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論文まとめ347回目 SCIENCE イネは10万年前から存在し、2万4千年前に採集利用され、1万3千年前に栽培化が始まり、1万1千年前に家畜化された!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなSCIENCEです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Reversible male contraception by targeted inhibition of serine/threonine kinase 33
腎臓腺様ホメオボックス蛋白質RET受容体を分子標的とした可逆的男性不妊薬の開発
「男性用避妊薬の開発が進んでいます。STK33というタンパク質に着目し、これを阻害する化合物を大規模スクリーニングで探索しました。最終的に見出された化合物CDD-2807は、マウスで効果的かつ安全に精子形成を阻害し、避妊効果を示しました。そして阻害剤の投与を止めると、避妊効果が速やかに回復しました。STK33阻害は、画期的な男性用避妊薬の標的となる可能性が示されました。」

Rice’s trajectory from wild to domesticated in East Asia
東アジアにおけるイネの野生から栽培化への軌跡
「この研究は、イネのプラント・オパールを分析することで、イネが約10万年以上前から長江下流域に自生していたことを明らかにしました。そして、約2万4千年前の層からイネの利用の痕跡が見つかり、イネの採集利用が始まったと考えられます。さらに、約1万3千年前にはイネの栽培化が始まり、約1万1千年前には野生型から栽培型への形態的変化が見られ、イネの家畜化が起こったと推測されます。これは現在のところ最も古いイネの栽培と家畜化の記録であり、東アジアにおけるイネの進化の長い歴史を示しています。」

Chiral-structured heterointerfaces enable durable perovskite solar cells
有機無機ハイブリッド太陽電池の耐久性を高める新規キラルヘテロ界面
「この研究では、有機無機ハイブリッド太陽電池(ペロブスカイト太陽電池)の耐久性を高めるために、光吸収層と電子輸送層の間にR体/S体のメチルベンジルアンモニウムからなるキラル構造の中間層を導入した。このキラル界面は、エナンチオマー制御されたエントロピーにより、熱サイクルによる疲労や材料劣化への耐性を高める。また、有機カチオンのヘテロキラル配列はベンゼン環の充填密度を高め、化学的安定性や電荷移動特性を向上させる。この新規キラルヘテロ界面を用いたペロブスカイト太陽電池は、厳しい熱サイクル試験(-40℃~85℃を200サイクル、1200時間)やダンプヒート試験(湿度85%、85℃、600時間)後でも約92%の変換効率を維持し、高い耐久性を示した。自然界の強靭なキラル構造を模倣することで、有機無機ハイブリッド太陽電池の機械的信頼性を大幅に向上できることが明らかになった。」

Demixing is a default process for biological condensates formed via phase separation
生物学的コンデンセートにおいて、液-液相分離を介して形成されたものは、デミキシングがデフォルトのプロセスである
「脳の神経細胞にある2種類のシナプス、興奮性シナプスと抑制性シナプスは、たとえ小さな突起の上に形成されていても混ざり合わずに別々の場所に存在します。この研究では、それぞれのシナプスが特異的な分子間相互作用でネットワークを形成し、自然に分離していることを明らかにしました。さらに、強制的に2つのシナプスをつなげても、結局は分離してしまうことがわかりました。液体のように自由に混ざり合うのではなく、分かれるのがシナプスのデフォルトの性質なのかもしれません。シナプスの結びつきの謎に一歩近づいた研究です。」


要約

新規キナーゼSTK33の阻害により、可逆的な男性避妊を実現

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adl2688

男性にも避妊薬の選択肢があってよいと思います。この研究は、特定のタンパク質(STK33)を阻害することで、可逆的に精子形成を抑制できることを示しました。大規模な化合物スクリーニングにより、有望な阻害剤候補(CDD-2807)を同定しています。マウス実験では、この化合物の投与により効果的かつ安全に避妊できること、そして投与中止により速やかに生殖能力が回復することが確認されました。ホルモンに頼らない新しいアプローチとして期待できそうです。将来的にヒトでの有効性と安全性が示されれば、男性にとって画期的な選択肢になるかもしれません。一方で、避妊の責任が女性に偏っている現状を変えるには、男性の意識改革も必要だと思います。

事前情報

  • 男性用の避妊法は限られており、ピルのような薬による選択肢がない。

  • STK33というキナーゼは精巣に豊富に発現しており、STK33遺伝子を欠損した男性やオスマウスは不妊である。

行ったこと

  • 大規模な化合物ライブラリースクリーニングを行い、STK33に特異的な阻害剤を探索した。

  • 有望な阻害剤についてSTK33との複合体の結晶構造を解析し、構造活性相関研究を行った。

  • 最適化化合物CDD-2807のマウスでの避妊効果と安全性を評価した。

検証方法

  • STK33阻害活性を、酵素アッセイおよび細胞アッセイで評価した。

  • CDD-2807のマウス体内動態と毒性を調べた。

  • CDD-2807投与マウスの精子形態と運動性を解析し、避妊効果を確認した。

  • CDD-2807投与中止後のマウスの生殖能力回復を確認した。

分かったこと

  • CDD-2807は強力かつ選択的なSTK33阻害活性を示した(IC50 = 9.2 nM)。

  • CDD-2807はマウスで血液-精巣関門を通過し、毒性は見られなかった。

  • CDD-2807投与マウスでは、精子の形態異常と運動性低下が見られ、避妊効果が確認された。

  • CDD-2807投与中止後、速やかに生殖能力が回復した。

研究の面白く独創的なところ

  • ホルモンに依存しない新しいアプローチで男性避妊を実現した点が独創的。

  • 大規模スクリーニングと構造情報を活用して、効果的な阻害剤を見出せた点が面白い。

  • 遺伝学的知見を化学的アプローチによって実証・応用した好例と言える。

この研究のアプリケーション

  • STK33阻害剤は画期的な男性避妊薬となる可能性がある。

  • 本研究で確立した阻害剤開発戦略は、他の創薬標的にも応用できるだろう。

  • CDD-2807は男性避妊薬開発におけるツール化合物として有用。

著者と所属

  • Angela F. Ku, Baylor College of Medicine

  • Kiran L. Sharma, Baylor College of Medicine

  • Martin M. Matzuk, Baylor College of Medicine

詳しい解説
本研究は、特定のタンパク質キナーゼ(STK33)を阻害することで、可逆的な男性避妊を実現できることを示しました。STK33は精巣に高発現しており、遺伝的にSTK33を欠損させると男性不妊になることが知られていました。そこで著者らは、STK33に特異的な阻害剤を見出すことで化学的アプローチによる男性避妊を目指しました。
まず、大規模な化合物ライブラリーのスクリーニングを行い、STK33を強力に阻害する化合物を複数見出しました。そのうちの1つであるCDD-2211について、STK33との複合体の結晶構造を決定しました。この構造情報を活用して構造活性相関研究を行い、阻害活性と薬物動態特性が改善された化合物CDD-2807の創出に成功しました。
CDD-2807は、酵素アッセイおよび細胞アッセイにおいて、ナノモルオーダーの強力かつ選択的なSTK33阻害活性を示しました(IC50 = 9.2 nM)。マウスに投与したところ、血液−精巣関門を効率的に通過し、脳内には蓄積せず、毒性も見られませんでした。そしてCDD-2807の投与により、精子の形態異常と運動性低下が引き起こされ、STK33遺伝子欠損マウスと同様の避妊効果が確認されました。一方で精巣サイズに変化はなく、投与中止後速やかに生殖能力が回復しました。
以上より、STK33はホルモン非依存的な男性避妊薬の標的として有望であり、CDD-2807は効果的なツール化合物であると言えます。本研究は、遺伝学的知見を化学的アプローチによって実証・応用した好例であり、創薬標的同定から阻害剤開発までの一連の戦略は他の創薬研究にも応用可能と考えられます。将来的にCDD-2807誘導体など、より最適化された化合物がヒト男性避妊薬として開発されることが期待されます。


イネは10万年前から存在し、2万4千年前に採集利用され、1万3千年前に栽培化が始まり、1万1千年前に家畜化された

https://science.sciencemag.org/content/384/6698/901

この研究は、上山遺跡と河南山遺跡の植物ケイ酸体を分析し、イネが約10万年以上前から存在し、約2万4千年前に採集利用が始まり、約1万3千年前に栽培化が始まり、約1万1千年前に家畜化されたことを明らかにしました。これまで考古学的な証拠からは、イネの栽培化は約1万年前と考えられていましたが、本研究はそれよりも古い可能性を示唆しています。また、イネの起源と進化が長江下流域で独自に進んだことを示しており、従来の肥沃な三日月地帯に加えて、もう一つの農耕の起源地として東アジアの重要性を示しています。

事前情報

  • イネは世界の3分の1以上の人口の主食だが、その野生種から栽培種への進化の過程は謎に包まれている

  • 遺伝学的研究から、イネの利用は新石器時代よりも古い可能性が示唆されていた

  • 考古学的な証拠では、イネの栽培化は約1万年前と考えられていた

行ったこと

  • 中国長江下流域の上山遺跡と河南山遺跡からイネのプラント・オパールを採取・分析した

  • プラント・オパールの形態的特徴から、イネの野生型と栽培型を区別した

  • 堆積物の年代測定を行い、イネの利用と進化の過程を復元した

検証方法

  • プラント・オパールの形態分析

  • 光ルミネッセンス(OSL)年代測定法による堆積物の年代測定

  • 花粉分析、粒度分析、磁化率測定による古環境の復元

分かったこと

  • イネは約10万年以上前から長江下流域に自生していた

  • 約2万4千年前に採集利用が始まった

  • 約1万3千年前に栽培化が始まった

  • 約1万1千年前に野生型から栽培型への形態的変化が見られ、家畜化が起こった

  • 長江下流域でイネの起源と進化が独自に進んだ

研究の面白く独創的なところ

  • これまで考古学的な証拠からは約1万年前と考えられていたイネの栽培化が、それよりも古い可能性を示した点

  • 東アジアが肥沃な三日月地帯と並ぶ、もう一つの農耕の起源地であることを示唆した点

  • プラント・オパールの形態分析という新しい手法を用いてイネの進化を高い時間分解能で復元した点

この研究のアプリケーション

  • 東アジアにおける農耕の起源と拡散の解明

  • イネの遺伝的多様性の起源の理解

  • プラント・オパール分析の農耕の起源研究への応用

著者と所属

  • Jianping Zhang - 中国科学院地質学と地球物理学研究所

  • Leping Jiang - 浙江省文物考古研究院

  • Lupeng Yu - 臨沂大学資源と環境科学部

  • Houyuan Lu - 中国科学院地質学と地球物理学研究所

詳しい解説
この研究は、中国浙江省の上山遺跡と河南山遺跡から採取した堆積物中のイネのプラント・オパール(植物ケイ酸体)を分析することで、イネの利用と進化の過程を高い時間分解能で復元しました。プラント・オパールとは、植物の細胞内や細胞間隙にシリカが蓄積してできる構造で、植物種ごとに特徴的な形態を示します。研究チームは、プラント・オパールの形態的特徴からイネの野生型と栽培型を区別し、その出現の時期を特定しました。
その結果、約10万年以上前の地層からイネのプラント・オパールが検出され、この時期にはすでにイネが長江下流域に自生していたことが分かりました。そして、約2万4千年前の地層からイネの利用の痕跡が見つかり、この時期に狩猟採集民がイネの採集を始めたと考えられます。さらに、約1万3千年前になると、イネのプラント・オパールに栽培型の特徴が現れ始め、イネの栽培化が始まったことを示しています。そして約1万1千年前には、イネのプラント・オパールは完全に栽培型の形態を示すようになり、イネの家畜化が完了したと推測されます。
この結果は、これまで考古学的な証拠から約1万年前と考えられていたイネの栽培化が、実はそれよりも約3千年古い可能性を示唆しています。また、遺伝学的な研究で示唆されていた、新石器時代よりも古いイネの利用の可能性を裏付ける結果でもあります。この研究は、東アジアにおけるイネの利用と栽培化の起源が、西アジアの肥沃な三日月地帯と同じくらい古い可能性を示し、東アジアがイネの独自の進化の舞台であったことを明らかにしました。
この研究は、プラント・オパールの形態分析という新しい手法を農耕の起源の研究に応用し、これまでの考古学的な手法では分からなかった詳細な過程を復元することに成功しました。今後のイネの起源と進化、そして東アジアにおける農耕の拡散の研究に、新しい視点を提供すると期待されます。


有機無機ハイブリッド太陽電池の耐久性向上に向けた新規キラルヘテロ界面の開発

https://www.science.org/doi/10.1126/science.ado5172

ペロブスカイト太陽電池の界面構造を改良することで、熱サイクルやダンプヒートによる機械的・化学的劣化を抑制し、高い変換効率を長期間維持することに成功した。光吸収層と電子輸送層の間に、光学活性分子からなるキラル構造の中間層を導入することで、界面の伸縮性と強度が高まり、熱膨張率の違いによる応力を緩和できる。また、有機カチオンのヘテロキラル配列により、化学的安定性や電荷移動特性も向上する。自然界の優れたキラル構造を太陽電池に取り入れることで、実用化に向けた大きな課題である機械的信頼性を大幅に改善できることを示した重要な研究である。

事前情報

  • ペロブスカイト太陽電池は高い変換効率を示すが、機械的・化学的安定性に課題がある

  • デバイス層間の熱膨張率の違いによる応力集中が、ヘテロ界面での機械的破壊の原因となる

  • 自然界では、DNAやタンパク質、昆虫の羽などにキラル構造が見られ、高い強度と柔軟性を両立している

行ったこと

  • R体/S体のメチルベンジルアンモニウムからなるキラル構造の中間層を、ペロブスカイト層と電子輸送層の間に導入した

  • キラル分子のエナンチオマー比を制御し、ヘテロキラル配列を形成することで、界面の機械的・化学的特性を最適化した

  • 標準的な太陽電池性能評価に加え、過酷な熱サイクル試験とダンプヒート試験を行い、長期耐久性を評価した

検証方法

  • 走査型電子顕微鏡、原子間力顕微鏡、X線回折、紫外可視分光法などによる材料キャラクタリゼーション

  • 太陽電池の電流-電圧特性測定による変換効率評価

  • -40℃~85℃の熱サイクル試験(200サイクル、1200時間)とダンプヒート試験(湿度85%、85℃、600時間)による長期安定性評価

  • 界面接着力の定量的評価と破壊メカニズムの解析

分かったこと

  • キラル中間層の導入により、ペロブスカイト/電子輸送層界面の接着力と柔軟性が大幅に向上した

  • キラル分子のヘテロ配列により、ベンゼン環のパッキング密度が高まり、化学的安定性と電荷移動特性が改善された

  • 熱サイクル試験とダンプヒート試験後も、キラル中間層を持つ太陽電池は約92%の変換効率を維持した

  • 光吸収層の結晶性や電荷ダイナミクスに悪影響を与えることなく、ヘテロ界面の機械的信頼性を高められることが分かった

研究の面白く独創的なところ

  • DNAの二重らせん構造など、自然界の強靭なキラル構造に着目し、太陽電池へ応用した点が独創的

  • R体とS体の比率を変えることで、界面の物性を連続的に制御できる点が興味深い

  • ペロブスカイト太陽電池の実用化に向けた重要な課題を、材料・デバイス構造の観点から解決した点が評価できる

この研究のアプリケーション

  • 高効率・高耐久なペロブスカイト太陽電池の開発

  • 有機無機ハイブリッド太陽電池の実用化と普及促進

  • キラル構造を利用した高強度・高柔軟性材料の設計指針

  • 自然に学ぶことで、ハイブリッド材料の機械的信頼性を高める新しいアプローチ

著者と所属
Tianwei Duan, Department of Physics, Hong Kong Baptist University, Kowloon, Hong Kong SAR 999077, China.
Shuai You, Chemistry and Nanoscience Center, National Renewable Energy Laboratory, Golden, CO 80401, USA.
Min Chen, Chemistry and Nanoscience Center, National Renewable Energy Laboratory, Golden, CO 80401, USA.

詳しい解説
本研究は、有機無機ハイブリッド太陽電池(ペロブスカイト太陽電池)の界面構造を改良することで、機械的・化学的安定性を大幅に向上させることに成功した。ペロブスカイト太陽電池は、高い光吸収係数と長い電荷拡散長を持つペロブスカイト化合物を光吸収層に用いることで、シリコン太陽電池に迫る高い変換効率を達成している。一方で、層間の熱膨張率の違いに起因する機械的ストレスの蓄積により、ヘテロ界面での剥離や割れが生じやすく、長期安定性の確保が実用化に向けた大きな課題となっていた。
本研究では、光吸収層と電子輸送層の間に、光学活性な有機分子であるメチルベンジルアンモニウム(R体とS体)からなるキラル構造の中間層を導入した。DNAの二重らせん構造に代表されるように、自然界の多くのキラル構造は高い強度と柔軟性を兼ね備えている。これは、キラルな構成要素が規則正しく配列することで、分子間相互作用が協同的に働くためと考えられる。本研究では、R体とS体の比率を最適化することで、中間層の機械的特性を向上させるとともに、ベンゼン環のパッキング密度を高めることで化学的安定性も改善した。
キラル中間層を導入したペロブスカイト太陽電池は、-40℃から85℃までの過酷な熱サイクル試験を200サイクル(1200時間)行った後でも、初期効率の92%を維持した。また、85℃・85%の高温多湿環境下で600時間のダンプヒート試験を行っても、同様に高い効率を維持できた。機械的ストレス試験の結果から、キラル中間層によって界面接着力と柔軟性が大幅に向上し、層間剥離や割れの発生が抑制されたことが分かった。さらに、光吸収層の結晶性や電荷ダイナミクスに悪影響を与えることなく、ヘテロ界面の機械的信頼性を高められることが明らかになった。
本研究は、自然に学ぶことで、有機無機ハイブリッド材料の機械的信頼性を飛躍的に高める新しい設計指針を提供するものである。高効率と高耐久性を両立したペロブスカイト太陽電池の開発が加速されれば、再生可能エネルギーの主力電源としての普及が大きく前進すると期待される。今後は、キラル中間層の分子設計や製造プロセスのさらなる最適化により、実用化に向けた課題を着実に解決していくことが求められる。


シナプスは離れられない仲良し?神経細胞同士の結びつきの謎に迫る

https://doi.org/10.1126/science.adj7066

脳の興奮性シナプスと抑制性シナプスは、サブミクロンサイズの樹状突起上に形成されていても、お互いに重なり合うことはありません。しかし、なぜこの2種類のシナプス後細胞質または密度(e/iPSD)が分離しているのかはよくわかっていませんでした。また、一般的に細胞内の膜のない細胞小器官がなぜ自然に分離しているのかも不明でした。
本研究では、生化学的な再構成実験を行い、ePSDとiPSDが自発的に液-液相分離を介して別々の凝縮分子集合体に分離することを示しました。さらに、iPSDの足場タンパク質であるゲフィリンを、PSD-95に対する抗体(解離定数約4nM)でラベルすると、ゲフィリンはePSDコンデンセートに誤ってターゲティングされました。ところが驚くべきことに、iPSDコンデンセートが形成されると、抗体でラベルされたゲフィリンはePSDコンデンセートから押し出されてしまいました。
つまり、コンデンセート内の生体分子は、拡散による自発的な混合ではなく、デミキシング(分離)がデフォルトのプロセスであることが明らかになりました。相分離は、希薄溶液中では起こり得ない生体分子の区画化特異性を生み出すことができるのです。

事前情報

  • 興奮性シナプスと抑制性シナプスは、1つの樹状突起上でも混ざり合わない

  • 膜のない細胞小器官が細胞内の区画に自然に分離するメカニズムは不明

行ったこと

  • 生化学的な再構成実験により、ePSDとiPSDが液-液相分離により分離することを示した

  • iPSDタンパク質ゲフィリンを抗体でePSDにターゲティングさせると、誤ってePSDに局在した

  • しかし、iPSDコンデンセートが形成されると、ゲフィリンはePSDから排除された

検証方法

  • in vitroとin cellでの生化学的再構成実験

  • PSD-95に対する抗体(Kd~4nM)を用いたゲフィリンのePSDへの誤ターゲティング

  • iPSDコンデンセート形成によるゲフィリンのePSDからの排除の観察

分かったこと

  • ePSDとiPSDは自発的に液-液相分離により別々のコンデンセートを形成する

  • 強制的にiPSDタンパク質をePSDにターゲティングしても、iPSD形成時に排除される

  • コンデンセート内では、拡散による混合ではなく、分離(デミキシング)がデフォルトである

  • 相分離は希薄溶液中では起こり得ない生体分子の区画化特異性を生み出せる

この研究の面白く独創的なところ

  • ePSDとiPSDが液-液相分離により自然に分離するメカニズムを解明した点

  • 人工的にシナプスタンパク質を混ぜても、結局は分離してしまうことを示した点

  • コンデンセート内では混合ではなく分離が当たり前であることを明らかにした点

  • 相分離が生体分子に特異的な区画化能力を与えていることを示した点

この研究のアプリケーション

  • シナプス形成や機能発現の分子メカニズムの理解に役立つ

  • 他の膜のない細胞小器官の区画化メカニズムの解明にも応用できる

  • 人工的なバイオマテリアルの設計に相分離の原理を活用できる可能性

著者と所属
Shihan Zhu, Zeyu Shen, Xiandeng Wu, Wenyan Han, Zhepeng Ding, Mingjie Zhang (Division of Life Science, Hong Kong University of Science and Technology)

本研究は、興奮性シナプスと抑制性シナプスの後細胞質または密度(ePSD/iPSD)が、液-液相分離を介してそれぞれ凝縮分子集合体を形成し、自発的に分離することを生化学的に示しました。ePSDとiPSDは、それぞれ特異的な分子間相互作用でネットワーク化されたコンデンセートを形成し、自然に分離しているのです。
興味深いことに、iPSDの足場タンパク質ゲフィリンをナノモーラーレベルの親和性でePSDタンパク質PSD-95に結合させても、iPSDコンデンセートの形成によって、ゲフィリンはePSDから排除されてしまいました。つまり、コンデンセート内では、拡散に基づく自発的な混合ではなく、分離(デミキシング)がデフォルトのプロセスなのです。相分離は、希薄溶液中では起こり得ない、生体分子に特異的な区画化能力を生み出すことができるのです。
本研究は、シナプスにおける区画化のメカニズムの理解を大きく前進させただけでなく、膜のない細胞小器官の自発的な分離の仕組みにも示唆を与えるものです。さらに、相分離の原理を応用することで、新しい人工的バイオマテリアルの設計にも役立つかもしれません。脳の巧妙な情報処理を支える、シナプスの精巧な区画化の謎が少しずつ明らかになってきました。


最後に
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