書籍化・WEB版【稀代の悪女、三度目の人生で……】(一章)31

「本来塩害対策なんて数年単位で行うものなのにね」
「そうよねえ。3年の中盤から準備し始めたと聞いた時にはびっくりしたわ。実質1年しか無いのだもの。何もなくても成果なんてほぼ出せなかったでしょうね」

 当時を思い出すとどうしても苦笑いが出てしまうわ。

 でも仕方ないとも思うのよ。

 あらゆる面において他の3クラスのようなクラス内外での助け合いが少ないのよね。その上学年が上がるほど馬鹿にされ続けたせいで影を潜めて生活するか、学生生活の維持に必死なのが彼らの特徴だもの。

 各専攻科に分かれる2年目からはクラスとしては特にまとまりがなくなってくるのも特徴ね。

「特にあの時の4年Dクラスは長子が多くて兄姉からの前情報もあまり無かったから焦ったのでしょうね」
「最終学年前の3年間他のクラスから馬鹿にされ続けて引っ込み思案に拍車がかかった学生もいたんでしょ」
「そうよ。その上脳き、いえ、冒険者志望が多くて既に働いているような状態だったり、塩害地域やその近隣の下級貴族が多くて災害の影響を生家がもろに受けていたり、平民で富裕層だけど家業の景気が思わしくなくて手伝っていたり。とてもじゃないけれど一部の引っ込み思案な同級生が最終学年の研究について声を上げるのは難しかったでしょうし、話したとしてもまともに耳も時間も傾けられなかったはずよ」
「学生が学業に専念しきれなかった最たるクラスだね」

 キャスちゃんてば、的確で素敵ね。

 同じ専攻科の他のクラスが最終学年に近づいてきてざわつき始めてから、自分達の置かれた現状をクラス全体が改めて悟るっていう……Dクラスの悪しき習慣を突き詰めた進み方をした、みたいな?

 でもまあ、一部の教師達の働きかけと自分達のクラスに多かった塩害地域やその近隣地域出身者のお陰で研究は塩害をテーマにして動き出そうとはしていたみたい。

 なのに起こった100年に1度レベルの災害。加えてその余波で実質的な被害を受けた土地以外の、2次的な被害が起こっていた近隣の諸事情。

 領主から協力が得られなくなって彼らの卒業研究は方向転換を余儀なくされ、行き詰まったの。

「魔法でどうにかしようとしてたのは無謀だよね」
「それについてはキャスちゃんに激しく同意するわ。何かしらの研究成果が欲しいからって流石に短慮が過ぎるもの」

 脳き、えっと、クラス内の一部の魔法が得意な学生達は魔法で土地を洗浄、なんて広大な土地に実行しようと考えてたみたい。割と本気で。

 そんな事をすれば魔力枯渇でトチ狂っちゃう事を、そんな愚かしい力技を視野に入れようとしてしまうほど焦ったみたいね。

 私と同じ1年生は4年生とは逆に兄や姉を持つ人達が多かったから、同級生がそんな話をしていたのを小耳に挟んだ時には耳を疑ってつい2度聞きしちゃった。

 魔力枯渇はね、それくらいとっても苦しいの。常人が何度もやれば言葉そのままの意味で気が狂ってしまいかねないほどね。

 実は枯渇する度に内包する魔力量は上がるけれど、どれくらい上がるかは個人差が大きいしそんな事は誰も言わないわ。チャレンジするお馬鹿さんが出ても困るし、リスクの方が高すぎるもの。

 だから新入生との共同研究はどうかと提案してもらったの。4年生の弟妹である1年生の方から。私は軽く誘導しただけよ。

 新入生が魔法についての授業を受ける時に必ず最初の時間はたっぷり使って魔力枯渇の注意を受けるの。具体例を出してね。

 だからその直後に塩害に関する古い資料をわざと彼らの眼の前で落としたわ。

 回りくどい方法だけれど、この国の長子ってとにかくプライドが高いの。だから他人の、それも下級生が普通に提案しただけでは4年生は頷かない。

 甘え上手で血の繋がった弟妹があの手この手でお願いするのが成功の鍵よ。

 それに綿を仕入れていると学園祭の補助金は当然だけれど足りないし、仮に足りてもただ仕入れるだけだと売り上げも減るもの。別の所からお金と人手を引っ張って補填できるなら、それにこした事はないじゃない?

 学園の基本理念は平等ではなく、あくまでヒエラルキーが主軸。そこを満たせばやり方次第でそういうのは認められるものなの。兄姉を持つ同級生を誘導していけば、道は開けたわ。

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