【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第37話

「何用でしょう? 今はとっても忙しいので、冷やかしでしたらお帰り下さいませ」

 お二人共、胥吏しょりのような格好です。執務を抜けてお忍びでいらしたのでしょう。

 胥吏しょりとは、位のない庶民。国に職を与えられた官吏(所謂いわゆる役人です)に仕事を割り振られる者です。

 初代の世界ならば、警察官に職務を委託された自警団員のようなものです。もちろん事務方にも、そのような方々はいらっしゃいますよ。

 胥吏と官吏は同じような職務を担いますが、服装が違うので一目瞭然。

 胥吏は藍色の麻布で織られた上服を羽織る決まりがあり、官吏はそれ以外の布地と色を用います。黒の絹製が多いですね。もちろん役職により服装の形態は違いますが。

 恐らく今朝の騒動で、私が個人的に雇い入れた護衛という体を装っておられるのでしょう。パッと見、上司は私です。

 そうそう。余談ですが、この国に初代の世界にいたとされる宦官は、おりません。

 殿方の急所を取る代わりに、特殊な墨を用いた誓約魔法を用いるのです。首に一周する紋を描けば、終わりです。その紋を見れば後宮所属か、朝廷の所属かを区別できますね。

 それにしても立ち去る気配のない、呆れ顔の法律上の夫と、笑い上戸な契約主。

 面倒なので特にそちらを見る事もなく、最後の羽根を毟り取り、手早く素手で内臓を取り出します。流れるように子猫へ献上です。

「夕飯と、その他諸々食材や調味料。小屋までお持ちしたので、呼びにまいったのですよ。もちろん差し入れです。お金は私の懐から」
「おもてなしはしませんが、お話くらいならお聞きしますよ」

 気の利く殿方には優しく接するのが、女子の嗜み。キリリとした顔で、処理した鳥肉の足を十六羽分持とうとすれば……。

「貸せ。どれだけ食らうつもりで狩ったのだ。狩り過ぎであろう。ほれ、手を洗わぬか。傍から見ていると、何者かを呪っていると勘違いされるぞ。大体変わり身が激しすぎるであろう。皇帝と丞相だぞ。少しはもてなす意志くらい示せ」

 大股で目の前まで来られた陛下は、そう言いながら鳥肉をひったくり、私の手をご自分の魔法で出した水でバシャンと洗ってしまいます。

 陛下は、意外にも世話焼きさんでしょうか?

「そもそもそれなら何故なにゆえそのような格好でいらっしゃるのです? しかもいたいけな幼妻から自力調達したなけなしの食材を奪うとは……どこの非道な夫なのです」

 しかしそんな事よりも、この法律上の夫は私の鳥肉をどうなさるおつもりなのでしょう? 奪うなら子猫が相手になりますよ。

 チラリと子猫に意志確認。頷き合います。

「これでもてなせとは言うておらぬわ!」
「ブフォァッ」

 あら、そうなのですね。今朝までの陛下の暴言っぷりで邪推してしまいました。

 丞相は私の勘違いに盛大に吹き出しましたが、本当に氷の麗人との噂とは剥離した方ですね。

「ついでにそなたが妻だとも認めておらぬ! 運んでやるだけだ! そもそも子供が狩って捌いた肉を奪うほど、大人気なくはない! 変な勘違いをするな!」

 捲し立てた陛下は、しかし二の句を告げません。苦虫を噛み潰したような顔で息を吸い、はああああああ、と長く吐き出します。

「だがまあ……これまで私の言動が、子供に対するものとしては相応しくなかったのは認める。ついでに妙な考えもするな。妖をけしかけようとか、するなよ」

 最後はバツが悪そうな……照れ隠しですかね? 謝罪には触れずにいた方が良さそうですね。

「あら、何の事だか。そもそも妖とは、これ如何に?」
「チッ」

 本来なら子猫は視えていないはず。白を切るのは女子の嗜みです。

「フフッ。ほら、行きましょう。せっかくですから、貴女の寝泊まりしている小屋で話しませんか」
「婦女子の部屋に入るおつもりですか?」
「甘味も……」
「どうぞどうぞ、こちらです」
「変わり身が酷過ぎるだろう」

 甘味は女子に乙女心を思い出させる必要不可欠な食べ物ですよ、陛下。

 子猫もついてくるようです。皆でぞろぞろと小屋へ赴きます。

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