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論文まとめ323回目 Nature 過去の人類集団は、頻繁な撹乱によって回復力を高めていた!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Frequent disturbances enhanced the resilience of past human populations
頻繁な撹乱が過去の人類集団の回復力を高めていた
「人類の歴史を振り返ると、気候変動や文化的変化など様々な撹乱を経験してきました。本研究では、過去3万年間の人口変動データを分析し、撹乱を頻繁に経験した集団ほど、後の人口減少に対する耐性と回復力が高まることを発見しました。特に農耕や牧畜を営む集団は、撹乱に脆弱である一方で回復力も高いことが分かりました。新しい生活様式を採用することには、重要なトレードオフが存在するようです。過去の適応から、未来の危機への対処法を学べるかもしれません。」

Chromatin accessibility during human first-trimester neurodevelopment
ヒト初期胎児期の神経発生における クロマチンアクセシビリティ
「ヒトの脳は、胎児期の初期から複雑な遺伝子発現の制御を受けて発生します。本研究では、受精後6〜13週の胎児の脳を1細胞レベルで解析し、53万個以上の細胞のクロマチン状態と遺伝子発現を網羅的に調べました。その結果、神経細胞の分化に伴って、特異的な転写因子の結合が引き金となり、次々と遺伝子制御領域が活性化されていく様子が明らかになりました。この知見は、ヒト脳の発生メカニズムの理解を大きく前進させるとともに、発達障害などの関連病態の解明にもつながると期待されます。」

Multimodal decoding of human liver regeneration
ヒト肝再生メカニズムの多角的な解明
「肝臓は再生能力が高い臓器ですが、重症肝不全では再生が追いつかず、肝移植が唯一の治療法となります。本研究では、健康な肝臓と重症肝不全の肝臓を丹念に比較解析。その結果、肝不全では、ANXA2というタンパク質を発現する新しいタイプの肝細胞が出現し、集団で移動しながら肝臓の損傷部位を埋めていくことを発見しました。さらに、この創傷修復のプロセスが、肝細胞の増殖よりも先に起こることも明らかに。肝再生メカニズムに新たな一石を投じる発見です。」

Stereoselective amino acid synthesis by photobiocatalytic oxidative coupling
光による生物触媒を用いた酸化的カップリングによる立体選択的なアミノ酸合成
「生物が持つ酵素の力と光触媒の力を組み合わせることで、自然界にはない新しい化学反応の開発が進んでいます。本研究では、ピリドキサール酵素と光触媒を協働させ、ホウ素化合物とアミノ酸から立体選択的に非天然型アミノ酸を合成することに成功しました。酵素の進化工学により、様々な基質に適用可能となりました。生物の力と化学の力を融合させることで、これまでにない新しい化合物が効率良く作れるようになると期待されます。」

Structural and molecular basis of choline uptake into the brain by FLVCR2
FLVCR2によるコリンの脳への取り込み機構の構造的・分子的基盤
「コリンは脳の発達や機能に不可欠な栄養素ですが、脳内への取り込み機構は不明でした。本研究では、FLVCR2というタンパク質が血液脳関門でのコリン輸送を担うことをマウス実験で示しました。さらに、クライオ電子顕微鏡解析により、FLVCR2の立体構造を決定。芳香族アミノ酸に囲まれた"かご"状の結合ポケットでコリンを捉え、膜を介して輸送する仕組みが明らかになりました。脳の健康を左右する物質輸送の理解が大きく前進し、新たな創薬ターゲットとしても期待されます。」

A deconstruction-reconstruction strategy for pyrimidine diversification
ピリミジンの多様化のための分解・再構築戦略
「薬や農薬の候補となる化合物には、ピリミジンなどの含窒素複素環がよく使われます。今回、ピリミジンを一旦分解して得られる部品を使って、様々な含窒素複素環を作り出す新手法が開発されました。まるでピリミジンというビルを解体して、そのパーツで別の複素環というビルを建て直すようなイメージです。この戦略により、複雑な化合物の構造を維持したまま複素環の種類を変えられるので、新薬開発に役立つと期待されます。」


要約

過去の人類集団は、頻繁な撹乱によって回復力を高めていた

本研究は、過去3万年間の人類の人口変動データを分析し、頻繁な撹乱が集団の耐性と回復力を高めることを明らかにした。横断的・縦断的な人口減少の解析から、撹乱の頻度が高い集団ほど後の人口減少に対する耐性と回復力が高いことが示された。この関連性の強さは土地利用パターンによって異なり、農耕や牧畜を営む社会は撹乱に脆弱である一方で全体的な回復力は高い。新しい土地利用戦略を採用する際には重要なトレードオフが存在することが示唆された。過去の適応から未来の危機への教訓を得られる可能性がある。

事前情報

  • 過去の人類の適応は、将来の危機への対処法を導く重要な教訓を提供する。

  • これまで人類の撹乱の吸収と回復の能力を地球規模で系統的に比較した研究はなかった。

  • 極端な事象への短期的な適応の成功が強調され、長期的な脆弱性の理解が不足していた。

行ったこと

  • 考古学的放射性炭素データによる人口変動の復元研究16事例を統合的に分析

  • 人口減少期の耐性と回復力を定量化するメトリクスを適用し、154の人口減少期のデータを収集

  • 撹乱のカテゴリーと要因、土地利用、適応的変化の有無などの変数を専門家の判断により記録

  • 階層的線形混合モデルを用いて、変数間の関連性と地域差を評価

検証方法

  • ベイズ統計モデリングにより人口減少期を再現し、耐性と回復力のメトリクスを適用

  • 耐性は人口減少期の開始時と最小値の比、回復力は最小値から終了時までの回復率で定量化

  • 人口減少の頻度は地域ごとの累積人口減少数を期間で正規化して算出

  • 階層的線形混合モデルで地域差をランダム効果、その他の変数を固定効果として関連性を評価

分かったこと

  • 頻繁な人口減少を経験する集団ほど、その後の減少に対する耐性と回復力が高まる

  • 耐性の方が回復力よりもこの効果が大きく、減少に耐える力と回復する力は異なる

  • 農耕や牧畜を営む集団は他の生業よりも有意に高い頻度で人口減少を経験する

  • 農耕牧畜の割合が増加した完新世以降、人口は増加したが減少頻度も高まった

この研究の面白く独創的なところ

  • 人口減少の頻度という単一の要因が、過去の人類集団の耐性と回復力を高める共通メカニズムの存在を示唆した点

  • 集団の耐性と回復力を定量化する新しい方法を適用し、地球規模の比較分析を可能にした点

  • 農耕牧畜の採用が人口を増加させる一方で減少リスクも高めるトレードオフを明らかにした点

  • 生態学の知見と通じる長期的な人口変動ダイナミクスの理解に考古学が貢献できることを示した点

この研究のアプリケーション

  • 頻繁な撹乱への曝露が集団の適応力を高めるメカニズムの解明に活用できる

  • 将来の環境変動の増大が予測される中、過去の適応から社会の回復力向上の手がかりが得られる可能性

  • 考古学の知見を現代の政策立案や活動に応用し、未来の回復力を高める取り組みに役立てられる

  • 長期的な視点から見た人口変動の理解は、持続可能性や保全の課題解決にも示唆を与えうる

著者と所属
Philip Riris (Department of Archaeology and Anthropology, Bournemouth University, Poole, UK), Fabio Silva (Department of Archaeology and Anthropology, Bournemouth University, Poole, UK), Enrico Crema (Department of Archaeology, University of Cambridge, Cambridge, UK)

詳しい解説
本研究は、過去3万年にわたる人類集団の人口変動データを統合的に分析し、頻繁な撹乱への曝露が集団の撹乱への耐性と回復力を高めるという画期的な発見をもたらしました。気候変動や文化的変化など様々な撹乱は人類史の中で繰り返し起こってきましたが、それらが集団の適応力にどのような影響を及ぼすのかは十分に理解されていませんでした。
研究チームは、考古学的な放射性炭素年代測定データから人口変動を復元した16の地域研究をメタ分析の対象としました。ベイズ統計モデリングにより人口減少期を特定し、それぞれの減少期について撹乱への耐性と回復力を定量化するメトリクスを適用。154の人口減少期のデータを収集し、階層的線形混合モデルを用いて地域差を考慮しつつ様々な変数との関連性を評価しました。
その結果、頻繁に人口減少を経験する集団ほど、その後の人口減少に対する耐性と回復力が高まることが明らかになりました。この効果は耐性の方が回復力よりも大きく、撹乱を乗り越える力と立ち直る力は異なるメカニズムで高められる可能性が示唆されました。頻度に影響する要因としては、農耕や牧畜を営む集団が他の生業よりも有意に高い頻度で減少を経験していました。農耕牧畜の普及とともに人口は増加してきましたが、それと共に撹乱リスクへの脆弱性も高まったのかもしれません。
本研究が画期的なのは、人口減少の「頻度」という単一の要因が集団の適応力を高める共通メカニズムの存在を示唆した点です。地域間比較を可能にする耐性と回復力の定量化手法も独創的です。農耕牧畜の採用がもたらす重要なトレードオフも浮き彫りになりました。
また生態学で示唆されている、撹乱がシステムの長期的な回復力を高めるという知見と人類集団の適応の類似性も興味深い発見です。過去の教訓から社会の回復力を高める方策を学び、将来の危機への備えに役立てることができるでしょう。このように考古学の知見を現代社会の課題解決に応用する試みは、持続可能性などの分野でますます重要になっています。
本研究は、考古学が長期的な時間スケールでの人間と環境の関係性の理解に独自の貢献ができることを示した点でも意義深いと言えます。気候変動など将来の環境変動が増大すると予測される中、人類が危機にどう適応してきたのかを知ることは、未来の社会のレジリエンス(回復力)を高めるカギとなるでしょう。


ヒト初期胎児期の脳発生における遺伝子制御の全容を解明

本研究は、ヒト胎児の脳(受精後6〜13週)の1細胞レベルでのクロマチンアクセシビリティと遺伝子発現を網羅的に解析した。53万個以上の細胞を135のクラスターに分類し、遺伝子制御領域と遺伝子発現の関連を調べた。その結果、神経細胞の分化に伴い、アクセス可能な領域が増加し、特異的な転写因子の結合が引き金となって遺伝子発現が変化していくことが明らかになった。さらに、疾患関連の一塩基多型が中脳ニューロンのエンハンサーに集中していることから、うつ病などの発症メカニズムとの関連が示唆された。本研究は、ヒト脳の発生過程における遺伝子制御の全容を初めて明らかにした。

事前情報

  • ヒトの脳は、胎児期初期の厳密な遺伝子発現制御を経て発生する。

  • 脳発生過程の1細胞レベルの遺伝子発現はこれまでに報告されているが、クロマチンアクセシビリティの全容は不明だった。

  • 遺伝子制御領域の活性は一過的で細胞型特異的なため、脳の発達障害の遺伝的基盤の解釈を難しくしている。

行ったこと

  • ヒト胎児(6〜13週齢)の脳を5部位に分け、scATAC-seqとsingle-cell multiome法で解析した。

  • 526,094個の細胞から、クロマチンアクセシビリティと一部の遺伝子発現データを取得した。

  • 135のクラスターを定義し、遺伝子制御領域と遺伝子発現の関連を推定した。

  • 畳み込みニューラルネットワークを用いて、神経サブタイプを規定するエンハンサーの配列的特徴を予測した。

検証方法

  • クロマチンアクセシビリティと遺伝子発現データを用いたクラスタリングと細胞型アノテーション

  • 遺伝子制御領域と遺伝子発現の関連性解析(cicero)

  • ピークのトピックモデリングによる遺伝子制御プログラムの抽出(pycisTopic)

  • 畳み込みニューラルネットワークによる神経サブタイプ特異的配列の予測

  • 一塩基多型の細胞型特異的濃縮解析(LDSC、MAGMA)

分かったこと

  • ほとんどの細胞は脳の領域に応じて分類されたが、非神経細胞では領域特異性は低かった。

  • 神経細胞系譜では分化とともにアクセス可能な領域が増加したが、グリア系譜では増加しなかった。

  • 個々の遺伝子制御領域は遺伝子発現より細胞型特異性が高く、12万以上の領域が同定された。

  • プルキンエ細胞の分化では、TFAP2BとLHX5によるESRRB遺伝子の段階的な活性化が示唆された。

  • うつ病関連の一塩基多型は中脳抑制性ニューロンのエンハンサーに有意に濃縮していた。

この研究の面白く独創的なところ

  • ヒト胎児脳の初期発生過程を1細胞レベルのマルチオミクスで初めて全容解明した点

  • 10万以上の細胞型特異的な遺伝子制御領域を同定し、発生過程の遺伝子制御の理解を深めた点

  • 深層学習を活用して神経サブタイプを規定するエンハンサー配列の特徴を予測した点

  • 脳発達障害の遺伝的基盤を、発生初期の細胞型特異的な遺伝子制御と結び付けた点

この研究のアプリケーション

  • ヒト脳の発生異常の分子メカニズム解明と先天性疾患の病因解明

  • 精神・神経疾患の発症脆弱性の理解と早期介入への応用

  • 脳オルガノイドなどの in vitro 分化誘導系の最適化

  • 遺伝子と環境の相互作用による脳機能の個人差の理解

著者と所属
Camiel C. A. Mannens, Lijuan Hu, Peter Lönnerberg (Division of Molecular Neurobiology, Department of Medical Biochemistry and Biophysics, Karolinska Institute, Solna, Sweden) 他

詳しい解説
本研究は、ヒト胎児の脳における遺伝子発現制御の全容を、これまでにない規模と解像度で解き明かした画期的な研究です。ヒトの脳は、受精後わずか数週間の間に、精緻な遺伝子発現の制御を受けて複雑な構造を形成していきます。この過程で、クロマチンのアクセシビリティがダイナミックに変化することで、細胞系譜特異的な遺伝子発現が実現されると考えられています。しかし、ヒト胎児脳全体を対象に、これを1細胞レベルで検証した例はこれまでにありませんでした。
研究チームは、ヒト胎児脳(6〜13週齢)を5つの領域に分け、合計で50万個以上の細胞についてscATAC-seqおよびsingle-cell multiome法によるプロファイリングを行いました。その結果、135のクラスターが同定され、神経系譜の細胞は脳の領域に応じて分類されましたが、非神経系の細胞では領域特異性が低いことが分かりました。また、分化に伴ってアクセス可能な領域が増加するのは神経細胞系譜に特徴的で、グリア系譜では見られないことも明らかになりました。
さらに研究チームは、co-accessibilityを指標に、10万以上の遺伝子制御領域(cCRE)を同定しました。興味深いことに、これらcCREの細胞型特異性は遺伝子発現よりも高く、脳発生過程の各段階で異なる制御領域が機能することが示唆されました。また、トピックモデリングという手法を用いて、共起する制御領域をまとめることで、細胞種ごとの遺伝子制御プログラムを抽出することにも成功しています。
また本研究では、深層学習の一種である畳み込みニューラルネットワークを活用し、プルキンエ細胞などの神経サブタイプを規定するエンハンサー領域の配列的特徴を予測しました。その結果、プルキンエ細胞の分化では、転写因子TFAP2BとLHX5が協調的に働くことでESRRB遺伝子を段階的に活性化するというメカニズムが浮き彫りになりました。このように、各細胞系譜の運命決定に関わる鍵となる転写因子とその標的配列が次々と明らかになったことは、本研究の大きな成果の1つと言えるでしょう。
さらに研究チームは、一塩基多型(SNP)の細胞種ごとの濃縮を調べることで、脳の発達障害の遺伝的基盤にも迫りました。うつ病に関連するSNPは中脳の抑制性ニューロンのエンハンサーに有意に濃縮しており、発生初期のこの細胞種の脆弱性が示唆されました。今後、他の精神疾患などでも同様のアプローチで発症メカニズムの解明が進むことが期待されます。
本研究は、ヒト脳の発生過程における遺伝子制御の全容を世界で初めて明らかにした点で画期的な成果であり、今後の脳神経科学や疾患研究に大きなインパクトを与えるものと思われます。胎児脳という貴重なサンプルを活用し、マルチオミクス解析と機械学習を駆使して遺伝子制御ネットワークに肉薄した点は特筆に値します。また、本研究で得られた知見とリソースは、脳オルガノイドなどの in vitro 分化誘導系の最適化や、遺伝型と表現型の関連解析など、幅広い分野での応用が期待されます。ヒトの脳はいかにして生まれ、どのようにして個性を獲得するのか。その神秘の一端が明らかになった本研究は、発生神経科学のマイルストーンとなる成果と言えるでしょう。


肝再生の過程で、新たな移動性肝細胞集団が創傷閉鎖に関与していることを多角的に解明

本研究は、重症肝不全と健常肝のシングルセル解析と空間的発現解析を組み合わせ、ヒト肝再生の全容解明に挑んだ。その結果、肝不全ではANXA2陽性の新しい移動性肝細胞集団が出現し、損傷部位の閉鎖に寄与していることを発見した。マウスのアセトアミノフェン肝障害モデルでも同様の細胞集団を同定。4次元イメージングにより、損傷部位の閉鎖が肝細胞増殖に先行して起こることを明らかにした。ANXA2を欠損させると、肝細胞の移動能が低下し、創傷閉鎖が阻害された。本研究は、肝再生という複雑な現象に、細胞の集団移動という新たな視点を提示した画期的な成果である。

事前情報

  • 肝臓は高い再生能力を持つが、重症肝不全では再生不全に陥ることがある

  • 重症肝不全の治療法は肝移植以外に有効なものがない

  • 肝再生のメカニズムは未だ完全には解明されていない

行ったこと

  • 健常肝と重症肝不全肝のシングルセルRNA-seqと空間的発現解析

  • マウスのアセトアミノフェン肝障害モデルでの肝再生過程の解析

  • 4次元イメージングによる肝再生ダイナミクスの可視化

  • 肝細胞のANXA2発現を操作した機能解析

検証方法

  • シングルセルRNA-seq、空間的遺伝子発現解析

  • マウス薬剤性肝障害モデルでの経時的解析

  • 肝臓の4次元生体イメージング

  • 遺伝子ノックダウンマウスを用いた機能実験

分かったこと

  • 重症肝不全ではANXA2陽性の移動性肝細胞集団が出現する

  • この細胞集団はマウスの薬剤性肝障害モデルでも確認された

  • 創傷部位の閉鎖は、肝細胞の増殖に先行して起こる

  • 4次元イメージングにより、移動性肝細胞が集団で創傷部に向かう様子が捉えられた

  • 肝細胞のANXA2発現を抑制すると、創傷閉鎖が阻害された

この研究の面白く独創的なところ

  • これまで肝再生は主に細胞増殖の観点から捉えられてきたが、本研究は細胞移動の重要性を示した

  • ヒト検体とマウスモデルの統合解析から、普遍的な再生メカニズムに迫った

  • 4次元イメージングにより、肝再生の時空間ダイナミクスを可視化することに成功

  • 予想外の主役分子ANXA2の発見は、肝再生研究に新たな切り口を提示

この研究のアプリケーション

  • 重症肝不全に対する新たな再生療法の開発

  • ANXA2を標的とした肝再生の促進

  • 他の臓器の再生メカニズム解明への応用

  • 創傷治癒メカニズムの理解に基づく新規治療法開発

著者と所属
K. P. Matchett, J. R. Wilson-Kanamori, J. R. Portman, C. A. Kapourani, F. Fercoq, S. May, E. Zajdel, M. Beltran, E. F. Sutherland, J. B. G. Mackey, M. Brice, G. C. Wilson, S. J. Wallace, L. Kitto, N. T. Younger, R. Dobie, D. J. Mole, G. C. Oniscu, S. J. Wigmore, P. Ramachandran, N. O. Carragher, M. M. Saeidinejad, A. Quaglia, …N. C. Henderson (Centre for Inflammation Research, Institute for Regeneration and Repair, University of Edinburgh; MRC Institute of Genetics and Cancer, University of Edinburgh; 他)

詳しい解説
肝臓は驚くべき再生能力を持つ臓器ですが、ウイルス性肝炎や薬物性肝障害などによる重症肝不全では、その再生力が損なわれ、肝移植以外に有効な治療法がないのが現状です。肝再生のメカニズムを詳細に理解することは、新たな再生療法の開発につながると期待されていますが、ヒト肝臓の再生過程を包括的に解析した研究はこれまでにありませんでした。
本研究は、健常肝と重症肝不全肝という対照的な状態の肝臓を、シングルセルRNA-seqと空間的遺伝子発現解析という最先端の手法で徹底的に比較解析しました。すると、重症肝不全の肝臓には、健常肝には見られないANXA2というタンパク質を高発現する肝細胞集団が存在することが明らかになりました。空間的な解析から、これらの細胞は肝臓の損傷部位の周囲に集積していることがわかりました。さらに、アセトアミノフェン投与によるマウス肝障害モデルでも、同様のANXA2陽性肝細胞が損傷部位に出現することを確認。これらの細胞は、通常の肝細胞とは異なる形態的特徴を示し、集団で協調して移動する様子が4次元イメージングにより捉えられました。
驚くべきことに、損傷部位の組織学的な修復は、肝細胞の増殖が活発になるよりも早いタイミングで起こっていました。つまり、ANXA2陽性の移動性肝細胞が集団で損傷部位を埋めることで、素早い創傷閉鎖が達成されるようです。実際、肝細胞でANXA2の発現を抑制すると、細胞の移動能が低下し、創傷治癒が阻害されました。
本研究は、肝再生というダイナミックな現象に、細胞増殖だけでなく細胞の集団移動が重要な役割を果たしていることを明らかにしました。さらに、その中心的なプレイヤーとしてANXA2を同定したことで、肝再生研究に新たな道筋をつけました。ANXA2の機能を促進することで、肝不全に対する再生療法の開発が加速すると期待されます。また、本研究で用いられた手法は、他の臓器の再生メカニズムの解明にも応用可能です。
臓器再生は、障害に対する生体の対処機構の根幹をなす現象です。そこには、細胞増殖だけでは説明できない複雑な細胞社会のダイナミクスが存在するはずです。本研究は、最新の1細胞解析技術とマルチモーダルな解析を駆使することで、その一端を鮮やかに示してくれました。再生医療の実現に向けて、生命の複雑性と向き合う研究者の果敢な挑戦が続いています。


光を利用した生体触媒と化学触媒の協働作用により、立体選択的にアミノ酸を合成することに成功した。

本研究では、光を利用して酵素の反応性を拡張する光生体触媒の手法を用いて、ピリドキサール酵素、光触媒、酸化剤の協働作用により、有機ホウ素化合物とアミノ酸の不斉sp3-sp3酸化的クロスカップリングを実現した。ピリドキサール-5'-リン酸依存型のトレオニンアルドラーゼを、グリシンや立体的に込み入ったアミノ酸のラジカル的なα位C-H官能基化に利用し、2つの不斉中心を持つ様々な非天然型アミノ酸の合成に成功した。ピリドキサールラジカル酵素の進化工学により、ベンジル、アリル、アルキルホウ素化合物などの基質を立体選択的にカップリングできるようになった。光触媒とピリドキサール生体触媒の協働作用は、化学や生物学では前例のない不斉間欠的ラジカル変換を可能にするsp3-sp3酸化的カップリングの新しいプラットフォームを提供する。

事前情報

  • 光生体触媒は、酵素の反応性を光で拡張し、不斉ラジカル反応などの新しい化学を開発する強力な手法として注目されている。

  • これまでの光生体触媒反応は、還元的あるいは酸化還元中性の反応に限られていた。

  • ピリドキサール-5'-リン酸依存型酵素のトレオニンアルドラーゼは、β-ヒドロキシ-α-アミノ酸の合成に利用されてきた。

行ったこと

  • ピリドキサール酵素、光触媒、酸化剤の協働作用により有機ホウ素化合物とアミノ酸の不斉sp3-sp3酸化的クロスカップリングを開発

  • トレオニンアルドラーゼを改変し、グリシンや立体的に込み入ったアミノ酸のラジカル的C-H官能基化に利用

  • ピリドキサールラジカル酵素の進化工学により、様々な有機ホウ素化合物を基質として利用可能に

  • 理論計算により、反応機構や立体選択性発現の起源を解明

検証方法

  • ラジカルトラップ剤や基質ラジカル検出実験による反応機構の検証

  • 理論計算によるテオザイムモデルを用いた反応経路と立体選択性の解析

  • アミノ酸基質に対する各種トレオニンアルドラーゼ変異体のUV-vis分光分析

分かったこと

  • 光触媒とCo(III)によりホウ素化合物からラジカルが発生し、ピリドキサールにより活性化されたアミノ酸に付加する。

  • トレオニンアルドラーゼのW86N変異体が最も高い活性を示し、PLP補酵素の結合に重要なリジン残基が同定された。

  • ラジカル付加の位置および立体選択性は、PLP-アミノ酸キノノイド中間体の構造に依存する。

  • 本反応は、化学や生物学に前例のない不斉ラジカル的sp3-sp3カップリングを実現する新しいプラットフォームとなる。

この研究の面白く独創的なところ

  • 生物触媒と化学触媒の協働作用による新しい反応開発の可能性を示した点

  • ピリドキサール酵素をラジカル反応に利用する独創的な発想

  • 進化工学により酵素の基質適用性を大幅に拡張した点

  • 実験と理論計算を組み合わせて反応機構を緻密に解明した点

この研究のアプリケーション

  • 新しい非天然型アミノ酸の合成ルートの開拓

  • ペプチド医薬品など非天然型アミノ酸を含む化合物の効率的な合成法の確立

  • 光触媒と生物触媒の協働作用の概念を他の反応系に展開できる可能性

  • ラジカル酵素の新しい反応開発への応用

著者と所属
Tian-Ci Wang, Zheng Zhang, Zhiyu Bo, Jiedong Li, Yang Yang (Department of Chemistry and Biochemistry, University of California Santa Barbara, Santa Barbara, CA, USA)
Binh Khanh Mai, Peng Liu (Department of Chemistry, University of Pittsburgh, Pittsburgh, PA, USA)

詳しい解説
本研究は、光触媒と生物触媒の協働作用により、化学や生物学に前例のない新しい不斉反応の開発に成功した画期的な成果です。近年注目を集める光生体触媒の手法を用いて、ピリドキサール酵素と光触媒を組み合わせることで、有機ホウ素化合物とアミノ酸の立体選択的なsp3-sp3酸化的カップリングを実現しました。
従来の光生体触媒反応は還元的あるいは酸化還元中性の反応に限られていましたが、本研究ではピリドキサール-5'-リン酸(PLP)依存型酵素のトレオニンアルドラーゼに着目し、酸化的なラジカルカップリングに利用する独創的な発想に基づいています。トレオニンアルドラーゼのW86N変異体(TmPLPα1)が最も高い活性を示し、PLP補酵素の結合に重要なリジン残基が同定されました。
反応機構の検討から、光触媒とCo(III)錯体の働きでホウ素化合物からベンジルラジカルが発生し、PLPにより活性化されたグリシンなどのアミノ酸に付加することが分かりました。ラジカルの付加位置と立体選択性は生成するPLP-アミノ酸キノノイド中間体の構造に依存し、理論計算により予測された選択性と実験結果がよく一致しました。
さらに研究チームは、ピリドキサールラジカル酵素の進化工学により、ベンジルやアリル、アルキルなど様々な有機ホウ素化合物を基質として利用可能にしました。その結果、1つまたは2つの不斉中心を持つ多様な非天然型アミノ酸を高い立体選択性で合成することに成功しています。
本研究の意義は、生物の酵素と化学触媒を組み合わせる新しい反応概念を実証し、これまでにない不斉ラジカル変換を実現した点にあります。光触媒とピリドキサール生体触媒の協働作用は、sp3-sp3酸化的カップリングという新しい反応プラットフォームを提供し、非天然型アミノ酸など複雑な化合物の効率的な合成ルートを切り拓くものと期待されます。また、ラジカル的なC-H官能基化を触媒する新しいラジカル酵素としても興味が持たれます。
本研究は実験と理論計算を巧みに組み合わせて反応機構を解明した点も特筆に値します。生物の力を化学の力で拡張するという発想は他の反応系にも適用できる可能性を秘めており、持続可能で環境調和型の物質合成技術の発展に大きく貢献すると期待されます。酵素と化学触媒の協働作用は、21世紀の有機合成化学の新しい潮流になるかもしれません。


脳へのコリン取り込みを担う輸送体FLVCR2の構造と機能を解明

コリンは細胞膜やアセチルコリンの合成に不可欠な栄養素だが、脳への供給機構は不明だった。本研究では、FLVCR2というトランスポーターが血液脳関門でコリンを輸送することをマウス実験で証明した。また、クライオ電顕解析により、FLVCR2が細胞外と細胞内に開いた2つの構造をとり、芳香族アミノ酸に囲まれたポケットでコリンを結合して輸送することを解明した。ヒトFLVCR2の変異は胎児致死性の脳血管異常を引き起こすが、その分子メカニズムの手がかりも得られた。本成果は、コリンを介した脳機能制御の理解に貢献し、脳疾患治療の新たな標的としてFLVCR2に注目が集まりそうだ。

事前情報

  • コリンは細胞膜の合成やエピジェネティック制御、神経伝達に不可欠な栄養素である。

  • 脳は特にコリン要求性が高いが、血液から脳へのコリン輸送機構は不明だった。

  • FLVCR1は最近コリントランスポーターと同定されたが、血液脳関門での発現は低い。

  • FLVCR2は血液脳関門の内皮細胞に発現するが、その生理機能は不明だった。

行ったこと

  • マウスとヒト脳組織およびin vitroの血液脳関門モデルを用いて、FLVCR2の発現と機能を解析した。

  • マウスでFlvcr2を内皮特異的にノックアウトし、脳へのコリン取り込みへの影響を調べた。

  • 精製FLVCR2タンパク質を用いて、コリン輸送活性と阻害剤感受性を生化学的に評価した。

  • クライオ電子顕微鏡によりコリン結合型FLVCR2の立体構造を細胞外向きと細胞内向きの状態で決定した。

検証方法

  • マウス・ヒト脳組織のRNA-seqとin situハイブリダイゼーションによるFLVCR2の発現解析

  • 放射性コリンを用いたマウス脳および培養細胞へのコリン取り込み実験

  • 内皮特異的Flvcr2ノックアウトマウスの作製と表現型解析

  • 精製タンパク質の再構成リポソームを用いたコリン輸送実験とプロテオリポソーム・シグナル変化実験

  • Fab抗体複合体を用いたクライオ電子顕微鏡単粒子解析

分かったこと

  • FLVCR2は脳の内皮細胞に特異的に発現し、脳へのコリン取り込みの大部分を担っていた。

  • FLVCR2は低親和性・高容量のコリントランスポーターで、Na+非依存的にコリンを輸送した。

  • FLVCR2はコリンに対して特異的で、コリンの類縁体や既知の阻害剤で輸送が阻害された。

  • FLVCR2は細胞外向きと細胞内向きの構造をとり、ロッカースイッチ機構で輸送を行うと考えられた。

  • コリン結合部位は芳香族アミノ酸に富む"かご"状のポケットで、基質特異性に寄与していた。

  • PVHH症候群の原因となるFLVCR2変異の多くは構造的に重要な部位に位置していた。

研究の面白く独創的なところ

  • 脳へのコリン供給経路が明らかになり、脳の健康維持における役割が示唆された点

  • in vivoとin vitroの多角的解析により、FLVCR2の輸送体としての機能を実証した点

  • 異なるコンフォメーションの構造を決定し、基質認識と輸送の分子機構に迫った点

  • 先天性疾患の原因となる変異の構造基盤を提示し、病態解明に道筋をつけた点

この研究のアプリケーション

  • 脳の発生や高次機能におけるコリンの役割の解明

  • コリン輸送の人為的制御による脳疾患の予防・治療法の開発

  • 血液脳関門を介した脳内へのドラッグデリバリー技術への応用

  • 先天性脳血管異常症の遺伝子診断や治療標的としてのFLVCR2の利用

著者と所属
Rosemary J. Cater, Dibyanti Mukherjee, Eva Gil-Iturbe (Department of Physiology and Cellular Biophysics, Columbia University, New York, NY, USA) 他

詳しい解説
コリンは細胞膜の主要な構成要素であるホスファチジルコリンの前駆体であり、アセチルコリンなど重要なシグナル分子の材料でもあります。脳は体の中で最もコリンを必要とする臓器の1つですが、血液からのコリン供給経路については長く不明でした。本研究は、FLVCR2というトランスポーターがその役割を担うことを明らかにした画期的な成果と言えます。
研究チームはまず、マウスとヒトの脳組織およびin vitroの血液脳関門モデルを用いて、FLVCR2が脳の内皮細胞に特異的に発現することを見出しました。そこで、内皮特異的にFlvcr2をノックアウトしたマウスを作製したところ、野生型と比べて脳へのコリン取り込みが85%も減少したのです。培養細胞への発現実験でも、FLVCR2の発現量に応じてコリン取り込み活性が上昇しました。このように、in vivoとin vitroの両面から、FLVCR2が脳へのコリン輸送の大部分を担うことが実証されました。
さらに研究チームは、FLVCR2の精製タンパク質を人工膜に再構成し、その輸送特性を詳細に解析しました。その結果、FLVCR2はコリンに高い特異性を示し、イオン勾配に依存せずに輸送することが分かりました。輸送はコリンの類縁体や種々の阻害剤で抑制されたことから、基質とトランスポーターの特異的な相互作用が示唆されます。速度論的な解析から、FLVCR2は低親和性・高容量型のコリン輸送体であると推定されました。
本研究のハイライトの1つは、コリン結合型FLVCR2の立体構造を、細胞外向きと細胞内向きの状態で決定したことです。構造解析には、Fab抗体との複合体形成とクライオ電子顕微鏡単粒子解析を駆使しました。その結果、FLVCR2はMFSトランスポーターに特徴的なロッカースイッチ機構により、細胞膜を隔てたコリンの濃度勾配に従って輸送を行うことが示唆されました。
コリン結合部位は、芳香族アミノ酸残基に囲まれた"かご"状の疎水性ポケットを形成していました。これはFLVCR2のコリンに対する高い特異性を説明するものです。一方で、疎水性ポケットの入り口付近に存在するイオンは、基質との静電的相互作用を介して親和性の調節に関わると推察されました。このように、FLVCR2は精巧に設計された"分子機械"としてコリン輸送を実現していることが浮き彫りになりました。
本研究で得られた知見は、先天性の脳血管異常症の理解にも繋がります。実際、Fowler症候群の原因となるFLVCR2のミスセンス変異の多くが、コリン輸送に重要なアミノ酸残基やタンパク質の安定性に関わる部位に集中していたのです。このことから、FLVCR2の機能喪失が胎児期の脳発達の異常を引き起こすことが強く示唆されます。
コリンは、脳の発生や可塑性、認知機能の維持に不可欠な役割を果たすことが知られています。本研究により、その重要性の分子的基盤の1つが明らかになりました。脳内のコリン輸送を人為的に制御できれば、先天性疾患から高次脳機能障害に至る様々な病態の予防・治療に役立つかもしれません。
また、FLVCR2を標的とすることで、血液脳関門を介した薬物送達技術の開発にも道が拓けるかもしれません。FLVCR2の立体構造情報は、コリンに類似した化合物の設計に有用だと考えられます。
本研究は、脳の恒常性維持の鍵を握る物質輸送の新たな担い手を同定し、その分子機構に迫った点で非常に意義深いと言えるでしょう。今後、コリンをはじめとする栄養素や薬物の選択的な脳内送達技術の開発が加速し、脳科学や創薬の新展開に繋がることが期待されます。健やかな脳を育む上で欠かせない"コリンの通り道"の姿が明らかになった本研究は、記憶に残る成果の1つとなりそうです。


ピリミジンを起点とした含窒素複素環化合物の多様化合成法の開発

本研究では、医薬品や農薬の候補分子によく見られるピリミジンを含む化合物を、他の様々な含窒素複素環化合物に変換する新しい合成戦略を提案した。まず、ピリミジンをN-アリールピリミジニウム塩に変換することで、3炭素のイミノエナミン構築ブロックに分解できることを見出した。このブロックを用いることで、アゾールなどの多様な複素環を形成する反応が可能になった。本手法により、複雑な分子の構造を保ったまま複素環部分を別の複素環に置き換えられるので、他の方法では合成が難しいアナログ体の入手が可能になる。この分解・再構築戦略は、他の複素環クラスにも適用可能と期待される。

事前情報

  • 構造活性相関(SAR)研究は、医薬品・農薬開発に不可欠である

  • 候補化合物には、含窒素ヘテロ芳香族化合物が頻繁に用いられる

  • 含窒素ヘテロ芳香族化合物に適用できる合成戦略は限られている

行ったこと

  • ピリミジン含有化合物を各種含窒素複素環化合物に変換する手法を開発

  • ピリミジンをN-アリールピリミジニウム塩に変換し、3炭素のイミノエナミン構築ブロックに分解

  • このブロックを用いて、様々な複素環形成反応を実施

検証方法

  • N-アリールピリミジニウム塩の合成と構造解析

  • イミノエナミン構築ブロックの単離と同定

  • 各種複素環形成反応の収率と生成物の構造決定

  • 複雑な分子での複素環置換反応の実施と生成物の評価

分かったこと

  • ピリミジンはN-アリールピリミジニウム塩を経由して3炭素ブロックに分解できる

  • このブロックを使って、アゾールなど多様な複素環が形成できる

  • 本手法により、複雑な分子の複素環部分を別の複素環に置き換えられる

  • 構造を維持したまま複素環を変換できるので、SAR研究に有用

  • この分解・再構築戦略は、他の複素環クラスにも適用可能と予想される

この研究の面白く独創的なところ

  • ピリミジンを一旦分解してから再構築するという発想の転換

  • 複雑な分子の構造を保ったまま複素環の種類を変えられる点

  • 医薬品・農薬の候補化合物の構造最適化に新たな選択肢を提供

  • 従来法では合成困難なアナログ体の入手を可能にする点

この研究のアプリケーション

  • 医薬品・農薬の候補化合物の構造最適化と構造活性相関研究

  • 複素環ライブラリーの効率的な拡充

  • 複素環の変換による物性・活性の変化の探索

  • 他の複素環クラスへの分解・再構築戦略の適用

著者と所属
Benjamin J. H. Uhlenbruck, Celena M. Josephitis, Louis de Lescure, Robert S. Paton, Andrew McNally (コロラド州立大学化学科)

詳しい解説
含窒素複素環は医薬品や農薬の研究開発に欠かせない構造ユニットですが、その合成法や構造変換法は限られているのが現状です。特に、複雑な分子の一部として存在する複素環を、他の種類の複素環に置き換える効率的な手法の開発が求められていました。
本研究では、ピリミジンに着目して、その多様化を可能にする新しい合成戦略を考案しました。鍵となるのは、ピリミジンをN-アリールピリミジニウム塩に変換する反応です。この反応により、ピリミジン環が開裂して3炭素のイミノエナミンユニットが生成します。通常、複素環は安定な構造なので、このように分解することは容易ではありません。しかし、N-アリールピリミジニウム塩の形成によって環のひずみが増大し、開裂が起こりやすくなったと考えられます。
生成したイミノエナミンユニットは、様々な複素環形成反応の出発物質として利用できます。例えば、イミノエナミンに求核剤を反応させると、アゾール環を構築できます。他にも、イミノエナミンを環化させることで、ピリドンやピラゾールなどの複素環へと導けます。本論文では、これらの変換を複数の基質で実証し、一般性の高さを示しました。
本手法の優れている点は、複雑な分子の構造を損なうことなく複素環部分を別の複素環に置き換えられることです。従来の合成法では、複素環を変えるためには分子全体を作り直す必要がありました。しかし、本手法では複素環だけを選択的に改変できるので、合成効率が格段に向上します。実際、著者らは医薬品候補化合物の複素環を入れ替えることで、合成が難しいアナログ体を簡便に得ることに成功しています。
複素環の種類は構造活性相関に大きな影響を与えるため、本手法は医薬品・農薬の最適化研究に大いに役立つでしょう。著者らは、ピリミジン以外の複素環への適用も視野に入れています。この分解・再構築戦略が他の複素環でも同様に機能すれば、複素環化学の可能性が大きく広がるはずです。複素環の合成と変換に新たなパラダイムをもたらす研究として、大きなインパクトが期待されます。



最後に
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