AM2:00 PaW
私は信号機の前に立っていた。時刻は深夜二時。私の隣には男の人が一人。何をしているのだろうか。私と一緒だろうか。もしそうだとしたらこんな奇遇は神様が用意したとしか思えない。そうか、人生のツキをここに回してくれたのか。ありがとうございます。さあ、いつにしようか。やっぱりこの人も勇気が出ないのかな…… うん、そうだよね、怖いよね。それなら仕方ない…… また明日にしよう。
「ここ押しボタン式ですよ」これが私なりの延命だ。
彼と会ってからどれくらいが経っただろうか。ずいぶん一緒にいた気もするし、数日だったような気もする。しかし、そんなことはどうだっていいことだ。
私は彼について一つ重大な、致命的な勘違いをしていた。これは私の利己的な期待が生んだ幻想で、彼には何の非もない。私は彼を何一つ理解していなかったし、彼もまた私を何一つ理解していなかった。それだけの話だ。だって私たちは名前すら知らないのだから。
私の勘違いは、彼は私と同じで『自殺』をしにこの横断歩道に立っているのだ、というものだった。今になって思えば完全な幻想であり得ないことだった。でも、あの時の私は何でもいいから何かに縋りたかった。それがたとえ幻想でも……。
私たちは数日間か、数週間二人の悩みなどを打ち明けた。しかし、私は根幹的なことは一つも喋らず、表面的なことだけを彼に語った。彼はどうだったのだろうか。今になっては確認のしようがないが。この期間、私を延命させ続けたのは彼の押すボタンだった。信号が青に変わると何だかもう一日だけ生きていいように感じられた。
そして昨日、彼の言葉が私の誤解を解いた。
「明日、友達と遊びに行くんですよ」と彼は楽しげに語った。
私はあの時どんな顔をしていたのだろう。歩行者信号の赤に照らされた私の顔はおそらく落胆そのものだったはずだ。だって、そうじゃないか、毎日死のうとしている人は次の日の予定を楽しげに語るはずがないんだから。明日はもうないのだから。
夢はいつかは冷めるのだ。そう、これまでの日々は私が生み出した幻想で、神様が最後に見せてくれた夢なんだ。
なら、最後まで…… 見させてよ。
深夜二時を少し過ぎた、彼は私が来ない日はすぐに押しボタンを押して帰る。今日も帰ったのだろう。私は最後までボタンは押せなかった。私は彼に生かしていてもらっていたのだ。
遠くに大型トラックのヘッドライトが見える。その光は私の好きな白いスミレのように見えた。彼はなぜ私が、白のスミレが好き、と言ったのかわかったのだろうか?
ヘッドライトは甲高い音と共に消えていった
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