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#ネタバレ 映画「ウインドトーカーズ」

「ウインドトーカーズ」
2001年作品
サイパンの鎮魂歌
2002/8/25 17:45 by 未登録ユーザ さくらんぼ

( 引用している他の作品も含め、私のレビューはすべて「ネタバレ」のつもりでお読みください。 )

最近私は思っていた。日本でも戦争映画が出来ないかと。アメリカ製の多くの今までの戦争映画で、他国人同士が戦っているのを見ても、今一つ戦争の痛みを実感できないのだ。

日本の中の戦争の記憶が薄れてきて、日本の舵取りが少しずつ変化してきそうな今、痛みを感じさせてくれる映画が必要だと思っていた。出来れば現代、PKOなどで海外へ出ている隊員達のそばで戦闘が始まり、十分な武器も持たない彼らが巻き込まれたら・・・その他、不審船、テロ、材料は色々有ると思う。

そして我々はスクリーンの中の日本人が傷ついて、初めて見えてくるものがあると思う。一発の弾丸に日本人が倒れるのを見て、わが身に起こったかのような痛みと衝撃を擬似体験するのだ。その問題提起は新聞を読んで想像するよりはるかに直接的で分かりやすい。

この映画「ウインドトーカーズ」はご存知の通り、アメリカと日本がサイパンで戦った話である。主人公はアメリカ人。我々はどちらに声援して良いのか時々分からなくなる。ふと日本人がやられているのに心の中で万歳をしている自分に驚くシーンもある。でも先ほど述べた通り、日本で今、戦争映画が出来ない以上、それに変わるものとしての鑑賞価値は有ると思う。日本人が撃たれるシーンはほとんどの場合は痛い。私は胸を押えながら観た。その痛みを味わうだけでもほかの映画を観るのとは違う。

ところで、この映画は何を描いているのだろう。それは「戦死者への鎮魂」であると思う。そこにはアメリカも日本も区別は無い。私は主人公・エンダーズ(ニコラス・ケイジさん)が泥酔し、戦死したアメリカ兵の墓前で彼らをしのぶシーンに注目した。エンダーズは「日本酒」を飲んで泥酔していたのだ。ここで彼の哀しみは日米両国の戦死者に対して向けられているようだ。

また、この映画の重要な部分はもう一つ有る。エンダーズが負傷した子供を連れた日本人の母親に近寄り、かって恋人が自分にくれた痛み止め「愛の証し」を与えるシーンである。その後エンダーズはテーブルに教会の絵を書く。そして自分は洗礼を受けたが「神の兵隊では無くたってしまった」と嘆くのである。それを慰めるナバホ族の男。この映画の「良心」の部分だと思う。

ところで、ナバホ族はなぜ映画に登場するのか。それが事実だからでも有るが、もう一つはナバホ族を通して日本人を、さらにはアジア人全体を語っているのだと思う。アメリカにも沢山の戦死者が出ている以上、日本を良く描くことは困難である事は想像できる。しかし、ひたすら悪く描くだけでも今の時代に徳は無い。それに監督はアジア人である。あそこでナバホ族を登場させて、何かにつけて日本人と絡ませる話を作る。水浴びのエピソード、日本兵に変装するエピソード、など、この様にして日本人の持つ「体温の部分」はナバホ族を通して語っている。そう思うと監督の思いが聞こえてきそうなシーンのなんと豊富な事か。

そして紆余曲折有った彼らの人間関係も最後には和解し、ナバホ族の兵士はエンダーズの事を友と呼ぶ。だから、これはすべての戦死者への鎮魂と、平和と友情を願う秀作である。

Re: 一日たって・・
2002/8/26 18:45 by 未登録ユーザさくらんぼ

映画は観てからしばらく寝かせるといい。自分の中の思い熟成していくる。口を開くのはそれからでも遅くないと十分承知していたが・・感動して昨日感想を書いてしまった。そして今日になって分かった事がやはり出てきた。それをお話しようと思う。

昨日この映画を「サイパンの鎮魂歌」と言った。それは間違いではないと思う。しかし、もっと色濃く描かれているのは「人種による偏見である」。この作品は戦争映画の形をとっているが人種問題を描いている。それを克服していく人たちが描かれている。では日本人はどこへ行ったのだ。どこにも行っていない。差別用語「インディアン」と「ジャップ」この二つが作品で頻繁に使われている以上それは十分に担保されている。昨日書いた本文中にもある通り「ナバホ族」を通して第一に描かれているのは「日本人」である。

Re: 1週間たって・・
2002/9/2 19:08 by 未登録ユーザさくらんぼ

もう一度観たい気もするが、すさまじい音響の戦場に戻るほどの気力は無い。やはりロックを卒業したおじさんには「雪の降る音」を創造するような映画が良いのかもしれない。

ところで、この映画についてもう少しお話しする。劇中ナバホ族の兵士がふと「昔はナバホの言葉を話すことは許されなかった」と話す。このように人種による偏見の延長線上に見え隠れするのは、大国による小国へのエゴである。劇中のあの理不尽な命令もエゴそのものである。映画の舞台が戦場であるのは、現在、世界中が困惑しながら見つめている国際問題の一つにその答えが提示されていると思うのだ。

Re: 1週間たって
2002/9/4 19:31 by 未登録ユーザさくらんぼ

もう一つお話ししようと思う。エンダーズが映画の冒頭で命令を守ったが為に部下を死なせ、自らも心に傷を負ったエピソードである。

このエピソードは、ラストで彼が命令違反をする事の重みを出す為の伏線でも有ると思う。彼は劇中、本文でも書いたが「自分は神の兵隊ではなくなってしまった」と嘆くシーンがある。このシーンは重要である。彼はこの理由でまさに心の軌道修正をしたのである。その結果が命令違反である。聖書に有る通り「人は二人に仕える事は出来ない」のである。

そして彼が戦場に戻ったのは、戦いの鬼になったからではないと思う。自分は心理学は素人だが映画「エイリアン2」で私が書いた話しに似たものを感じるのだ。また、彼にとって未解決の心の問題であるので、自分自身に決着をつけたいのだ。その時の彼は沢山の米兵を守る為の戦いをしていたのが目についている。

またアメリカは世界中で戦争を展開しているが、その中からこの映画の舞台に日本が選ばれたのは偶然ではないと思う。成功するかどうかはともかく、映画は間違い無く熟慮して作る物だからである。

途中ニュース画面のようなモノクロの、戦艦からの砲撃シーンが挿入された、これはより現実の世界を意識した表現方法である。監督から、過去の戦を思って欲しいとのシグナルであろうか。

追記Ⅳ ( 舞台がサイパンの理由 ) 
2017/8/11 8:40 by さくらんぼ

何年か前、この映画でふと気づいたことがありました。書いた思っていましたが、まだでしたので追記します。

「なぜこの映画の舞台がサイパンなのか」という問題です。

それは「あえて小さな場所(心の記号)を舞台にすることで、心の中にある葛藤を(主題か)、より浮かび上がらせる効果が期待できる」からでしょう。

この映画の「日米の戦い」とは、エンダーズふんする「主人公の葛藤を可視化したもの」でもあったのです。

追記Ⅴ ( 新聞のなかの葛藤 ) 
2017/8/11 8:55 by さくらんぼ

>それは「あえて小さな場所(心の記号)を舞台にすることで、心の中にある葛藤を(主題か)、より浮かび上がらせる効果が期待できる」からでしょう。(追記Ⅳより)

朝日新聞2017/8/9夕刊1面の主だった見出しを並べてみます。

右半分に、「 核禁止を長崎の使命・原爆の日平和宣言・条約不参加『理解できぬ』・被爆者の訴え生かすために 」

左半分に、「 北朝鮮 核弾頭小型化か・米紙報道トランプ氏、牽制・『グアム包囲射撃検討』北朝鮮・米の戦略爆撃機空自と共同訓練 」

そして「 『グアム包囲射撃検討』北朝鮮 」の記事には、「 世界が見たこともない力によって報いを受けるだろう 」(抜粋)というトランプさんの言葉も。


( 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
更新されたときは「今週までのパレット」でお知らせします。)


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