いとしさ
熱を孕んだテツの掌に力が篭もる。ねぇ、急にどうしたの。テツの腕が私の裸の肩を包んでいる。すごいなぁ、って思って。暗がりでテツが言う。私は首を持ち上げてテツの顔を見た。テツは目を閉じてゆっくりと息をしている。なにがすごいの? もう一度テツの顔をよく見ながら私は聞き直す、そう、私が好きな男の顔だ。うーん、いまさ、リンと、こうしてることがさ、うまく言えないんだけど、なんかさ、うーん、すごい、なんだろう、こう、尊い、そう、すごく、尊いことだなあって、急に思えてきて。言葉を選ぶように、短く区切りながらそう言うと、私の身体の下にあるテツの身体は、静かに、でも強く、また私を抱きしめた。私は自重を支えきれなくなって、枕の上のテツの顔の横に私の顔が埋もれる。んっ。顔が枕に覆われて声が漏れた。テツのにおいがする。テツはさっきから身体をほとんど動かさないが、でも、テツのあれが私のなかにいることは、しっかりと感じていた。いつも家でするときも、テツはたまに私のことを焦らしたりする。テツがぜんぜん動いてくれないので、私はその焦らされているときみたいな気分になってしまって、早く動きたくて仕方がなくなってきた。テツが動かないのなら私が動いて、テツと私のつながりをはやく、つよく、擦れ合わせたかった。でも、全く身動きが出来ないくらいにしっかりとテツの腕は私の身体を抱きしめていて、それで、私は動きたくでも動けなかった。時々、思い出したようにテツは指先で私の髪を撫でる。数時間前にこの部屋に入った時、テツはかなり具合が悪そうだった。部屋に着くなりテツは着ていたパーカーとジーンズを脱ぎ捨てると、食事さえせずにベッドに潜ってしまった。ホテルに来る途中で買ってきた冷めかけたモスバーガーを、窓の外の景色とテツの寝顔を交互に眺めながら私は一人で食べた。モスバーガーを食べ終わって、化粧を落として、眠かったので私もベッドのテツの隣に潜り込んだ。ホテルのベッドはいつも寝ている私の部屋の狭いベッドとは違って、幅も厚みも大きくて、ふたりでもゆったり横になることができた。眠かったはずなのにしばらく寝付けなかったが、気がついたらいつの間にか眠っていた。そして、目が覚めるとテツの身体が私の身体の下にあって、私はテツに抱きしめられていた。テツのあれが硬くなっていて、私のふともものあたりに触れている。私が目を覚ましたことに気がつくと、テツは何も言わずに私のTシャツを脱がせた。そして自分もTシャツを脱ぎながら器用に私のブラを外し取る。テツがまた私を抱き寄せて、テツの胸に当たって私の小さな胸の輪郭がぐにゃりとつぶれる。私がキスしようとすると、テツは風邪だからといって首を横に振ったが、私はそれを無視してテツの口に自分の舌を差し入れた。テツの舌は熱かった。テツの腕が身体の下の方に伸びてきて、私のジーパンのボタンを外す。ねぇ、するの? 大丈夫なの? 心配になって私は訊いたがテツは返事をしなくて、そのまま私のジーパンとショーツをずり下ろした。テツのあれが私のなかに入ると、テツは私をただ抱きしめるだけで、身体を動かすのをやめてしまった。尊いってどういうこと? 枕に埋もれた顔を少しだけ上げて私はそう訊いた。たぶん、そのさ、上手く説明できないんだけど、いまさ、オレのが、リンのに、その、入ってるわけじゃん、それでさ、あたりまえのことなんだけどさ、それがさ、とにかく、すごいことだなって思って、奇跡とかいうと大げさだけどさ、でも、すごいことだと思わない、あれ、オレ、風邪で気でも狂ったのかな、でもとにかくさ、自分の身体の一部がさ、好きな人の身体の一部にだよ、物理的にはいっ…。私はテツの口を自分の唇で覆うようにして塞いだ。ついばむようにしてテツの唇を吸う。テツの呼吸が荒くなって、テツは私のことを両腕でしっかりと抱きしめたまま、擦り付けるようにゆっくりと腰を動かし始めた。テツが動く度に、身体の奥に電気が流れるみたいになって、私は思わず声を漏らしてしまう。テツの首にしがみついて、私は目をぎゅっと瞑った。そのホテルの部屋の窓からも海が見えた。私たちは二人で貯めたお金で旅行に来ていて、冷え切った冬の明け方の高速をテツの運転で走り、東京をどんどん離れて隣の隣の県までたどり着いた。道中から少し具合が悪そうな仕草を見せ始めたので気にはしていたのだが、昼食を食べる頃にはテツはすっかり風邪の症状が出てきてしまっていた。本人は大丈夫だと言っているが、寒気と全身の痛みでつらそうだった。その晩は、本当は事前に予約していた少し豪華な温泉宿に泊まるはずだったが、せっかく泊まるからには温泉と宿を全力で堪能したかったので、私たちは相談して、温泉宿に電話でその旨を伝えて、予約を先に伸ばしてリスケしてもらった。それで、このあとどうしよう、ということになったのだが、私は免許がないので運転は出来ないし、帰るにしてもテツは運転さえもつらそうな体調だったので、結局、近場の安いビジネスホテルをネットから予約して、そこに一泊したのだった。翌朝にチェックアウトしてしばらく車で走ると、すぐに漁港に着いた。海のある街だった。ベッドのなかでテツの言っていたことがどういう意味なのか、言われたそのときには私にははっきりとよくはわからなかったのだが、次の日に少し回復したテツが運転する車で海沿いの道を走っているときに、スッと心に染み入るようにしてその意味がわかったような気がした。その後、しばらくしてテツと私は別れてしまったが、誰かのことを愛しいと思うこと、そのふたりのありかたを尊いと思うこと、そういうことが、テツと付き合って、少しだけ理解できたような気がした。テツとは別れてから一度も会っていない。今でも時々、インスタグラムとかフェースブックで、たまにテツの様子を私は目にしたりすることがある。海とか漁港とかに来ることがあると、ふと、テツが風邪を引いていたあの旅行のあの夜のことを思い出すときがある。またテツに会いたいと思ったり、会おうとかしたりするというようなことはないが、それでも、あの時、あの瞬間、とても幸せだと思ったことを私は思い出す。そしてそれから、いとしいという気持ちについて、私は少しだけ、考えたりする。(2018/01/14/02:30)
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