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【漫画原作】フットモンキー ~ FooT MoNKeY ~ 第13回

#創作大賞2024 #漫画原作部門 #小説 #長編小説 #感動

現在バランサーズは昴と瑞希が練習に参加しておらず、連絡も取れない状況であった。

友助は保の説得があり、昴が居ないAFC開催中だけ、練習に参加していたのだが、その状況でモチベーションが上がるはずもなかった。そんな中、キャプテンである保は、苦境を打破するために皆に発破を掛ける。

「よ~し、みんな。次のソウルフラーズ戦は、絶対に落とせない試合だからな!」

「「お~!!」」

「気合い入れて行くぞ!!」

 だが、それを聞いた蓮は、よろよろと、その場にへたりこんでしまった。

「もうムリだよ。友助が累積退場で、昴さんは行方不明。次の試合は予報で雨」

「弱気になるな!正念場でこそ、チームの真価が問われるんだ」

「え~でも僕の所為せいじゃないし。それになんで最終戦がチャンピオンズとなんですか。ベストメンバーでも勝てるか分かんないってのに、もう棄権きけんしたいよ~」

「バカ言うな!勝てば東海大会に行けるんだし、何より相手に失礼だ。最後までやってみないと分かんねーだろ。根性みせろよ!」

 それから練習が終わって皆で話をしていると、保の携帯にメールが入った。

そのメールを見て、保が顔色を変えて皆に報告する。

「今、昴から連絡があって、練習に参加したいって」

「昴さん!やっと戻ってきてくれるんですね!」

 複雑な心境だが、喜びが勝っているような蓮の言葉を余所に、友助は冷めてしまっていたようだ。

「じゃ、僕はこれで退団ってことで」

「待て待て。お互いが謝れば、済む話だろ?」

「僕は絶対に謝んないですよ。向こうが悪いんだし」

「う~ん、それはそうだな。けど、昴が謝って来るかもしれないだろ」

「あの人、謝ったりするんですか?」

「――しないな」

「じゃ、退団ってことで」

「まあそう言うなよ。何か方法を考えるからよ」

 それから保は、少しの間思考を巡らせたが、いいアイデアが浮かばないようだった。

「あの僕、家が三島に近いんですけどーー」

「!!。けど、次の対戦相手だぞ?」

「まあそうですけど、練習に参加させてもらえるよう頼んでみてもらえないですか?」

「ソウルフラーズ。ニコラスかーー」

「友達なんですよね?ニコラスさんて、どんな人なんですか?」

「ん?ロシア人でよ。身長2mくらいあって氷山のような奴なんだ」

「外国の方ならフレンドリーに接してくれるんじゃないですか。こんな時ですし」

「そうだな。ちょっと電話掛けてみるよ。けど期待すんなよ、土台無茶な話なんだし」

「はい、よろしくお願いします」

 保が電話を掛けると、久々なこともあって、少々会話が長引いたようであった。

「悪りい、長くなったな」

「で、どうだったんですか?」

「いいってよ。まったく、お人好しだなアイツは」

 それから2日後、友助は教わった場所へと足を運び、そこに居た凍郷とうごうという名の選手にニコラスを呼んでもらって、挨拶をすることにした。

「あれ?この人なんですか?」

「そうだよ、ニコラス。自分で呼んだんだろ?」

「ニコラスさんって日本人なんですか?なんか聞いてた人と違うようなーー」

「ああ、ニコラスってのはあだ名でさ。苗字がこらすだから、そう呼ばれてんだよ」

「そうだったんですね!すみません、ロシア人って聞いてたもんだから」

それを聞いて、チーム内で小さな笑いが起った。

「そういうことか。福祖ふくその奴、いい加減なこと言いやがって」

 それから一緒に練習をして、凝は穏やかだが、芯のしっかりした人物であるといった印象であった。他のチームで練習するのは、やはり友助にとって良い刺激になっており、話を進めるうちに、自ずと昴の話題となった。

「スゲエよな、あいつのーー『ジンガ』」

「えっ!?あれって、そんな名前あるんですか?」

「そうだよ。なんだ、お前のチームの奴らは知らなかったのか?」

「そうだったんですね。僕らアレ、ふらふらフェイントって呼んでました」

「はははは。お前らホントおもしれえな」

 友助はなんだか、ソウルフラーズの雰囲気に馴染なじんできてしまったようだ。

「あーあ。もう一層のこと、ソウルフラーズに入っちゃおうかな」

「はははは。ウチはいいけど、お前んとこのチームは、それで納得しねえだろ」

「どうかな。俺、入ってまだ一年経ってないですし、案外その方が丸く収まるかもしれないっすよ」

「何言ってんだよ。チームメイトってのは、そんな簡単に変えられるようなもんじゃねえだろ?絆ってもんがあるじゃねえか」

「絆――か」

「なに家出少女みたいな顔してんだよ、仲間だろ。そろそろチームに戻ってやれよ」

 保から事情を聞いていたのだろう、凝はそれとなくさとしてくれた。だが当の友助は、結局試合の日までチームに戻ろうとはせず、ソウルフラーズの練習に参加し続けた。



 そして迎えた本日11月17日は気迫のチーム、三島ソウルフラーズとの試合の日である。桃色のユニフォームが耽美たんびな彼らは、毎回決まった練習場が確保できず、ホームグラウンドと呼べるものがなかった。生憎あいにくの雨天でザーザー降りの中での対戦となる。

友助の居ないバランサーズは、やはり精彩せいさいを欠いており、保は昴にくぎを刺す。

「分かってるよな、昴。お前もチームも、もう後がないんだぞ」

「ああ、分かってるって。勝つしかないよね」

「そうだ。チームを救えるのは、エースのお前しか居ないんだ」

「保さんーーありがとう」

「礼は得点で返してくれ」

「うん。俺、やってみるよ!」

 そう言った昴の表情には、久々に笑みが戻っていた。雨天のため、開始するかどうか少し審議がなされた後、予定より5分遅れで試合が始められると、凝はぬかるんだ地面を嘲笑あざわらうかのように大きく両手を広げ、勢いよくオフェンスに転じてきた。

この日アラができるプレーヤーが少ないからとマッチアップしていた蓮を抜き去り、先制点を決めたかに思えた。だが、放たれたシュートはぬかるんだ地面との間で威力が出ておらず、味蕾はこのイージーシュートを、いとも簡単に止めてしまった。

それからバランサーズの攻撃に移り、保、蓮の連携でオフェンスを進め、蓮が、昴が蹴りやすいように大きくループしたアシストを蹴りだした。これを昴が綺麗に合わせ、先制点とした。

ソウルフラーズに攻撃が移ると、凝がフェイントを掛け、一気に蓮を抜き去り、もう一人のアラ凌駕に強めのフィードを出した。凝のこの『スクープターン』は、ボールを足で引っ掛けて反転し、一気に相手の前に出るという技である。だがこれは保のカバーに阻まれ、シュートまで行くことができなかった。

「う~ん、噛み合わないな~」

「悪い、ニコラス」

「いいっていいって。また撃てばいいだろ?」

凝は、その実力から、他のチームにスカウトされたことが何度もあったのだが、そのソウルフラーズ愛から、打診されたものを全て断っていた。自分の好きな仲間と好きなチームで勝つ。それが凝の信条であり、彼はそのことにプライドを持っていた。

それからバランサーズの攻めを受けたソウルフラーズは2点の追加点を許し、試合は3対0と一方的な展開となる。だがソウルフラーズは、凛藤(りんどう)のフィードから凝がボールを受け、再度スクープターンで蓮を抜き去ったところ、保がフォローに入る。

デジャヴかと思われたのだが、降りしきる雨の中でピッチが滑りやすくなっており、これに足を取られた保が大きく転んでしまうと、凝がその隙を見逃す筈もなく、強烈なシュートを放って来た。これが見事、バランサーズゴールに突き刺さり、得点となる。そして、ここで3対1となったところで、前半が終了した。

後半が開始されると、桃色のオシャレなボウシが特徴的なゴレイロ凍郷が出す合図に対し、他の選手たちが濡らした唇を開いて独特の音を出して呼応していた。

「ア・オー、ア・オー」

「ポクポク、ポクポク」

“なんかのサインだな。雨用に声が通りにくいことを想定してたのか”

 昴は、その用意周到な作戦に大変感心していた。それからソウルフラーズは、執拗にシュートを連発して来たのだが、どうも似たようなパターンが増えたように感じた。

冴木さえき凌駕りょうが、凛藤。凝にボール集めるぞ』というのがこのサインの内容であり、実践した結果、シュートまでの形は作れていたが、単調な攻撃になりつつもあった。ソウルフラーズは果敢にゴールに挑んではいるのだが、その実力差からバランサーズの攻撃を止めることがことができず、5対1まで点差を広げられていた。

 その後、昴のジンガからの得点で6対1とされたソウルフラーズは冴気のヘディングでのピヴォ当てで押し返したボールから、凝が渾身のスクープターンで、シュートまで持って行こうと試みた。だが、これは後ろから追いついた昴に阻まれ、惜しくも倒されてしまった。

 このプレーでソウルフラーズ側のPKとなり、凝が蹴ることになったのだが、凝は、ボールを置いてから3.5秒間、時間目一杯蹴ろうとしなかった。この『ジラース』と呼ばれる戦術は、PKの際に戦況を有利にするための遅延行為である。

雨天の為ぬかるんだ地面からでは動きが読みやすいため、凝はタイミングをズラして蹴ることにしたようだ。放たれたシュートは、見事ゴールに吸い込まれて行った。

残り時間はあと僅か。誰の目から見ても、勝敗は決していた。だがそんな中で、一際大きな声を上げている人物がいた。

「諦めるな、絶対に勝負を投げるんじゃねえ!!」

「凝さん――」

6対2。到底敵うような点差ではなかった。

だが、彼は決して諦めなかった。チームを、勝ちを、疑うことなく挑み続けて来た。その不屈の闘志を見て、昴は自らの在り方に疑念を覚えたのであった。



 同日、ベンチに居ても気まずいだけだからと、友助は先日と同じ河原を散歩していた。ゆっくりと歩いていたところ、突然一人の男が近づいて来た。レインコートにフードを被っており、顔はよく見えなかったが、見知らぬ人物であった。

「本郷 友助だな?」

「そーっすけど、誰ですかアンタ?」

「俺と1on1で勝負しろ」

「えっ!?何ですかいきなり。いいですけど、質問に答えてくださいよ」

「俺に勝てたら教えてやるよ。勝てなかったら、俺の言うことをなんでも一つ聞いてもらう」

「へえー。おもしろいなソレ。そーとー自身あるんすね。いいですよ、後悔させてあげますね」

 それから一戦交えたが、この人物は相当な実力者であるようだ。

「4対4で引き分けか。さすが、無鉄砲に挑んで来るだけのことはありますね」

「いいもん持ってんなお前。これで2回目だよ。1on1で引き分けたのは」

「アンタでも勝てない人って居るんだね。俺より上手いのその人?」

「俺は今日ソイツのためにここへ来た。約束したよな?俺に『勝てなかったら』言うことを聞くって。荒木 勘九郎だ。バランサーズに戻ってもらうぞ」

それを聞いて友助は察しが付いたようだ。

「お断りですね。あのクソ野郎とプレーするくらいなら、サッカー辞めた方がマシだ。なんであんなヤツの肩を持つんですか?」

「ちょっと長くなるけどいいか?」

「このあと見たいテレビがあるから、それまでなら」

「よし分かった、手短にだな」

そう言うと勘九郎は、友助のそばに腰を下ろした。

「俺とアイツは高校まで同級生で、いわゆる幼ななじみなんだ」

「それなら、俺の先輩な訳ですね」

「お前も歓応私塾高か?なら、滝川先生は知ってるよな」

「はい、もちろん。顧問の先生でしたし。ってか、知らないんですか?バランサーズは歓応私塾高で落ちこぼれた人の集まりなんですよ」

「そうなのか!?そういえば、みんな滝川先生のことを知ってたな。それより、元はと言えば、この話は10年前の都大会決勝での『ある事件』が発端となっているんだ」

「それって確か負けちゃった試合ですよね?昴さんが最後にシュートを撃てなくて」

「そう、その話だ。あの時、俺がアイツを支えられてさえいればーー」

「けど、それなら勘九郎さんが悪いわけじゃないんじゃないですか?」

「違う、俺が悪いんだ。俺のせいでアイツはプロになれなくなってしまって」

「どういうことなんですか?昴さんって、プロになるチャンスがあったんですか?」

「断っちまったんだ。ドラフトを受けたくないって言って」

「??。なんでソレで 『俺が悪い』になるんですか?」

「本当はアイツがプロになるはずだったんだ」

「話すの下手ですね、筋トレばっかしてきたようなタイプなんですか?」

「――。お前はわりとズケズケものを言うタイプなんだな」

「まあ公務員なんでね、技術屋ですけど」

「アイツは席を空けてくれたんだ、後がない俺のために。当時俺は親の事業が失敗して大学に通うだけの金がなくなっちまったんだ。それでプロになる枠がチームで1つだけだったこともあって、アイツはドラフトを辞退したんだ」

「そうだったのか。それで――その後どうなったんです?」

「その後、アイツは大学に進学して、俺は先生のツテで高卒で消防士になったんだ」

「なるほど。でも、それだと消防士になったのが説明つかないんですけど」

「瑞希だよ。アイツが俺に本当の事を教えたんだ。二人の為にって。けど、それで俺がアイツを説得しようとしたら、二人とも意固地になって、ドラフトを拒否するように

なっちまって。そしたらプロの団体から、やる気がないヤツは要らないって言われて」

「――二人とも要領悪そうですもんね。単細胞っていうか脳筋って言うか」

「お前もうちょっと言葉に気を付けないと、いつか誰かにやられるぞ」

「大丈夫です、人を見て言ってるんで。それはそうと、そろそろ話してくださいよ。

10年前、都大会決勝で何があったのかを――」

「そうだな。お前になら、この話をしてもいいだろう」

そう言って勘九郎は、ためらいがちに重い口を開いた。

10年前の観歓応私塾高校サッカー部はいわゆる全盛期を迎えており、都内でも優勝候補の筆頭としてその名をとどろかせていた。その強さの所以ゆえんは県外から特別講師として呼び寄せられた顧問の指導力と、ある優秀な一人の選手の活躍によるものであった。

「今年は行けるぞ」

「なんたってウチには、最強エースの窪田が居るんだからな」

「ネバーギブアップだ!いい言葉だろ?覚えとけよ、みんな」

「ワンフォーオール、オールフォーワンだ」

「これはラグビーの概念だが、俺はサッカーでも通用すると思っている。一人はみんなの為に、みんなは一人の為に、全員サッカーだ!!」

 これは顧問の滝川の信条であり、このチームのスローガンでもあった。

「さあ行くぞ!目指すは最高の舞台、全国大会だ!」

そして迎えた決勝当日、滝川はどこか浮かない顔をしている。

「今日のトップ下は堺で行く」それを聞いた昴は、動揺を隠し切れない。

「先生、どういうことですか?窪田は?窪田はなぜ来ていないんですか?」

「試合前だが、隠せるような話でもないよな。窪田は今日事故に遭って今、手術中だ。命に別状はないんだが、問題は――」みんな固唾かたずを飲んで見守っている。

「怪我をしたのが左脚でな。治るのに相当な時間が掛かるらしい。最悪、一生サッカーができなくなるかもしれん」

「そんな――なんでアイツがそんな目に!!」勘九郎は声を荒げる。

「取り乱すな。何の為に今日まで死ぬ思いでやって来たと思ってるんだ?窪田の思いを無駄にするな。みんなで全国の舞台に連れて行ってやろう!!」

そこまで話を聞いて、友助は少しうんざりしたように溜め息をついた。

「で――負けちゃった訳ですね」

「そう。みんな上手かったんだが、俺たちガキの頃から一緒にやっててさ。精神的支柱が抜けちまったのが、痛いのなんのって。フォーメーションもいつもと違うだろ。もう悲しいくらいガタガタでさ」

「意外ですね。昴さんと勘九郎さんだけでも、十分勝てそうなのに。それに、二人より上手い人が居たなんてのも信じられないですけど」

「いや、あいつは紛れもなく本物の『天才』だった。怪我さえなければ、日本代表で

10番を約束されていた、とんでもないヤツだったんだ」

「知らなかった。そんな凄い人が歓応私塾高に居たんですね」

「知らねえのか?中だよ。事故で足がオシャカになっちまうまで、アイツは10番以外つけたことなんかなかったんだ」

「えっ!?あっそうか、中さんって、窪田って苗字でしたね。そんな凄い人だったとはーーあんなにいつもボーっとしてるのに」

「サッカーばっかやってるようなヤツは、ボール追ってるだけだから意外と喋んねーもんなんだよ。軸足が折れて威力が下がってはいるが、俺はアイツがシュートを外すのを見たことがねえ」

「そういえば俺もないっすね。へえー、人は見かけによらないんだな」

 それから友助はゆっくりと立ち上がると、尻に着いた土を払った。

「ああ、もう放送時間に間に合わないな」

「なにっ!?それなら途中で話をさえぎればよかったのに」

「話の腰を折るのが嫌いでね」

「すまなかったな」

「いいですよ、それより今からあのクソ野郎と話をつけに行ってきますよ」

「ありがとな、友助」

「殴り合いになっても止めないでくださいよ」

「止めねえよ。昨日俺がそーなったのに、今さらそんなことできっかよ」

「ははっ。おもしろいねアンタ」

 初対面ではあったが、友助は勘九郎となら上手くやっていけそうな予感がした。



 それから勘九郎とソウルフラーズとの試合会場へ行くと、ちょうど試合が終わった所で二人してバランサーズの選手たちの下へ近づいて行った。ソウルフラーズとの練習でちょっと恥をかいた友助は、冗談半分で保に文句を言う。

「ちょっと、嘘つかないでくださいよ!バリバリ日本人だったじゃないですか」

「ははは。悪りい、本気にしてたのか。けど、ロシア人以外はホントだったろ」

「まあ、そうですけど。めちゃくちゃ恥かいちゃったじゃないですか」

それから保は急に真剣な表情になり、落ち着いたように友助に言葉を掛けた。

「友助、戻ってきてくれたんだな」

「はい、これでもバランサーズの一員ですから」

 それを聞いた昴は怒ったように友助をにらみつけると、鋭く一言言い放った。

「別に戻って来なくてもよかったよ」

「昴さん、それはないんじゃないですか?」

「なんだよお前。後輩の癖に!」

「後輩だってなんだって、許せないものは許せないんですよ」

「うるさいな」

「瑞希さんに謝ってくださいよ」

「もういいよ、あんな安い女」

本心とは裏腹に、穢い言葉が口を突く。

「――取り消せよ」

「なんだよ」

「今の言葉は許せねえって言ってんだよ!!」

 普段から滅多に怒ることのない友助も、この発言は見過ごせなかったようだ。

「俺はプロになれなかったんだ!!」

「それくらいで泣き言かよ?瑞希さんが、どんな思いでアンタについて行ってたかも知らないくせに」

「なんだと!!お前には分かるってのかよ?」

「分かるさ。昨日話してみて、瑞希さんがどれだけアンタのことを大事に想ってるか。アンタには勿体ないくらいだよ。アンタは結局『自分のことしか考えてない』んだ」

「うっ――」

「別れた日のこと、どう思ってんだよ!?瑞希さんに申し訳ないと思わねえのかよ」

あの日のことを思い出した昴は、自然と目に涙を浮かべていた。

「今でも後悔してる――抱きしめればよかった、キスしたらよかった、撫でてあげたらよかった、大好きだって――言ってあげればよかった。けど、それ以上にもう傷つけたくないと思ったんだ」

 泣いても、もうどうにもならない。分かってはいるのだが、昂ってくる感情を抑えることができないでいた。この言葉を受けて勘九郎が口を挟む。

「だったら、それを瑞希に言ってやれよ!普段、お前がどれほど大事に想ってるのか、どれだけアイツを失いたくないのかを」

「勘九郎。どうしてお前は、そこまで言ってくれるんだよ?」

「俺も瑞希が好きだったんだ。冬美と出会えた今だからこそ言える。あの時は、横恋慕してるなんて言えなかったけどな」勘九郎は少し恨めしそうにそう言った。

「プロになる夢も、好きな女も、結局は取られちまったけど、お前には幸せになってほしいと思ってるんだ」

「幸せになんてなれないよ。俺にはもう、瑞希に認めてもらう資格なんてないんだ」

「認められるんじゃない、認めさせるんだ。いつだって実力でねじ伏せてきただろ?これからだってそーだ。お前ならできるって」

「フットサルにプロはねーんだ。いくら頑張ったってムダなんだよ」

5年後の2007年に日本初のプロチームが結成されるまで、日本にはフットサルでプロ契約を結んでいる選手は居なかった。

「なあ、もういいだろ。いつまでねてんだよ」勘九郎は諭すようにそう言った。

「一回負けたらもう終わりか?それはお前が望んだ人生だったのか?」

滝川先生と同じ言葉を言われ、昴は思わず言葉に詰まった。

「人に見せるための努力じゃ、上手くはなれねーよ。自分が強くなりたいって、誰かを越えたいって、そーじゃないとダメになっちまうよ!!」

「もういいんだ、終わったんだ何もかも」

「それじゃ、なんのためにサッカーやってんだよ?」

「それはーーサッカーが好きだからだよ!!」

「だったら、なんでもっと努力しない?熱くならない?」

「もういいじゃないっすか。腐っちまったんすよソイツ」

そばで聞いていた友助は、吐き捨てるようにそう言った。

「お前、弱ってる時だからって、ちょーしこいてんじゃねーぞ」

 それを見ていた保は、重苦しい空気に耐えかねたようだ。

「もう限界だよ。俺にはもう昴にはチームを辞めてもらいたい。そーだよな、蓮」

側でじっと話を聞いていた連はおもむろに口を開いた。

「俺は、昴さんには辞めてほしくない。保さん言いましたよね?全員でチームだって、落ちこぼれを作らないんだって。昴さんは技術的には一番だけど精神的にはまだ未熟な部分もあるんじゃないのかな。いいんですか?要らないからって簡単に辞めさせて」 

それを聞いて、勘九郎は嬉しそうに言葉を加えた。

「その通りだ、よく言ってくれた。どうだ、一つ賭けてみないか?」

「賭けてみるってどんな?」保が興味ありげに聞く。

「次の試合でチャンピオンズに勝って東海大会に行けたら、全員殴りたい奴を一発ずつ殴って、それで終わりにする」

「行けなかったら?」友助が不機嫌そうに聞いた。

「俺が責任を持って昴を辞めさせる。今、チームに一番迷惑を掛けてんのはコイツだからな」

「よし分かった。俺らの為にここまでしてくれた人が言うんだ。これで手を打つとしようぜ」保は努めて元気よく振る舞っていた。

「しょうがねーなー。今回だけっすよ」友助も賛同の意を表す。

「ぼ「よーし、そうと決まれば練習、練習」蓮も努めて明るく意欲を示した。

この日昴は、初めてチームの温かみに触れたような気がした。

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第十四回 https://note.com/aquarius12/n/n35c956fb171b