見出し画像

「血液一滴で診断出来る日」は来るの?~かつて米国にいたインチキ治療医師のお話~

 「血液一滴であらゆる病気を発見できる」。医療技術もそこまで進んだのかと思いきや、この事業に関しては全くの虚偽でした。

 罪深い人だなぁ……ジョブズに憧れるのはいいとして、STAP細胞を発見した人と同じ運命を辿るようでは。

 そうそう、「血液一滴で病気を診断」で即座に思い出したのがアルバート・エイブラムス。かつて18世紀にとんだ医療詐欺を行って大儲けした医師です。日本では過去に『たけし・さんま世紀末超偉人伝説』シリーズで紹介されており、話のインパクトもあってかよく覚えてます。

 エイブラムスの出身地は米・カリフォルニア州。先のホームズと同じなのは何という偶然でしょうか。彼は医師だった父親の影響を受け、欧州に留学までして同じ道を歩むようになりました。なのでニセ医師どころか立派な経歴を持つお医者さんだったですが、どうも「新たな治療法を産み出したい」という考えに固執しすぎた結果、変な方向へ行ってしまったようです。

 最初に考えたという「脊椎療法」はカイロプラクティックをヒントにしたらしく、脊椎を打診すれば脊髄に由来する神経を刺激できるので、そこから内臓の具合を診断したり、治療も可能になる……という、嘘かホントか分からない理屈。「本人も自信が無かった」と紹介されてますが治療法の本まで出してたのをみると、実際どうなんですかね。しかしこれが大当たりした結果、彼はさらなる治療法の研究に邁進し始めるのです。

 エイブラムスが次に目を付けたのは「電子」でした。彼は「電子は全ての生命の基本要素だ」と主張し始めた、って時点で既に怪しさ満点。一時期流行した「タキオン」と同じ風味が漂ってます。そこで彼は「ダイノマイザー」という機械を発明します。これが先に挙げた
「血液一滴から症状を診断できる」
というヤツなんですね。必要なのは患者の血液を吸い込ませた吸取り紙だけ。それどころか患者の筆跡からも症状の診断も可能で、そこから性格までも判定できると主張していたようです。ここまで来るとトンデモもいいとこですが、エイブラムスの研究はなおも進化(?)を遂げていきます。

 そして彼は独自の電子理論からダイノマイザーを発展させた「オシロクラスト」なる機械を考案します。エイブラムスの理屈では、全ての物体には固有の周波数があり、それは病気でも同じで、その周波数を測定すれば診断どころか、外部から同じ周波数をぶつけて病気の源を攻撃することで治療も可能だ……と訴えたのです。
 そんな話に騙される奴がいるのかとお思いでしょうが、今でもなおインチキ臭い治療法に引っかかる人は後を絶ちませんし、ましてや18世紀など医学も発展途上の時代ですから。何よりこの治療法はかの『シャーロック・ホームズ』『失われた世界』で知られるアーサー・コナン・ドイルですら信じてました。もっとも晩年のドイルはオカルト主義者になってて、怪現象をマトモに検証出来ないレベルだったそうですが。
 やがてエイブラムスは「電子医療財団」なる団体を立ち上げ、それまでの地位と経歴をもとに全米の医師や民間療法家に貸し出した結果、莫大な利益を得ました。ここまでくると医師というよりは商売人です。

 もっとも当時から彼の治療法を「疑わしい」と思う人はいたため、擁護派と懐疑派との間で激しい論争が巻き起こり、やがて第三者による調査団が結成されることに。そして様々な検証を行ったものの、最終的には「正確な診断は出来なかった」と判定され、科学誌にその顛末が掲載されたのです。
 エイブラムス本人は調査団から検証への協力を求められたものの、何かにつけて断り、挙げ句自身が立ち上げた団体の冊子に「私は不当に迫害されている」と記すほどでした。

 しかし悪いことはそうそう長く続けられないらしく……先の調査団とは別に、独自に検証してその嘘を証明した人達がいました。そして彼らはエイブラムスに賛同する開業医を次々と訴え始めたのです。エイブラムス本人も裁判の証人として呼ばれたのですが、彼が法廷に立つことはありませんでした。直前にエイブラムスは肺炎にかかり、この世を去ったからです。
 なお「オシロクラスト」には「開封厳禁」との表記があったものの、検証のためいざ開けてみると可変抵抗器を直列に並べただけ(しかも配線デタラメ)という出来の悪いシロモノだったそうで……


 とはいえそれらの治療法が嘘だと判明してからも、エイブラムスの後継者と呼べる医師達が相変わらずその治療法を続けていたそうです。しかし昨今の疫禍で幾多の医療デマが出回っている様子を見てると、このトンデモ発明も笑ってられませんね。トンデモはそうそう止められません。

 それに、いつになるかは分かりませんが、もしかすると本当に血液一滴からでも診断可能になる日が来る……かも。自分がジジイになった時にそんな世界が来てたら面白いんですがね。それまでは、怪しげな話に十分注意しましょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?