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論文まとめ357回目 Nature 脳の報酬系における活動依存的なミエリンの可塑性が、モルヒネに対する報酬行動に必要不可欠である。!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなNatureです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

A virally encoded high-resolution screen of cytomegalovirus dependencies
ウイルスでコードされた高解像度のサイトメガロウイルス依存性スクリーン
「この研究は、ヒトサイトメガロウイルスのゲノムにCRISPRシステムを組み込み、ウイルスの増殖過程におけるヒト細胞内の様々な因子の役割を詳細に調べました。その結果、ウイルスゲノムの複製、ウイルス粒子の分泌、分泌された粒子の感染性など、ウイルス増殖の各段階に関わる数百もの宿主因子を特定することに成功。ウイルスと宿主の相互作用を多角的かつ高精度に解析できる画期的な実験系を開発したといえます。」

Structure and topography of the synaptic V-ATPase–synaptophysin complex
シナプス小胞V-ATPase-シナプトフィジン複合体の構造とトポグラフィー
「シナプス小胞は神経伝達物質を蓄えるための特殊な袋で、その形成メカニズムはまだ分かっていません。この研究では、マウスの脳から機能的なシナプス小胞を単離し、クライオ電子顕微鏡を用いて詳細に観察しました。その結果、シナプス小胞に存在するV-ATPaseという酵素とシナプトフィジンというタンパク質が、特定の位置で結合していることを発見しました。シナプトフィジン欠損マウスの解析から、この相互作用がシナプス小胞の形成に重要であることが示唆されました。」

Observation of edge states derived from topological helix chains
トポロジカルなヘリックス鎖に由来する端状態の観測
「テルルの結晶は螺旋状の原子の鎖が束になった構造をしています。理論的にはこの鎖の両端にはトポロジカルな性質に由来する特殊な電子状態が現れると予言されていました。本研究では、最先端の光電子分光装置を駆使して、テルル結晶の端で予言通りの電子状態を世界で初めて観測することに成功しました。」

Profiling phagosome proteins identifies PD-L1 as a fungal-binding receptor
ファゴソームタンパク質のプロファイリングによりPD-L1を真菌結合受容体として同定
「食細胞が病原体を飲み込む際、ファゴソームという構造体の中に取り込みます。この研究では、ファゴソームに局在するタンパク質を調べる新手法を開発しました。その結果、がん治療などで注目されているPD-L1というタンパク質が、実は真菌に特異的に結合する受容体としても機能することを発見しました。PD-L1は真菌のリボソームタンパク質と直接結合し、真菌に対する免疫応答を調節していました。がん治療標的としてだけでなく、真菌感染防御にもPD-L1が重要な役割を担うことが明らかになりました。」

Myelin plasticity in the ventral tegmental area is required for opioid reward
ミエリンの可塑性が腹側被蓋野において、オピオイド報酬に必要である
「モルヒネなどの麻薬は脳の報酬回路の働きを変化させることで中毒性を発揮しますが、その過程で、神経を絶縁するミエリンという組織にも変化が起きています。ドパミン神経の活動によってミエリンを作る働きのある細胞の数が増えることで、報酬回路の機能が最適化されるのです。この研究は、麻薬中毒における新たな治療ターゲットとしてミエリンに着目する重要性を示唆しています。」

Microbial competition for phosphorus limits the CO2 response of a mature forest
リン獲得をめぐる微生物との競争が成熟林のCO2応答を制限する
「リンは植物の成長に欠かせない栄養素ですが、森林の土壌ではリンが欠乏しがちです。大気中のCO2濃度が上昇すると、植物の成長が促進されると期待されていましたが、オーストラリアの成熟したユーカリ林での長期的な実験により、土壌微生物がリンを独占し、植物がリンを十分に利用できないために、CO2施肥効果が制限されることが明らかになりました。植物は効率的にリンを利用していましたが、それだけでは不十分で、土壌中のリンの利用可能性を高める戦略が必要だと考えられます。」


要約

ウイルスゲノムにCRISPRシステムを導入し、ウイルス増殖における宿主因子の役割を高解像度で解析

ヒトサイトメガロウイルス(HCMV)のゲノムにCRISPRシステムを導入し、ウイルスの複製サイクルにおける宿主因子の役割を高解像度でスクリーニングする新手法「VECOS」を開発した。VECOSを用いて、ウイルスゲノムの複製、ウイルス粒子の分泌、分泌粒子の感染性など、ウイルス増殖の各段階に特異的に関与する数百もの宿主依存性因子と制限因子を同定した。後期過程に作用する因子の多くは粒子の質的制御に関わっており、ウイルス−宿主相互作用に強く依存したウイルス粒子の適切な形成の重要性が示唆された。VECOSは、ヘルペスウイルス感染における宿主因子の多面的な役割を詳細に解明する強力なツールとなる。

事前情報

  • 従来の遺伝学的スクリーニングは、感染初期段階に偏りがちで、感染細胞の生存率など単純な表現型情報しか得られない。

  • ウイルス感染サイクル全体を通した宿主因子の役割を、各段階に分けて詳細に解析する手法の開発が求められている。

行ったこと

  • HCMVゲノムにsgRNAライブラリを直接発現するよう改変し、VECOSシステムを構築。

  • VECOSを用いて、ウイルスゲノムの複製、ウイルス粒子分泌、分泌粒子の感染性への宿主因子の影響を網羅的にスクリーニング。

  • スクリーニング結果を検証するため、個別の遺伝子ノックアウト実験を実施。

検証方法

  • 次世代シーケンス解析により、感染細胞とウイルス粒子中のsgRNA存在量を定量。

  • MAGeCKおよび回帰分析により、各sgRNAの存在量変化から標的遺伝子の影響度を算出。

  • qPCR、ウエスタンブロット、ウイルス力価測定などにより、スクリーニング結果を個別に検証。

分かったこと

  • 数百もの宿主因子が、ウイルス増殖の各段階(ゲノム複製、粒子分泌、粒子の感染性)に特異的に関与。

  • 後期過程に作用する因子の多くは、ウイルス粒子の質的制御(感染性の制御)に関わる。

  • ウイルス粒子アセンブリの適切さが感染成立に重要で、それにはウイルス-宿主相互作用が深く関与。

研究の面白く独創的なところ

  • ウイルスゲノム自身にCRISPRシステムを組み込むというユニークなアイデア。

  • ウイルス増殖における宿主因子の役割を、各段階に分けて定量的に評価できる点。

  • ウイルス側から見た包括的な宿主因子スクリーニングを可能にした点。

この研究のアプリケーション

  • 他のヘルペスウイルス感染における宿主因子の同定。

  • 抗ウイルス薬の標的となりうる宿主因子の探索。

  • ウイルスワクチン開発に向けた基礎研究への応用。

著者と所属
Yaara Finkel, Aharon Nachshon, Einav Aharon (ワイツマン科学研究所) Zack Saud, Richard J. Stanton (カーディフ大学医学部) Michal Schwartz, Noam Stern-Ginossar (ワイツマン科学研究所)

詳しい解説
この研究では、ヒトサイトメガロウイルス(HCMV)のゲノムにCRISPR-Cas9システムを組み込み、ガイドRNAライブラリを直接ウイルスゲノムから発現させるVECOS法を開発しました。これにより、ウイルス増殖の各段階(ウイルスゲノムの複製、ウイルス粒子の形成と放出、放出された粒子の感染性)に関わる宿主因子を網羅的かつ定量的に同定することに成功しました。
従来のCRISPRスクリーニングでは、宿主ゲノムにガイドRNAを発現させるため、感染初期段階に偏った解析となりがちでした。一方、VECOSではウイルスゲノム自身がガイドRNAを発現するため、感染後期のウイルス因子発現下での宿主因子の機能を評価できます。また、感染細胞だけでなくウイルス粒子中のガイドRNA量も測定することで、各宿主因子のノックアウトがウイルス増殖のどの段階に影響するのかを特定できるのが大きな特長です。
VECOSスクリーニングの結果、HCMV増殖を助長する数百の宿主依存性因子と、抑制する宿主制限因子が同定されました。興味深いことに、ウイルス粒子形成後期の過程を制御する因子の多くは、粒子の量よりも質(感染性)に影響していました。このことから、ウイルス-宿主間相互作用を介した正しいウイルス粒子の形成が、感染成立に重要であることが示唆されます。
本研究で確立されたVECOSシステムは、ヘルペスウイルス感染における宿主因子の多面的な役割を詳細に解析するための強力なツールとなります。ウイルス学の進展に加え、抗ウイルス薬やワクチン開発の基盤となる成果が期待されます。さらに、他のウイルスへの応用も可能で、ウイルス感染メカニズムの包括的理解につながることでしょう。


マウスの機能的シナプス小胞を用いた構造解析により、V-ATPaseとシナプトフィジンの相互作用を解明

この研究では、マウスの脳から単離した機能的なシナプス小胞を用いて、クライオ電子線トモグラフィーと単粒子解析クライオ電子顕微鏡により、シナプス小胞V-ATPaseとシナプトフィジンの間の明確な相互作用界面を発見した。シナプトフィジン欠損マウスの構造的・機能的解析により、シナプトフィジンがV-ATPaseの相互作用パートナーであることを確認した。V-ATPaseの構造はシナプトフィジンとの相互作用でほとんど変化しないが、シナプトフィジンの存在はシナプス小胞のV-ATPaseのコピー数に大きく影響する。このシナプス小胞のトポグラフィーへの影響から、シナプトフィジンがシナプス小胞の生合成を助けていることが示唆された。この仮説を裏付けるように、シナプトフィジン欠損マウスでは重度のてんかん感受性が観察され、シナプトフィジンの欠如による神経伝達物質放出の不均衡が生理学的帰結であることが示唆された。

事前情報

  • シナプス小胞は正確に定義されたタンパク質と脂質の組成を持つオルガネラである。

  • シナプス小胞の生合成の分子メカニズムはほとんど不明である。

  • シナプス小胞V-ATPaseはATP依存性プロトンポンプで、シナプス小胞の膜を介したタンパク質の濃度勾配を確立し、神経伝達物質の取り込みを駆動する。

  • シナプトフィジンとそのパラログであるシナプトポリンとシナプトジリンは、機能が不明な豊富なシナプス小胞タンパク質ファミリーに属する。

行ったこと

  • マウス脳から単離した機能的シナプス小胞を用いた in situ クライオ電子線トモグラフィーと単粒子解析クライオ電子顕微鏡による構造解析

  • シナプトフィジン欠損マウスの構造的・機能的研究

検証方法

  • クライオ電子線トモグラフィー

  • 単粒子解析クライオ電子顕微鏡

  • シナプトフィジン欠損マウスの解析

分かったこと

  • シナプス小胞V-ATPaseとシナプトフィジンの間に明確な相互作用界面が存在する。

  • シナプトフィジンはV-ATPaseの相互作用パートナーである。

  • V-ATPaseの構造はシナプトフィジンとの相互作用でほとんど変化しない。

  • シナプトフィジンの存在はシナプス小胞のV-ATPaseのコピー数に大きく影響する。

  • シナプトフィジン欠損マウスは重度のてんかん感受性を示す。

研究の面白く独創的なところ

  • 生理的条件下のシナプス小胞を用いて、V-ATPaseとシナプトフィジンの相互作用を構造的に解明した点。

  • シナプトフィジンがシナプス小胞の生合成に関与していることを示唆した点。

  • シナプトフィジン欠損マウスの表現型解析により、シナプトフィジンの生理的役割の手がかりを得た点。

この研究のアプリケーション

  • シナプス小胞の生合成メカニズムの理解に貢献する。

  • シナプス伝達の制御機構の解明につながる可能性がある。

  • てんかんなどのシナプス機能異常に関連する疾患の病態解明や治療法開発に役立つ可能性がある。

著者と所属
Chuchu Wang, Jeremy Leitz, Kailu Yang (Stanford University)
Wenhong Jiang, Xing Wang, Qiang Guo (Peking University)
Xiaotao Shen, Ruiqi Jian, Lihua Jiang (Stanford University)

詳しい解説
この研究は、マウスの脳から単離した機能的なシナプス小胞を用いて、シナプス小胞の重要な構成要素であるV-ATPaseとシナプトフィジンの相互作用を構造的に解明したものです。
シナプス小胞は神経細胞間の情報伝達を担う重要なオルガネラで、その内部には神経伝達物質が蓄えられています。シナプス小胞の形成メカニズムはまだ十分に分かっていませんが、V-ATPaseという酵素がプロトンを汲み出してシナプス小胞内部を酸性化し、神経伝達物質の取り込みを促進することが知られています。一方、シナプトフィジンは非常に豊富なシナプス小胞タンパク質ですが、その正確な機能は不明でした。
本研究では、まずマウスの脳から機能的なシナプス小胞を単離し、クライオ電子線トモグラフィーと単粒子解析クライオ電子顕微鏡を用いて詳細に観察しました。その結果、V-ATPaseとシナプトフィジンが特定の位置で直接結合していることが分かりました。さらに、シナプトフィジン欠損マウスを解析したところ、シナプス小胞あたりのV-ATPaseの数が大幅に減少していました。このことから、シナプトフィジンがV-ATPaseを安定化させ、シナプス小胞の正常な形成に寄与していることが示唆されました。
興味深いことに、シナプトフィジン欠損マウスでは重度のてんかん発作が観察されました。てんかんは神経細胞の過剰な興奮が原因で起こる病気であり、シナプス小胞からの神経伝達物質放出の異常が関与していると考えられています。シナプトフィジンの欠損によりシナプス小胞の形成が阻害され、神経伝達物質の放出が不安定になったことがてんかん発作の原因である可能性が考えられます。
本研究は、シナプス小胞の形成メカニズムの理解に大きく貢献するものです。さらに、シナプトフィジンの欠損がてんかんなどの神経疾患の発症につながる可能性を示唆しており、将来的な治療法開発にも役立つ知見であると言えます。シナプス伝達の制御メカニズムを詳細に理解することは、脳の機能を解明する上で非常に重要であり、本研究はその一助となるでしょう。


ヘリックス鎖の端に現れるトポロジカルな端状態の観測

テルルの結晶は、螺旋状の原子の鎖が束になった特殊な構造をしている。理論的にはこの原子鎖はトポロジカル絶縁体の一次元版に相当し、鎖の両端には特殊な「端状態」と呼ばれる電子状態が現れると予言されていた。本研究では、最先端の光電子分光装置を用いて、テルル結晶の端で予言通りのスピン偏極した端状態を世界で初めて観測することに成功した。一次元トポロジカル絶縁体の端状態観測は物質科学における大きな前進である。

事前情報

  • テルルは螺旋状の原子鎖が束になった構造をしている

  • 理論的にこの原子鎖は一次元のトポロジカル絶縁体に相当し、鎖の端に特殊な「端状態」が現れると予言されていた

  • しかし実際の物質で端状態を観測した例はこれまでになかった

行ったこと

  • 高分解能角度分解光電子分光(ARPES)を用いてテルル結晶のエッジ付近の電子状態を詳細に調べた

  • 第一原理バンド計算を行い、ARPESの結果と比較した

  • 原子鎖の端に現れる端状態の理論モデルを構築した

検証方法

  • 超高真空中で作製したテルル単結晶の clean surfaceを準備

  • マイクロARPES装置を用いて、テルル結晶のエッジと terraceの電子状態をそれぞれ測定

  • ARPESスペクトルの光子エネルギー依存性から表面状態と bulk 状態を区別

  • スピン分解ARPESにより電子状態のスピン偏極を評価

  • 第一原理計算による bulk bandとの比較から、エッジに現れた状態が端状態であることを確認

分かったこと

  • テルル結晶のエッジ付近に、バルクのバンドギャップ中に新たな電子状態が現れることを発見

  • この端状態はヘリックス原子鎖に局在しており、スピン偏極していることが分かった

  • 端状態の波数分散はヘリックス鎖の一次元性を反映した形状をしていた

  • 理論計算の結果は端状態の実験結果をよく再現し、その起源が一次元トポロジカル絶縁体にあることを裏付けた

研究の面白く独創的なところ

  • 40年以上前に予言された一次元トポロジカル絶縁体の端状態を実際の物質で初めて観測

  • ヘリックス原子鎖がバルクの三次元結晶中に埋め込まれた特殊な構造で実現

  • トポロジカル物質の次元制御という新しい方向性を示した

この研究のアプリケーション

  • 端状態はスピン偏極しているため、スピントロニクスデバイスへの応用が期待される

  • ディラック電子系やマヨラナ粒子などの特異な量子状態が端状態によって実現する可能性

  • 結晶の次元性とトポロジーの関係解明につながる

著者と所属
K. Nakayama, A. Tokuyama, A. Moriya, T. Kato, K. Sugawara, T. Takahashi, T. Sato (Department of Physics, Tohoku University) K. Yamauchi, T. Oguchi (Center for Spintronics Research Network, Osaka University) K. Segawa (Department of Physics, Kyoto Sangyo University)

詳しい解説
本研究は、螺旋状の原子鎖が束になったユニークな結晶構造を有するテルルにおいて、40年以上前に理論的に予言されていたトポロジカル絶縁体の一次元版「Su-Schrieffer-Heeger (SSH) モデル」が実現していることを実験的に初めて示したものです。
SSHモデルでは、互い違いの結合を持つ原子の一次元鎖がトポロジカル絶縁体の性質を示し、その端には「端状態」と呼ばれる特殊な電子状態が現れると予言されています。端状態はバルクのエネルギーギャップ中に位置しスピン偏極した性質を持つため、トポロジカル量子コンピューティングなどへの応用が期待されています。しかし、SSHモデルを再現する理想的な一次元原子鎖は通常の結晶には存在せず、端状態が実際に観測された例はこれまでありませんでした。
今回、最先端のマイクロ角度分解光電子分光(ARPES)を駆使することで、テルル結晶の端においてヘリックス原子鎖に由来するスピン偏極した端状態の観測に世界で初めて成功しました。端状態のエネルギー分散は一次元的な形状を示し、第一原理計算とよく一致したことから、テルルの原子鎖がSSHモデルの現実物質での初の例であることが実証されました。
本研究成果は、トポロジカル物質の次元制御という新しい方向性を開拓するとともに、端状態を利用した革新的デバイス開発への道を拓くものです。テルル結晶という「ありふれた」物質に、トポロジー物理学の基礎となる理想的モデルが40年の時を経て見出されたことは大変興味深く、物質科学の新たな地平を切り開く重要な一歩といえるでしょう。


ファゴソーム内容物の近接ラベル法により、PD-L1が真菌結合受容体であることを同定した。

ファゴソームは、食細胞が病原体を飲み込んだ際に形成される小胞構造で、病原体の感知や排除に重要な役割を果たします。しかし、ファゴソームに局在し機能するタンパク質の全容は不明でした。そこで著者らは、近接ラベル法を用いた新たなファゴソームタンパク質プロファイリング手法「PhagoPL」を開発し、モデル真菌や細菌を含むファゴソームのタンパク質組成を比較解析しました。意外なことに、がん免疫療法の標的として知られるPD-L1が、真菌含有ファゴソームに特異的に濃縮することを発見しました。さらに解析の結果、PD-L1は真菌のリボソームタンパク質Rpl20bを直接認識し結合すること、そしてこの相互作用が、他の受容体の活性化によって誘導されるサイトカイン産生を調節することを明らかにしました。本研究は、PhagoPLが宿主-病原体相互作用におけるファゴソームタンパク質の定量に有用であることを示すとともに、PD-L1が真菌受容体としても機能することを見出した画期的な成果です。

事前情報

  • ファゴソームは食細胞による病原体の感知・排除に重要だが、局在するタンパク質の全容は不明だった。

行ったこと

  • 近接ラベル法を用いた新規ファゴソームタンパク質プロファイリング手法「PhagoPL」を開発した。

  • PhagoPLにより、モデル真菌・細菌含有ファゴソームのタンパク質組成を比較解析した。

検証方法

  • 質量分析によるPhagoPLで同定されたタンパク質の定量比較解析

  • PD-L1と真菌の結合実験および結合部位の同定

  • PD-L1欠損マクロファージを用いた真菌応答の解析

分かったこと

  • PD-L1が真菌含有ファゴソームに特異的に濃縮する。

  • PD-L1は真菌リボソームタンパク質Rpl20bを直接認識・結合する。

  • PD-L1-Rpl20b相互作用が他の受容体により誘導されるサイトカイン産生を調節する。

研究の面白く独創的なところ

  • PhagoPLという新手法の開発により、生理的な病原体含有ファゴソームの解析が可能になった。

  • がん治療の標的として知られるPD-L1の新たな生理機能(真菌受容体)を発見した。

この研究のアプリケーション

  • 様々な病原体との相互作用におけるファゴソームの役割解明

  • PD-L1を標的とした新たな抗真菌療法の開発

  • PD-L1阻害がん治療における真菌感染リスクの再評価

著者と所属
Kai Li, Avradip Chatterjee, David M. Underhillら (Cedars-Sinai医療センター、免疫学部門および炎症性腸疾患研究所)

詳しい解説
ファゴソームは、マクロファージなどの食細胞が病原体を取り込んだ際に形成される小胞構造体であり、病原体の感知や排除に重要な役割を果たします。ファゴソーム上には様々な受容体やシグナル伝達分子が局在し、病原体に関する情報を処理する一種の免疫ハブとして機能していると考えられています。しかし、どのようなタンパク質がファゴソームに存在し、それらがどのように病原体と相互作用しているかについては不明な点が多く残されていました。
この研究では、著者らが新たに開発した近接ラベル法「PhagoPL」を用いて、モデル真菌(酵母)や細菌を含むファゴソームに局在するタンパク質を網羅的に同定・定量比較しました。驚くべきことに、がん免疫療法の標的分子として注目されているPD-L1が、進化的にも生化学的にも大きく異なる病原体の中でも特に真菌含有ファゴソームに濃縮することを発見しました。
さらに詳細な解析から、PD-L1は真菌のリボソームタンパク質Rpl20bを直接認識して結合することが分かりました。酵母表面ディスプレイライブラリーのスクリーニングにより、Rpl20bがPD-L1のリガンドであることを突き止めたのです。また、PD-L1欠損マクロファージを用いた解析により、Rpl20bの検出がIL-10などの特定のサイトカイン産生を調節し、他の受容体の活性化と連動していることも明らかになりました。
本研究は、新規手法PhagoPLが宿主-病原体相互作用におけるファゴソームタンパク質の定量的解析に有用であることを示しただけでなく、がん治療の標的として知られるPD-L1が真菌受容体としても機能するという驚くべき事実を明らかにしました。PD-L1は真菌の検出と防御に関わる一方で、その阻害は真菌感染のリスクにもつながる可能性があります。本知見は、PD-L1を標的としたがん免疫療法の副作用としての真菌感染リスクを再考する必要性を示唆するとともに、PD-L1の新たな抗真菌療法標的としての可能性をも示しています。ファゴソームという「免疫ハブ」の理解が、感染症のみならずがん治療の向上にもつながることが期待されます。


脳の報酬系における活動依存的なミエリンの可塑性が、モルヒネに対する報酬行動に必要不可欠である。

オピオイド報酬に対して、腹側被蓋野におけるドパミン神経の活動が引き起こすミエリンの可塑的変化が重要な役割を果たしていることを示した。ドパミン神経の活動はオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を促進し、腹側被蓋野のドパミン神経軸索上のミエリンを増加させた。オリゴデンドロサイト新生を遺伝学的に阻害すると、モルヒネに対する条件付け場所嗜好性が減弱し、側坐核でのドパミン放出動態が変化した。これらの知見から、ドパミン神経の活動依存的なミエリンの可塑性は、オピオイド報酬にとって重要な神経回路の適応であることが分かった。

事前情報

  • 薬物乱用は、シナプス伝達や神経回路機能に長期的な変化を引き起こし、物質使用障害の基盤となる。

  • 最近、神経活動によって調節されるミエリンの変化が、神経回路機能を調節し認知行動に影響を与えることが分かってきた。

行ったこと

  • in vivoオプトジェネティクスを用いて、ドパミン神経の活動がオリゴデンドロサイト系譜細胞の動態を調節するかを検討した。

  • モルヒネまたはコカインの単回投与や条件付け場所嗜好性試験が、腹側被蓋野でのオリゴデンドロサイト新生を促進するかを調べた。

  • オリゴデンドロサイト新生を遺伝学的に阻害し、モルヒネに対する報酬行動と側坐核でのドパミン放出に与える影響を検討した。

検証方法

  • Dat-Creマウスの腹側被蓋野にChR2またはeYFPを発現させ、ドパミン神経を光遺伝学的に活性化した。

  • モルヒネまたはコカイン投与後の腹側被蓋野、側坐核、内側前脳束における増殖細胞を定量した。

  • Pdgfra-CreERTマウスとMyrffloxマウスを交配し、タモキシフェン投与によりオリゴデンドロサイト前駆細胞のMyrf遺伝子を欠損させた。

  • ファイバーフォトメトリーを用いて、モルヒネの条件付け前後の側坐核でのドパミン放出を計測した。

分かったこと

  • 腹側被蓋野のドパミン神経の活動は、オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を促進し、ドパミン神経の軸索上にミエリンを増加させた。

  • これらのオリゴデンドログリアの変化は、側坐核や内側前脳束ではなく、腹側被蓋野に限局していた。

  • モルヒネやコカインの単回投与や条件付けは、腹側被蓋野のオリゴデンドロサイト新生を促進した。

  • オリゴデンドロサイト新生の遺伝学的阻害は、モルヒネに対する条件付け場所嗜好性を減弱させ、側坐核におけるドパミン放出動態を変化させた。

研究の面白く独創的なところ

  • ドパミン神経の活動依存的なミエリンの可塑性が、報酬回路の機能調節に重要であることを見出した。

  • オリゴデンドロサイト新生の遺伝学的阻害により、モルヒネに対する報酬行動やドパミン放出動態に影響を与えられることを示した。

  • ミエリンの可塑性という新たな観点から、薬物乱用に伴う神経回路の適応メカニズムに迫った。

この研究のアプリケーション

  • 物質使用障害の病態メカニズムの解明に新たな視点を提供する。

  • ミエリンの可塑性を標的とした、物質使用障害の新規治療法の開発に繋がる可能性がある。

  • ドパミン神経の活動依存的なミエリンの可塑性の破綻が、物質使用障害の病態に関与している可能性が示唆された。

著者と所属
Belgin Yalçın, Matthew B. Pomrenze, Michelle Monje

  • Belgin Yalçın: Department of Neurology and Neurological Sciences, Stanford University

  • Matthew B. Pomrenze: Nancy Pritzker Laboratory, Department of Psychiatry and Behavioral Sciences, Stanford University

  • Michelle Monje: Department of Neurology and Neurological Sciences, Stanford University; Howard Hughes Medical Institute, Stanford University

詳しい解説
本研究は、オピオイド報酬に伴って脳の報酬回路に生じる構造的変化に着目し、特にミエリンの可塑性に焦点を当てた。ミエリンは神経軸索を覆う絶縁体であり、神経活動に応じてその形成が調節されることが知られている。著者らはまず、オプトジェネティクスを用いてドパミン神経を特異的に活性化し、腹側被蓋野においてドパミン神経の活動がオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を促進することを見出した。オリゴデンドロサイトは成熟するとミエリンを形成するため、この結果は神経活動に応じたミエリン形成の亢進を示唆している。
次に、オピオイドであるモルヒネやコカインの投与が、腹側被蓋野のオリゴデンドロサイト新生を促進することを見出した。さらに著者らは、オリゴデンドロサイトの分化に必須の転写因子Myrfを欠損させることで、遺伝学的にオリゴデンドロサイト新生を阻害したマウスを作製した。このマウスでは、モルヒネに対する条件付け場所嗜好性が減弱し、側坐核でのドパミン放出動態が変化していた。これらの結果から、腹側被蓋野でのドパミン神経の活動に応じたミエリン形成が、オピオイド報酬の獲得に重要であることが示唆された。
本研究は、物質乱用に伴う神経回路の適応メカニズムとして、ミエリンの可塑的変化という新たな視点を提供した点で高く評価できる。これまで、シナプス伝達の変化に着目が集まりがちだった神経回路の適応メカニズムを、より大局的な回路構造の観点から捉え直している。今後、ミエリンの可塑性の人為的な制御が、物質使用障害に対する新たな治療戦略になる可能性が期待される。一方で、本研究では腹側被蓋野のドパミン神経に限局した現象を見出したが、他の脳領域や神経サブタイプにおけるミエリンの可塑性の役割は不明である。また、オリゴデンドロサイト新生の長期的な変化や、ミエリン形成以外のオリゴデンドログリアの機能の関与は検討されていない。物質乱用に伴う脳の構造的変化の全容解明に向け、さらなる研究の進展が望まれる。


リン欠乏により成熟林のCO2施肥効果が制限される

リンは植物の成長に不可欠な栄養素ですが、風化の進んだ土壌では利用可能なリンが欠乏しがちです。大気中のCO2濃度上昇は植物の成長を促進すると予想されていますが、リン欠乏下ではその効果が制限されるのではないかという懸念がありました。オーストラリアのユーカリ林で行われた6年間の大気CO2濃度操作実験では、CO2濃度を上げても樹木の成長が促進されないことが示されていましたが、その原因は不明でした。
今回、この実験で得られたデータを統合し、樹木、下層植生、土壌微生物、土壌有機物と無機物などの間のリン動態を網羅的に解析しました。その結果、この森林生態系では大部分のリンが遅い回転速度のプールに隔離されており、植物が利用可能なリンは毎年リサイクルされるリンのごく一部に過ぎないことが分かりました。
また、CO2濃度上昇により樹木の地下部へのリンの投資が増えましたが、土壌微生物がそのリンを独占し、植物が利用できるリンはほとんど増えませんでした。樹木はリンを効率的に利用していましたが、それだけではCO2施肥効果を得るのに不十分で、微生物との競争に打ち勝ってリンの利用可能性を高める戦略が必要だと考えられます。
この成果は、リンの動態が気候変動下の森林の炭素吸収量を予測する上で重要な要因であることを示しています。土壌微生物がリンの利用をめぐって樹木と競争するプロセスを数理モデルに取り入れることで、予測の精度向上が期待できます。

事前情報

  • リンは植物の成長に必須の栄養素だが、風化の進んだ土壌では利用可能なリンが欠乏しがち。

  • 大気中のCO2濃度上昇は一般に植物の成長を促進すると予想されるが、リン欠乏下ではその効果が制限される可能性がある。

  • オーストラリアのユーカリ林で6年間のCO2濃度操作実験が行われたが、樹木の成長促進効果は見られなかった。

行ったこと

  • ユーカリ林のCO2濃度操作実験で6年間にわたって収集された、樹木、下層植生、土壌微生物、土壌有機物・無機物などに関するリンの濃度・プール量・フラックスのデータを統合し、生態系スケールのリン収支を作成した。

  • CO2濃度上昇が樹木や土壌微生物のリンプールとリンの動態にどのように影響したかを評価した。

検証方法

  • 二つの作業仮説を立てた:

  • リンの大部分が遅い回転速度のプール(木部や土壌有機物)に隔離され、毎年植物に供給されるリンは少ない。

  • CO2濃度上昇により植物の地下部へのリンの投資が増え、土壌のリン可給性と植物のリン獲得が促進される。

  • 生態系の各コンパートメント(樹木、下層植生、土壌微生物、土壌有機物・無機物)について、リンの濃度・プール量・フラックスを測定・推定し、それらがCO2濃度上昇によってどう変化したかを解析した。

分かったこと

  • 仮説1は支持された。リンの大部分が遅い回転速度のプール(土壌有機物と木部)に隔離され、毎年リサイクルされるリンは植物の需要の一部しかまかなえなかった。

  • 仮説2は支持されなかった。CO2濃度上昇により樹木の地下部へのリンの投資は増えたが、土壌微生物がそのリンを独占したため、植物が利用できるリンはほとんど増えなかった。

  • 樹木はリンを効率的に利用していたが、それだけではCO2施肥効果を得るには不十分だった。植物は微生物との競争に打ち勝ってリンの利用可能性を高める戦略が必要だと示唆された。

研究の面白く独創的なところ

  • 森林生態系のリンの動態を網羅的に定量化した初の研究。樹木、下層植生、土壌微生物、土壌有機物・無機物などのコンパートメント間のリンの動態とそれらの相互作用を明らかにした。

  • CO2濃度上昇に対する森林生態系の応答を長期的に調べ、土壌微生物との競争がリンの利用をめぐる植物の応答を制限する可能性を示した。

この研究のアプリケーション

  • リンの動態が気候変動下の森林の炭素吸収量を予測する上で重要な要因であることが示唆された。

  • 土壌微生物がリンの利用をめぐって樹木と競争するプロセスを数理モデルに取り入れることで、気候変動に対する森林の応答予測の精度向上が期待できる。

  • リン欠乏下で樹木がCO2施肥効果を得るための戦略(土壌へのリン供給の促進、菌根菌との共生など)に関する研究に発展できる。

著者と所属
Mingkai Jiang (浙江大学 生命科学学院; 西シドニー大学 ホークスベリー環境研究所)
Kristine Y. Crous (西シドニー大学 ホークスベリー環境研究所) Yolima Carrillo (西シドニー大学 ホークスベリー環境研究所)
他21名

詳しい解説
リンは植物の生長と代謝に不可欠なマクロ栄養素であり、しばしば植物の生産性を制限する要因となります。特に熱帯や亜熱帯の風化の進んだ土壌では、リンが欠乏しがちです。一方、大気中のCO2濃度が上昇すると、一般に植物の光合成が促進され、バイオマス生産が増加すると予想されています。しかし、リンの利用可能性が低い土壌では、CO2施肥効果が制限される可能性があります。
オーストラリアのシドニー西部に位置するユーカリ林では、2013年からCO2濃度操作実験(EucFACE)が行われています。この林分は約90年間管理されておらず、成熟した森林であると考えられます。土壌は風化が進んでおり、植物が利用可能なリンの濃度は低い状態にあります。EucFACEでは、複数のプロットに設置されたタワーから純粋なCO2を放出し、林冠付近のCO2濃度を周囲より150 ppm高く維持しています。
EucFACEでは、CO2濃度を上昇させても6年間にわたって樹木の成長が促進されないことが明らかになっていました。この原因を探るため、著者らは2013年から2018年にかけて収集された多数のデータを統合し、ユーカリ林生態系におけるリンの動態を、樹木、下層植生、土壌微生物、土壌有機物と無機物などのコンパートメントに注目して詳細に解析しました。
まず、この生態系では510 g P m-2のリンのうち、94%が遅い回転のプール(土壌有機物と植物体の木部)に隔離されており、毎年循環するリンは植物の需要の55%ほどしかまかなえないことが示されました。土壌微生物は土壌有機物の24%ものリンを保持しており、植物と比べて非常に大きなリンプールを持っていました。土壌の交換態無機態リンは、土壌全リンの3%ほどに過ぎませんでした。つまり、土壌には比較的多くのリンが存在するものの、植物が直接利用できるリンはごくわずかだったのです。
次に、CO2濃度上昇の影響について調べたところ、植物の地下部へのリンの投資は増加したものの、微生物バイオマスのリン量や土壌の無機態リン量、リンの純無機化速度には変化が見られませんでした。これは、植物から供給された余剰の炭素を利用して増殖した微生物が、無機化によって生じたリンを独占したためだと考えられます。つまり、CO2濃度上昇は樹木のリンの利用可能性をほとんど高めなかったのです。
樹木はリンを効率的に利用し、葉のリンの再吸収率は55%にも達していましたが、それだけではCO2施肥効果を得るには不十分でした。以上の結果は、リン欠乏下にある森林がCO2濃度上昇に応答して成長を促進するには、土壌微生物との競争に打ち勝ってリンの利用可能性を高める戦略が必要であることを示唆しています。
この研究は、リンの動態が気候変動下の森林の炭素吸収量の予測に不可欠な要素であることを浮き彫りにしました。著者らは、土壌微生物がリン利用をめぐって樹木と競争するプロセスを数理モデルに組み込むことで、予測精度の向上が期待できると述べています。今後は、樹木が土壌へのリン供給を促進したり菌根菌と共生したりするなど、リン欠乏に対処しながらCO2施肥効果を得るための戦略に関する研究の発展が期待されます。



最後に
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