【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第46話

「困りましたね。しばしお待ち下さいませ」

 少ない私物の入った袋から笛を取り出します。

 初代、太夫であった私のご贔屓さんの一人に、能楽師がいらっしゃいました。能楽は殿方の演じるものでしたが、芸事を磨く事に闘志を燃やす当時の私。その方に楽器の扱いや曲を、こっそり教えて頂きました。

 そして二代目の私は、この世界へ転生して初めて知った魔力や魔法という事象を芸事のように感じました。嗜む内、あちらの世界の楽器や舞と相性が良い事に気づいたのです。

 初代と二代目の世界、どちらにも存在する妖や、かつては生身の人として生きた、いわゆる幽霊と呼ばれる者達。彼らが荒ぶるのを見て、慰めになればと磨いた技を披露しました。能楽には、鎮魂を願う側面がありますからね。

 死する事を経験した身の上です。彼らの死して後も苦悩する姿を、他人事と思えなかった。二代目の時代には、戦も時折起こっておりました。故に、そうした者達が多かったのです。

 何より彼らの教えてくれる情報には、有益な物が時折含まれております。私なりの対価の支払いも含んでおります。

 そして今世三代目。芸事を磨き、二代目より多い魔力が多くある。

 なので過去の生で得た、二つの世界の芸事を更に融合し、腕を磨いております。

「笛ですか?」
「吹けば外に漏れる音をいくらか誤魔化せましょう?」
「ここで尋問しろと?」
「それくらいの見返りは、あってもよろしいでしょう。それに私の笛は、いくらか人を素直にさせられますよ」

 ニコリと微笑み、全く違う理由を述べて笛に魔力を纏わせて奏で始めます。

 羽衣という演目を笛のみで表現したものです。天女の羽衣を拾った漁師は、返す代わりに舞を所望します。天女は羽衣を纏って舞いながら天へと消えていく。

 要約すると、何やら味気ないお話になってしまいました。ですがその内容はなかなかに奥深いのですよ。人の疑心暗鬼を天のことわりが軽くいなし、払拭するものです。

 怒れる先人や、謀り生活にどっぷり浸かる殿方達。人の仄暗い部分ばかりを覗き見る無賃観客には、刺さる曲ではないかと。

 高い音は天高くまで、低い音は人の心を。それぞれ震わせるよう願います。ここに大小のつづみやかけ声があると、本格的な能楽に近づきますが、一人ですからね。

「これは……」
「……ほう」

 陛下は小さく呟き、丞相はため息を吐いて、それぞれに感嘆したようです。

 さっさと尋問して欲しいのですが、聞き入るのも仕方ありません。私の芸事は、かなり習熟しておりますから。

 軽く一睨みすれば、殿方達はハッとされました。そこの黒ずくめを、落ちていた縄で後ろ手に縛り始めました。後は適当にやってくれるでしょう。

 それとなく視線を外して先人を視れば、どうやら落ち着いていただけた模様。ホッと胸を撫で下ろします。

 先人は目を閉じ、穏やかな表情となりました。

「ほら、起きなさい」

 その間にも、後ろでは丞相が凍える声音でパチパチと頬を打って起こす音が。

 陛下は私の寝台に再び腰かけます。

「……ん……はっ、くそっ」

 やがて目を覚ましました何者か。驚いた声を上げ、暴れます。しかし丞相がしっかりと体を押さえて大人しくさせます。

 丞相は事務方のような外見ですが、武にも精通しているようですね。

「どこの手の者だ。何故、貴妃のいる小屋を盗み聞く?」
「……本当に貴妃だったのか?」
「どういう意味です?」

 眉をひそめた丞相に、男は続けます。

「外見がまず、そこそこ程度。貴妃としちゃ、見目は良いとは言えない」
「……っぐ」

 丞相、真顔で吹き出すと怖いですよ。かろうじて抑えましたが、抑えきってくれませんか。

「 ブツブツ言いながら鳥を捌いて、臓物は手掴みで取り出す。やる事が下女だ。金の延べ棒で女官を叩くし、かと思えば男の襟を色っぽくはだけさせて、すり寄るんだぞ。売れっ子娼妓並みの手練れかよ。挙げ句に、こんな粗末な小屋に入っていく。貴妃だと? そうやって俺の気をそらせて、こうやって捕獲しようとしてたんじゃないのか。もしくは俺を騙して、虚偽の報告させるつもりだったか?」

 ……何でしょう。とてつもなく失礼な事を言われている気がしてなりません。

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