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#ネタバレ 映画「解夏」

「解夏」
https://eiga.com/movie/40926/photo/
2003年作品
4月
2004/1/24 9:56 by 未登録ユーザ さくらんぼ

( 引用している他の作品も含め、私の映画レビューはすべて「ネタバレ」のつもりでお読みください。)

映画の冒頭「先生とは別々のクラスにはなりたくない」と嘆願する子供達がいる。また、今度は問題児を担任する事になるかもしれぬ不安から、悪夢を見る先生もいる。ここに「新しい世界に対する不安」という、この映画のモチーフらしきものが観える。そして、そのモチーフは「失明への不安」へとつながっていく。

主人公は一人その不安と戦わなければならない。彼は退職し郷里へと帰る。恋人とも別れた。来るべき日のために新生活も模索するつもりだった。

実はそのとき「新しい世界に対する不安」と戦っていたのは主人公だけではなかった。隠されてはいるが岐路に立たされた恋人も同じだったはずだ。

主人公は最初、母に救いを求めていた様だ。母は申し分なく良い母であったが、すでに大人になった主人公の心の支えとはならなかった。階段を一人で上って行き、やがて視界から消えていく母と、置き去りにされる主人公の姿がそれを示唆する。

それを補ったのはやさしい郷里の友人や、決心して追いかけてきた恋人だった。失明はとてつもなく不幸な事かもしれないが、その中でも幸せな風に吹かれていたのである。

さらに、思いがけない出会いである寺の老人の存在は大きかった。彼はお坊さんではないが宗教家の様に彼を癒した。そのうえ彼の専門である郷土史研究は、近すぎて気が付かないものの中に宝物を見つける事であり、これは失明していく主人公が、今記憶しいておくべき本当に大切なものを探す行為とどこか似ていた。

ところで、主人公に「いじめられている」と救いの手紙をよこした昔の教え子。あれは遠くの先生を呼び戻すための方便かもしれないが、たとえ本当でも、あの子は別の誰かから救われたはずだ。この映画は新しい生活の不安の中でも、思いもよらない救世主との出会いがあることを、それも近くに居ることを描いた作品でもあったから。

追記 ( 4月 )
2004/2/9 20:37 by 未登録ユーザさくらんぼ

主人公は学校の職員室で、先輩から問題児を担任する事の苦労話を聞くシーンが有ります。そして、その直後に問題児の悪夢を見ます。

この悪夢のシーンには目が悪くなる事への暗示的な描写も含まれているのですが、半分は主人公が新学期を怯えている事の示唆であると思いました。生徒だけでなく実は主人公も怯えはじめていたのです。

そこへ重なるように目の災いが降りかかります。彼はパニックになり、学校どころではなくなります。自分さえ支える事さえ出来ないのに、どうして他人を、生徒を、支えられるでしょうか。彼はそう思ったのだと思いました。ずっと後に、長崎の父の墓地で泣き崩れる主人公の描写がありました。あの気持ちはすでにこの時から彼の心の中に始まっていたのだと思います。平静を装ってはいましたが。

主人公が母に救いを求めていたとは、最初は思っていませんでした。でも、例の階段のシーンの意味はなぜだろうと考えた時に、これは体力の違いを描いたシーンではなく、何か精神的な描写のにおいを感じ、だとしたら、前述した、追い詰められた主人公が母に救いを求める事が当てはまるのではないかと思ったのです。

そして映画の後半、長崎でのシーン。主人公は一人で、あの老人に会いに行きます。この一人で、というところに意味を感じました。思いがけない出会いだった老人でしたが、主人公にとっては大切な存在になったのだと思いました。

追記Ⅱ 2022.10.4 ( お借りした画像は )

キーワード「夏」でご縁がありました。鉢植えの可憐な花ですね。小さな花でもとても落ち着きます。少し上下しました。ありがとうございました。



( 最後までお読みいただき、ありがとうございました。 

更新されたときは「今週までのパレット」でお知らせします。)


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