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検閲の激しいイランでこれだけの傑作映画、『白い牛のバラッド』

『白い牛のバラッド』(イラン/フランス/2020)監督マリヤム・モガッダム/ベタシュ・サナイハ  出演マリヤム・モガッダム/アリレザ・サニファル/プーリア・ラヒミサム

解説/あらすじ
テヘランの牛乳工場に勤めるミナは、夫のババクを殺人罪で死刑に処されたシングルマザーである。刑の執行から1年が経とうとしている今も深い喪失感に囚われている彼女は、聴覚障害で口のきけない娘ビタの存在を心のよりどころにしていた。ある日、裁判所に呼び出されたミナは、別の人物が真犯人だと知らされる。ミナはショックのあまり泣き崩れ、理不尽な現実を受け入れられず、謝罪を求めてくりかえり裁判所に足を運ぶが、夫に死刑を宣告した担当判事に会うことさえ叶わなかった。するとミナのもとに夫の友人を名乗る中年男性のレザが訪ねてくる。ミナは親切な彼に心を開いていくが、ふたりを結びつける”ある秘密”には気づいていなかった…。

イラン映画というとアッバス・キアロスタミから注目され始めて、最近では、映画賞常連のアスガル・ファルハーディー。彼は『英雄の証明』が近日公開予定だが、盗作問題があって、映画以上にこの事件が気になる。最近は、日本でもアメリカでも映画界が激震だった。

ただイランは自由に映画撮れないと聞いたのだがそれでもこれだけの映画が作れるのだから驚いてしまう。それも死刑制度に対する問題映画(反体制)。冤罪で死刑にされた夫。それを決定した判事。そして、シングルで子育てをする女。子供が聾唖者だった。夫の家族が女性に付きまとう。

イランでも家父長制の問題で女性の立場は弱い。シングルマザーでの生活の困難さ、また女一人での自立の難しさ(兄が死んだので弟と一緒になれとか、女性の未亡人はアパートに置けないとか)。

そんな女の元に、昔、夫から金を借りたとやってくる男がいる。彼は彼女の夫に有罪判決を下して死刑にした判事だった。女は彼を判事だとは知れないで、親切な人だと頼りにする。それは判事の罪悪感からくるものなのだ。しかし彼女に本当のことは言えない。夫の弟が女に結婚を迫る。子供は俺たち家族のものだという。家父長制の中で裁判を起こされる。

脚本がいい。男が本当のことを言えないのと、娘が聾唖者であるということの繋がり。娘がそんな男に慣れていくのだ。男の方がと言ったほうがいいかもしれない。自分の罪を言えない罪悪感でいっぱいなのだ(男も真実が言えない聾唖者だ)。その緊張感が飽きさせない。そして、男の息子が薬物中毒で急死する。

判事である男と夫を誤審によって殺された妻の対比。一方は贅沢な家を持ち優雅に暮らすが、反抗期の息子は父の欺瞞に気づいている。そして、父から自立したいと思うのだ。それが軍隊行きだった。しかし、息子は麻薬の過剰摂取で突然死。息子を失いストレスで倒れる男の看病をするのが、ヒロインだった。彼女は牛乳工場のラインで働くパートタイマー、それも首になる。

オープニングの映像も牢獄の庭に白い牛がいて両脇に囚人らしき人たちの印象的な映像。聖書の言葉で神の犠牲になった牛の喩えなのだが、この聖書を象徴させるオープニングの映像だけで強烈な印象を残す。このショットが物語を語っているのだ。

ラストの展開も凄い。どっちも映すのだ。女の復讐心と和解と。ただどっちにしても悲劇だった。それが見事すぎる。ラストの音楽もシューベルト「死と処女」だった。女が口紅をひくシーンとかそれだけで感情(官能)を映し出すシーンに酔いしれる。あと聾唖者の娘が映画好きなのもいい。


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