#ネタバレ 映画「ファーザー」
「ファーザー」
2020年作品
基準点の喪失
2021/6/21 17:54 by さくらんぼ (修正あり)
( 引用している他の作品も含め、私の映画レビューはすべて「ネタバレ」のつもりでお読みください。)
新型コロナ第3波もひと息ついて、久しぶりの映画館です。
実は、ずっと観たいと思っていた作品が別にありましたが、上映開始時刻が合わなかったので、(失礼ながら)都合の良いこれに入りました。先日は父の日でしたし。
どなたかのお話では評判が良さそうでしたので、期待はしましたが、それを裏切らぬ出来栄えでした。
重い題材でしたが、あまり深刻ぶらずに、ホラータッチもにじませて、楽しめる作品になっていました。
それにしても、謎だらけの作品で、されとて、もう一度観れば解決するという単純なものでもなさそうですし、大変な作品が出来てしまったようです。
アンソニーはさすがの名演技でした。
★★★★☆
追記 ( 基準点の喪失 )
2021/6/22 10:03 by さくらんぼ
認知症患者が主人公ですから、夢とも現実ともつかない話が進行します。
主人公のアンソニーは、その為に混乱をきたします。めまいというか、観ている私まで感情移入して、気分が悪くなりそうでした。
だから分かるような気がしたのですが、アンソニーが腕時計にこだわるのは、時間のキログラム原器のように、唯一信じられるもの(基準点)だと思ったからでしょう。映画の記号として、追い詰められた彼の「心の拠り所」だったと思います。
ならば介護をする娘・アンにも、基準点はあるはずだと思いました。
もしかしたら、それはローストチキンだったのかもしれません。彼女はいつも、集合住宅の一階にあるらしいお店から一つ買ってきて、レンジで温め、食卓に出すのです。それはアンソニーの好物でもありましたが、アンの基準点でもあったような気がします。
日常生活がつらい時は、いろんなことに冒険する心のゆとりは無くなります。料理も、たとえばカレーが好きな人は毎晩カレーを食べ、とりあえず食事だけでも失敗しないようにすることもあるのです。
アンソニーの混乱に付き合うのは、親族としてつらいものがあるはずです。だから、いつも不動の満足を与えてくれローストチキンに、すがりついていたのかもしれません。手軽という事だけでなく。
そして映画のラスト、介護施設に入ったアンソニーは、混乱する親族の素人介護から、専門的に学んだプロの介護に移るわけです。
娘はもういません。しかし、アンソニーはそのプロの手腕に安心し、彼女から抱き寄せて慰められ、母に甘える子供のように、泣き崩れるのです。
口説き落としが成功しました。
あの瞬間、アンソニーの心は、時計から離れたのです。
アンソニーはやっと救われました。
そして、娘のアンも、父との葛藤から解放され、父を手放した良心に少し心を痛めながらも、新生活を始めるのです。
追記Ⅱ ( アンソニーの傷心 )
2021/6/22 14:04 by さくらんぼ
アンソニーはオペラのファンのようですが、いつものようにCDを聴いていると、同じ個所を何回も繰り返すようになりました。
まるで認知症で幻覚を見ている時のアンソニーのようでもあります。
彼はステレオからCDを取り出し、ぼろきれで埃を拭き取って、再度、再生を始めました。今度はうまく行くようです。
この進まない音楽は、ときに時間が進行しないがごとく感じている、アンソニーの心象風景の記号でしょう。しかし、彼はケアをして、また時間を進ませるのです。
ちなみに、(拙い私の知識では)CDを拭くときに同心円状に拭いていけません。同心円状に着く傷にCDは弱いのです。反対に中心から放射状につく傷には強いので、拭くなら放射状に拭きます。
アンソニーは同心円状に拭いていましたが、認知症の為かはよく分かりません。
追記Ⅲ ( 本人と、そして家族を守るため )
2021/6/23 8:28 by さくらんぼ
認知症で介護施設に入るのを、嫌がる本人は多いと思います。デイサービスでさえ、喜んで出かける人もいれば、嫌がる人もいます。
大変に難しい判断ですが、しかし家族との分離は、ときに本人の為であると同時に、介護する家族のためでもあるのです。
今までは普通の人であった家族が、愛すべき家族が、突然、意味不明のことを口走り出したら、その衝撃は大きいものです。それだけでなく、家族間でもタブー視されていた問題を、平気で口走るようになることもあります。
例えば、早く嫁に行きたいのに縁談が遅れている娘がいたとします。家族にとってその話題は微妙ですが、認知症になった家族は、「(幻覚を見て)○○は結婚が決まったそうだね。本当に良かった」などと、突然、笑顔で口走ることもあるのです。娘はどう答えてよいのか分からず、その話は娘の心をえぐります。
あるいは、日ごろから胸に秘めていた家族への不満を、タガが外れたように、ある事、無いこと(認知症による勘違いや・幻覚のため)周囲に言いふらし、本気にした周囲の人から、家族が偏見を持たれたり非難を受けたりすることもあるのです。
そんな状況の中、家族も仕事や勉強に忙しく、ぎりぎりに追い詰められていたら、先に家族の方がつぶれてしまいかねません。
ですから、一見非情のように見えても、家族を守るためにも、本人とは別居した方が良いこと、もあるのです。
この映画「ファーザー」を観ると、その辺りのことがより分かるような気がします。
デイサービスも、家族のためでもありますね。
「亭主元気で留守がいい」を連想します。
デイサービスが好きでない人も、我慢して週1回でも良いからデイサービスに行けば、その日は家族の休日になるのです。
家族は近所の喫茶店でぼ~っとしたり、デパートを楽しんだり、フレンチのランチを食べたり、美術館や映画館にだって行けるのです。
追記Ⅳ ( 介護・手続きへの感謝 )
2021/6/23 9:41 by さくらんぼ
アンがいくら献身的に介護しても、アンソニーは感謝するどころか、認知症のためアンと対立し、いつも不在の、アンの妹・ルーシーばかりを恋しがるのです(すでにルーシーは交通事故死しているがアンソニーは忘れている様子)。
この、献身的な介護の感謝がアンに無い状況も、アンを苦しめ続けました。
認知症の介護に限らず、両親が普通の病気になるだけでも、同居していれば顕著ですが、長男・長女に負荷がかかることが多いものです。
役所への手続き、病院への付き添いだけでなく、入院・転院では、時に治療方針をめぐって院長先生たちと議論する必要もあります。デリケートな延命治療の話になれば、最終決断をめぐって、兄・姉は苦しみを背負い込むことになりかねません。
そして両親が亡くなれば、役所・民間への、煩雑な各種の名義変更・相続手続きが待っています。
しかし、それらの苦労は別居している弟や妹には分かりづらいものです(もちろん兄・姉がやらない場合は、弟・妹に負荷がかかることもありますが)。
追記Ⅴ ( アンの後姿 )
2021/6/23 9:49 by さくらんぼ
不思議なシーンがあって、アンソニーが寝入った後、アンが寝室に入って、アンソニーの首を絞めているような後姿があったのです。
介護疲れで発作的にアンソニーを絞殺しようとしたのかもしれませんが、その後の展開では、何もなかったかのように物語は続きましたので、単なるアンの心象風景だったのかもしれません。
はたして真相はどうなのか、もしかしたら映画「シックス・センス」ばりの話なのか、現時点では良く分かりません。
追記Ⅵ ( 二人の秘めたる気持ち )
2021/6/23 13:57 by さくらんぼ
>不思議なシーンがあって、アンソニーが寝入った後、アンが寝室に入って、アンソニーの首を絞めているような後姿があったのです。(追記Ⅴより)
不思議なシーンは他にもあって、アンの夫らしき人がアンソニーに暴力をふるうようなところもあるのです。
もしかしたら、この二つは対になっていて、介護する人の心に押し込めたストレスを、描いていたのかもしれません。
追記Ⅶ 2022.6.28 ( お借りした画像は )
キーワード「父」でご縁がありました。色合いと秩序感が癒されます。少し上下しました。ありがとうございました
( 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
更新されたときは「今週までのパレット」でお知らせします。)
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