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論理だけでは解決できない問題映画

『落下の解剖学』(2023年製作/152分/G/フランス)【監督】ジュスティーヌ・トリエ 【出演】ザンドラ・ヒュラー/スワン・アルロー/ミロ・マシャド・グラネール 

これが長編4作目となるフランスのジュスティーヌ・トリエ監督が手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で最高賞のパルムドールを受賞したヒューマンサスペンス。視覚障がいをもつ少年以外は誰も居合わせていなかった雪山の山荘で起きた転落事故を引き金に、死亡した夫と夫殺しの疑惑をかけられた妻のあいだの秘密や嘘が暴かれていき、登場人物の数だけ真実が表れていく様を描いた。

人里離れた雪山の山荘で、視覚障がいをもつ11歳の少年が血を流して倒れていた父親を発見し、悲鳴を聞いた母親が救助を要請するが、父親はすでに息絶えていた。当初は転落死と思われたが、その死には不審な点も多く、前日に夫婦ゲンカをしていたことなどから、妻であるベストセラー作家のサンドラに夫殺しの疑いがかけられていく。息子に対して必死に自らの無罪を主張するサンドラだったが、事件の真相が明らかになっていくなかで、仲むつまじいと思われていた家族像とは裏腹の、夫婦のあいだに隠された秘密や嘘が露わになっていく。

女性監督による史上3作目のカンヌ国際映画祭パルムドール受賞作。主人公サンドラ役は「さようなら、トニー・エルドマン」などで知られるドイツ出身のサンドラ・ヒュラー。第96回アカデミー賞でも作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、編集賞の5部門にノミネートされた。

裁判映画はいろいろ観てきたけどこれはどの映画とも違って面白かった。通常の裁判もの映画は最後は事実が明らかになって正義が勝つという展開だがこの映画は違った。もやもやが最後まで残るのは、結局裁判になったことで家族内の暗部が暴露され、関係性もぐちゃぐちゃになるのだった。

アカデミー主演女優賞にノミネートされているサンドラ・ヒュラーも良かった。サンドラ・ヒュラーは見かけだけで犯人間違いないと思ってしまうのだが、ラストの結末も予想外で面白かった(ドイツの役者だった)。盲目の少年(実際にそうなのかな)も飼い犬役もアカデミー助演犬賞間違いないぐらいの熱演だった。今までに観た犬の中で最高の演技(かな)をしていた。

犬の演技(演出)でけっこう惹かれてしまうのは猫よりも感情があると思ってしまうからだろうか?舌を出してまで死にそうな役にするなんて、実際は動物虐待の一歩手前ぐらいだと思ってしまうが、あのあとは無事だったんだろうなと考えてしまった。

タイトルの「解剖学」というのは裁判で論理的なことはわかるが人の心のなかまではわからない。この作品は夫が共同脚本であり、多言語の中で言葉のニュアンスの違いについてインタビュー記事が出ていたがその視点も秀逸だと思った。例えば移民問題で日本で裁判の場合日本語にハンデがある移民は不利になるわけであって、論理(言語)というのがどこか一方的なものであるに過ぎない。

音楽の取り入れ方も上手いと思ったのはラップの曲の歌詞なんてほとんど意識してなく、リズム的なものが面白く聴いている場合もあり、夫が聴いていたヒップホップが女性蔑視を歌ったものだったとは知らずにいいなあ、と思ってしまったのはインストゥルメンタルだったからかな。

その感情の激しい音楽は例えば「黒いオルフェ」を速弾きする息子のピアノの音とも重なっていく。「黒いオルフェ」はサンバだけどどっちかというとゆったりした曲なので、ちょっと最初はわからなかったな。

裁判による事実の究明ではなく、夫婦間、家族間の複雑な感情が絡み合うドラマとなっている。息子の証言がポイントなのだが、あの場で彼が起こった事故よりもこれから生きる道を選んだということだ。視覚障害者という立場も重要だったと思う。介護犬はいざというときに役立たずだし。なによりも裁判はやりたくないと思ってしまった。勝つにしても精神的にボロボロだ。




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