱産生が2段階で進化したと推測しました。第1段階の共通哺乳類祖先では、UCP1の発現が脂肪組織と熱ストレスに関連付けられる”前熱産生段階”が存在し、第2段階で真獣類のUCP1が熱産生機能を獲得したことで、真のBAT熱産生が有袋類との分岐後に始まったと考えられます。
この研究は、比較ゲノム解析と祖先タンパク質の実証的な機能評価から、哺乳類のBAT熱産生の段階的な進化仮説を提唱した点で意義深いと言えます。今後、祖先種の形質進化メカニズムの解明や、UCP1を標的とした肥満・糖尿病治療法の開発などへの応用が期待されます。また、体温調節の進化が哺乳類の適応放散に果たした役割の理解にもつながると考えられます。
最後に
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