書籍化・WEB版【稀代の悪女、三度目の人生で……】(一章)24
『お前、俺様の婚約者にしてやったのに生意気だ! 俺様の前からもこの城からも消えろ! 2度と来るな!』
あの当時の婚約者は俺様呼びだったのよね。ぷっ、俺様って。
あの頃の婚約者は見てくれの可愛らしい、ユーモアのあるヤンチャな孫だったのね。
初対面の婚約者が上から口調で有り難く思え的な有り難くもない宣言したから、それはないわって言ったらこんな風に帰れって言われたのよ。だからそのまま1人で歩いて帰っちゃった。2度と来るなって言質も取れたし、足取りは軽かったわ。有り難い事に、今もその言葉は撤回されていないの。
2人っきりでお城の庭に案内された時だったから、誰にも咎められる事もなく帰れたのよね。お城の構造そのものは前々世と大して変わってなかったから、迷う事なくお城を出られたわ。
もちろん途中の人目につかない場所からは転移したのよ。慣れない靴を履かされて靴擦れしちゃってたし。
ただ、後でお母様に鬼の形相で折檻されたのは言うまでもないわね。婚約者の命令に従っただけなのに、今考えても解せないわ。
その時に魔法を使われてかなりの怪我を負った私の惨状に怒った聖獣ちゃんと愉快な仲間達のお陰で、その後はお母様からの体への直接的折檻は2度と無くなったの。そのお話はまた機会があればお話しするわね。 それでね、そのお茶会で王女のティーポットの内側に毒が仕込まれていたらしいの。でも銀のスプーンではわからない類いの毒だったみたい。
毒については詳しく教えてもらえなかったのだけれど、まあそんな事もあるわよね。大体銀に反応するのはヒ素や硫黄を含む毒くらいよ。
あちらの世界で中年期に歴史系韓流ドラマにハマった時、よく銀の箸や棒が出てきたから調べた事があるの。間違いないわ。
以来毒が全て銀に反応するなんて認識、普通に考えて本やドラマの世界でしか有り得ないっていう捻くれた角度からもストーリーを楽しんだものよ。
素直じゃないアラフォー、アラフィフ時代だったけれど、良い思い出ね。
そうそう、こちらの世界もあちらの世界も化学的物質的現象については同じよ。だからこちらの世界でも例えば塩を燃やせば黄色い炎になるの。
「まあそんな訳で、ちびっ子王女の髪につけたシュシュには私の魔力が宿っていて、それに気づいた愉快な仲間達の眷族が毒という名の悪意にも気づいたみたいね」
「むー、余計な事だけど、まあラビの魔力が少し宿ったシュシュをしていたんなら悪意から遠ざけようとしても仕方ないね」
あらあら、キャスちゃん? いたいけな少女が毒殺されなかったのを余計な事なんて言っちゃ駄目よ。
眷族達も毒そのものは無味無臭だと気づかないわ。けれど仮にも聖獣の眷族だから、悪意のある何かしらが食べ物に混入していれば勘で気づく事はあるのよ。今回はそれが毒だったのね。
推察するにポットかカップから嫌な感じがしたから姿を消したまま、小さな手が握るカップをしれっと叩き落としたんじゃないかしら。
当然給仕は新しいカップに淹れ直すわよね。するとまた叩き落とす。淹れ直す。またまた叩き落とす。
何度か繰り返した末に、娘のお隣に座る王妃がお茶溜まりを目にして慌てたの。可哀相なアリンコちゃんが浮いていたから。
ある意味晴れた日のお庭のお茶会で良かったわね。そうでなければ小さくも尊い犠牲も出ず、やり取りが続いた末に眷族の子が飽きて途中で止めたかもしれないわ。
基本的に人外の者は聖獣もその眷族も含めて気まぐれよ。人助けなんて愛し子認定してるか契約者でもなければ、気分次第のロシアンルーレットみたいなものだもの。
まあそんな感じで毒入りポットが判明して、お茶会は急遽中止になったんですって。
毒が王女を狙ったと断定したのは、ポットが王女専用だったから。この世界のより高貴な身分のお茶会になるほど、小ぶりなポットを1人で使用するわ。
もちろん身分が高くなるほど今回のお茶会のように何かしら狙われる事が多くなるから、巻き込み事故を少なくする狙いもあるの。誰を狙ったかで犯人を絞りこみやすくできるメリットもあるわね。
けれどそれには必然的にたくさんの給仕係が必要になるでしょう? それを維持しているという無言の権力アピールの1つよ。
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