【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第45話

「呆れた目を向けるな…………はぁ。落ちこむだろうが」

 思わずジトリと見やれば、人の寝台で落ちこむ人が何を言っているのでしょうね。それ、長椅子じゃないんですよ。

 それはともかく、陛下の環境を考えれば考える程、皇貴妃の立場も心も脆くなったのほ言うまでもありません。陛下が己の立場を考えずに、皇貴妃へと露骨な寵愛を示し続けたせいです。

「ですから先の時代より巣くう膿を出さねばなりません。陛下が帝位についた頃ならまだしも、今は皇貴妃が子を成しても、産む事ができたとしても、確実に命を狙われます」

 ふむ。丞相は随分と断定的な口調ですね。そこが気にかかりましたよ。

「そうしそうな人物に、目星をつけていらっしゃる?」

 疑問を口に出せば、丞相の笑みが深まりました。

「ええ。貴妃はどなただとお考えです?」
「さあ? そもそも質問に質問で返されるのは嫌いです。図々しい無賃観客もいるのに、一々それを私が答えて身の危険を更に招く必要。ありませんよ?」
「ほうほう。陛下」

 先ほどから長椅子の端で嫌そうに陛下を見ていた先人が、ある一点。天井付近ですが、そこを睨んでいるのです。美人の睨みは、迫力がありますね。

 丞相の反応からして、殿方二人はお気づきでしたか。

「はぁ、俺かよ」

 陛下は言うが早いかスクッと立ち上がりました。殆ど助走もつけず、いくつかある柱を器用に蹴り飛んで天井へと上昇し……。

――バキッ。

 ……何という事でしょう! 腰の剣を鞘ごと突き上げ、屋根を破壊しやがりましたね?!

 いえ、蹴り飛んだあたりで予想はしておりました。脆い古小屋です。簡単に穴も開くでしょう。最短距離で無賃観客を逃さなくて良い方法です。ですが、ですが……。

 陛下はそのまま天井から外に出ました。二つのドタバタする足音や、ドスッと鈍い音が聞こえ、やがて静かになりました。

 すると今度は丞相がスクッと立ち上がります。陛下の空けた穴の下に移動しましたね。

「陛下、下に落として下さい」

 言うが早いか、全身黒ずくめで顔を隠した何者かが落ちてきます。丞相は軽く速度を殺しつつ、何者かをゴロゴロと綺麗に転がして不時着させます。

 小屋とはいえそれなりに高さがありますからね。気絶した者をそのまま落とすと、死なせかねません。体は一般成人男性程あるので、受け止めるとこちらが怪我をしかねないのです。

 間を置かず、陛下が降りてまいりましたが……。

「陛下、丞相。修繕費用は割り増し請求致しますよ」
「……わかっておる。がめつい小娘め」

 失礼な。先人のお顔の睨みが、なかなかな事になっているのです。修繕以外にやらねばならぬ事が増えたというのに。

 しかし殿方達は先人かわ視えてらっしゃらないご様子。そのような方に説明しても無駄なのです。

 ここは今後も色々と便宜を計っていただく為に、微笑んでおきましょう。

「ふふふ、ありがとうございます。時に、丞相?」
「どうされました?」

 麗人の微笑みには、騙されませんよ。

「天井にいた何者かの存在。わかっていながら私に話を振りましたね。もし答えた上に見逃していれば、私の身に明確なる危険が呼び寄せられましたが、これ、如何に?」
「餌という職務をまっとうして頂こうかと思っただけですよ?」
「左様ですか。では気づいたからには、契約書通りに危険手当の割り増しを請求致します」
「抜け目ないですね。契約書通りに」

 丞相は苦笑して、懐なら金の延べ棒を私に差し出します。

「そもそもわかっていて、捕らえる機会をわざと作って窺ってらっしゃいましたね。準備がよろしいこと。まいどあり」

 もちろん私はニコニコです。延べ棒が追加されました。

「良い笑顔をするような場面ではなかろうに」

 おや、陛下は少し引いてしまいましたか?

 しかし明確な危険に曝された場合、金の延べ棒が手に入る契約です。自己申告制ですが。

 先ほどの問いは、私が何者か――恐らく丞相や陛下の政敵にとって都合が悪い情報を与えるもの。わざと私の命を危険に曝す行為でしたから、当然です。

 丞相は、間違いなく私を試したのです。

 大方、そこの何者かは単なる諜報でしょう。暗殺者であれば、もっと手応えがありそうな音でした。

「小娘のくせに今後、暗殺者が増えるかもしれぬ事態であったのだぞ。恐ろしくないのか」

 そのように仰るなら、早く後宮から追い出して欲しいものです。

 それに暗殺者よりも、今は先人の顔つきに危機感を覚えます。睨み美女から、鬼の形相へと変わっていますよ。

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