「アート」が「セラピー」であるために大切にしたいこと
「アートセラピー」は「アート(視覚芸術)」+「セラピー(心理療法)」の造語です。初めて「アートセラピー」という言葉を用いたのは、1940年代英国のアーティスト、エイドリアン・ヒルとされています。結核患者との活動の中で、描画が治療に応用できる点に注目してこの名で呼んだとされます。
イギリス、アメリカでは1960年代には学会が設立され、その後のアートセラピーの発展とアートセラピストの育成、資格整備などに重要な役割を果たしてきました。
日本はというと、2023年現在、欧米のアートセラピーに準ずる修士レベルのトレーニング機関や学術団体はほぼ皆無であり、独自のカリキュラムによる養成講座が濫立している状況です。
また、アートセラピーという言葉が一人歩きして、誰でも「アートセラピスト」を名乗り、「アートセラピー」ができる状況となっています。
この点は、日本における「カウンセリング」にも共通して言えることでしょう。
そもそも私たちが使う「セラピー」という言葉自体、日本では曖昧なニュアンスで使われています。一般的な辞書で調べてみると、
心理療法(サイコセラピー)はというと、
心理療法の種類や歴史についての解説は、心理臨床大辞典等の専門の辞典を参照する必要がありますが、SNSなどでよく目にする「セラピー」は上記の"療法""心理療法"の意味合いに比べて、より軽いニュアンスで使われていて、いわば、なんでもセラピーとなりうる状況であると思います。
「受ける本人が効果を感じられればいい」「堅苦しくない方がいい」という考えもあるでしょう。
「そもそもアートセラピーを心理療法として提供していない」というケースが多いように思います。
セラピーの定義や捉え方は人それぞれかもしれません。
ここからは、特に「セラピー」の境界が曖昧なアートセラピーに長年関わってきた私の私見です。
アートセラピーが“心理療法としてのセラピー”であるために大切だと思うこと、書いてみたいと思います。
①心理療法には、理論と研究が大事
「何が、どう作用して、どんな効果がでるの?」「リスクは?」
医療行為・治療であれば必ず解明されていること。
数値化しづらいアートであっても、むしろアートだからこそ、心理療法であるためにはその中心となる理論とそれを支える研究、検証が必要でしょう。
セルフケアならまだしも、他者の心に触れるツールであればなおさら、「試してみた、うまくいかなかった」では済まされないのです。
保険医療の分野では、エビデンスが重視されます。治療方法を選択する際、確率的な情報として安全で効果的な方法を選ぶ指針がエビデンスです。
心理療法にも、当然エビデンスが求められます。
「アートセラピーには治癒的な効果がある」私自身も確信することは多いのですが、まだまだエビデンスが少ないのが課題です。
医療に関わっているか否かに限らず、日頃から関連分野の研究や記事に目を通す、自分が実施した活動の記録を取って検証するなど、アートセラピー 領域全体で意識が高まっていくと良いと思います。
②セラピストの職業倫理を意識する
誰を対象にどんな目的で行うか、活動によって倫理的な枠組みも変わってきますが、やってはいけないこと、なるべく避けたほうがいいこと、努力義務で行うこと、日頃から倫理的思考を鍛えることは大切です。
そもそも、アートは枠や秩序がなじみにくい、自由な媒体です。それが良さでもありますが、セラピーに応用する時に注意や配慮が必要なことがたくさんあります。
セラピーセッションでは、適切な枠組みが必要な場合が多く、アートの画材やテーマが相手にどう作用するかを見極めるアセスメントが大事になります。また、障害や疾患などに関連した不便や不自由さが生じていないか、合理的な配慮がなされているかの視点なども必要です。
また、作品を展示する・しないといった作品の扱い方、守秘義務、自己の利益追求になっていないか等々、様々な角度から倫理的な検討が必要です。
AATAやJCATAの倫理ページなどが参考になります。
http://www.jcata.org/aboutus/29-2
https://arttherapy.org/ethics/
③カウンセリングや心理学の知識を持ち、自己研鑽していく
対話中心のカウンセリングや心理療法とアートセラピーでは、アプローチは異なっても、生じてくる関係性、力動に共通点があります。
アセスメントに基づいて、ケースフォーミュレーションを行い、個人・グループの目標を設定し、プランを立てていく流れも共通しています。
アートセラピーでは、転移、逆転移、アクティングアウト(行動化)などがクライエントとセラピストの直接的な関係においてだけでなく、アートワークの中で表現されることもあります。
これらは、セラピーの方向性を変えるターニングポイントとなったり、核心に近いテーマだったりします。またセラピスト自身の問題に関わることもよくあります。
セッションで起きていることに気づくためには、カウンセリングや心理学の知識や経験はもちろんのこと、SVの活用などが要となります。
④自分自身とアートセラピーの限界を知る
アート制作を見守ってくれる相手に対し、クライエントは心を開き、心の不調や過去の傷、日常の困りなど、様々な思いを共有してくれるかもしれません。それらを、どのように受け止め、対応するでしょうか。
カウンセリングの知識や技術があるからといってとにかく受容的に話を聞く、アートセラピーを希望されているからアートで発散を促す、ということが最善とは限りません。
セッションの中でお手伝いしていくことは大事ですが、アートセラピーは万能ではなく、対応できないことがたくさんあります。
クライエントの最大の利益を考えたときに、別の療法や機関につなげる選択肢を常に持っておく必要があります。
そして、アートセラピーに限界があるように、一セラピストとして、自分自身に限界があることを知っておく必要もあります。
できないことや専門外の領域があるのは当然のこと。危険なのは、正当な自己評価ができず、万能感を持って何でも引き受けてしまうことではないでしょうか。
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以上、私が大切だと感じること、書いてみました。
実際に、これらは欧米のアートセラピートレーニングで必須になっている応用心理学や倫理、心理査定、心理研究、精神医学等の授業や実習、SV等で何度も触れていく内容です。
クライエントを守るため、セラピスト自身を守るためにも、学びを進めていく他にありません。
アートによるケアに関わる方、アートセラピー をこれから学びたい方、共に視座を高め、この分野の発展と専門技術の向上を目指していけたら嬉しいです。
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