2030年はいつでも、どこでも、働ける世界に。テレスペのある1日
SideA)
朝8:00に起きてぼーっとした頭のままコーヒーを淹れる。
大きなカーテンを開けると昨夜の雨は上がっていた。
「今日の予定は…」
コーヒーを片手に音声アシスタントへ声を掛ける
08:30 ミカお見送り
11:00 HRXX朝田さん/ZOOM
12:00 XVT 西村さん/Teams
15:00 説明会/Google
「今日はビデオ会議3つだからテレワークだな」
「カシコマリマシタ」
「けんちゃん!今日はミカのお見送り大丈夫?」
「大丈夫よー予定に入ってた。シャワー浴びてくるわ。」
自分はいま、奥さんのレイちゃんと3歳になる娘のミカちゃんの3人暮らしで八王子に住んでいる。
テレワークが進めば田舎に住めると思っていたんだけれど、結局出社とテレワークは半々ぐらいかな。出社するかは朝起きてからビデオ会議の数や打ち合わせ予定をみて決めるようにしている。
「パパー!おくれちゃう!」
娘に急かされながら急いで支度をして、徒歩で幼稚園へ向かう。
歩いて10分、駅の反対側までのデートだ。
雨上がりの朝は歩いていて気分がいい、そして娘と2人でゆっくりと歩くこの時間も好きだった。
幼稚園で手を振る娘と別れ、Glassの音声アシスタントを立ち上げる。
「今日はどこ空いてるの?」
「一番近くだと駅前のCafeAYAデス。今日は3つの会議があるのでBarCleamの半個室もオススメです」
「じゃあ、クリームで。すぐ向かうよ。」
ヒトは自分専用の音声AIアシスタントを育てている。データに基づいた高度なリコメンドが発達したおかげで、会社のスケジュールや過去の利用履歴から最適なリコメンドをしてくれる。
もう検索や予約は必要ない。
今空いているおすすめに行くだけ。そのことがこんなにも楽だとは思わなかった。
どうして昔は、検索をして予約を入れていたのだろうか?
バークリームの入口は顔認証で文字通り顔パスだ。
先ほど音声アシスタントがチェックインしてくれているから、何もせずに自動ドアが開く。
これで出社が記録された。
さっき音声アシスタントにどこが空いているのか確認していたのは、テレスペという世界中の空席・空室が登録されているシステムを介して、働く場所を探していたのだ。
事前に会社を通して僕の個人情報(顔や名前や所属など)と、会社のスケジューラーや勤怠管理システムとつながっているから、難しいことはよくわからないけれど、音声アシスタントに声をかけるとオススメのスペースを教えてくれて、そこに行くだけで出勤が記録される。顔認証って便利よね。もちろん会社が負担してくれるし。
BarCleamは100人は入る大きなミュージックバーで、2階はカップルが好んで使うソファー席になっていた。
夜しか営業していないから、営業時間外の朝方から夜までまでずっとテレスペに提供しているらしい。
営業時間外が「営業時間」になるなんて、さぞ儲かっていることだろう。
壁際の暖かいコーヒーを手に、2Fのソファー席へ迎い仕事を開始した。
SideB)
目覚ましとともに目を覚ました。
時計に目をやると7:30、これから娘のミカを起こして朝食を作ってちょうどいい時間だった。
「ミカ!朝よ!」
キッチンに立つと音声アシスタントが今日は予定がないから出勤がオススメだと教えてくれる
「OK、今日は出勤で。ミカのお見送りはけんちゃんに。」
「カシコマリマシタ」
支度をして八王子駅から東京駅まで60分、今はテレワークと出勤が半分ずつぐらいにしている。
同僚の中には、全部出勤にしている人も、全部テレワークにしている人もいるが、それはその人の好みだ。
「荒木くんおはよう。今日なんだけど打ち合わせ2つ入れといたから確認しといてー」
「部長、おはようございます、わかりました。」
Glassの音声アシスタントを立ち上げると軽快な声で追加のスケジュールを読み上げてくれる
11:00 丸の内商事田中さん
15:00 新橋物産平野さん
「部長、問題ありません。」
12:00
丸の内で打ち合わせを終えたが次のうち合わせは3時間後の新橋、会社に戻るのもちょっと面倒だからテレワークで済ませることにした。
「これから30分、座れればどこでもいい」
「カシコマリマシタ。目の前の信号角のCafeXXXにチェックインしました」
音声アシスタントでつながっているのはテレスペというシステムらしいけれど、リアルタイムに世界中の空席や空室とつながっているらしい。昔は昼時のカフェなんて空いてなくて1件ずつ探しては満室、という行為を繰り返していたが、今では10秒だ。
カフェに着きゲートに顔を向けて空いている席に座る、顔認証で自分を認識して、さっき音声アシスタントがチェックインしてくれた情報を照合してくれている。帰るときにも顔認証を取られているらしく、ちょうどコインパーキングのように時間を計測して、利用料を取っているらしい。なるほど、たしかにお店にとっては空席が勝手にお金になるし、我々使う側も店に行かなくても空席がわかるし、顔パスで自由に出入りできるのはありがたい。ちなみに、料金はうちの会社が払ってくれている。
その代わりに、今私がここにいることは会社のスケジューラーにも記録され、部長にも知られているのだが。
昼時ということでサンドイッチとカフェラテを注文した。
テレスペ利用中は時間によって利用料を払っているから、飲食物を頼む必要はないのだが、全てのオーダーは2割引になるのでランチを取ることにした。
ちなみにこのサンドイッチ代とカフェラテ代は自腹。
スペースは使い放題、飲食費は自腹、まったく会社というやつは仕事に関係のないものには一切お金を出してくれない。
打ち合わせの内容をまとめてサンドイッチをカフェラテでお腹に押し込んでから、新橋へ向かう。
次の打ち合わせを考えると、出るのはSL広場の方向がいいか。
「これから2時間ぐらい、個室がいい。」
「カシコマリマシタ。目の前のファミリーマート右のカラオケJJで個室にチェックインシマシタ」
(これだけ便利なシステムが使えるんだから、サンドイッチ代ぐらいは自腹でもしょうがないか)
そう思いながらカラオケ屋JJを目指す。
ここのソファーとインテリアが大人仕様で大好きなお店だった。
私の好みや利用履歴を全部知ってくれてその上で、最適なリコメンドを出してくれるテレスペが大好きだ。
SideC)
時計を見ると15:00だった。
「そろそろ起きるか。。。」
店を開けるのは18:00だからそれまでは自宅でゆっくり過ごすのがいつもの日課だ。
風呂をため、筋肉むき出しの大きな体を浴槽へ沈める。
「今日の売上どーよー?」
「テレスペで25名利用、予想収益は18000円です」
まあまあだな。
自分が経営しているBarCleamは18:00から5:00まで営業している大きなミュージックバーなのだが、家賃が高く人件費もあるために固定費が高いことが悩みだった。
台風や地震、その他どうしようもない影響で月に3日ぐらい営業できない日があると利益が吹っ飛ぶような、そんな危ない経営だった。
テレスペは、お店の営業中の空席と、営業時間外の時間を勝手に使って収益を出してくれるシステムらしい。
詳細はよくわかっていないのだが、テレワーク?という働く場所を探している人に机と椅子を提供すると200円とか800円とか時間に応じて収益がもらえる仕組みだ。1回あたりは数百円だけれど、毎月40-50万をもたらしてくれる。はっきり言って、家賃はそこから払えている。
こうしてゆっくり風呂に浸かっている時間もお店がお金を生み出してくれている。
しかも、人件費0で、だ。
多少の光熱費や水の提供などの手間はあるが、いい時代になったもんだ。
最近は、昼の2時間だけ、ランチでパスタを出すようにした。
スタッフのシュウジが車で事故りやがって、修理代が欲しいからシフトを増やしてくれと頼まれたのだ。
昼の時間自由に使っていいから、自分で稼ぎやがれ!
そう伝えたはいいものの、どうも毎日20食ぐらい売って好評らしい。
まあ、確かに店で仕事してるならそのまま中でメシ食いたいわな。
うちの店で仕事している連中は会社に行かなくてもクビにならないのだろうか?
俺の知ったことじゃないけれど。
SideD)
「Tokyo 久しぶり。」
金曜日夜19時、羽田空港に着いたジェシカはシンガポールからふらっとTokyoに遊びに来ていた。
たまの休暇に、何も決めずにふらっと短い旅をするのが彼女の息抜き方法だった。
慣れた様子で電車を使って品川まで出る。
「どこに行こうかな、、とりあえず渋谷で降りようかな。」
行くあてもなく自由な時間と、普段と違うTokyoという町の空気を堪能する。
渋谷で降りてスクランブル交差点の夜景を目にした時には、体の中のストレスや疲れがスーッと抜けていくような脱力感に包まれた。
戻ってきた感がある。そして、自由だ。
「2時間ぐらいカフェで休憩」
「カシコマリマシタ、100メートル先のラウンジにチェックインしました。ナビで案内します。」
「ありがとー」
まったく音声アシスタントというやつは便利すぎる。
何もわからない異国でも、いつもと同じ様にいつでもどこかの空席を抑えてくれるのだから。
空席にいきなりチェックインさせてくれるアプリはテレスペ。
元々は、街中で空いているワークスペースを予約なしで使えるという仕事用のアプリだったらしいんだけど、私も友人もみんなカフェやホテルを探すのに使ってる。
検索とか予約とかめんどくさくて、今こうしたい!という欲求に対して今すぐチェックインしてくれる好きなアプリだ。実は今日の宿も決めていない。
ラウンジまでのナビを済ませてくれた音声ガイドに感謝しながら、ゲートをくぐり空いた席に座る。
ノートPCを開き、あらゆる電子機器を充電しながら、急ぎの仕事がないか対応していく。
ついでに、Tokyoで行きたかったレストランやスポットも確認する。
「2時間ぐらいガイドとデートしようかな。お酒飲んで音楽聞けるとこ。私の好きそーな感じで。」
「カシコマリマシタ。40分後にココに来ます。」
「初めまして、ジェシカさんですか?ガイドのシュウジです。」
「そーです!よろしくお願いします。データ飛んでます?」
「大丈夫です!じゃあミュージックバーでかるく飲んで、それからクラブへ行く2時間にしましょう!」
「Cleamって今空いてる?2人で」
「アイテイマス。2F奥の席を確保しました。」
まったく音声ガイドというやつは本当に便利だ。
これだけで入店時の顔認証で自動的に確保した席へ案内してくれる。
たまには気に入らないリコメンドもあるけれど、それをフィードバックして蓄積することで俺よりも俺のことがわかってくれる様になる。
「かんぱーい!」
「普段、この店で働いてるんだ。今日は休みなんだけど。」
「ふふふ。さっきデータ来てたよ!休みの日はガイドしてるの?」
「そうそう、いろんな人に会えるのも楽しいし、英語話す機会にもなるし。」
「クラブ、どんなとこがいいかな?」
「ジェシカの履歴は繋いでおいたから、きっと好みのとこに連れて行ってくれるさ。」
「そーだよね!ねえ、シュウジが作ったパスタ食べたいな。」
「あはは、データ飛んでたか。いいよちょっと待ってて。実は準備する様にキッチンに言っておいたから作ってくるよ」
それから2人でカルボナーラを食べ、テレスペでクラブへチェックインした。
あっという間の2時間だった。
「ソロソロ時間にナリマス」
音声アシスタントがそう告げた時、時計は25時を指していた
「シュウジ、ありがとう。今日は久しぶりの東京で楽しかった。」
「こちらこそありがとうございました。この後は?ホテルまで送っていくけど?」
「ありがと!まだホテル決めてないのよね。ちょっと待って」
「いまから泊まれるホテル」
「近くのイースタンホテルが半額の5000円で空いています」
「それで」
「チェックインしました」
「シュウジ、イースタンホテルってわかる?」
「おお、歩いていけるよ!こっち」
2人で歩きながらジェシカは自由な1日を振り返って満足していた。
「ねえシュウジ?自由っていいよね。何も決めずにTokyoきてさ、お店もホテルも全部予約するんじゃなくて、その場の欲求にストレートに決めてさ。」
「いま、何をしたいか?だよね。検索とか予約とか疲れちゃうし、今空いているものを今使えたら、それがいいかな。自由で。ジェシカも何も決めずにこっち来たんでしょ?」
(そう。大事なのは、いま何をしたいか、だよね。。)
シュウジには聞こえないぐらいの小さな声でそう呟いた。実は帰ると言いながらも今日の最高の1日を思い出していたら、このままホテルで1人になるのがちょっと寂しくなってきた。もう1杯ぐらい、2杯ぐらい、ホテルのバーか部屋で飲んでもいい様な気がする。久しぶりのTokyoなんだから。
「ねえ…シュウジは今、何をしたいの?」
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