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論文まとめ320回目 SCIENCE グラフェンで室温の電流渦を観測することに成功!?など

科学・社会論文を雑多/大量に調査する為、定期的に、さっくり表面がわかる形で網羅的に配信します。今回もマニアックなSCIENCEです。

さらっと眺めると、事業・研究のヒントにつながるかも。
世界の先端はこんな研究してるのかと認識するだけでも、
ついつい狭くなる視野を広げてくれます。


一口コメント

Global trends and scenarios for terrestrial biodiversity and ecosystem services from 1900 to 2050
1900年から2050年までの陸上の生物多様性と生態系サービスの世界的な傾向とシナリオ
「20世紀には、第6の大量絶滅と呼ばれるほど生物多様性が失われました。気候変動がさらに生物や生態系サービスを脅かしています。本研究では、13のモデルを組み合わせ、土地利用と気候変動による1900年から2050年までの生物多様性と生態系サービスの変化を予測しました。20世紀と比べ、土地利用による生物多様性の低下速度は遅くなる一方、気候変動の影響が大きくなりそうです。物質供給などの生態系サービスは増加しますが、受粉などの調整サービスは多くのシナリオで低下します。政策次第で結果は変わるため、生物多様性条約の目標達成には新たな取り組みが必要です。」

The genetics of niche-specific behavioral tendencies in an adaptive radiation of cichlid fishes
シクリッド魚の適応放散における生態ニッチ特異的行動傾向の遺伝的基盤
「タンガニーカ湖のシクリッドは約250種にも及ぶ驚異的な適応放散を遂げています。本研究では、57種702個体の行動・形態・ゲノムデータを統合解析した結果、「新奇環境の探索行動」が生息環境への適応と強く関連し、その背景にAMPA型グルタミン酸受容体の制御遺伝子cacng5bの変異が関わることを突き止めました。人工知能を使った予測やゲノム編集でもこの関連性が裏付けられ、探索行動の遺伝的基盤の一端が明らかになりました。好奇心旺盛な性格が新天地への進出を後押しし、適応放散を加速させたのかもしれません。」

Pre- and postnatal noise directly impairs avian development, with fitness consequences
出生前後の騒音暴露が鳥類の発育を直接阻害し、適応度に影響を及ぼす
「鳥は卵の中にいる時から外の音を聞いています。ゼブラフィンチを使った実験で、卵と雛を交通騒音にさらすと、孵化率が下がり、雛の成長が遅れ、ストレスを示す指標が上昇しました。さらに驚くべきことに、成鳥になっても繁殖成績が下がっていたのです。つまり、卵の時の騒音被害が、一生を通じて悪影響を及ぼすことが明らかになりました。鳥たちは、私たちの想像以上に、騒音汚染に悩まされているのかもしれません。野生動物のためにも、静かな環境を守る努力が必要ですね。」

Observation of current whirlpools in graphene at room temperature
グラフェンにおける室温の電流渦の観測
「グラフェンは、炭素原子が蜂の巣のように並んだ薄い膜で、次世代の電子材料として注目されています。この研究では、高品質のグラフェンを使って、電子が水の流れのように振る舞う「流体電子」の特殊な状態を調べました。すると室温で、電流が渦を巻くように流れる現象を発見しました。これは流体力学モデルが予測していた特徴的なパターンです。ダイヤモンド中の窒素空孔中心という量子センサーを使った精密な磁気イメージング技術により、この現象の可視化に成功しました。グラフェンの新しい可能性を切り開く成果だと言えます。」

Large-scale chemoproteomics expedites ligand discovery and predicts ligand behavior in cells
大規模ケモプロテオミクスによるリガンド発見の迅速化と細胞内リガンド挙動の予測
「タンパク質の機能を制御する低分子リガンドの発見は創薬に不可欠ですが、ヒトタンパク質の8割は未知のリガンドです。本研究では、400以上の断片化合物ライブラリーを細胞に処理し、その結合タンパク質をケモプロテオミクスで網羅的に同定しました。5万近い断片-タンパク質相互作用を見出し、E3リガーゼやトランスポーターなどの阻害剤開発に成功しました。さらに機械学習で断片の細胞内挙動を予測するモデルも構築。タンパク質の化学的制御に向けた強力なリソースになると期待されます。」


要約

1900年から2050年までの生物多様性と生態系サービスの世界的な傾向とシナリオ

https://doi.org/10.1126/science.adn3441

本研究では、13の異なるモデルの結果を組み合わせることで、土地利用と気候変動による生物多様性と生態系サービスの変化を、過去の再構成と将来のシナリオから評価しました。20世紀には、様々な指標で見積もられた生物多様性が世界的に2〜11%減少しました。一方、物質供給などの生態系サービスは数倍に増加し、調整サービスは緩やかに減少しました。将来的には、持続可能性を目指す政策により、土地利用変化による生物多様性の損失と供給サービスの需要を抑制しつつ、調整サービスの低下を軽減または反転させる可能性があります。しかし、特に高排出シナリオでは、気候変動による生物多様性への悪影響が高まる可能性があります。本評価ではモデリングの不確実性を特定しつつも、生物多様性条約の目標達成には新たな政策努力が必要であることを明確に示しました。

事前情報

  • 20世紀の生物多様性の損失速度は、第6の大量絶滅と呼ぶに値するほど高かった。

  • 気候変動は、生物種と生態系サービスにさらなる脅威をもたらしている。

行ったこと

  • 土地利用と気候変動による生物多様性と生態系サービスの変化を、2050年まで予測し、1900年から2015年までの変化と比較。

  • 13の異なるモデルの結果を組み合わせて評価。

  • 3つの共通社会経済経路シナリオで分析。

検証方法

  • 歴史的再構成と将来シナリオから、土地利用と気候変動が生物多様性と生態系サービスに与える影響を評価。

  • 13のモデル間で比較を行い、不確実性を検討。

  • 共通社会経済経路シナリオを用いて、政策オプションの効果を分析。

分かったこと

  • 20世紀には、様々な指標で測定された生物多様性が世界的に2〜11%減少。

  • 供給サービスは数倍に増加し、調整サービスは緩やかに減少。

  • 持続可能性への政策により、土地利用変化による生物多様性損失と供給サービス需要の抑制、調整サービスの低下軽減・反転の可能性。

  • 気候変動による生物多様性への悪影響は、特に高排出シナリオで増大の恐れ。

  • モデリングの不確実性は残るが、生物多様性条約目標達成には新たな政策努力が必要。

この研究の面白く独創的なところ

  • 13もの異なるモデルを統合し、包括的な評価を行った点。

  • 150年間という長期にわたる生物多様性と生態系サービスの変化を予測した点。

  • 土地利用と気候変動の両方の影響を考慮し、その相対的重要性を明らかにした点。

  • 政策シナリオ分析により、持続可能性への取り組みの効果を示した点。

この研究のアプリケーション

  • 生物多様性保全と持続可能な生態系管理のための政策立案に活用。

  • 気候変動緩和と適応戦略の効果を、生物多様性の観点から評価。

  • 生物多様性条約をはじめとする国際的な目標設定と進捗評価に貢献。

  • 生物多様性と生態系サービスの将来予測に関する研究手法の発展に寄与。

著者と所属
Henrique M. Pereira, Inês S. Martins, Isabel M. D. Rosa, Hyejin Kim, Paul Leadley, Alexander Popp, Detlef P. van Vuuren, George Hurtt, Luise Quoss, …, Rob Alkemade (German Centre for Integrative Biodiversity Research (iDiv), Leipzig, Germany; Institute of Biology, Martin Luther University Halle-Wittenberg, Halle (Saale), Germany; PBL Netherlands Environmental Assessment Agency, The Hague, Netherlands; ...)

詳しい解説
本研究は、これまでにない規模で生物多様性と生態系サービスの長期的な変化を予測した、画期的な成果と言えます。地球規模での生物多様性の減少は、20世紀に入って加速し、第6の大量絶滅とも呼ばれるほどの深刻な事態となっています。さらに近年は、気候変動による生物種や生態系への脅威が顕在化しつつあります。このような状況下で、将来の生物多様性と生態系サービスがどのように変化するのかを予測することは、保全や持続可能な管理のための政策立案に不可欠です。
著者らは、土地利用と気候変動による影響を評価するため、13もの異なるモデルの結果を統合し、1900年から2050年までの長期的な変化を分析しました。過去のデータを用いたモデルの再構成と、複数の将来シナリオに基づく予測を組み合わせることで、包括的かつ整合性のある評価が可能になりました。さらに、共通社会経済経路(SSP)と呼ばれる一連のシナリオを用いることで、政策オプションの効果も検討しています。
分析の結果、20世紀には様々な指標で測定された生物多様性が世界的に2〜11%減少したことが明らかになりました。一方で、食料や木材などの供給サービスは数倍に増加し、水質浄化や受粉などの調整サービスは緩やかに減少したことがわかりました。将来については、持続可能性を目指す政策により、土地利用変化による生物多様性の損失速度を20世紀よりも低く抑えられる可能性が示されました。また、供給サービスの需要増大を抑制しつつ、調整サービスの低下を軽減または反転させられる見通しも得られました。
ただし、気候変動による生物多様性への悪影響は、特に高排出シナリオにおいて増大する可能性が高いことも明らかになりました。土地利用と気候変動を合わせて考慮すると、将来の生物多様性減少のペースは20世紀よりもはるかに速くなると予測されたのです。本研究は、気候変動への対策が生物多様性保全の観点からも喫緊の課題であることを浮き彫りにしました。
なお、著者らは今回の分析におけるモデリングの不確実性についても言及しています。生物多様性や生態系サービスの変化を正確に予測することは容易ではなく、使用するモデルや指標によって結果が異なる可能性は否定できません。しかし、複数のモデルを組み合わせることで、ロバストな結論を導き出すことができたと考えられます。
本研究の成果は、生物多様性条約をはじめとする国際的な目標設定と進捗評価に直接貢献するでしょう。2020年の愛知目標の多くが未達成に終わり、ポスト2020枠組の議論が進む中、長期的な視点に立った科学的知見の重要性は一層高まっています。土地利用と気候変動への統合的なアプローチは、生物多様性保全だけでなく、気候変動の緩和と適応、持続可能な開発目標(SDGs)の達成にも不可欠な要素です。
また本研究は、生物多様性と生態系サービスのシナリオ分析に関する研究手法の発展にも大きく寄与すると期待されます。様々な時空間スケールのモデルを結合し、社会経済シナリオと連携させる手法は、他の地域や分類群への応用が可能です。気候変動の影響評価においても、生物多様性の視点を取り入れることの重要性が再認識されるでしょう。
いま地球上の生命は、かつてないほどの速さで失われつつあります。しかし本研究が示すように、私たちの選択と行動次第で、その未来を変えることができるはずです。科学的証拠に基づき、野心的かつ現実的な目標を立て、社会のあらゆるセクターが協働して取り組むことが求められています。生物多様性の保全は、人類の生存と繁栄にとって欠かせない課題なのです。


タンガニーカ湖のシクリッド適応放散における探索行動の遺伝的基盤を解明

https://doi.org/10.1126/science.adj9228

本研究では、タンガニーカ湖のシクリッド魚の適応放散における行動の役割と遺伝的基盤を調べた。57種702個体の探索行動を定量化し、形態や遺伝情報と統合解析した結果、探索行動が生息環境への適応と関連することが明らかになった。さらに、AMPA型グルタミン酸受容体制御遺伝子cacng5b上流の一塩基多型が探索行動の変異と相関することを見出した。ニューラルネットワークを用いた行動予測やゲノム編集でもこの関連性が検証された。本研究は、適応放散における行動の重要性と、その遺伝的基盤の一端を示した画期的な成果である。

事前情報

  • 動物の行動は適応と多様化に重要だが、その遺伝的背景はよくわかっていない。

  • タンガニーカ湖のシクリッドは約250種を含む顕著な適応放散の例である。

行ったこと

  • 57種702個体の探索行動を定量化し、形態・生態・ゲノムデータと統合解析した。

  • 探索行動と環境適応の関連性を系統独立比較法で調べた。

  • 全ゲノム関連解析により、探索行動に関わる遺伝子座を同定した。

  • ニューラルネットワークを用いて遺伝子型から探索行動を予測した。

  • ゲノム編集により候補遺伝子の機能検証を行った。

検証方法

  • 探索行動の定量化:新奇環境での移動距離を指標とした。

  • 系統独立比較法:系統関係を考慮した統計手法。

  • 全ゲノム関連解析:ゲノムワイドな一塩基多型と形質の関連を調べる手法。

  • ニューラルネットワーク予測:遺伝子型から表現型を予測する機械学習手法。

  • ゲノム編集:CRISPR-Cas9を用いた標的遺伝子の機能検証。

分かったこと

  • 探索行動はシクリッドの生息環境への適応と強く関連していた。

  • AMPA受容体制御遺伝子cacng5b上流の一塩基多型が探索行動と相関していた。

  • ニューラルネットワークは遺伝子型から探索行動を高い精度で予測できた。

  • ゲノム編集でcacng5bの変異を導入すると、探索行動が変化した。

この研究の面白く独創的なところ

  • 適応放散における行動の重要性を示した点が革新的。

  • 行動の遺伝的基盤を明らかにした点が独創的。

  • 最先端の統合オミクス解析を駆使した点が印象的。

  • 人工知能とゲノム編集を組み合わせた検証アプローチが斬新。

この研究のアプリケーション

  • 適応放散のメカニズム解明に新たな視点を提供。

  • 野生動物の行動と遺伝の関係性の理解に貢献。

  • 行動の遺伝的基盤の解明に役立つ解析フレームワークを提示。

  • パーソナリティの遺伝と進化を探る比較研究のモデルケースに。

著者と所属
Carolin Sommer-Trembo*, M. Emília Santos, Bethan Clark, Marco Werner, Antoine Fages, Michael Matschiner, Simon Hornung, Fabrizia Ronco, Chantal Oliver, Cody Garcia, Patrick Tschopp, Milan Malinsky*, Walter Salzburger* (Zoological Institute, Department of Environmental Sciences, University of Basel, Basel, Switzerland; Department of Zoology, University of Cambridge, Cambridge, UK; Leibniz-Institute for Polymer Research Dresden, Dresden, Germany; Natural History Museum, University of Oslo, Oslo, Norway; Department of Biology, Institute of Ecology and Evolution, University of Bern, Bern, Switzerland)

詳しい解説
本研究は、適応放散における行動の役割とその遺伝的基盤に迫った画期的な成果です。生物の適応進化を考える上で、行動の重要性は古くから指摘されてきました。しかし、行動の遺伝的背景、特に適応放散における行動の遺伝的基盤については、ほとんどわかっていませんでした。
研究チームは、タンガニーカ湖のシクリッド魚に着目しました。シクリッドは約250種を含む著しい適応放散を遂げており、適応進化の優れたモデル系として知られています。彼らは、57種702個体という広範なサンプルを対象に、新奇環境での探索行動を定量化しました。そして、この行動データを形態・生態・ゲノムの情報と統合的に解析したのです。
まず系統独立比較法により、探索行動がシクリッドの生息環境への適応と強く関連することが明らかになりました。活発に新奇環境を探索する種は、新たなニッチへの進出に成功していたのです。つまり、「冒険心」とも言える探索行動が、適応放散を促進した可能性が示唆されました。
次に、探索行動の遺伝的基盤を掘り下げるため、全ゲノム関連解析を行いました。すると、AMPA型グルタミン酸受容体の制御遺伝子であるcacng5b上流の一塩基多型が、探索行動の変異と強く相関することが判明しました。さらに驚くべきことに、ニューラルネットワークを用いることで、この遺伝子型からシクリッドの探索行動を高い精度で予測できたのです。
加えて研究チームは、CRISPR-Cas9を用いたゲノム編集により、cacng5bの変異が実際に探索行動に影響するかを検証しました。予測通り、cacng5bに変異を導入したシクリッドは、探索行動が変化したのです。これらの結果から、cacng5bが探索行動の遺伝的基盤の一端を担うことが強く示唆されました。AMPA受容体は学習や記憶に関わる重要な分子ですが、それが探索行動やパーソナリティにも影響するとは驚きの発見と言えるでしょう。
本研究の意義は、適応放散における行動の重要性を実証した点にあります。従来の適応放散研究では、形態や生理機能に注目が集まりがちでした。しかし本研究は、「新奇環境を積極的に探索する性格」が新たなニッチの開拓を促し、適応放散の原動力になり得ることを示しました。好奇心旺盛な「冒険家」が新天地を切り拓き、その子孫が爆発的な種分化を遂げていく。そんな適応放散の新しいシナリオが見えてきたのです。
また、行動の遺伝的基盤に迫った点も特筆に値します。ゲノムワイド関連解析と機械学習を組み合わせることで、探索行動に関わる遺伝子座の同定に成功しました。そして、ゲノム編集によってその機能を実証したのです。行動の遺伝と進化を紐解くための強力なアプローチだと言えるでしょう。
本研究は、シクリッドの適応放散研究に新たな地平を開くものです。従来の形態中心の研究から、行動の役割に光を当てた点は革新的でした。また、最先端のオミクス解析と機械学習、ゲノム編集を駆使した統合アプローチは、今後の行動遺伝学の指針になるはずです。
一方で、cacng5b以外の遺伝的要因や、遺伝子と環境の相互作用など、まだ明らかにすべき点は多く残されています。探索行動という複雑な形質が、ある一つの遺伝子で決まるとは考えにくいからです。また、シクリッド以外の生物でも同様の法則が当てはまるのか、検証が必要でしょう。
とはいえ、生物の行動と遺伝、そして適応放散の関係性に新たな視座を与えた本研究の意義は計り知れません。私たちヒトを含む生物の行動の進化的起源を探る上でも、重要な一歩になることでしょう。「冒険心」という心理的形質に適応的意義を見出した点も、ヒトの行動研究への示唆に富んでいます。
本研究を起点に、様々な生物で行動の遺伝的基盤と適応的意義が明らかになっていくことを期待したいと思います。新しいゲノム解析技術と行動データの蓄積により、かつてはブラックボックスだった行動の遺伝と進化に光が当たる日が、そう遠くないはずです。


ゼブラフィンチの卵と雛を交通騒音にさらすと、成長や生理機能に悪影響が及び、成鳥になっても繁殖成績が低下した。

https://doi.org/10.1126/science.ade5868

ゼブラフィンチの卵と雛だけを交通騒音にさらす実験を行った。出生前後の騒音暴露により、卵の死亡率が上昇し、雛の成長と生理機能が累積的に阻害され、成鳥に至るまでテロメア短縮が加速された。出生前の騒音暴露は特に、生涯を通じて個体の繁殖成績を低下させた。これらの結果は、騒音公害の影響が従来考えられていたよりも遍在的であることを示唆している。

事前情報

  • 騒音公害は急速に拡大しており、多くの動物種で繁殖や発育の阻害と関連付けられている。

  • 鳥類では、交通騒音により繁殖成績の低下や雛のストレス上昇が報告されている。

  • ただし、これらの影響が騒音の直接的な作用なのか、親の行動変化を介した間接的な作用なのかは不明だった。

行ったこと

  • ゼブラフィンチの卵と雛のみを交通騒音にさらし、親の影響を排除した。

  • 卵の死亡率、雛の成長、ストレス指標、テロメア長を測定した。

  • 成鳥になるまで追跡し、生涯繁殖成績を評価した。

  • 出生前と出生後の騒音暴露の影響を比較した。

検証方法

  • 卵と雛を交通騒音または対照音にさらす実験

  • 雛の体重、翼長、ストレス指標(H/L比)、テロメア長の測定

  • 成鳥の繁殖成績(産卵数、孵化率、雛の生存率)の測定

  • 混合効果モデルを用いた統計解析

分かったこと

  • 騒音暴露により卵の死亡率が上昇した。

  • 騒音は雛の成長とストレス指標、テロメア長に累積的な悪影響を及ぼした。

  • 出生前の騒音暴露は特に、生涯にわたり繁殖成績を低下させた。

  • これらの影響は、親の行動変化ではなく、騒音の直接的な作用である。

この研究の面白く独創的なところ

  • 卵と雛のみを操作することで、親の影響を排除し、騒音の直接的な影響を初めて示した点。

  • 出生前と出生後の影響を比較し、出生前の暴露の重要性を浮き彫りにした点。

  • 卵と雛への影響が成鳥まで持続することを実証した点。

  • 適応度への長期的な影響を明らかにした点。

この研究のアプリケーション

  • 野生動物の保全における騒音管理の重要性を示す。

  • 人の胎児や乳幼児への騒音の影響を考える上でも示唆に富む。

  • 動物福祉の観点から、飼育下の鳥類の音環境にも配慮が必要。

  • 都市計画や交通政策において、野生動物への影響も考慮に入れる必要がある。

著者と所属
Alizée Meillère, Katherine L. Buchanan, Justin R. Eastwood, and Mylene M. Mariette (ディーキン大学生命環境科学部、ドニャーナ生物学研究所、モナシュ大学生物科学部)

詳しい解説
本研究は、鳥類の卵と雛を交通騒音にさらす画期的な実験により、騒音公害が野生動物に及ぼす影響の深刻さを浮き彫りにしました。 近年、人間活動に伴う騒音は世界中で急速に拡大しており、野生動物の繁殖や発育に悪影響を及ぼすことが懸念されています。鳥類でも、交通騒音により繁殖成績が低下したり、雛のストレスが上昇したりすることが報告されてきました。しかし、これらの影響が騒音そのものの直接的な作用なのか、それとも親鳥の行動変化を介した間接的な作用なのかは明らかではありませんでした。 本研究では、この問題に正面から取り組むため、ゼブラフィンチの卵と雛だけを交通騒音にさらす巧妙な実験を行いました。親鳥を同じ条件で飼育することで、親の影響を排除したのです。その結果、騒音は卵の死亡率を上昇させ、孵化した雛の成長を遅らせ、ストレス指標であるヘテロフィル/リンパ球比を上昇させることが明らかになりました。 さらに驚くべきことに、こうした影響は雛が成鳥になるまで持続し、テロメアの短縮を加速させていたのです。テロメアは染色体の末端に存在する反復配列で、短くなるほど老化や寿命と関連することが知られています。つまり、卵と雛の時の騒音ストレスが、細胞レベルで個体の加齢を早めてしまうのです。 しかも、影響はそれだけにとどまりませんでした。騒音にさらされて育った個体は、成鳥になって繁殖をさせてみると、生涯を通じて繁殖成績が低下していたのです。特に、卵の時に騒音を経験した個体で、その影響が顕著でした。つまり、受精後の発生のごく初期に受けた悪影響が、一生を左右することが示唆されたのです。 本研究の結果は、騒音公害が野生動物に及ぼす影響の深刻さと持続性を如実に物語っています。これまでは主に成体を対象に影響が調べられてきましたが、騒音は発生初期の胚にも直接作用し、生涯にわたる悪影響をもたらすことが明らかになったのです。 ヒトでも、母体の騒音被曝と早産や低出生体重児の増加が疫学的に関連付けられてきました。今回の鳥類の研究は、そうした影響が胎児への騒音の直接作用である可能性を強く示唆するものです。ヒトも含めた動物の胚は、想像以上に外界の音に敏感なのかもしれません。 本研究の成果は、野生動物の保全における騒音管理の重要性を示すとともに、ヒトの健康を脅かす騒音リスクについても再考を迫るものと言えるでしょう。都市化が進む現代社会では、交通機関の整備は必須ですが、それが野生動物や人間の健全な発育を阻害しているとすれば、騒音の低減にも十分な配慮が必要です。動物園などでも、繁殖に用いる鳥類を騒音から守る工夫が求められるかもしれません。 本研究は、私たちの身の回りにある脅威に光を当て、静かな環境の大切さを考えさせてくれる、示唆に富む研究だと言えます。交通インフラの発展と生態系の保全は、これからの社会の両立すべき重要課題の一つとなりそうです。


グラフェンで室温の電流渦を観測することに成功

https://doi.org/10.1126/science.adj2167

高移動度の導体中では、電子-電子相互作用により、古典的な流体力学に似た輸送特性が現れることがあります。グラフェンでもこの流体力学的な振る舞いの兆候が見つかっていましたが、理論が予測する定常的な渦は観測が難しいとされてきました。本研究では、窒化ホウ素で挟んだ高品質のグラフェンデバイスを作製し、ダイヤモンド中の窒素空孔中心を用いたナノスケール走査磁気顕微鏡を使って、室温で特徴的な流体力学的輸送パターンである電流渦を可視化することに成功しました。デバイスサイズを大きくしていくと渦が消失することも確認し、流体力学モデルの予測を検証しました。さらに、ホールと電子の両方が支配的な輸送領域で渦が見られるのに対し、両者が混在するアンバイポーラ領域では渦が消失することも観測しました。これは電荷中性点付近で渦度拡散長が減少するためだと考えられます。本研究は、局所イメージング技術がエキゾチックなメソスコピック輸送現象の解明に有効であることを示しています。

事前情報

  • 高移動度の導体中では、電子-電子相互作用により古典的な流体力学に似た輸送特性が現れる。

  • グラフェンでは、流体力学的な振る舞いの兆候が見つかっていた。

  • 理論が予測する定常的な渦は観測が難しいとされてきた。

行ったこと

  • 窒化ホウ素で挟んだ高品質のグラフェンデバイスを作製した。

  • ダイヤモンド中の窒素空孔中心を用いたナノスケール走査磁気顕微鏡を使って電流分布を可視化した。

  • デバイスサイズを変えて電流渦の有無を調べた。

  • ホール、電子、アンバイポーラ領域での電流渦の振る舞いを調べた。

検証方法

  • デバイスサイズを変えて電流渦が消失するかどうかを確認し、流体力学モデルの予測を検証した。

  • ホール、電子、アンバイポーラ領域で電流渦の有無を比較し、電荷キャリアの種類や密度の効果を調べた。

  • 窒素空孔中心を用いた磁気イメージングにより、電流分布を非侵襲的に可視化した。

分かったこと

  • グラフェンで室温の電流渦を観測することに成功した。

  • デバイスサイズが大きくなると渦が消失し、流体力学モデルの予測と一致した。

  • ホールと電子が支配的な領域では渦が見られるが、アンバイポーラ領域では渦が消失した。

  • アンバイポーラ領域での渦の消失は、電荷中性点付近での渦度拡散長の減少で説明できる。

この研究の面白く独創的なところ

  • 室温でグラフェンの電流渦を観測した点

  • デバイスサイズを変えて理論予測を検証した点

  • 電荷キャリアの種類や密度の効果を明らかにした点

  • ダイヤモンドの量子センサーを使った非侵襲的な可視化技術を用いた点

この研究のアプリケーション

  • グラフェンの基礎物性の理解に役立つ。

  • 流体電子の制御による新しい電子デバイスの開発につながる可能性がある。

  • ダイヤモンドの量子センサーを用いた非侵襲的な磁気イメージング技術の有用性を示した。

  • メソスコピック系における奇妙な量子輸送現象の解明に役立つ。

著者と所属
Marius L. Palm, Chaoxin Ding, William S. Huxter, Takashi Taniguchi, Kenji Watanabe, Christian L. Degen (Department of Chemistry and Applied Biosciences, ETH Zurich, Zurich, Switzerland; National Institute for Materials Science, Ibaraki, Japan)

詳しい解説
本研究は、グラフェンという二次元物質の電子輸送特性を、ダイヤモンド中の窒素空孔中心を用いた高感度の磁気イメージング技術で可視化し、理論が予測していた流体力学的な電流渦パターンを室温で初めて観測することに成功した画期的な成果です。グラフェンは、炭素原子が蜂の巣格子状に並んだ、わずか原子一層分の厚さしかない薄膜物質で、高い電子移動度や熱伝導性など優れた特性を持つことから、次世代のエレクトロニクス材料として大きな注目を集めています。 通常、固体中の電子は、不純物や格子振動との散乱が支配的で、個々のバラバラな粒子のように振る舞います。しかし、高品質の試料中では、電子同士の相互作用(電子-電子散乱)が支配的になると、電子の集団が古典的な流体のように振る舞う「流体電子」と呼ばれる状態が現れることが理論的に予測されてきました。グラフェンでも、流体電子の兆候を示唆する実験結果がいくつか報告されていましたが、流体力学モデルが予測する定常的な渦構造を直接観測するのは容易ではありませんでした。 研究チームは、まず高品質のグラフェン試料の作製から着手しました。機械的に剥離したグラフェンを、絶縁性の高い六方晶窒化ホウ素(hBN)の薄膜で挟み込むことで、基板からの影響を抑えつつキャリア移動度の高いデバイスを実現しました。次に彼らは最近開発された、ダイヤモンド中の窒素空孔中心(NV中心)を量子センサーとして用いる高感度の磁気イメージング技術を使って、このグラフェンデバイスの電流分布を調べました。NV中心は、ダイヤモンド結晶中の炭素原子が一つ欠損し、隣接する位置に窒素原子が入った構造で、磁場に敏感な電子スピンを持つことから、ナノスケールの超高感度磁気センサーとして働きます。 驚くべきことに、このNV磁気顕微鏡を用いて室温でグラフェンの電流分布を可視化したところ、流体力学モデルが予測するような、電流が渦を巻く特徴的なパターンが観測されました。しかも、デバイスのサイズを大きくしていくと、ある臨界サイズを超えたところで渦が消失することも確認されました。これは、デバイスサイズが渦度拡散長と呼ばれる特性長さを上回ると渦が不安定化するという理論予測とよく一致します。さらに彼らは、グラフェンのゲート電圧を変化させ、ホール(正孔)が支配的な領域と電子が支配的な領域、そして両者が混在するアンバイポーラ領域で電流渦がどのように変化するかも調べました。その結果、ホールと電子の領域では渦が観測されるのに対し、アンバイポーラ領域では渦が消失することがわかりました。これは、電荷中性点付近では渦度拡散長が減少し、渦が不安定化するためだと考えられます。 本研究は、グラフェン中の流体電子が作り出す電流渦という、理論が予言していたエキゾチックな量子輸送現象を初めて可視化した点で画期的な成果だと言えます。今回用いられたNV磁気顕微鏡は非侵襲的で高感度な測定が可能なため、グラフェンのような原子層物質の電子状態を調べる強力なツールになると期待されます。実際、研究チームはこの手法を用いて、グラフェン以外の二次元物質でも流体電子の兆候を観測しており、今後この分野の研究が大きく進展する可能性があります。 また、グラフェンの流体電子は、その特異な流れを利用した新しいタイプの電子デバイスへの応用が期待されています。渦の生成や制御を通じて、電流を効率的に流したり、熱を効果的に排出したりできるかもしれません。また、流体電子の集団励起であるプラズモンを利用した高感度センサーなども提案されています。本研究は、そうしたグラフェンの新しい可能性を切り拓く基礎となる重要な知見を与えてくれました。 固体中の電子が示すミクロな量子力学と、水や空気の流れを記述するマクロな流体力学。一見、かけ離れたこの2つの物理法則が、グラフェンという魔法の薄膜の中で出会い、ナノの渦を生み出す。本研究は、そんな自然の神秘を、最先端の量子センシング技術で解き明かした快挙だと言えるでしょう。



大規模ケモプロテオミクスにより断片ライブラリーを用いてリガンド発見と挙動予測を迅速化

https://doi.org/10.1126/science.adk5864

本研究では、407種類の小分子断片化合物のヒトプロテオーム全体に対する結合選択性をケモプロテオミクス法で網羅的にマッピングした。その結果、2600以上のタンパク質に対する47,658の断片-タンパク質相互作用を同定し、そのうち86%は新規リガンド発見につながる知見だった。断片ヒットの最適化により、E3ユビキチンリガーゼアダプター、ヌクレオシドトランスポーター、サイクリン依存性キナーゼなどを阻害する化合物の創出に成功した。さらに大規模データを機械学習に適用し、断片の細胞内挙動を予測するモデルを構築した。本研究で得られた相互作用情報と予測モデルは、創薬ターゲットの分子認識機構解明とリガンド発見を加速する重要なリソースになると期待される。

事前情報

  • ヒトタンパク質の約80%には既知のリガンドがなく、化学的制御手段がない。

  • 断片ベース創薬はリガンド発見に有効だが、細胞レベルでの大規模な相互作用探索は困難だった。

行ったこと

  • 407種類の構造多様な小分子断片のプロテオーム全体に対する結合選択性をケモプロテオミクス法で評価

  • 同定した断片ヒットを化学的に最適化し、生理活性プローブの創出を試みた

  • 機械学習バイナリ分類器を用いて、断片の細胞内挙動を予測するモデルを構築

  • データと予測モデルを対話的に探索可能なオープンソースのウェブインターフェースを開発

検証方法

  • 定量的ケモプロテオミクス法による断片-タンパク質相互作用の網羅的同定

  • 同定ヒットに基づく生理活性プローブの合成と機能評価

  • 機械学習を用いた断片の細胞内挙動予測モデルの構築と検証

  • ウェブアプリケーションの開発によるデータと予測モデルの公開

分かったこと

  • 407種類の断片について、47,658の断片-タンパク質相互作用を同定し、そのうち86%は新規リガンド発見の手がかり

  • 断片ヒットの最適化により、E3リガーゼDDB1、ヌクレオシドトランスポーターSLC29A1、CDK16などの選択的阻害剤を獲得

  • 機械学習モデルにより、断片の結合タンパク質数や、結合タンパク質の機能的/局在的特徴を予測可能に

  • ユーザー定義のタンパク質セットに対する断片結合性予測も可能な汎用的機械学習フレームワークを構築

この研究の面白く独創的なところ

  • 断片ライブラリーの超並列ケモプロテオミクスにより、リガンド発見を飛躍的に迅速化した点が画期的

  • 大規模な断片-タンパク質相互作用データを機械学習に適用し、断片の細胞内挙動予測を可能にした点が独創的

  • 実験データと予測モデルを統合したウェブプラットフォームを構築し、コミュニティでの活用を促進する点が素晴らしい

この研究のアプリケーション

  • 創薬ターゲットタンパク質に対する新規リガンドの効率的な発見

  • 断片ヒットの最適化による生理活性プローブや治療薬シーズの開発

  • 断片-タンパク質相互作用の大規模データに基づく分子認識原理の解明

  • 機械学習による断片の細胞内挙動予測を通じた薬物動態の理解

著者と所属
Fabian Offensperger†, Gary Tin†, Miquel Duran-Frigola†, Elisa Hahn†, Sarah Dobner†, Christopher W. am Ende, Joseph W. Strohbach, Andrea Rukavina, Vincenth Brennsteiner, Michael Davis, Christoph Mayer, Samuel Nogueira, Oliver Schilling, Anton Meinhart, Andre C. Michaelis, Julia Pieber, Diana Ruiz Cisneros, Elisabeth M. Huber, Katharina Wrabl, Kilian V. M. Huber, Gerhard Dürnberger, Marcos González-López, Nils Langlitz, and Georg E. Winter* (CeMM – Research Center for Molecular Medicine of the Austrian Academy of Sciences, Vienna, Austria; Ludwig Boltzmann Institute for Rare and Undiagnosed Diseases (LBI-RUD), Vienna, Austria; Center for Physiology and Pharmacology, Institute of Pharmacology, Medical University of Vienna, Vienna, Austria; Pfizer Medicine Design, Groton, CT, USA; CeMM Technology Transfer Office, Austrian Academy of Sciences, Vienna, Austria; Oncology R&D, AstraZeneca, Cambridge, UK; Department of Structural and Computational Biology, Max Perutz Labs, Vienna, Austria; Institute of Molecular Systems Biology, ETH Zürich, Zurich, Switzerland; Institute of Molecular Biology and Tumor Research (IMT), Center for Tumor Biology and Immunology (ZTI), Philipps-University, Marburg, Germany; Austrian Institute of Technology GmbH AIT, Vienna, Austria; Pfizer Medicine Design, Sandwich, UK; State Key Laboratory of Cellular Stress Biology, Innovation Center for Cell Signaling Network, School of Life Sciences, Xiamen University, Xiamen, China)

詳しい解説
本研究は、大規模なケモプロテオミクスと機械学習を駆使することで、低分子リガンドの発見と挙動予測を飛躍的に加速した画期的な成果と言えます。タンパク質の機能を化学的に制御するリガンドは、生命現象の理解と創薬に不可欠ですが、ヒトタンパク質の約8割は未だ既知のリガンドを持たず、化学的な手つかずの状態にあります。この状況を打破するには、バイアスのない大規模な相互作用探索が求められてきました。
研究チームは、400以上の構造多様な小分子断片からなるライブラリーを用いて、ヒトプロテオーム全体に対する結合選択性を一挙に評価しました。これまでの断片スクリーニングの多くは精製タンパク質を用いた in vitro 系で行われてきましたが、本研究では生きた細胞を用いることで、より生理的な条件下での相互作用を捉えることに成功しています。
定量的なケモプロテオミクス解析の結果、47,658もの断片-タンパク質相互作用が同定されました。注目すべきは、そのうち86%が新規のリガンド発見に繋がる知見だったことです。創薬ターゲットとして重要ながら、これまでリガンドが知られていなかったタンパク質にも多数の断片ヒットが得られたのです。
さらに研究チームは、同定した断片ヒットから数種を選び、合成展開による最適化を試みました。その結果、E3ユビキチンリガーゼのアダプタータンパク質 DDB1 や、ヌクレオシドトランスポーター SLC29A1、オーファン(機能未知)キナーゼ CDK16 などを阻害する生理活性プローブの創出に成功しています。断片スクリーニングから得られるヒットが、いかに強力なリード化合物の出発点となり得るかを如実に示した成果と言えるでしょう。
本研究のもう一つの大きな特徴は、得られた大規模な断片-タンパク質相互作用データを機械学習に適用し、断片の細胞内挙動を予測するモデルを構築した点にあります。具体的には、断片の化学構造情報から、(1)その断片が何個のタンパク質と結合するか、(2)結合するタンパク質は一般にリガンド化しやすいものか否か、(3)結合タンパク質は特定の生物学的機能(トランスポーターやRNAタンパク質など)に偏っているか、(4)結合タンパク質は細胞内の特定の局在(リソソームやミトコンドリアなど)に集中しているか、などを予測できるモデルを開発しました。
これらのモデルは、断片の細胞内運命を化学構造から予測する上で強力なツールとなります。例えば多数のタンパク質と結合する断片は、選択性の観点から最適化に注意が必要でしょう。一方、特定の細胞小器官に局在するタンパク質と結合しやすい断片は、薬物動態の特性に影響を及ぼすかもしれません。このように断片の挙動を予測で「先読み」できれば、無駄の少ない合成展開が可能になるはずです。
本研究で得られた断片-タンパク質相互作用の情報と予測モデルは、分子認識の理解とリガンド発見を加速する大変重要なリソースになると期待されます。素晴らしいことに、研究チームはそれら全てを対話的に探索できるウェブプラットフォームも公開しています。さらにユーザーが独自に定義したタンパク質セットに対する断片結合性を予測できる汎用的な機械学習フレームワークも提供されており、より幅広い活用が期待できます。
本研究の成果は、ケモプロテオミクスと情報科学の融合がもたらす新時代のリガンド発見の在り方を示したと言えるでしょう。これまではごく一部の「ドラッガブル」なタンパク質にしかアプローチできなかったリガンド探索が、プロテオーム全体に対して無差別に行えるようになったのです。機械学習による予測は、得られた相互作用情報に新たな解釈の層を加えることで、より戦略的な最適化を可能にします。
もちろん、断片ライブラリーの多様性やカバー率、結合様式の理解など、まだ克服すべき課題は多く残されています。しかし本研究で披露された大規模探索と予測の技術基盤は、今後のリガンド発見とケミカルバイオロジー研究に計り知れないインパクトを与えるはずです。「未開拓」だったタンパク質が新たな研究と創薬の俎上に載る日が、ぐっと近づいたと感じさせる素晴らしい研究でした。


最後に
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