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ひとつの区切りが付いた|6/23〜6/29

緊急事態宣言のなかで始めた日々の記録。火曜日から始まる1週間。ステイホームのリモートワーク。仕事と生活のあわい。言えることもあれば言えないこともある。ほぼ1か月前の出来事を振り返ります。

2020年6月23日(火) 自宅

6月23日は慰霊の日。先日、ラジオに沖縄出身の25歳の方がお便りをくれて、沖縄にとってこの日はとても大切だということを教えてくれました。いまは沖縄を離れて暮らす彼女は、県外の人に沖縄戦があまり知られていないと感じ、この日をどうやってすごしてよいのか迷うところがあると書いてくれました。

瀬尾夏美さんTwitter投稿。スレッドには沖縄戦の記事や体験者の語りのリンクと抜粋が、いくつも続いていた。ちょうど、このお便りがあった回の小森+瀬尾ラジオのアーカイブを昨日聞いたとこだった。ラジオでは瀬尾さんたちが山形県であった、作家で東京大空襲・戦災資料センターの館長だった早乙女勝元さんの講演会に行ったことも話題になっていた。出来事を伝えるためには「道理と感動」が必要だ。思わずメモをとる。東京大空襲や阪神・淡路大震災。東日本大震災をきっかけに気にかかるようになったさまざまな出来事。それを行き来するようなことが何か出来ないだろうか。ぼんやりと考える。
朝から『Art Support Tohoku-Tokyo 2011→2021』用の記事(「復興カメラ 今月の一枚」)ミーティングのため、釜石と大阪をZoomでつなぐ。「復興カメラ」で撮りためてきた定点写真を確認する。いくつも写真のセットを見ながら、優先順位を決めていく。1枚目は大槌駅前に決まる。なんで撮ったのか。何を見ていたのか。松本篤さんの質問が続く。これがひとつの写真を「じっくりと見る」ということか。週末の「10年目をきくラジオ モノノーク」初回に向けて、細々とした広報の作業。段々と明日できることは明日やろうモードになってきた。

2020年6月24日(水) 自宅

メキシコのオアハカで地震があった。日本時間で24日0時29分。推定M7.4。Twitterで検索すると、いろんな場所が揺れている映像がアップされている。モノノーク初回の電話出演ゲストの清水チナツさんがいるところだった。Facebookの投稿で無事を知る。数日前の配信テストでオアハカの話を聞いていた。この状況下での朗らかさや強(したた)かさ。それは地震の後にも現れているのだろうか。
新規事業の構想を練る。メモをまとめる。図が必要そう。予算も組んでみる。話をして、整理をする。揉む。係会(東京アートポイント計画のスタッフ定例会)でも検討する。捻り出す。その作業に並行して細々とした連絡や広報テキストの確認を行う。出来るだけ小さくタスクを書き出して、消して、少しでも達成感を得ることを狙う。それでもタスクのほとんどを消すことが出来ずに1日が終わってしまう。
午後になって今日の東京の新規感染者数は「かなりの数字」になるという都知事の発言がTwitterに流れてきた。結果は55人。

2020年6月25日(木) 市ヶ谷

早朝にゆっくりと長い揺れで目を覚ます。千葉県北東部で震度5弱。雨が降っている。傘をもって出社。総武線は満員。1本見送らず、そのまま乗る。
朝から「復興カメラ」の写真を眺めながらZoomでミーティング。大槌町駅前の撮りたての写真と2011年5月に撮った写真を見比べる。何が写っているのか。何が見えないのか。山の稜線を合わせて、地面と防潮堤の高さを確認する。目の前に現れた復興のイメージは何かがつくられたというより、すっきりとなくなって、きれいになったという印象をもつ。喪失感とは違う、何かが欠如しているという感覚をもつ。
瓦礫はなくなった。新しい線路が敷かれた。駅が出来た。プラットフォームは減った。2つの写真の間には、いろんな出来事があった。remoの松本さんが@リアス(特定非営利活動法人@リアスNPOサポートセンター)の川原康信さんと写真を撮った上野育恵さんに何度も質問を投げかける。川原さんが「松本さんは、何を見たいですか」と質問を返す。「少しいじわるな言い方かもしれませんが、撮る側の気持ちを知りたい」と松本さんは応える。それを聞きながら「復興カメラ」は撮影者の動機が強く反映された写真が多いものなのだろうと思う。「晴れた日に撮りにいこう」。天気が悪いときに撮った写真では気分も落ち込んでしまう。そう話していたこともあったのだという。震災の経験を伝えるために撮りためられてきた写真。そこには「伝えたい」という動機をもった撮影者がいる。その人がシャッターを押す瞬間に抱いた気持ちがある。いまだ語られていない記録はたくさんあるのだろう。
電話を数本かける。お願いとお伺い。変化があるときだからこそ、変化しないものを見ることが出来るのかもしれない。長い時間軸で物事を見るべきときなのだろう。小金井アートフル・アクション!の宮下美穂さんが語っていた。電話で長く話すのはひさしぶりだ。次の構想を練る。
「ラジオ下神白」のミーティング。気がつけば、このミーティングも定例化している。オンラインになる前よりも細かくコミュニケーションを重ねている。団地の自治会長さんから、県外からの訪問は、もう少し待ってほしいとの意見が出た。7月、8月はオンライン訪問に決める。耳が遠い方もいるから、スピーカーは必要そう。何がいいかを議論する。スタジオ化を準備していたROOM302の予定が埋まってきているため、今年度オンラインでの実施を検討していた「報奏会」の日程を仮に決める。具体的に物事が動き始める。あっという間に一日が過ぎて、積み残しの作業に後ろ髪を引かれながら退勤。すっかり遅くなる。
「出会う」とは、対面で人と人が会うことだけではない。アートや表現とは、常に、その「もうひとつ」の出会い方を発明してきたのではないだろうか。一生、対面で会うことがない人のことを想像したり、何らかのメディアを介して「直に」出会ってしまう。それは、すでに亡くなった人かもしれない。遠く離れた土地に暮らす人かもしれない。近くにいても「その人」に出会えないことがある。目の前にいる人と出会い直すこともある。
人が集まれないなかで何が出来るのか。この問いへの違和感は、ここにあった。人と人との出会いかたをつくる。そのとき「集まる」ことは前提ではなく、ひとつの方法でしかない。何かをしようとするとき、常に何らかの制限はある。企画づくりは、この制限のなかで、どう実践を組み立てるかの力量が問われる。いまは大きな外的な制限がかかっている。それはひとつの制限に過ぎない。そう言い切れてしまえば「いつものこと」と変わらないともいえる。いま何をやるかの議論を重ねると、一周回って、いつものことなんだと話が落ち着くことが、ここ数か月では何度もあった。
災禍に見舞われると、生活の選択肢は一気に狭まる。これまで当然のように選べていたものが急激に制限される。誰かが選んだものに左右されることも増える。これかそれかのどちらかを選ぶことを迫られる。そのなかで、小さくとも選択肢を増やす。もしくは、目の前にある選択肢のありかた自体を見直すような視点を提示する。アートにやれることは、たくさんある。
いまが渦中であり、以後なのだとしたら、いまは以前のふるまいや状況に左右されている動きが、よく見えるようになった。この「見え」はなくなっていったほうが、これからの日々のストレスは減るだろう。見えなくなる前に、どうこの感覚をとどめておけるのかを考える。
駅から家まで、あえて通ったことのない道を歩きながら、さまざまな言葉が現れては消えていく。そう、移動することは、思考することだった。日付が変わったところで夕飯にありつく。へとへとに疲れた身体に皮膜一枚まとわりつくような以前の生活への懐かしさと、少し引いた以後の目線からうまれる違和感を抱えながら、今日でひとつの区切りが付いた気がした。
東京都の新規感染者数は48人。都知事発言「第2波ではない」。

2020年6月26日(金) 自宅→目黒→秋葉原

数時間の在宅勤務から移動を始める。目黒のふげん社へ。緊急企画展「東京2020 コロナの春―写真家が切り取る緊急事態宣言下の日本」へ。まちの風景、自然、家族や身体。これまで写真が何を写してきたのか、その要素が見えてくる。何が写っていないのか。「不在」に目が向くのは、この状況を前提に写真を見ているからなのだろう。港千尋さんがZINE『コロナの風景  COVID LANDSCAPE』を4巻発刊していた。現在の状況と過去のイメージを行き来するテキストが収録されている。駅から15分ほど炎天下のなかを徒歩で往復。汗だくになって、歩く。
目黒から秋葉原へ。3331 Arts Chiyoda。スタジオ化したROOM302、その名も「STUDIO302」のお披露目と使い方の講習会へ。ひととおり、機材や機能の説明を聞く。何ができるかはわかったけれど、自分で動かすためには使ってみないとわからなそう。身体化が必要な新しい道具が増えた。
その後、秋葉原駅近くのテラス席で歓送迎会。しばらくぶりに家族以外の人たちと集まってご飯を食べる。アルコールを摂取する。隣のお店のテレビでは「東京都の新規感染者は54人」のテロップが流れていた。次の人たちがいるのでとせっつかれて時間通りに店を出る。まっすぐ帰る。

2020年6月27日(土) 自宅

「10年目をきくラジオ モノノーク」の初回配信日。仙台の現場は18時から準備を始めている。リモートで待機。自分の電話出演のパートを簡単に打ち合わせる。スマホの4Gでイヤホンを付けてメッセンジャーでつなぐ。自宅の回線の弱さゆえにWi-Fiには頼らない。安定の不安定感。
21時の少し前から音楽が流れ始め、時間通りにスタート。YouTubeのライブ配信。いい感じで進む。時間は少し押し気味。電話出演のパートは、ほぼ台本通りに話をする。説明が多くて退屈だったかもしれないと思う。同時視聴数は50人前後を行き来し、最大は57人まで伸びた。当初の目標は50人だったから、上々の結果。YouTubeやTwitterのコメントやリアクションもいい。これからの展開が、より楽しみになった。
この状況下でオンラインにシフトした取り組みでもある。でも、代替的な企画ではない。「いつも通りに」手間をかけてうまれた活動だった。文化事業とは常に新しい形式をつくることでもある。図らずも昨夜からずっと考えていたことを実感をする。
東京都の新規感染者数は57人。緊急事態宣言解除後の最多数を更新。

2020年6月28日(日) 自宅

朝、Slackを確認したら、早くもモノノークのアーカイブ公開版がアップされていた。昨夜のライブ総視聴回数は249回。今日の時点でチャンネル登録者数は63人。FacebookTwitterもつくることになった。これからが本番。
ふと「仮設の映画館」で観ようと思っていた映画『春を告げる町』のことを思い出す。ブックマークしていたリンクにアクセスすると26日18時で配信が終了していた。配給会社東風の6月20日付のコメント

全国的に映画館が営業を再開してから3週間が経とうとしています。幸いなことに、これまで劇場で新型コロナウイルスの集団感染が起きたという事例はありません。また「そもそも映画館での感染リスクは低い」とする専門家の見解もあります。
 
このようなことを踏まえ、各作品の製作者と上映劇場と相談した結果、東風配給作品の「仮設の映画館」での配信を順次終了していくことにいたしました。

開設から5年放置していたnoteの個人アカウントに1本目の記事を投稿する。『ライフミュージアムネットワーク2019活動記録集』に書いたものを再掲。とにかくnoteでいろいろと試してみる。そしたら、福島県立博物館の小林めぐみさんからライフミュージアムネットワークに関して8月の日程確認の連絡が来る。もちろん、予定は空いている。と、返事をする。その頃、首都圏はどんな状況になっているだろうか。東京都の新規感染者数は60人。今日も宣言解除後の最多数を更新。

2020年6月29日(月) 自宅

午前にZoomで打合せをひとつ。あとは粛々と細々した仕事をこなす。ウェブサイト『Art Support Tohoku-Tokyo 2011→2021』の今後の公開内容を長考する。
Twitterのトレンドに「#東京差別」が現れる。オンラインニュースでは「緊急事態宣言、直ちに考えず 菅官房長官」の見出し。「東京都で58人感染 週平均、休業再要請の基準超える」。自粛の先には、自衛があった。もはや、宣言も要請もアラートもない。
3月28日から休館していた東京都美術館が7月1日に再開。これで都立美術館はすべて再開の予定。

(つづく)

Art Support Tohoku-Tokyo 2011→2021「2020年リレー日記」が始まりました。noteの日記は、この企画のテスト版として始めたのがきっかけでした。今月は6月分を更新。書き手は、是恒さくらさん(美術家)→萩原雄太さん(演出家)→岩根愛さん(写真家)→中崎透さん(美術家)→高橋瑞木さん(キュレーター)です。ぜひ、以下のリンク先からお読みください!


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アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー。東京アートポイント計画(おもに西側)、Tokyo Art Research Lab(研究・開発が中心)、Art Support Tohoku-Tokyo(東京⇄東北)を担当。ジャーナル「FIELD RECORDING」編集長。運動不足。

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都内各地で地域NPOとともにアートプロジェクトを展開する「東京アートポイント計画」。各プロジェクトに伴走するアーツカウンシル東京の専門スタッフ「プログラムオフィサー」がそのとき起こったこと、考えたことをお届けします。

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