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キタキツネを飼いならそうとするのは、チョロい都会人のファンタジー

『草の響き』(日本/2021)監督斎藤久志 出演東出昌大/奈緒/大東駿介/Kaya/林裕太/三根有葵

解説/あらすじ
心に失調をきたし、妻とふたりで故郷の函館へ戻ってきた工藤和雄。医師に勧められるまま、治療のため街を走り始め、やがて平穏を見出していく――。 函館出身の作家・佐藤泰志没後30年。『オーバー・フェンス』『きみの鳥はうたえる』に続く夭折の小説家、佐藤泰志作品の映画化。

佐藤泰志原作の映画は、『海炭市叙景』(2010年)を見て以来、ファンなのだが函館の都会的イメージと炭鉱の街としての発展と衰退していく産業の中で、翻弄されていく人間の哀しみの深層部から描き出す。どっちかというと暗い感じの映画だが、今回の映画はなんか違った。

それはリッチな生活ぶりに違和感を覚えたのだが、主人公の妻によるもので、一番結婚してはいけない人と結婚したなぁということだ。二人の関係が破綻していくときのセリフに、「私、チョロいのかな」というのがあったが、チョロいのだ。

こういう映画は男が精神不安定な女に惚れて一緒になったはいいが、面倒見きれなくなって捨てそれを物語にするのがパターンだった。ブルドン『ナジャ』にしても『ベティ・ブルー』にしても古井由吉『杳子』そうなのだが、男の側が精神不安定なドラマはそんなになかったかもしれない。

映画としては、精神が不安定な主人公を演じた東出昌大の演技は素晴らしく、スキャンダル以降、何か期するものがあったのかもしれない。彼のエポックメイキングな作品になることは間違いない。

東出昌大、心を病んだ男で主演「苦しい境遇にある方の肩の荷が下ろせるようなものに」(ENCOUNT)
#Yahooニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/2f0f460c548adc502703fcbaf38f3cef287bf6d1 

高校時代に友人と出会って、丸太を拾ってきてスケボーの障害物としてアスファルトの広場に置くシーンは、ベケット『ゴトー~』を連想させた。何かを待っている猶予期間の高校時代。そこで展開される過去の姿が彼の病める部分を暗示している。岩から海へ飛び込むのは通過儀礼なんだろう。それが出来なかったから空っぽになってしまった。友人は彼の死を通して大人になったのだ。姉かな?三人を交えての青春時代は、花火のような刹那いものだった。線香花火は、そうした青春時代の弔いの1ページを暗示するシーンだ。

スケボーを黙々と滑っていた青春時代とリハビリのためにランニングを続ける姿を、オーバーラップさせるのだが、彼の死とその後の大人になれない主人公のすれ違いは、ちょっとわかりにくいかも。最初のシーンで岩から飛び込もうとした時は、遊泳禁止区域で危ないからと管理人に止められたのだ。つまり、そこで通過儀礼として失敗していた。二度目に見事に飛び込むシーンは幻想?

青春時代の傷を乗り越えられずに大人になってしまった。それは函館という土地ともっとリンクしているのだと思うのだがこの映画ではそこまでは描かれていない。ただ結婚した彼女が東京の人だということ。そして、彼はキタキツネの化身でもあるかもと暗示させている。

飼い犬と共に彼と別れて東京に戻る彼女は、キタキツネがファンタジーの世界のものだと思って愛の幻想を抱いていたのかもしれない。彼女ならダメ男を救えるのではと。

彼女の規則正しさは、彼の真面目さに負担を与える。それがジョギングでの生真面目さといらつく精神を抑え込む心の病の治療法にも出ている。それは東京育ちの時間と函館時間というものなのかもしれない。そして都市化していく函館にもキタキツネは住みにくい場所となっていく。

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