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【お花見note】夏との距離

容赦なく照りつける日差しが、夏の訪れを知らせていた。わずか15分足らずの距離とはいえ、自転車を漕ぐ身体からは止まることなく汗が流れ続ける。

自動販売機が目に入った途端、無性に喉の渇きを覚えた僕は、迷うことなくそのボタンに手を伸ばした。一瞬自転車に足をかけた僕は、思い直したようにハンドルから手を離すと、木陰となった神社の石段に腰掛け、勢いよくコーラを流し込んだ。鳴り響くセミの声が、再び日向に向かうのを億劫に感じさせる。

__ヴーッヴーッ

どのくらいボーッとしていたのだろうか。太ももの辺りに振動を感じ、ポケットから携帯を取り出した。画面には「ひまわり」の文字が並んでいる。僕は携帯をそのままポケットに仕舞うと、意を決して自転車に跨った。肌を焼くような日差しが痛い。

ばあちゃんが営む喫茶店「ひまわり」は、神社からわずか数分のところにあった。喫茶店からは、一面に広がるひまわり畑が見ることができ、夏の時期には電車とバスを乗り継いで、わざわざ訪れる人も少なくない。この日も店内は、大勢のお客さんで賑わっていた。

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「おっそい!何してたのよ」

エプロンをつけた従姉妹の千夏が、こちらをキッと睨みつけている。じいちゃんが亡くなってから、ばあちゃんは1人でこの店を切り盛りしていた。孫である僕たちが繁忙期の喫茶店を手伝うことは、いつのまにか恒例行事となっていて、僕の担当は皿洗いだった。シンクに目を向けてみれば、案の定グラスや皿がビッシリと並べられている。

「祐ちゃん、来てくれてありがとねえ」

忙しそうに手を動かしていたばあちゃんは、僕の姿を確認すると優しい笑顔をこちらに向けた。

「おばあちゃん、クリームソーダ3つお願い!」

ホールの仕事を担っている千夏は、キッチンとお客さんの間を忙しなく行き来していた。ニコニコと愛想を振りまく千夏だが、僕にはあまり笑顔を見せない。

それは数年前、おばさんが高校生になったばかりの千夏に「あなたのファーストキスは祐ちゃんなのよ」なんてことを面白おかしく告げたのが始まりだった。所詮は子供のやったこと。恋愛感情の存在も知らない頃のことなのだ。当の本人たちは何も覚えていないというのに、「ファーストキス」という響きが、僕にも妙に罪悪感を抱かせた。

「ちーちゃんも祐ちゃんも、これ飲んで休んでね。ありがとう」

夕暮れが近付き、賑わっていた店内が静かになった頃、ばあちゃんはそう言って僕たちにクリームソーダを差し出した。それまでも散々目にしていたはずなのに、鮮やかな緑色のそれに妙に目を奪われる。

「お店もう閉めるから、あっちの席で飲んでいいのよ」

大きな窓からひまわり畑が見渡せるその席は、幼い頃から僕と千夏の特等席だった。何も言わずにひとりで席に向かう千夏を僕はそっと追いかける。

「そうそう、忘れてたわ。これも上に乗せなくちゃね」

特別バージョンよなんて言いながら、ばあちゃんはアイスクリームの上に赤い果実をトッピングした。サクランボではない、それは星型に切られた真っ赤なスイカだった。

「わあ!!!可愛い!おばあちゃん、すごい!ねえ、祐ちゃん!」

久しぶりに僕に向けられた千夏の笑顔は、昔と変わらず、眩しいくらいに輝いていた。

「お前、そんなんだからいつまでも子供って言われるんだよ」

「なによ!2つしか変わらないくせに、歳上ぶって偉そうに」

頬を膨らます千夏のグラスに、僕は星型のそれをそっと乗せる。

「わ、いいの?!」

まるで百面相のようにコロコロと表情を変える千夏を見て、僕は思わずプッと吹き出した。

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窓の向こうでは、昔と変わらない無数の向日葵が優しく僕たちを見守っていた。

***

夏のお花見企画。企画者である私も、物語を書いてみました!夏を感じさせるひまわりは、桜の花とはまた違った存在感があるお花なので、物語の中でどんな風に登場させるかすごく悩んでしまいました。

なんとか、ようやく書き終えたこの作品。「夏」に広がる独特な雰囲気をふんわりと感じてもらえたら嬉しいなと思っています。

お花見企画は、2021年8月15日(日)正午まで募集しております!まだまだ皆さまからのご参加、お待ちしております :)🌻

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