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黒人女性SF作家のバトラーは注目してもいいかも(もう故人だった)

『血を分けた子ども』オクテイヴィア・E・バトラー (著), 藤井光 (翻訳)

ジャネル・モネイやN・K・ジェミシンらが崇拝するブラックフェミニズムの伝説的SF作家による、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞の三冠に輝いた表題作を含む唯一の作品集。

知っているでしょう? 人類は、私たちの卵を宿すことで、生き延びたの――
強大な力と知性を持つ節足動物「トリク」が支配する地で、トリクの保護を受けて暮らす人間たち。 人間は、トリクの卵を男性の体内に宿し、育て上げるという役割を担っていた。

ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞の三冠に輝いた究極の「男性妊娠小説」である「血を分けた子ども」。
言語を失い、文明が荒廃し人々が憎しみ合う世界の愛を描き、ヒューゴー賞を受賞した「話す音」。
ある日突然神が現れ、人類を救うという務めを任された女性をめぐる、著者の集大成的短篇「マーサ記」。

7つの小説と2つのエッセイを収録する、著者唯一の作品集が待望の邦訳。

年間読書人さんの記事を読んで興味を持った。黒人のSF女性作家という、黒人だけでも珍しいかもと思ったのにさらに女性なのである。もっとも最近のSFには疎くなっていたので、若い時に読んだときは女性作家はいたが黒人作家というのは読んだことがなかった。SFというのが白人中心のアメリカ的なものだと思っていたところがあったかも。せいぜいイギリスのニューウェーブとかその辺を読むぐらいだった。まあ、アジアの作家もぼちぼち出てきた(日本のSFもあまり読んでいなかった)のだが、その頃はSFから遠ざかっていた。

短編小説7本とエッセイ二本。初期の頃の短編もあるようでSFというより黒人社会で尚女性であるというハンデを背負った作品群のような気がする。いろいろなジャンルがあって面白い。

『血を分けた子ども』
寄生生物と人間が共存する世界というのか、人間と食物連鎖の関係にあるというホラーチックなSF。その中で主人公の少年(青年)に卵を産み付け共に成長していくという。植物に取り込まれてしまった植物人間をイメージした。それは管に繋がれて生命維持装置を付けられた者の姿なのかもしれない。ただ恐ろしいのはこの生物が他の人間(兄弟たち)を食料としていることだ。その中で選ばれた者だけが寄生生物と共に卵を産み生き残る。「血を分けた子ども」とは寄生生物に食われる人間なのだ。かなりハードSFという感じがする。救いようがないのだった。

ただその恍惚感みたいなものはあるのか。そもそも人間は喰うために家畜を飼っているとすれば、その逆の世界があってもおかしくない。それは異生物間の愛だという。神との繋がりのようなものか。人間に取っては主(寄生生物と書いたが逆からみれば人間が寄生しているのかもしれない)との愛という行為なのだろうか?愛がそうした束縛する行為なのか?犠牲の山羊という存在なのかもしれない。SFを突き詰めると神学論に向かうのはよくあると思う。

『夕方と、朝と、夜と』
疫病SFみたいな。未来に発症する奇妙な病気の症例小説?病になった者を隔離する施設があり、酷いと自分自身だけでなく他者も傷つけるという、両親をその病で無くし自身もその病になる(遺伝)という女性が自身と同じ立場の彼とその施設(隔離施設)を訪れる。医療現場の闇というような医療小説。かつての精神病患者の隔離政策のような。コロナもそうかな。

『近親者』
母親を憎む娘が叔父だけは好きというような疑似恋愛映画なのか、あとがきによると近親相姦の神話を描いてみたかったという。

『話す者』
対話よりも暴力で処理する社会。彼女の社会の不条理さを描いたような作品。公共のバスの中で起こる争いが殺人事件にまでなるというような。突然対峙する暴力社会というのはまさに黒人社会そのものなのだろう。でもその傾向は世界中で起きつつあるのだ。

『交差点』
バトラーの初期の小説か?SFというよりこれも身近な社会を描いたような。底辺労働者の工場の中での彼女の人生。実話的だった。その社会を抜け出してSF作家となったというような。

『前向きな強迫観念』
作家になるまでのエッセイ。「ある作家の誕生」というタイトルが出版社によって付けられたのだが、彼女はそのタイトルが気に入らなかった。病みたいなものと言っているのか?

『書くという激情』
作家志望者に対する経験からくるアドヴァイス的なエッセイ。文法は大事だと。読ませる工夫をしなさいということだった。

『恩赦』
アメリカで起きた中国人スパイ疑惑の台湾人の事件のモデル小説。最近のアメリカは中国に対する警戒心からそのような無実の人も疑う社会となっているのだ。
『マーサ記』
聖書をファンタジーにしたような作品。作家の前に神が現れて良い世界にするにはどうしたらいいかと対話する。結局、みんなが夢見るように仕向ける。その夢だけで満足できる人間にするという。まさに作家とはそういう者なのかもしれない。これは明るいファンタジーでそう意識して書いたとか。

この短編集は習作という感じなのかな。タイトル作品が一番SFらしくて異様な作品である(これまでに読んだことがないような作品)。ちょっととっつきにくいがその世界は嵌るひとは嵌るかもしれない。読者を選ぶ作家かな。長編をぜひ読んでみたいと思った(もともと彼女自身も長編作家と言っている)。





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