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論文まとめ338回目 SCIENCE 権力は医師の患者への対応に影響を及ぼす!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなSCIENCEです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Diamond-lattice photonic crystals assembled from DNA origami
DNA origamiを使ったダイヤモンド格子フォトニック結晶の自己組織化
「DNAを折り紙のように折ることで、ナノスケールの構造体を自在に作製できるDNA origami技術を使って、光の振る舞いを制御できるフォトニック結晶をボトムアップ的に作製することに成功しました。四面体の形をしたDNA origamiユニットを自己組織化させることで、ダイヤモンド格子構造を持つ3次元フォトニック結晶が形成されました。この構造にチタン酸化物を被覆することで、近紫外領域に光の透過を阻害するフォトニックバンドギャップが生じました。DNA origamiによる精密な構造制御と無機材料のコーティングを組み合わせることで、従来の微細加工技術では実現が難しかった可視光領域で機能するフォトニック結晶の作製に道が開けました。」

DNA damage induces p53-independent apoptosis through ribosome stalling
DNA損傷はリボソームの停止を介してp53非依存的にアポトーシスを誘導する
「DNA損傷によりがん細胞は通常p53を介して死滅するが、p53がなくても別の経路で死ぬことがわかった。SLFN11というタンパク質が稀なUUAコドンでリボソームを停止させ、細胞の翻訳を抑制する。停止したリボソームがストレス信号を出して、がん細胞にアポトーシスを引き起こすのだ。抗がん剤耐性の原因となるSLFN11の機能不全の仕組みも明らかになり、新たな治療法開発につながる発見だ。」

Bandgap-universal passivation enables stable perovskite solar cells with low photovoltage loss
バンドギャップ普遍パッシベーションによる低電圧損失かつ安定なペロブスカイト太陽電池の実現
「アミノシランは、ペロブスカイト結晶の表面欠陥を抑制し、キャリアの再結合を防ぐことで、太陽電池の電圧損失を大幅に低減します。本研究では、1級と2級アミンを含むアミノシランが、1.6〜1.8eVの幅広いバンドギャプのペロブスカイト材料に対して有効であることが明らかになりました。アミノシランの種類によっては、発光量子収率を60倍も向上させることができました。この汎用性の高いパッシベーション技術により、ペロブスカイト太陽電池のさらなる高効率化が期待できます。」

Repair of CRISPR-guided RNA breaks enables site-specific RNA excision in human cells
CRISPR誘導RNAブレイクの修復により、ヒト細胞における部位特異的RNAの除去が可能になる
「この研究では、CRISPR-Cas9による特定のRNA配列の切断後に、細胞内に存在するRNAリガーゼが切断部位を修復することを発見しました。この修復メカニズムを利用して、嚢胞性線維症の原因となるナンセンス変異の除去に成功したのです。」

How power shapes behavior: Evidence from physicians
権力が行動に与える影響:医師からのエビデンス
「米軍の医療データを分析したところ、軍の階級が高い患者ほど医師から手厚い治療を受けていることが明らかになりました。階級が医師より上の「権力のある患者」は、同じ階級でも医師より下の患者に比べ、検査や処方などのリソースをより多く受けていました。また、医師が権力のある患者の治療をしている間は、他の患者への対応が手薄になる傾向もみられました。医療の場でも、権力関係が資源の配分に影響を及ぼしていることが示唆されます。」


要約

DNA origamiを使って近紫外領域でバンドギャップを持つダイヤモンド格子の3次元フォトニック結晶を自己組織化させることに成功した。

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adl2733

フォトニック結晶は周期的な屈折率の変化により光の振る舞いを制御できる構造体ですが、可視光領域で機能するには波長スケールの精密な構造制御が必要です。本研究では、DNAを折り紙のように折ることでナノ構造体を作製するDNA origami技術を用いて、170 nmの周期を持つダイヤモンド格子構造のフォトニック結晶を自己組織化により作製することに成功しました。四面体の形状を持つDNA origamiユニットを設計し、それらが自発的に集合してダイヤモンド格子を形成するように工夫しました。さらに、この構造体表面に原子層堆積法によりチタン酸化物を被覆することで、近紫外領域にフォトニックバンドギャップを持つフォトニック結晶が得られました。DNA origamiによる精密構造制御と無機材料のコーティングを組み合わせることで、従来の微細加工技術では実現が難しかった可視光領域で機能するフォトニック結晶の作製に道が開けました。

事前情報

  • フォトニック結晶は周期的な屈折率の変化により光の振る舞いを制御できる構造体

  • 可視光領域で機能するフォトニック結晶の作製には波長スケールの精密な構造制御が必要

  • DNA origamiはDNAを折り紙のように折ることでナノ構造体を作製する技術

行ったこと

  • 四面体の形状を持つDNA origamiユニットを設計

  • DNA origamiユニットを自己組織化させ、170 nmの周期を持つダイヤモンド格子構造を形成

  • ダイヤモンド格子構造にチタン酸化物を原子層堆積法により被覆

  • 近紫外領域にフォトニックバンドギャップを持つフォトニック結晶の作製に成功

検証方法

  • 透過型電子顕微鏡による構造の観察

  • 小角X線散乱による格子の周期性の評価

  • 反射スペクトル測定によるフォトニックバンドギャップの検出

分かったこと

  • DNA origamiを用いることで、ダイヤモンド格子構造を自己組織化できる

  • DNA origamiによって形成されたダイヤモンド格子は170 nmの周期性を持つ

  • ダイヤモンド格子にチタン酸化物を被覆することで、近紫外領域にフォトニックバンドギャップが生じる

研究の面白く独創的なところ

  • DNA origamiによる精密なナノ構造制御と無機材料のコーティングを組み合わせた点

  • 自己組織化によりボトムアップ的にフォトニック結晶を作製した点

  • 従来の微細加工技術では実現が難しかった可視光領域のフォトニック結晶の作製を可能にした点

この研究のアプリケーション

  • 可視光領域で機能する小型フォトニックデバイスへの応用

  • 発光の制御やセンシングへの利用

  • 量子情報処理デバイスへの展開

著者と所属
Gregor Posnjak, Faculty of Physics and CeNS, Ludwig-Maximilian-University Munich
Xin Yin, Faculty of Physics and CeNS, Ludwig-Maximilian-University Munich
Tim Liedl, Faculty of Physics and CeNS, Ludwig-Maximilian-University Munich

この研究ではDNA origamiを使って、可視光領域に近い波長で機能するダイヤモンド格子フォトニック結晶を自己組織化により作製することに世界で初めて成功しました。四面体の形をしたDNA origamiユニットを巧みに設計し、それらが自発的に集合してダイヤモンド格子構造を形成するようにしたのがポイントです。
さらに、DNA origamiによって形成された170 nmの周期を持つダイヤモンド格子の表面に、原子層堆積法を用いて高屈折率のチタン酸化物を被覆することで、近紫外領域に光の透過を阻害するフォトニックバンドギャップを持たせることに成功しました。この手法により、従来のトップダウン的な微細加工技術では実現が難しかった可視光領域で機能する3次元フォトニック結晶を、ボトムアップ的に作製する道が開けました。
DNA origamiによる精密なナノスケールの構造制御と、原子層堆積法による無機材料のコーティングを組み合わせるという独創的なアプローチにより、可視光操作に向けた新しいフォトニック結晶の設計指針が示されました。この成果は、光の制御に基づく小型フォトニックデバイスや量子情報処理への応用が期待されます。


がん細胞を殺すDNA損傷誘発性のp53非依存的な新しい細胞死経路の発見

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adh7950

細胞のDNA損傷に対する応答には、がん抑制遺伝子p53を介する経路が知られているが、p53に依存しない細胞死の仕組みは不明だった。本研究では、p53非依存的なアポトーシス誘導が、翻訳の抑制と同時に起こることを見出した。特に、稀なUUAコドンでのリボソーム停止と翻訳開始の全体的な低下が特徴的だった。遺伝学的スクリーニングにより、UUA停止にはSLFN11というtRNA分解酵素が、全体的な翻訳抑制にはGCN2キナーゼが必要であることがわかった。停止したリボソームは、リボソームセンサーのZAKαを介してストレス信号を出し、アポトーシス経路を活性化していた。これらの結果は、抗がん剤耐性の腫瘍でSLFN11が高頻度に不活性化される理由を説明し、DNA損傷に対する細胞運命決定におけるリボソーム停止の重要性を浮き彫りにしている。

事前情報

  • DNA損傷に応答して、p53依存的にアポトーシスを誘導できる

  • p53欠損細胞でもDNA損傷によりアポトーシスが起こるが、その経路は不明だった

行ったこと

  • ヒト培養細胞を用いて、p53非依存的アポトーシスと翻訳抑制の関連を調べた

  • UUAコドンでのリボソーム停止と全体的な翻訳開始阻害を見出した

  • 遺伝学的スクリーニングによりSLFN11とGCN2の関与を同定した

  • 停止リボソームによるZAKαを介したアポトーシス誘導シグナルを明らかにした

検証方法

  • p53欠損細胞株を用いたDNA損傷誘導実験

  • リボソームプロファイリングによる翻訳状態の解析

  • CRISPR/Casを用いた遺伝学的スクリーニング

  • ZAKαのノックダウン実験

分かったこと

  • DNA損傷はp53非依存的に、リボソーム停止と翻訳抑制を介してアポトーシスを誘導する

  • 稀なUUAコドンでの停止にはSLFN11、全体的な翻訳抑制にはGCN2が必要

  • 停止リボソームはZAKαを介してアポトーシスシグナルを出す

  • 抗がん剤耐性の腫瘍ではSLFN11の不活性化が高頻度に起こる

研究の面白く独創的なところ

  • p53非依存的なアポトーシス誘導経路を発見した点

  • リボソーム停止という翻訳異常がアポトーシスのトリガーになることを示した点

  • SLFN11欠損が抗がん剤耐性の原因となる分子メカニズムを説明できた点

この研究のアプリケーション

  • SLFN11の機能回復による抗がん剤感受性の向上

  • リボソーム停止を標的とした新規抗がん剤の開発

  • ZAKαを介したアポトーシスシグナル伝達経路の治療応用

著者と所属
Nicolaas J. Boon 他 (オランダがん研究所など)

この論文では、DNA損傷に応答したp53非依存的なアポトーシス誘導の新たな経路が発見された。従来、DNA損傷に対する細胞死の主要な経路はp53を介するものだったが、今回p53がなくてもアポトーシスが起こる仕組みが明らかになった。それは、リボソームが稀なUUAコドン上で停止することによる翻訳抑制と、停止リボソームから出るストレス応答シグナルである。
特定のRNA分解酵素SLFN11の働きでUUAコドンでリボソームが止まり、キナーゼGCN2の作用で全体的に翻訳開始が阻害される。その結果、リボソームセンサータンパク質のZAKαが活性化し、アポトーシス経路のスイッチが入る。つまり、「リボソーム停止」という翻訳異常が、p53に代わる細胞死のトリガーとなるのだ。
興味深いのは、抗がん剤耐性の腫瘍でSLFN11の不活性化が高頻度に見られることだ。SLFN11の機能が失われると、薬剤が引き起こすDNA損傷に対してこのp53非依存的なアポトーシス経路が働かず、がん細胞が生き延びてしまう。本研究の成果は、そうした耐性メカニズムの理解を深め、SLFN11の機能回復や停止リボソームの制御を通じた新しい治療戦略につながると期待される。


キャリアを阻害しない安定なペロブスカイト太陽電池の実現

https://www.science.org/doi/10.1126/science.ado2302

ペロブスカイト太陽電池の実用化に向けて大きな進展となる研究成果が報告されました。アミノシラン分子を用いた表面パッシベーションにより、様々なバンドギャップのペロブスカイトで高い安定性と低い電圧損失を両立することに成功しました。高温多湿の過酷環境下でも95%以上の効率を長期間維持できることが示され、ペロブスカイト太陽電池の弱点であった安定性の課題が大きく改善されました。

事前情報

  • ペロブスカイト太陽電池は高効率だが安定性に課題があった

  • 欠陥によるキャリア再結合が電圧損失の原因の1つ

  • 表面パッシベーションによる欠陥抑制が重要

行ったこと

  • 様々なアミノシラン分子を用いてペロブスカイト表面のパッシベーションを行った

  • 1.6〜1.8eVの幅広いバンドギャップのペロブスカイト材料に適用した

  • 太陽電池デバイスを作製して性能評価を行った

  • 高温多湿環境下での長期安定性試験を実施した

検証方法

  • 発光量子収率測定によるパッシベーション効果の評価

  • 太陽電池の電流-電圧特性測定による性能評価

  • 85℃、相対湿度50-60%の環境下での連続光照射試験

分かったこと

  • 1級と2級アミンを含むアミノシランが最も高いパッシベーション効果を示した

  • 1.6〜1.8eVの全てのバンドギャップで100mV程度の低電圧損失を達成

  • 85℃の高温下で1500時間以上、初期効率の95%以上を維持

  • アミノシランの種類によって発光量子収率が最大60倍向上

研究の面白く独創的なところ

  • 単一のパッシベーション材料で幅広いバンドギャップに対応できる点が画期的

  • 従来の表面処理では実現できなかった高い安定性と低電圧損失の両立に成功

  • アミノシランの分子構造と機能の関係性を体系的に調査した点が独創的

この研究のアプリケーション

  • 高効率かつ長寿命のペロブスカイト太陽電池の実現

  • シリコンとのタンデム化による更なる高効率化

  • 窓材やフレキシブル基板への応用による適用範囲の拡大

  • 宇宙用など過酷環境下での発電デバイスとしての利用

著者と所属
Yen-Hung Lin, University of Oxford & The Hong Kong University of Science and Technology Henry J. Snaith, University of Oxford M. Saiful Islam, University of Oxford

本研究は、ペロブスカイト太陽電池の実用化に向けた大きなブレイクスルーとなる成果です。アミノシランを用いた新しい表面パッシベーション技術により、これまでの常識を覆す高い安定性と低電圧損失を実現しました。様々なバンドギャップのペロブスカイト材料に適用可能な汎用性の高さも、この技術の大きな強みです。高効率でありながら、シリコン並みの長寿命を示したことで、ペロブスカイト太陽電池が本格的な実用段階に入ったと言えるでしょう。建物の壁面や窓、車両、ウェアラブルデバイスなど、様々な場所で活躍する次世代太陽電池として大いに期待されます。


タンパク質の組み合わせでRNA切断の位置を自在に制御することに成功

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adk5518

CRISPR-Cas9によるRNA切断後の修復機構を利用することで、ヒト細胞内の特定の配列を持つRNAを選択的に除去することに成功した。この技術は、DNAに変化を加えることなく、転写産物のRNAを改変できる新しい遺伝子治療法につながる可能性がある。嚢胞性線維症の原因となるナンセンス変異RNAの除去にも応用できることを示した。

事前情報

  • CRISPRシステムはゲノム編集に広く利用されているが、RNAを標的とした編集技術は開発されていない。

  • RNA編集は、DNA編集と比べて一時的で可逆的な変化を引き起こすため、より安全性が高いと考えられる。

行ったこと

  • ヒト細胞内でのCRISPR-Cas9によるRNA切断後の修復機構を解析

  • RNA修復酵素RtcBがRNA切断部位を修復することを発見

  • RNA修復機構を利用して、特定のRNA配列を選択的に除去する技術を開発

  • 嚢胞性線維症の原因となるナンセンス変異RNAの除去に成功

検証方法

  • 複数の遺伝子座のmRNAをターゲットとしたCRISPR-Cas9によるRNA切断実験

  • RNA-seqによるCRISPR-Cas9によるRNA切断部位の網羅的な同定

  • RtcBノックダウン細胞を用いたRNA修復機構の検証

  • 蛍光レポーターアッセイによるRNA除去効率の定量的評価

分かったこと

  • CRISPR-Cas9によるRNA切断部位はRtcBによって修復される。

  • RtcBによるRNA修復を利用することで、特定のRNA配列を選択的に除去できる。

  • 嚢胞性線維症の原因となるCFTR遺伝子のナンセンス変異RNAを除去することに成功した。

  • RNA修復を介したRNA除去は、DNA編集を伴わない新しい遺伝子治療法として応用できる可能性がある。

研究の面白く独創的なところ

  • DNA編集とは異なる、RNAレベルでの遺伝子発現制御技術を開発した点が革新的。

  • CRISPR-Cas9によるRNA切断後の運命が、RtcBによる修復を介した配列の除去であることを発見した点が面白い。

  • RNA修復機構を逆手にとって、特定のRNA配列を標的として除去する技術を編み出した点が独創的。

この研究のアプリケーション

  • DNA編集を伴わない、より安全性の高い新しい遺伝子治療法の開発。

  • 変異RNAを選択的に除去することによる、遺伝性疾患の新たな治療戦略。

  • 特定の遺伝子の発現を一時的に抑制するツールとしての応用。

著者と所属
Anna Nemudraia, Artem Nemudryi, Blake Wiedenheft Department of Microbiology and Cell Biology, Montana State University

この研究は、CRISPR-Cas9による特定のRNA切断後の修復機構を発見し、その機構を利用して嚢胞性線維症の原因となる変異RNAの除去に成功しました。DNA編集を行わずにRNA段階で異常配列のみを除去できるこの技術は、ゲノム編集とは異なるアプローチで遺伝性疾患の治療法開発につながる可能性があります。
CRISPRシステムがゲノム編集ツールとして広く利用される中、RNAを標的とした配列特異的な除去技術の開発に成功した本研究は、RNAを介した遺伝子発現制御の新たな可能性を示しました。RNAの切断と修復という基本的な現象の発見から、変異RNA除去という具体的な応用まで展開したストーリー展開も興味深いポイントです。
遺伝性疾患の多くは1塩基の置換により生じるナンセンス変異が原因であるため、本技術のような変異RNAを特異的に標的とする治療法の開発が強く望まれていました。DNA編集のオフターゲット効果などの安全性の問題を回避しつつ、原因RNAのみを選択的に除去できる本技術への期待は大きいと言えるでしょう。


権力は医師の患者への対応に影響を及ぼす

https://www.science.org/doi/10.1126/science.adl3835

軍隊の階級制度を利用し、医師と患者の権力関係の違いが、医療リソースの配分にどのような影響を及ぼすかを大規模な実データで検証した。医師より高位の患者は、同ランクでも医師より下位の患者と比べ、医師からより多くの検査・処方等のリソースを受けていた。また、医師が高位の患者の治療に従事している間は、他の患者へのケアが手薄になる傾向も見られた。医療の場でも権力関係がリソース配分を歪めうることが示唆された。

事前情報

  • 権力は人間関係に大きな影響を及ぼすが、現実のデータで検証するのは難しい課題だった

  • 医師-患者関係は権力の非対称性が顕著だが、医師は患者の代理人として公平に振る舞うと期待されてきた

  • 米軍の医療データは、医師と患者の軍隊内の階級から権力関係を定量化できる特徴がある

行ったこと

  • 米軍の救急外来で quasi-randomに割り当てられた150万件の医師-患者ペアのデータを分析

  • 患者の階級が医師より上の場合を「高権力」、それ以外を「低権力」と定義

  • 医師の労力の指標として relative value units (RVUs) と医療リソース使用の複合指標を使用

  • 患者の転帰として入院や再受診などを評価

  • 階級差以外の交絡を調整するため、患者・医師の属性などを共変量に投入

検証方法

  • 同じ階級の患者で比較し、医師との相対的な権力の差が医療に与える影響を推定

  • 患者の昇進前後での医師の労力配分の変化を event study で検証し頑健性を確認

  • 医師が高権力患者と低権力患者を同時に担当する場合のリソース配分への影響を分析

  • 人種・性別の一致が権力の影響をどう修飾するかを検討し、一般化可能性を評価

  • 退役後のデータを用いて、地位と権限のどちらが医師に影響するかを探索的に分析

分かったこと

  • 高権力患者は低権力患者より3.6%多くの医師の労力と0.055標準偏差分多くのリソースを受けていた

  • 高権力患者は30日再入院率が15%低かった

  • 患者昇進後、医師の労力は1%増加した

  • 高権力患者への対応時、医師は他の患者への労力を1.9%減らし、転帰悪化リスクを3.4%高めていた

  • 医師-患者の人種・性別の一致が、権力格差の影響を修飾する傾向があった

  • 退役後も高権力患者への手厚いケアは5年間持続し、地位の効果が示唆された

研究の面白く独創的なところ

  • 権力関係が資源配分に与える影響を、大規模な実データで因果推論に基づき定量化した点

  • ランダム割り当てに近い状況と詳細な変数を活用し、頑健な推定を実現した点

  • 人種・性別の一致など関連する要因も検討し、一般化可能性の高い知見を見出した点

  • 地位と権限の異なる影響を探索的に分析し、メカニズムの理解に道筋をつけた点

この研究のアプリケーション

  • 医療リソースの公平な分配を阻む要因の特定と是正策の検討

  • 患者の社会経済的地位などによる医療格差の実態把握と対策への活用

  • 意思決定支援ツールなどによる医師の無意識のバイアス軽減への応用

  • 組織内の権力格差がもたらす非効率や不公平の分析・是正への示唆

著者と所属
Stephen D. Schwab (テキサス大学サンアントニオ校 経営学部) Manasvini Singh (カーネギーメロン大学 社会意思決定科学部)

詳しい解説
本研究は、米国の軍隊医療システムにおける150万件を超える医師-患者の組み合わせデータを用いて、権力関係が医療資源の配分にどのような影響を及ぼすかを分析したものです。
軍隊内では、個人の階級が権力の指標となります。そこで本研究では、患者の階級が担当医師より上の場合を「高権力」、それ以外を「低権力」と定義しました。軍の救急外来では患者が医師にランダムに近い形で割り当てられるため、擬似的な実験環境が実現されています。
分析の結果、高権力の患者は低権力の患者と比べて、医師からより多くの労力(RVUで3.6%増)と医療リソース(複合指標で0.055標準偏差増)を受けていたことが分かりました。一方で高権力患者の30日再入院率は15%低く、より良い転帰を示していました。つまり、権力が高い患者ほど手厚い医療を受けられる傾向がみられたのです。
さらに患者の昇進前後のデータを用いたイベントスタディでも、昇進による権力の上昇とともに、医師の労力投入が増加する傾向が確認されました。また医師が高権力患者の治療に従事している間は、同時に担当している低権力患者への労力が1.9%減少し、その転帰悪化リスクが3.4%高まることも明らかになりました。
加えて医師-患者間の人種や性別の一致・不一致が、権力の影響をどう修飾するかも検討されました。白人医師は黒人患者へのケアを一貫して抑制する傾向がみられた一方、黒人医師は特に高権力の黒人患者に多大な労力を投入していました。男性医師は権力格差への反応が大きく、女性患者を優遇する傾向もみられました。
権力の影響のメカニズムを探るため、退役後のデータも分析されました。地位は退役後も保持されますが、権限は徐々に失われていきます。高権力患者への手厚いケアが退役後5年間継続していたことから、医師は権限だけでなく地位にも反応している可能性が示唆されました。
本研究は、医療現場でも権力関係がリソースの配分に歪みをもたらしうることを大規模データから実証的に示した点で意義深いものです。権力格差がもたらす不公平や非効率を是正し、より良質で公平な医療を実現するためのエビデンスとなることが期待されます。一方で軍隊という特殊な環境が結果に影響した可能性や、転帰以外の指標の重要性なども考慮し、慎重な解釈が求められるでしょう。


最後に
本まとめは、フリーで公開されている範囲の情報のみで作成しております。また、理解が不十分な為、内容に不備がある場合もあります。その際は、リンクより本文をご確認することをお勧めいたします。