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老人の独り言はファンタジー

『老人と海』アーネスト ヘミングウェイ (著), 小川 高義 (翻訳) (光文社古典新訳文庫– 2014)

初訳から60年、まったく新しい「老人」の誕生! 数カ月続く不漁のため周囲から同情の視線を向けられながらも、独りで舟を出し、獲物を待つ老サンチャゴ。やがて巨大なカジキが仕掛けに食らいつき、3日にわたる壮絶な闘いが始まる……。原文を仔細に検討することによって、従来の活劇調の翻訳とは違う「老人」像が浮かび上がる! 決して屈服しない男の力強い姿と哀愁を描いたヘミングウェイ文学の最高傑作。

今月の「100de名著 ヘミングウェイ・スペシャル」で取り上げられたので、早速Kindleの読み放題で読んでみた。高校時代に「新潮の100冊」に入っていたので薄い本なので読んでみた記憶が。その頃は、あまり感動しなかった。高校生に文章がどうのこうのとかノーベル賞がと言われても、エロがなく恋も無ければ、主人公が老人でそれも魚釣りに興味を持つわけがない。

今回、読んでみて改めて思うのは、これは「老人文学」だった。釣り文学だと、太宰治『令嬢アユ』が面白かった。これぞ、「釣り文学!」かな?

たぶんに自分自身がこの『老人と海』の老人に近づいてきたから日々の体験として面白さを実感できるのだ。例えば、手が攣るとか。ときどきどうしようもなく攣るときがあるのだ。それと独り言は、TVを見ながらもSNSを見ながらでもブツブツ言っている自分に気がつく。老人が海に出て、鳥や魚にブツブツ語りかける。普通は独白と言われるものだが、それを心の中でというより声に出しているのだ。他人が側にいれば変な人になるが、それは仕事中にもよくあった(ドライバーだったので)。

新潮文庫の福田恆存の訳だとそれが大声だったり叫び声だったりするらしい。昔、読んだので忘れたけど、多分そんなマッチョな英雄的姿にもうんざりしていたのかもしれない。解説で、最近は原文に忠実にするとブツブツ独り言を言うのに近いという。そうだよな。幾ら側に人がいないからと年中大声で叫んでいる人は、「変な人」になってしまう。『変人と海』になるという解説が面白かった。『変人と海』だったら売れないよな。

ただ解説も鵜呑みばかりしていられないのは、斎藤美奈子『文庫解説ワンダーランド』を読んだから。だいたい、光文社古典新訳文庫の解説は長い。本文の4分の1もあるのだ。電子書籍だからページ数はわからないけど、50p.近く。そのほとんどが少年の年齢についてで、10歳と22歳説があるのだという。それを野球の話から薀蓄を重ねて10歳が正しいと。

そんなもん少年と書いてあれば、だれでもそれをイメージする。年齢ではない。エヴァンゲリオンのシンジ君は、14歳だけど「少年よ」と歌われた。つまり「少年」というあり方は「老人」と対置されているのだ。それをイメージするだけで十分である。もう一方「老人」は?ヘミングウェイがこの作品を書き始めたのが51歳だったのだ。しばらくブランクがあってもう駄目かと思われていた。そして、50代で本を出版するなりベストセラー。ノーベル文学賞も頂く。まさに『老人と海』の文学版と言っていいかもしれない。

だからあの時代に50代は老人であったとしても、今の60定年制も崩れ70まで現役で働かなければならいものは、そうやすやすと老人になれないのだ。老人になるにも会社からドロップアウトするとか度胸がいる。そして、ヘミングウェイと言えば、61歳でうつ病で自殺していた。ショックなのは電気療法とかやっていたとか。ヘミングウェイの老人はどこまでも不屈な人物だと思っていたのだが.........。

少年という成長過程と老人という老化過程の対比。その中で海という「ラ・メール」という女性名詞の「母なる海」に包まれて、凶暴な魚たちと格闘するファンタジー。それは、獲物を商売にするためでもないのだ。男たちの仕事から解放された老人のファンタジーを読み取ってしまう。

NHK100分de名著「ヘミングウェイ・スペシャル」『老人と海』第二回で、物質文明のアメリカと貧しい自然を愛するキューバを対置している、とは気が付かなかった。都甲幸治氏の解説は頷ける。フォードの廃車を釣り道具にする。ラストのアメリカ人観光客の海の知識のなさ。表向きアメリカ文学だけど深いところでスペイン語圏文学に繋がっている。「ドン・キホーテ」型文学。

参考図書:都甲幸治『ヘミングウェイ スペシャル 2021年10月 (NHK100分de名著)』



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