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Fight or flight と視床下部

序論

生物は外部からの危険な刺激に直面した際、「戦うか逃げるか」の選択を迫られる「Fight or Flight」反応を示します。この概念は1929年にハーバード大学のWalter Bradford Cannonによって提唱されました。Cannonは、生命体がホメオスタシスを維持するために自律神経系や内分泌系を使うという考えを発展させ、外部の感情刺激が視床を活性化し、大脳皮質に伝わって情動体験が生じると同時に、視床下部が活性化されて身体反応が引き起こされるとしました。つまり、脊椎動物は侵害的な心理ストレスに反応して交感神経系が活性化し、「Fight or Flight」の決断を下すというのがこの反応の基本的な概念です。

本論文では、このような「Fight or Flight」反応の生理的メカニズムについて解説することを目的とします。具体的には、視床下部の解剖学的構造と生理機能、反応に関与する神経伝達物質、急性ストレス反応が及ぼす生理的影響と行動選択のメカニズム、対立場面での具体例と生物学的解釈、さらにはこの反応の臨床的意義などについて順を追って説明します。

Fight or Flight反応の基本概念

「Fight or Flight」反応とは、脊椎動物が突然の危険や生命の危機に直面したときに引き起こされる本能的な行動パターンです。この概念は1929年に、ハーバード大学のWalter Bradford Cannonによって初めて提唱されました。Cannonは生命体がホメオスタシスを維持するために自律神経系や内分泌系を活用するという考えを発展させ、外部からの感情刺激が視床を活性化させ、その情報が大脳皮質に伝わることで情動体験が生じると同時に、視床下部も活性化されて身体反応が惹起されるという「情動の体験と表出に関する生理学的仮説」を立てました。つまり、侵害的な心理ストレスに反応して交感神経系が活性化し、「戦うか逃げるか」の決断を下すのが「Fight or Flight」反応の基本的な仕組みなのです。

具体的には、自然界における捕食動物との遭遇など、生命の危険に瀕した緊迫した状況で「Fight or Flight」反応が引き起こされます。この反応によって、心拍数の増加、血圧の上昇、呼吸数の増加など、一連の生理的変化が連鎖的に惹起され、筋肉への血液やエネルギーの供給が優先されます。これは当面の危機的状況から身を守るための非常時の備えと言えます。このような「Fight or Flight」反応は、脊椎動物の生存本能に基づく進化的に保存された普遍的な行動パターンです。

この本能的な「戦うか逃げるか」の決断を下すのが視床下部であり、視床下部は「Fight or Flight」反応の司令塔として機能しています。視床下部は概日リズムや自律神経機能、内分泌機能など多次元の生体機能を統括し、生存に関わる本能行動の制御を担っています。つまり、視床下部が危機的な状況を察知すると、「戦う」か「逃げる」かの本能的な選択を行い、それに応じた生理反応が惹起されるというわけです。

Fight or Flight反応の生理的メカニズム

「Fight or Flight」反応は、生物が危機的状況に直面した際に引き起こされる本能的な行動パターンです。この反応を司る中枢が視床下部であり、視床下部から発せられる神経信号によって一連の生理変化が引き起こされます。

視床下部は概日リズムや自律神経機能、内分泌機能など、多次元の生体機能を統括する部位です。「Fight or Flight」反応が起きると、視床下部から交感神経系への信号が発せられ、以下のような一連の生理変化が惹起されます。

  1. 交感神経系の活性化による心拍数増加、血圧上昇、呼吸数増加

  2. 筋肉への血液やエネルギーの優先的な供給

  3. 体温上昇、発汗、血糖値上昇

これらの変化は、危機的状況から身を守るための非常時の備えと言えます。

具体的には、大脳皮質や辺縁系で危険が認知されると、腹側海馬やDP/DTTといった領域から視床下部背内側部へ神経伝達が起こります。その後、交感神経プレモーターニューロンを介して、褐色脂肪細胞のミトコンドリア蛋白質が作用することで、心拍数増加や体温上昇などの生理変化が引き起こされます。

さらに、心筋のミトコンドリアカルシウム単一輸送体が関与し心拍数が増加したり、骨のオステオカルシン分泌が亢進したりする可能性も指摘されています。

このように、「Fight or Flight」反応の生理的メカニズムには視床下部が中心的な役割を果たしており、視床下部の指令によって交感神経系が活性化され、一連の生理変化が連鎖的に惹起されることが分かります。

視床下部の解剖学的構造

視床下部は自律神経系と内分泌系の統合中枢であり、ストレス反応の調整において中心的な役割を果たしています。解剖学的には、大細胞群と小細胞群からなる視床下部の中に、外側野、背内側部、脳弓周囲領域といったストレス防衛反応を担う領域が存在しています。特にこれらの領域に存在するオレキシン産生細胞が、急性ストレス反応の主要な役割を担っています。

視床下部はさまざまな外部・内部環境ストレスを感知し、それに対する生体反応(ストレス反応)を制御しています。緊急時には、ストレス耐久性を発揮してストレス反応を維持し、生体を守ります。しかし、この耐久性が低下するとストレス不耐や慢性疲労などの病態が引き起こされる可能性があります。視床下部は自律神経系や内分泌系、免疫系の活動を調整することで、多彩なストレス症状を引き起こすことができます。

オレキシン産生細胞は、摂食促進、覚醒維持、循環・呼吸のホメオスタシスを司る神経核に投射しており、外界からの情報処理と無意識下の自律神経活動を統合的に制御しています。つまり、視床下部はオレキシン産生細胞を介して、ストレス反応の発現とホメオスタシスの維持、さらには神経系の統合的制御を行っているのです。

視床下部の生理機能とストレス反応の調整

視床下部は概日リズムや自律神経機能、内分泌機能、免疫反応、本能行動、熱エネルギー代謝など多次元の生体機能の統合中枢として機能しています。視床下部は外部・内部環境からのストレスを感知し、それに対する生体の反応(ストレス反応)を調整する役割を担っています。

視床下部の中にはストレス防衛反応を担う領域が存在しており、オレキシン産生細胞が急性ストレス反応の主要な役割を果たしています。オレキシン産生細胞は摂食や覚醒、循環・呼吸のホメオスタシスに関わる神経核に投射しており、ストレス反応の発現とホメオスタシスの維持、さらには神経系の統合的制御を行っています。

視床下部のストレス反応の制御様式は情報伝達系制御軸(交感神経活動と副交感神経活動の2極)と熱エネルギー系制御軸(熱エネルギーの消費と蓄積の2極)の2次元平面図で表すことができます。「Fight or Flight」反応は交感神経活動優位かつ熱エネルギー消費優位の緊急事態型の視床下部活動を反映しています。慢性的なストレスにより視床下部の制御機構が破綻すると、慢性疲労症候群などの体調不良が引き起こされる可能性があります。

関連する神経伝達物質

「Fight or Flight」反応には、視床下部にあるオレキシン産生細胞が深く関与しています。オレキシン産生細胞は、外部環境から危険を察知すると活性化され、交感神経系の賦活化を促して心拍数の増加や血圧の上昇などの一連の生理反応を引き起こします。つまり、オレキシンは「Fight or Flight」反応の発現において中心的な役割を果たす神経伝達物質なのです。

また、骨からも「Fight or Flight」反応に関連した物質が分泌されることが分かっています。それがオステオカルシンで、骨細胞から分泌されるタンパク質です。「Fight or Flight」反応が引き起こされると、オステオカルシンの分泌が亢進することが報告されており、このオステオカルシンが代謝や生理機能に影響を及ぼしている可能性があります。

さらに、心拍数の増加という「Fight or Flight」反応の重要な生理変化には、心筋のミトコンドリアに存在するミトコンドリアカルシウム単一輸送体が関与していることが明らかになっています。この蛋白質がカルシウムイオンを輸送する働きを担うことで、心拍数増加の基盤を形成していると考えられています。

このように、視床下部のオレキシン産生細胞から骨のオステオカルシン、心筋のミトコンドリアカルシウム単一輸送体に至るまで、「Fight or Flight」反応には様々な神経伝達物質や生理活性物質が関与しており、それらが連携して一連の生理反応を引き起こしていると言えます。

急性ストレス反応の影響

「Fight or Flight」反応が引き起こされると、心拍数の増加や血圧上昇、呼吸数増加など、一連の生理的変化が連鎖的に惹起されます。この心拍数の増加には、心筋のミトコンドリアに存在するミトコンドリアカルシウム単一輸送体が関与していることが明らかになっています。この蛋白質がカルシウムイオンを輸送する働きを担うことで、心拍数増加の基盤を形成しています。

一方、「Fight or Flight」反応における行動の選択的決定メカニズムには、視床上部の手綱核が重要な役割を果たしています。手綱核は、本能行動に関わる視床下部、情動制御に関わる大脳辺縁系、ドパミン・セロトニン分泌神経細胞を擁する脳幹の3者を繋ぐ中継核です。手綱核は不安や恐怖の制御メカニズムを介して闘争行動の選択的決断に関わり、中脳水道周囲灰白質との神経回路が本能的回避反応に関与していると考えられています。

つまり、「Fight or Flight」反応が引き起こされた際、手綱核が情動や本能行動の制御下で最適な行動選択(戦うか逃げるか)を行い、その指令に基づいて心拍数増加などの生理反応が惹起されるという仕組みになっているのです。

対立状況の分析

食品や領土をめぐる動物の対立状況では、しばしば「Fight or Flight」反応が強く関与していると考えられます。この反応は、視床下部を司令塔として、交感神経系の活性化やさまざまな神経伝達物質の作用により引き起こされます。

ノロジカ(シカ)の雄同士の角突きによる領土争いは、その典型的な例です。優勢な雄が領土を確保し、配偶者を獲得するためには、他の雄に対して戦う必要があります。この場面で「Fight or Flight」反応が引き起こされ、心拍数の増加や血糖値の上昇などの生理変化が生じます。視床下部のオレキシン産生細胞が活性化され、交感神経系を賦活化することで、闘争に備えた状態が作り出されます。

ライオンの雄も、プライドの支配権をめぐって他の雄と対立し、時に子殺し行動に走ります。この際も「Fight or Flight」反応が引き起こされ、戦闘に向けた準備が整えられます。手綱核が情動制御に関わり、最終的に「戦う」か「逃げる」かの行動選択が下されると考えられています。

ゾウの群れでも、ウォーターホールをめぐる対立が起こり得ます。この場合、群れの中での階級や力関係が行動選択に影響を与えると推測されます。「Fight or Flight」反応により、優位な個体は攻撃的な行動に出やすくなり、劣位な個体は回避行動を取りやすくなると考えられます。

このように、食品や領土の獲得・維持を巡る対立状況では、「Fight or Flight」反応が動物の行動に大きな影響を及ぼしています。この反応は、脊椎動物の生存に関わる本能的な行動パターンを支える進化的な機構であり、生物学的観点からその重要性が裏付けられています。

ストレス耐性障害

視床下部はストレス反応の制御において中心的な役割を果たしており、その機能不全によりストレス耐性が障害されると、様々な病態が引き起こされる可能性があります。

慢性疲労症候群は、視床下部の恒常性維持機構の攪乱により発症すると考えられています。慢性的なストレスにさらされることで、視床下部のストレス耐久性が低下し、適切なストレス反応を維持できなくなります。その結果、自律神経症状や疲労感、記憶障害などの多彩な症状が重層的に現れてしまうのです。慢性疲労症候群患者では、ミトコンドリア機能の低下による酸化ストレスの亢進や、エネルギー代謝の異常が認められており、視床下部の機能不全がこうした生理的変化をもたらしている可能性が指摘されています。

一方、ストレス不耐症は感覚過敏やストレス耐性の低下を主症状とする病態です。この病態には、視床下部に関連する島皮質の機能異常が関与していると考えられています。島皮質は内受容感覚の中枢であり、吻側無顆粒島皮質が興奮するとストレス耐性が低下すると推測されています。このように、視床下部およびその関連領域の異常が、ストレス不耐症の発症に寄与していると考えられます。

以上のように、視床下部は「Fight or Flight」反応を司る中枢であり、その機能障害がストレス耐性の低下を引き起こします。このメカニズムの破綻により、慢性疲労症候群やストレス不耐症などの病態が生じると考えられており、これらの疾患の臨床的意義は高いと言えます。今後、視床下部の恒常性維持機構に関する更なる研究が望まれます。

結論

本論文では、「Fight or Flight」反応の生理的メカニズムについて解説した。この反応は脊椎動物に普遍的にみられる本能的な行動パターンで、視床下部がその司令塔的役割を果たしている。視床下部は自律神経系や内分泌系、免疫系などを統合的に制御する中枢であり、ストレス反応の調整においても重要な役割を担っている。

「Fight or Flight」反応が引き起こされると、視床下部のオレキシン産生細胞が活性化され、交感神経系が賦活化される。これにより心拍数上昇や血圧上昇などの一連の生理変化が惹起される。この反応には、オレキシンのほかにも骨からのオステオカルシン分泌や心筋ミトコンドリアタンパク質の働きが関与することが分かっている。行動選択の決定には手綱核が関与し、「戦う」か「逃げる」かの本能的判断が下される。

一方、慢性的なストレスにより視床下部の恒常性維持機構が破綻すると、慢性疲労症候群やストレス不耐症などの病態が引き起こされる可能性がある。このように、視床下部の機能異常は重大な健康問題に繋がる。そのため、視床下部の恒常性維持メカニズムに関する更なる研究が求められる。視床下部の役割が解明されれば、関連疾患の病態生理の理解が深まり、新たな治療法開発への道が開かれると期待される。




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